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Sail ho!
Tohko HAYAMA
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Sail ho!:映画「マスター&コマンダー」と海洋冒険小説の海外情報日記
Band of Brothers

金曜日に帰宅しましたら、玄関にamazonの段ボール箱が。
来た〜!来た来たっ! やっと来ましたアレクサンダー・ケントのボライソーの最新28巻。原書でございます。

私がボライソーにハマった時には日本語訳はまだ6巻までしか出ていなくて、原書の最新が15巻だったかしら?
試しに7巻(「反逆の南太平洋」)を読んでみたら何とかなってしまったものですから、手あたり次第にペーパーバックを探したり取り寄せたり、昔はamazonありませんでしたから、大手書店から海外オーダーかけるのですが、結構時間がかかって手に入るまで2ヶ月とか。
そうやってなんとか、当時の最新刊まで追いついたのです。
1989年に幸運にも友人が英国留学しまして、絶好の金づるじゃない本屋づるを捕まえた私は、日本で発売になった新刊を彼女に送る替わりに、ボライソーの新刊やシャープのTV録画を送ってもらう…という私設amazonを確保、16巻以降は発売と同時に原書を送ってもらうことができるようになりました。

何故そこまでして新刊を確保していたかというと、サブキャラクターつまりボライソーの部下たちの安否が心配だったからで、悠長に日本語訳なんて待っていられなかった…というのが本音。
リチャード・ボライソーには、彼が「幸いなる少数(The Happy Few)」と呼ぶ極上の部下たちがいました。
ジャックにとってのプリングス、マウアット、バビントンのような存在ですが、リチャードの軍歴はもっと長いですから、幸いなる少数と言っても10人以上います。そして軍歴が長いゆえに、幸いなる少数の中にも幸いならざる運命に陥る者が出てくる。それは…戦争が続いている以上、命を落とす者がいるのは仕方ないことなのですが。
また運命の皮肉もいろいろあるもので、リデャードの部下が軍法会議の議長に当たり別の部下を裁かなければならなくなったり、旗艦艦長の任命をめぐって先任後任の逆転があったり、
大河小説ゆえに、サブキャラとは言っても主人公並みの存在感を持つ部下同士のドラマも、ボライソー・シリーズの魅力の一つです。
主人公と違ってサプキャラは安泰ではありませんからね。いつ何処で何が起こるかわかったものじゃないのですよ。


ところでこの最新28巻のタイトル「Band of Brothers」、そして、リチャードが部下たちを呼んでいたthe happy fewというこの2つのフレーズは、実はシェイクスピアの戯曲「ヘンリー5世」に由来します。

But we in it shall be remembered,
We few, we happy few, we band of brothers.
For he today that sheds his blood with me
Shall be my brohter; be he ne'er so vile,
This day shall gentle his condition

これはヘンリー5世のセリフ。
クリスピアン・スピーチと呼ばれる有名な演説の一部です。
1415年10月25日(聖クリスピアンの日)に行われたアジャンクールの戦いで、数にして3倍のフランス軍と戦うことになったイギリス軍を率いる王ヘンリー5世が、部下の将兵たちに檄を飛ばした演説。
王みずからに「今日ここで私と共に血を流した幸いなる少数は、生涯私の兄弟となる」と言われてしまってはね、それは奮戦するでしょう。そしてイギリス軍はみごとに形勢逆転、数にまさるフランス軍を打ち破ることになります。

この逸話およびクリスピアン・スピーチは英語圏では有名で、17世紀以降、古今東西あらゆる政治家や武将が効果的に引用してきました。
特に軍隊関連では、もともと仲間意識の強いところですから、よく引用されていたようです。最近ではアメリカでTVドラマとなった第二次大戦の空挺部隊の番組タイトルとして、ご存じの方も多いのではないでしょうか。
まぁもっとも、アジャンクールの戦いというのはイギリスが勝手にフランスに攻め込んだ戦いですから、シェイクスピアは朗々とうたいあげても、それで勝たれてしまったフランス軍はお気の毒。ゆえにまぁ英語圏のみで有名なスピーチということで。


さてところで、ホレイショ・ネルソン提督も、この逸話を好んだ一人でした。
と言ってしまったら本末転倒で、本来、ネルソンがこの逸話を好んだので、同時代を描いた海洋小説もこの逸話を使用している…と言うべきでしょう。

「Nelson's Band of Brothers」という特定グループを示す固有名詞があるのですが、これは1798年のナイルの海戦をともに戦った部下の艦長たちを指して、ネルソンが用いた呼称です。
ナイルの海戦は、ネルソン艦隊がフランス艦隊を、地中海を舞台に4ヶ月にわたって捜しまわった挙句の勝利で、その間に多くの労苦がありました。
追跡戦の途中でネルソン提督の旗艦ヴァンガード号は嵐のためマストを損傷、座礁難破の危機に見舞われます。旗艦を曳航し救おうとした部下に、2艦もろとも犠牲になることを恐れたネルソンは曳航索の切り離しを命じますが、部下の艦長は命令に背いて提督を見捨てず、ヴァンガード号は救われた…などというエピソードもありました。

