Sail ho!
Tohko HAYAMA
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Sail ho!:映画「マスター&コマンダー」と海洋冒険小説の海外情報日記
ようやく「レッドクリフ」
ようやっと「レッドクリフ」に行くことができました。 我が家の近くは9日終了なので、選択の余地がなく吹替版に。 私は中国語は殆どわからないのですが、でも映画を見る基本スタンスとして、最初はできるだけ原語で見たい…というのはあって、 役者さんの芝居とセリフは連動しているので、出来れば同一人物で見たいと思うのでね。 吹替版だとどうしてもシンクロ率にブレがでる…映画の印象やキャラクターの解釈が変わる可能性もありますので。 …というわけで、今回の感想は、原語版ではないので、印象に多少のブレがあるかもしれない、という点をご勘案ください。
「三国志」というのは古典エピックファンタジー、日本で言えば「平家物語」とか「太平記」のようなもの…昔から語られ、古典演劇(歌舞伎や京劇)になり、誰でも知っている英雄譚。 概してこのようなものは、様式化されてしまい、あまり生身でリアルな物語にはならない。 たとえば、平家物語で島流しになった俊寛僧都が、いくら足摺して無念の激情を表現しても、見る側としてはその話は既に聞いて知っていますから、ドラマとしてはあまりズキリと胸に応えない…ようなところが往々にしてあります。 その一方で、ひよどり越えで一の谷の合戦に勝利する源義経はひたすらに恰好よく、平知盛は壮絶な最期をとげることになっていて、まぁでもそれもお約束ですから、多少嘘っぽくてもいいから、いかに恰好よくまたは壮絶に見せるかがポイント…のようになっている。
ジョン・ウー版三国志「レッドクリフ」もこの流れですね。 英雄豪傑と言われる関羽、張飛、張雲あたりは滅多やたら恰好よく その反面、人間ドラマとして見ると、主軸ドラマとなる筈の周瑜と孔明の友情にはあまりリアルさはないんだけれども、 そのあたりが狙いのドラマではないのだろうから。
といっても、周瑜とその妻小喬のラブ・ストーリーは妙に生身でリアルです。 孫権の妹尚香も含め、女性陣だけは様式化されず人間くさい…ところは、おそらく元からのエピックファンタジーに活躍の場がなかったがために、現代で映画を作り女優さんを見せようとすると現代風リアルになってしまうからかしら…などと思ったり。 ちょっとNHK大河ドラマの「義経」を思い出しました。あれも女性陣(中越典子の建礼門院徳子とか、石原さとみの静御前とか)が妙にリアルな迫力があって面白かったんです。
でも全般を見た感想としては、「あぁ男の人ってこういうのほんっとに好きよね(苦笑)」 「ロード・オブ・ザ・リング」を「これは男の子の指輪物語」と評した方がありましたが、レッドクリフもこの感覚に近い。 丹念に描かれる豪快な殺陣、肉弾戦、陣立ての妙、etc. ただし「ロード…」や「トロイ」と異なり、最近の作品としては非常に「人間率が高い」ので、迫力満点です。 人間率が高いってつまり、CG率が低くて人海戦術が生きているってことですが。 「アラビアのロレンス」とか、中国もので言えば「北京の55日」とか、昔のハリウッド映画の人海戦術の迫力っていうのは、CGでは絶対に再現できないもの。 もちろん「レッドクリフ」も長江の軍船とか俯瞰の陣立て映像とかはCGなのですけれども、その合間に実際に大勢の兵隊がぶつかりあう乱戦の場面を差し入れて、CGの嘘くささを薄めている。 人間と人間が殺し合いをする「戦さ」は、CGでは絶対に再現できないもの。人海戦術と肉弾戦があって初めて、血と汗にむせかえる映像ができると思うので。 …とはいえ、この戦闘シーンは無意味に長すぎだと、女性の私の目から見ると思えるのですが、だから冒頭に書いたように「もう男の子ってこういうの好きなんだから(嘆息)」という感想に。…趣味に走ってません?監督>
でも英雄豪傑の殺陣はいろいろなバリエーションがあって、見ていて面白かったですよ。 剣、槍、強力、二刀流 etc.…、このあたりが剣を打ち合わせるか騎兵の槍術しかないトロイとかキングダム・オブ・ヘブンとかと違って面白いし、日本の時代劇の殺陣と同じで、途中に見栄切りのような見せ場があって、殺陣一つがそれぞれ一つの(物騒な)舞のような見せ物になっている。 武将役の中村獅童が、自分の身につけてきた歌舞伎の基礎がとても役に立ったと語っていたけれども、確かにあの殺陣だったら見せ場の基本は同じだろうと思います。剣と刀では振りが違うだけの話で。 周瑜のトニー・レオンの殺陣が綺麗です。舞のように優雅で、ちょっと若い頃の田村正和の殺陣を彷彿とさせて…嬉しい。
ただし、吹き替え版の脚本には、ちょっとものを申したいと思います。 私、中国語はわかりませんから偉いこと言えませんが、これ元が英語だったら「あまりに直訳調で日本文が未加工だ」と批判するでしょう。 なんだか機械翻訳の英語を未加工で出してきたような日本文、中国語は英語と違うでしょうから、どういう翻訳過程になるのかはわかりませんが、ただ出来上がった最終日本文を聞いた感じでは、機械翻訳英語に近いような語感です。
吹き替え版はキャストがとても豪華なんですよ。 周瑜が山寺宏一、孔明が東地宏樹、 劉備:玄田哲章、曹操:磯部勉、孫権:平田広明 と、洋画劇場の主役を張る芸達者を集めてきて…この脚本はあまりに惜しい。このキャストだったら脚本次第でもっと良い芝居ができるのに、と思ってしまうんです。
例えば、孫権と妹尚香が先祖の位牌の前で呉のとるべき道を語るシーン、 「父上も言っていた」…はないでしょう? 「父さんは言っていた」はありですが、主語が「お父様」になったらここに敬意が入りますから述語は「おっしゃった」。主語が「父上」ならば、古語調も入れて「おおせになった」と来るべきですが、全体のトーンを現代語調で揃えるというのなら、せめて「おっしゃった」にはしてほしいところ。 こういう、中途半端な翻訳加工があちこちで耳につきます。
以前にテレビ朝日の洋画劇場でチャン・イーモウ監督の「HERO」を放映したことがあるのですが、この時の翻訳脚本は日本で言う時代劇調の綺麗な古語になっていました。 それが中国古代の史劇にぴったりで、感心したことを覚えています。 中国は儒教の国で、レッドクリフにも「仁義の徳」を説くセリフがありますから、古語にまではせずとも少なくとも敬語だけはきちんと翻訳すべきでしょう。 儒教の徳…仁義の次は「礼」、こういう作品で礼に欠けた翻訳脚本はNGだと思います。
2009年01月10日(土)
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