何気なく、一年前の日記を読んでみました。 はじめて韓医院に行った日でした。
当時の私には私なりの悩みがあったりで その時はその時で辛かったかもしれないけど とても充実してたんじゃないかと思います。
殿方のこと、仕事のこと、ダイエットのこと。
特に「自分を磨こう」って必死になってる 自分って今思えばすごいと思うよ。 やっぱりそれだけ殿方の事、スキだったんだろうなあ。
漢方ダイエット自体も楽しかったしな。
過去は振り返ってもどうにもならないのは わかってるけど 今の自分なんてザマだって感じです。
一年前のあのキラキラ感はどこに行ってしまったんだい。
日記のところどころにも 今読むと、胸がちくちくする部分が何度も何度も出てくる。
特にアジュンマの話が出てくると 胸がぎゅーってなる。涙出てくるよ。
「うちの息子がお前を一度でもスキって言ったのか」 「私の片思いです」 「そうだろうねえ」
この会話を思い出すだけでも 内臓でる思いなんですけど
でも、それでも嫌いになれないんですよね。 その時にわたしにかけてくれた愛情って 本物だったと思うし(と思いたいし) どうしてそこまで好かれてたかわからないけど。
昔から下宿、確かに人の出入りも激しくて アジュンマの評判もあまりよろしくなくて 正直キッツイおばはんだとは思ってたけど
風邪引いたときに大鍋でおかゆさんを 作ってくれた時や、誕生日を祝ってくれた時 私の母と電話で話したときに 「何もしてやれなくって申し訳ないです」と 言ってくれた時。
そんな時のアジュンマの顔しか浮かばないんだよね。
逆に殿方はダメになって、すっぱり諦めたついたかも。 というか、ヨコワケの魔法にかかってて ステキステキな部分しか見ようとしてなかったです。
中国人と引き合わせろって必死に食いついてきたあたりから 実は「この人なんか違うんじゃないか」という気持ちも あったんです。
「どうして(中国人と)ケンカした理由が話せないんだ。 じゃあ今日のご馳走した料理はどうなるんだ」みたいなね。
でもヨコワケの魔力には叶いませんでした。 ちょっとばかり年上のなんとなく漂うダンディな かほりにヤラれていました。
私も好きなのが必死ですげえ痛い女だったからなあ。
同じ事思っても、しょうがないし 何とか前向きに頑張ろうって考えるんだけど ふと思うと「何でこんなんなっちゃったんかなあ」と ションボリしてるんです。
自分せめてせめて 追い詰めて、布団かぶって でも寝ようと思っても眠れなくて。
「本当に苦しかったら、憎みきっちゃってもいいですよね」
と、以前取材をしてくださった白川さんが こんなメールを送ってくれました。
ほんの少し、あの親子を憎んで(?)みました。
もし、大事な息子さんが、オッパの大事な友達が 海外でこういう事態になったらどう感じますか。
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さて、母といえばマイマザーとく子。 姉経由で常に木村家情報が流れてくるのですが 父は「そうか仕事が忙しいのか」で済んで それ以上詮索してこないそうなのです。
しかし、とく子は違う。 殿方の存在も知ってるからかもしれないけど 引越ししたという事を薄々感づいてるらしいのです。
姉が言うには全てを見透かされてるようで 神がかり的なことを言うのでコワイヨー これ以上ウソつけないヨーとメールが来ました。
じゃあ私ますます実家に電話できなくなるじゃないですか。 どうしよう。
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今日の映画は「ターミネーター」 初めて見ました。(2は何度か見てるけど) すごい逆三角形ですね。シュワちゃん。 この方とランボーの顔をみると
「東急ハンズのパーティー雑貨コーナーに 売ってるマスク」
を、思い出すんですけど。
あと「出っ歯」って書いてあるけど 明らかに明石家さんまのお面。
ああ、どうか今年の日記を来年読んで 「色々あったけど充実してたな」って思えるといいな。
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