ネルソンと部下たちの関係は、当時の海軍…艦長は神であり上の命令には絶対服従…の中ではかなり珍しい、柔軟性に富んだものだったようです。
ネルソンは、艦長もしくは司令官の権限にふんぞりかえることなく、常に部下たちの待遇(仕事をしやすい最適の状況を作り出す)に気を配り、その意見をよく聞いて、方針の決定に参加させることもありました。
38才という異例の若さで司令官職についたネルソンには外部の風当たりも強く、自然、部下たちの団結を生んだという事情もあるのでしょう。
ネルソンの指揮統率能力(Nelson's Leadership)というのは、効果的に機能した指導力の典型として、現代でも研究対象になっていますし、英国ビジネス界では今だに、Nelson's Leadershipと題した管理職講習があるようです。
でも思うに、現代よりもっと年功序列の厳しかったあの時代に、先任順位に関係なく、まだ30台だったネルソンを司令官に抜擢した当時の上司、フッド提督とジャービス提督も、ある意味凄い人物ですよね。


事実は小説より奇なり…と申しまして、もちろん小説は歴史的事実の迫力にはかなわないのですが、でも提督や艦長、部下たちとの実際のやりとり、人間関係などは史書からは想像するしかなく、そこに代替人間ドラマとしての小説の面白さがある。
というわけで、その部分を私は、同時代のフィクションである数々の海洋小説に求めているのでした。

それで話戻ってボライソー最新刊。到着したのはいいんですけど、実はこの巻ばかりは結末がすでにわかっているので、読むのちょっと辛いかな…と思っています。
この28巻は、日本語訳で言うと6巻と12巻の間に入るエピソードで、今まで抜けていたリチャード17才〜18才の一時期を描いています。
この時に何があったかは、12巻「スペインの財宝船」の冒頭に書かれていますので、読者は知っていますが、その詳細は今まで語られていませんでした。
この時期の話は、実は私は決して読めないだろうと思っていました。アレクサンダー・ケント氏がこのエピソードを書くことは決して無いのではないかと、アレクサンダー・ケントというペンネームの由来を知った時に、そう思ったのですけれども。

本名をダグラス・リーマンのケント氏は1924年産まれ。中等教育の途中に第二次大戦が勃発し、卒業と同時に彼は進学せず、17才で海軍に志願しました。戦争の最後の3年間に従軍し、終戦時には21才の中尉で魚雷艇の副長でした。
アレクサンダー・ケントというペンネームは、戦争の初期に戦死した友人の名前だそうです。
彼の第二次大戦を舞台にした海洋小説の中に、やはり卒業と同時に志願した17才の少年が、偶然にも配属先の艦でかつての同級生と再会し、目の前で失うという話があります。その時の彼にとってたった一つの真実が何だったか…という話なのですが、たいへん印象的なシーンで忘れることができません。
この28巻で17才のリチャードは、同い年の友人を失うことになる筈です。


TV版ホーンブロワーの第二シリーズのラスト、原作とは異なるあのラストに、白状すれば私は、決して読めないだろうと(当時は)思っていたボライソーのこのエピソードをだぶらせていました。
それと同時に、このTV版の脚本というかこの最後のストーリー展開は上手いなぁと感心していました。
ホレイショはアーチーという対等の友人を失って、海尉艦長職を得る。そこから艦長の孤独が始まるのだろうと。
その時イメージしていたのは、原作や、グレゴリー・ペックの演じた艦長ホレイショの孤高の艦長像でしたから、私はそれもあいまって、直後の任命辞令のシーンで不覚にも泣きました。
第三シリーズで、原作とは違って、ブッシュとあんなに仲良しさんだとは予想だにしませんでしたからね。

いや、それはそれなりでまたいいと、今は思っておりますが。

でも第三シリーズを最初に見た時はちょっと愕然としたことは確かで、「う、うそ…、ブッシュをウィリアムって名前で呼んでるよ」と絶句し(ぜんぜん原作と違うじゃないのっ!)、そして、それでは第二シリーズの最後で勝手に泣いた私はいったい何だったんだ…と。
TV放映で四夜連続で見てしまうと気づかれないと思うんですけど、私は第二シリーズと第三シリーズの間が3年あいてましたから、第二シリーズは第二シリーズで完全完結していたんです。

それでもやっぱり、ホーンブロワーを「ホレイショ」と呼ぶ対等の友人はもうこの先登場しないでしょう(ブッシュはサーと呼んでいますから)。
その点を考えると、ヘニッジ・ダンダスやスティーブンのいるジャックは幸福な艦長だと思うのですが。

対等の友人を失うリチャードですが、その後多くの信頼できる部下=幸いなる少数との出会いがあり、階級・立場の差はあっても生涯の友と呼べる存在が現れます。
その先の物語を知っている今は、ある意味安心して28巻のページを繰ってよいのでしょうか。


2005年10月15日(土)