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Sail ho!
Tohko HAYAMA
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Sail ho!:映画「マスター&コマンダー」と海洋冒険小説の海外情報日記
海に出るつもりじゃなかった 新訳5月新刊

岩波少年文庫の5月新刊として、アーサー・ランサム「海に出るつもりじゃなかった」の新訳が出ました。
岩波少年文庫「海に出るつもりじゃなかった」
http://www.amazon.co.jp/dp/4001141825/

この一冊だけは、海洋小説ファンの方にお薦めします。

ランサム全集にはいろいろな性質の本があり、子供時代でなければ楽しめない本もありますが、この「海出る」は海洋小説を読み慣れた大人でも十分に楽しめる海洋冒険小説になっていますし、英国の「古き良き時代」の海の伝統をかいま見ることもできます。


物語の舞台は1932年のイングランド東海岸サフォーク州のハリッジ。主人公はウォーカー家の4人兄弟、上からジョン、スーザン、ティティ、ロジャ。上の二人はもう上級学校に行っていて、下の二人は日本でいうところの小学校高学年。彼らはハリッジ港内で大学生ジムのヨット「ゴブリン号」に乗せてもらう。ジムが同乗し、海に出るのではなく、あくまでハリッジの港から出ないという条件で。

ところがエンジン燃料のガソリンを買いに行ったジムが車にぶつかって病院に運ばれ、ヨットに帰れないでいるうちに天候が急変、ヨットは外海に流されてしまう。
4人兄弟は自分たちの力だけで、正しい選択をして外海(北海)で船と自分たちの命を守らなければならなくなります。

この物語の感想、および物語の舞台となったハリッジ港については一度、2005年8月19日の日記に書きました。
海に出るつもりじゃなかった(再読)(2005年08月19日)
ので、この部分は今回省略するとして、それ以降のこの物語にまつわる話を。

先刻「古き良き時代」の英国の伝統と書きましたが、以前にオランダの13才の少女の単独航海がオブライアン・フォーラムで話題になっているというトピックを覚えていらっしゃるでしょうか?

13才の少女の単独航海(2009年09月05日)

日本でも、子供への管理範囲は私の子供時代より厳しくなっていると思うのですが、ローストフト(ハリッジよりほんの少し北に位置するノーフォーク州の港、アーサー・ランサムでは「オオバンクラブ物語」に登場)の役人も、この「海出る」に登場するハリッジ港の役人とはずいぶん変わってしまったようです。

大人になって読み返してみると、この「海に出るつもりじゃなかった」は、大人たちが良いなぁと思います。とくに主人公の四人兄弟のお父さん…ウォーカー海軍中佐。
このお父さんは単身赴任が長いのに(海軍さんですから当たり前といえば当たり前ですが)、子供たちが危急の際に考えるのは「お父さんだったらどうするか?」ということです。この存在感が凄い。

でも「お父さんは他の人とはちょっと違う」と子供たちも思っている。「他にこの様な人と言ったら、北部の湖での物語に登場するジム・ターナー叔父さん」くらいだと、

むかし子供時代に読んだ時には、ウォーカー中佐とジム叔父さんが、どう他の人と変わっているのかわからなかったのですが、今ではこれがわかるような気がします。
彼らは予想外の事態への柔軟な対応が巧み…という点で普通の人とはちょっと異なるのですね。

ウォーカー中佐の場合は、海軍士官として海という先の読めない自然を相手にあらゆる経験を積んできたでしょうし、おそらく1932年にこの年齢ということは若い頃に第一次大戦の最後を経験しているだろうと思います。

ジム・ターナー氏の場合は、海外を放浪していた経験が、あの柔軟な対応のもとになっているのだと、自国や自分が属する文化のやり方が通らないのが海外で、予想外のトラブルやアクシデントに出会うのも海外ならでは、それに対応していくと、自然とあのような人が出来るのだろうと…ジム叔父さんのような人、海外の現場に長く駐在していた知り合いの中にも結構いることに、この年齢になると気づきます。

それに気づくことが出来たのは、長年海洋小説を読んできて、私自身も年齢を重ねてきたゆえなのかな?と思ったのが、今回の収穫でした。

そして、パトリック・オブライアン・ファンにはもう一つ収穫があります。
この「海に出るつもりじゃなかった」の冒頭で、子供たちがボートをこぎ出しているピン・ミルですが、ここって、オブライアンの小説では、その昔ジャックとフィリップ・ブルックが船遊びをしていたまさにその場所なんですよね。

「ボストン沖、決死の脱出行」下巻P.123ジャックのせりふ
フィリップ・ブルックと私は従兄弟みたいな間柄なんだ。母親が死んだ時わたしはブルックホールに送られ、しばらくそこで過ごした。その地所は南側はオーウェル家の敷地にあたるオーウェル川を境界線とし、さらにその先の、ハリッジの町を流れるストゥール川にまで達している。フィリップとわたしは泥遊びをしながら、州都のイプスウィッチに向かう船や、流れに乗って下ってくる船を何時間も眺めて過ごした。

ジャックは架空の人物ですが、シャノン号の艦長フィリップ・ブルック(Philip Bowes Broke)は実在の人物。ブルックホールは今もサフォーク州に残るマナーハウスです。

Broke Hall
http://en.wikipedia.org/wiki/Broke_Hall

上記ウィキペディアによると、ブルックホールはピン・ミルの対岸だそうです。


2013年05月26日(日)