umityanの日記
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2010年03月18日(木) 僕たちの旅(18)

僕たちは何度か危険な横断を繰り返しながら、観光スポットを見て歩く。沼の中に一本の大きな柱が立ち、その上に寺が建立されている。いわゆる「一柱寺」というやつだ。沼の周りを一周し、外観を観察した。なるほど、うまく出来ている。コンクリートの階段を上り、本堂の正面に至る。なかには仏像が安置され、我々を伺っている。「こりゃあーー賽銭ををあげなくちゃなるまいて」と、皆、幾ばくかの小銭を放り込んだようだ。いかなる利益があるやはしらねど、皆、神仏におねだりするのが好きなようだ。

バスで先に到着していた日本人客と再会した。「にこっ」と笑顔で挨拶したが、この笑顔の意味するところはなんだろう?と、妙におかしく思えた。「同国のよしみ」ってやつか?。僕たちはただひたすら案内人の後について迷子にならぬよう気を配った。

次のスポットへ向かった。「文廟」や「大教会」を訪れた。ここで一事件が。夫婦で来ていたツアー仲間の一人の男性が、カメラをひったくられた。油断があったのかどうかは知らないが、残念なことだ。これを聞いて、のび太君も、ネズミ男君も、ぐっと、かぶとの緒を締めたようだ。さもありなん。彼らのは10万円をくだらない高級カメラだからなーー。その点、僕、ジャイアンのは安物のデジカメ。なかば、ほころび掛けている。まああ、使えりゃあ、それでいい。案内人から、再度、注意を促され、僕達はそこを後にした。もちろん、大教会の前で、記念写真を撮ったことは言うまでもない。「チーズ」した横顔が妙にひきつっていた。

そうそう、アオザイの専門店にも行ったっけ。ここはさすがに高級アオザイの製造販売所。目もくらむような上質のアオザイが掲げられていた。なるほど、アオザイもピンからキリまでか。1000円のアオザイとは大違いだぜ。ネズミ男君に姪への土産として勧めたが、腕組みした彼の手は伸びなかった。僕は小用を済ませ、店の外に出た。通りの様子を観察したかったからだ。自転車に農産物や小物の商品をのせた農婦さんが僕の姿を見て、立ち止まり、「商品を買って欲しい」ような視線を投げた。そのときだ。アオザイの専門店の中から、売り子さんが出てきて、「あっちへいきなさい」と、指で追いやった。こういう光景を見ると、なんとなく悲しくなる。

そうこうしていると、やせた少女が近づいてきた。手提げバックの中には、キーホルダーがわんさと入っている。それを買ってくれと言いたいのだろう。言葉が通じない。少女はキーホルダーの一つを取りだして、僕の腰のベルトに当てた、「ここにつけるんだよ」と、しぐさで示した。少女の真剣で、透き通ったまなざしは、僕の心を打たないわけはない。僕は一個だけ購入した。いくらだったかは覚えていない。少女はうれしそうに駆けて去った。ちょっと、いいことをしたような気分になった。いけない、いけない。気の緩みは厳禁だ。

店を出て、歩道を歩いていると、今度はまたまた奇妙な光景に出会った。何かと言えば、おばあさんらしき人が赤ん坊を脇腹にかかえて、車道の端っこを走りながら、我々を追いかけてくる。これを見た、のび太くんが曰く。「誰か赤ん坊を置き去りにしたので、置いた人を探しているよ」と。さすが、貴公子、のび太君の発想だ。僕、ジャイアンは笑いながら答えた。「何、言ってんの。赤ん坊を置き忘れるわけはないじゃん。赤ん坊がお腹を空かしているから、お金を恵んでくれと訴えているのさ」と。貧困は人をいろんな行動に駆り立てる。社会のひずみというものか?。考えさせられる局面だった。

次に向かったのはホアンキエム湖という湖を左手に見ながら遊歩道を歩いた。至る所にベンチが設けられていて、右も左もアベックのオンパレード。観光客を気にもせず、キスを「チューチュー」やっている。結婚式を終えた後なのか?、純白のドレスを着た花嫁と花婿ガ湖の畔で、たたずんでいた。これだと言わんばかりに、のび太君はカメラのシャッターを切った。なるほど、ここは恋人の憩う場所。男と女に関しては世界共通だ。僕たちはもの欲しそうに一瞥を投げ、その場を通り越したことは言うまでもない。若いってすばらしい。「あの頃に戻りたーーい、戻れない。戻りたーい、戻れない・・・」






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