umityanの日記
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今日は一月最後の日曜日。天気は上々。肌寒さは相変わらずだ。田んぼには誰もいない。いったい、人はどこで、何をしているのやら?。「誰もいない海」ならぬ、「誰もいない田んぼ」だ。雪国の人たちは、雪下ろしでさぞかし大変だろう。テレビで見たが、屋根から落ちて亡くなる人や怪我をする人も多いようだ。ただただ、自然の驚異に脱帽せざるを得ない。
僕にとっては久しぶりにゆっくり出来る日曜日。午後4時から、仲間内の会合があるだけだ。わいわいだべって、色んな情報を交換する。最近、知人の家が火事にあった。その、見舞金を持参することになっている。自然の驚異ではなく、ちょっとした不注意から起こったらしいが、これまた怖い。人間の不注意は防げることも多いが、ただ、自然の驚異には人知も及ばないところがある。
宇宙という大自然に抱かれた人間。その人間は地球での覇者だ。脳が発達し考えることを知った。昔、友人が言っていたが、「人間は考えることを知ってしまったため、悲しみを知ってしまった」と。同感。失恋の痛手はその最たるものだ。恐らく、友人はその時、失恋をしたのだろう。いやいや、これは悲しみだけの問題ではない。喜怒哀楽のすべてについて、そうである。
今月も終わり近くになり、僕は早速、一月を振りかえってみた。僕の喜怒哀楽は如何に?。ただ、忙しかったという思い出しかない。特に「酒をよく飲んだなあーー」という記憶ばかりが浮かぶ。「酒も仕事の内」と思えば、気も楽になるが、なにせ、交際費が追いついていかない。節くれ立った手をじっと見るのが関の山だ。昨年は腱鞘炎らしきもので、指の関節が痛かったが、今年はそれがなくなった。これも、如何に仕事をしていないかという一つの証である。
ネズミ男君も、一月の初めごろ一週間ばかり仕事にかり出されたが、今は、まだ仕事のお呼びが来ていないらしい。おじいさん、おばあさん相手に、ゲートボールに精出しているそうな。僕は言ってやったことがある。「ゲートボール仲間の、おばあさんから嫁さんを探したら?」と。彼は言う。「やめてよ。そんな気はないよ」と。うんんんん、この縁も駄目か?。
さああ、もうすぐ、二月だ。二月は去る月と言うが、梅の花がほころび、三月になると、桜が目を楽しませてくれる。自然は巡り、僕たちも新たな息吹を享受することになる。水は潤い、肌までが潤っているように感じる。いやああああーーー、この歳になると、もう手遅れか?。
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