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Sail ho!
Tohko HAYAMA
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Sail ho!:映画「マスター&コマンダー」と海洋冒険小説の海外情報日記
パイレーティカ:女海賊アートの冒険

タニス・リーという英国の女流ファンタジー作家、日本では主にハヤカワ文庫FTから翻訳が出版されている、ファンタジー・ファンにはお馴染みの名前です。
そのリーがジュヴナイル向けに書いたパイレーティカ(海賊の女性形:リーの造語)、つまり女海賊の物語が、意外なところから翻訳出版されているのを見つけました。

かなりファンタジー要素の強いジュヴナイル小説なので、リアル海洋小説ファン(オブライアン、ケント、フォレスターと言った)には違和感だと思いますが、アーサー・ランサム ファンへは強くお奨めです。
英国の元気少女が、ほんとうに女海賊(っていうか少女海賊かしら)になってしまうというのは、おそらくランサム・ファンには嬉しい展開ではないかと。

物語は、19世紀初頭の英国をあきらかにモデルにした英国ではない国…というのは、この国の首都は「リンドン」と言い、タミス川が流れている「共和制」の国です。←ここポイントです、この国では前世紀に大陸から革命が輸出されてしまって、王制は廃止されてます。

全寮制お嬢様寄宿学校で暮らす主人公のアートは、ある日学校で階段から落ち、頭を打った途端に過去の記憶を取り戻します。
その記憶とは…自分は女海賊モリーの娘で、母の船が砲撃で沈んだ時にそれまでの記憶を失ったこと、その後英国に住む資産家の父がアートを引き取り、全寮制の寄宿学校に押し込んだ…というもの。

記憶を取り戻したアートは、性格も言葉遣いも変わってしまい、お嬢様寄宿学校にはいたたまれず脱走します。
かすかな記憶を頼りに、リンドンの波止場にたどりついたアートは、母の部下たち…と記憶していた面々と再会しますが、彼らが言うには、モリーは女海賊ではなく女優で、海賊の芝居は大ヒット作、砲撃による爆発はセットの事故によるもので、看板女優モリーの死後、一座は海賊船に見立てた観光船で芝居まがいの給仕をしながら暮らしているというのです。
けれどもアートには、確かに、舞台やタミス川の観光船ではなく、本物の海と船の記憶があるのです。
自分の記憶を信じるアートは、この観光船を乗っ取るような形でむりやり南の島に向け出航しますが、何故か別の海賊から追っ手がかかります。理由はかつてモリーが持っていた古い地図にあるようなのですが…、

お約束通り、古い地図はじつは宝の地図で、後編はスティーブンソンの「宝島」さながらの謎解きと宝探し…と、物語はつながるのですが、果たして何が真実なのか? 何がモリーの芝居で、何が実際にあったことなのか?がこの物語のもうひとつの謎解きとして、同時進行していきます。

ハヤカワFT文庫で出版されたタニス・リー作品は、ゴシック・ロマン風の物語が多いのですが、今回は海洋冒険しているので、ハヤカワ系リー作品の耽美を期待すると、かなりはずれます。
と言っても、そこはやはりかなりファンタジーで、華麗なる描写がありますので、いわゆる海洋冒険小説に描かれる南の島ともかなり雰囲気が違って…、リアル海洋冒険に近いランサムの海外航海ものともまた違い、むしろナルニア国物語の「朝びらき丸」とか、ドリトル先生航海記に近い雰囲気でしょうか?

でも、考えてみると、ナルニア国やドリトル先生も、ある意味英国児童文学の正当派で、それを考えるとリーのこの作品は、宝島とランサムとナルニアを足して見事に3で割り切ってしまった…英国児童文学の正当派融合作品と言えるのかもしれません。

そしてこれも英国の伝統…かな? この物語の魅力は、バイタリティと行動力にあふれ(過ぎる)ヒロインのパイレーティカ、アートにあるのだと思います。
ちょっと強すぎるというかハチャメチャ過ぎるというか、長靴下のピッピを思わせるような主人公です(注:ピッピは英国人ではないけど)。

さて冒頭で、この作品、すごく意外なところから出版されているとご紹介しました。
なんと「ルルル文庫」という小学館のライトノベル文庫です。
小学館のライトノベルは少女向けがルルル文庫、少年向けがガガガ文庫というネーミングで、一見するとゲームっぽい軽い小説ばかり出ていると思いこんでいましたが、まさかこんなところから、タニス・リーが翻訳されるとわ…いや私も最初は目を疑ったんですけれども、読んでみると華麗なる描写が、確かにタニス・リーなんですよね。

この文庫からはナンシー・スプリンガーのジュヴナイル向け小説も実は出版されていたりして、実は私が最初に気づいて手にとったのはこちら。スプリンガーもハヤカワFT文庫から上質のファンタジーが出版されているアメリカの女流作家です。
いわゆる日本の、軽くて気軽に読めるライトノベル・ファンタジーとは雰囲気も手さわりも違う翻訳作品ですし、ルルルという文庫のネーミングとのあまりの乖離っぷりに驚いてはいるのですが、この文庫では毎月1冊、必ず翻訳作品が出版されているようで、翻訳ファンタジーファンとしては以来もらさず新刊チェックの対象としています。
まぁ自分が中高生だった時には、ハヤカワやサンリオのFT文庫を愛読していましたから、もちろんこういう少女向け文庫があっておかしくはないのですが、昨今の日本のライトノベル・ファンタジーのトレンドを考えると、ちょっと違うような気も。
翻訳小説ファンとしては一冊でも多くのファンタジーノベルが日本語で読めることを希望しますので、できたらこのレーベル、続いていってくださるとありがたいのですが。

パイレーティカ(女海賊アートの冒険)
タニス・リー/訳:築地誠子
小学館ルルル文庫(上)(下)


2008年03月30日(日)