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かずぴーの成績表を見て激怒。 かずぴーに対してではない。 所見を書いた教師に対して、である。
かずぴーの学校では、各教科の成績とともに それぞれの教科担任の所見がついている。 そのうちのひとつ ある教科の担任が書いた所見が私には許せなかった。
かずぴーの授業態度が悪い(寝ていたらしい)ことに触れ 「君は、まわりには困った人などいない、しあわせな人なのかな?」と書いてあったのだ。 (この文言の前後にも、皮肉としか思えない中傷めいた疑問符がいくつか並べられていた)
授業をきちんと聞きなさい 授業で扱っている問題は、君のまわりの問題にも無関係ではないのだよ そう言いたいのだということは、よくわかる。(少なくとも私には伝わった) そう言われるだけの非が、かずぴーにあることも否定しない。
だが。何故そこで「君は〜しあわせな人なのかな?」なのだ!
私は怒り 先日来の悲しみの源に再び触れてしまって泣き やがて気も鎮まり、他の所見も読み合わせた後 ひとつの結論に達した。
所見は、ほぼ三つのタイプに分類される。 1.教師が、生徒の学習意欲を、いかに伸そうかと考えて書いたもの。 2.教師が、とりあえず、簡単に報告程度に見たままを書いたもの。 3.教師が、自分の感情のまま、言いたいことだけを書いたもの。
件の教師の所見は、3.に該当すると思われる。 教師の所見というよりは、個人のご意見としての役目しか果たしていない。 そんなものに、振り回されるのはまったく馬鹿馬鹿しいことだ。
わが子の辛さは、親がわかっていれば足りること。 自分のふだんの小言が、前出の1.乃至は2.にとどまるよう 「悪い見本」に教えてもらったということでようやく落ち着いた。
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