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Sail ho!
Tohko HAYAMA
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Sail ho!:映画「マスター&コマンダー」と海洋冒険小説の海外情報日記
先任順位

2つのネタで週末更新を予定していたのですが、調べものが終わらずupすることが出来ませんでした…ので代わりに、かなり脇道かもしれない雑談など。

先日、1805年10月に誰が何処にいたか?を調べていた時に、ふと妙なことが気になり、資料をお持ちの方にわざわざ調べていただきました。
その気になった妙なことととは、
ジャック・オーブリーとホレイショ・ホーンブロワーは、はたしてどちらが先任なのか?

あの当時の海軍さんでは、これは一番大事なことでした。
席次からボートに乗る順番まで、全て先任順。艦長任命日が全てなのです。
ドラマ「ホーンブロワー1」で焼き討ち船が迫ってきた時も、ボートに乗る順番で「先任」を主張していた艦長さんがいましたっけ(笑)。

というわけで、この先任順位なのですが、オーブリーについては2巻「勅任艦長への航海」(下)275ページに「5月23日付で勅任艦長に昇進する」とあります。
ただ問題は、この5月が何年の5月かなのです。
オーブリーが海軍本部でメルビル卿からこの昇進を告げられたのは、1804年9月。さてではこの5月は翌年の5月なのか?それとも遡り辞令が交付されるのか?いったいどちらなのでしょう?
実はこれがけっこう大問題なのです。
というのは、ホレイショ・ホーンブロワーが勅任艦長になったのは、1805年の春から夏の間だからでして、5月23日が1805年であった場合、非常に微妙な問題になるのですね。

オーブリーの問題がはっきりしない以上、これはホーンブロワーの任官日付を詰めるしかないのですが、あいにくとこちらも、本編には詳しく書かれていません。
けれどもありがたいことにホーンブロワーには「ホレイショ・ホーンブロワーの生涯とその時代」というC.N.パーキンソンの研究書(?)があります。
私は残念ながらこの本を持っていないのですが、この件、先日のオフ会の折りにこの本をお持ちのT氏にお願いして調べていただきました。(ありがとうございました。)

それによりますと、この本にも正式な任官日は明らかにされていないとのことです。しかし、
「ホレーショ・ホーンブロワーの生涯とその時代」P.176によると
「しかし、後任にもかかわらず、彼は沿岸防備隊の体調に任命された。これで
1805年6月1日以降、ホーンブロワーは少なくとも制式艦長の資格を持つ
ようになった」との記載がある。
とのことです。

ということは、一応ジャック・オーブリーの方が先任と考えて良いのではないでしょうか?
ですからもし、「M&C」のロンドン・プレミアにヨアン・グリフィスが招待されたとしても、彼はラッセル・クロウを先任として立てなければならないわけです(???)。
ちなみに年齢では、オーブリーが1770年生まれ、ホーンブロワーは1776年生まれですから(10月21日にご紹介したM.S.氏の一覧表による)、オーブリーの方が6才年上です。

ちなみにオーブリーの部下であるサープライズ号の海尉たちは、みな1803年以降の海尉任官になりますので、1796年6月海尉任官のホーンブロワーの副長ブッシュには、とうていかないません。

★追加訂正
ジャック・オーブリーの勅任艦長任命日について、1804年5月23日であるという情報を、「Persons, Animals, Ships and Cannon in the Aubrey-Maturin Sea Novels of Patrick O'Brian」(10月29日付け参考書籍をご参照ください)をお持ちの方からいただきました。ありがとうございました。

というわけで、これでオーブリーの先任は確定です。さかのぼり辞令ってあの時代のも(あの時代だからこそ?)あるんですねぇ。


2003年10月26日(日)