umityanの日記
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2008年03月15日(土) 「春なのに」で涙が出ます。

三月はまさに卒業の季節。学生ならば卒業。サラリーマンにとっては人事異動。これも、新たに出発するという意味では卒業になるか?。僕はすっかり忘れていた。この季節に相応しい素晴らしい歌があったのを・・・。

先日、父親の法要とかで、ネズ君(スネ夫君の兄)が当地にやってきた。四ヶ月ぶりの再会である。当然、旅行仲間5人(スネ夫君、のび太君、ドラえもん君、ジャイアンの僕)が揃った。僕たちはとあるスナックへ乗り込んだ。そこで互いに抱擁しあい、旅行の思い出に浸ったわけだ。

最年長とも言えるネズ君は、マイクを持って歌い出した。少々酔っているためか?ご機嫌だった。可もなく不可もない彼の歌に僕たちはだべりながら拍手を贈る。そんな時、急にドラえもん君が、聴きたい歌があるという。「へえーーー、珍しいなあーー。歌の注文なんて。ところで何の歌?」と問うたところ、な・な・なんと、柏原芳恵さんが昔、歌っていた「春なのに」という曲目だった。

「どんなメロディーだったっけ?」と思い出そうとしたが、メロディーが出てこない。すっかり忘れていたのだ。幸いカウンターレディーの、「祐子」さんが、下手だけど歌えると言う。「じゃあーーお願い」と言って、彼女のバージョンで聞くことにした。ちょっと、音程が狂っていたように思ったが、ドラえもん君が「そう、それそれ」と、感動したように言う。僕は「なるほどねえーーー」という気持ちで聞いていたが、いやああああーーー、この歌は実に良い。今の時節にぴったりで、なんと言っても、歌詞とメロディーがぴったんこだ。

その上に、歌っている柏原芳恵さんの美しいこと。彼女ほど美しい女性がこの世にいるだろうか?。いる。いない。いる。いない。うんんん、これは個人的主観の問題だ。どちらでもいいか?。僕は今頃になって、たちまち彼女の虜になってしまった。不純な僕にはもったいことは重々承知の上で・・・・。

「春なのにお別れですか?。春なのに涙が出ます。春なのに、春なのに、ため息、またひとつ」。僕も今、ため息をしながらこの備忘録を書いている。そう言えば、高校時代は何度もため息をついた。僕のため息はこんな ロマンティックなため息ではなかった。「受験に失敗して、花が散るかもしれない。ああああーーーつ、神様仏様・・・」という嘆きのため息だったようだ。

「卒業しても、白い喫茶店。今まで通りにあえますねと・・・・。記念にくださいボタンを一つ。青い空に捨てます」。この歌詞を読んだとき、単純な僕は思ったものだ。「ボタンなんかもらってどうすんだべー?。空に向かって捨てるなんて、もったいないじゃん。」とかなんとか。おくての僕には、恋いとか愛とか、人との別れを慈しむ高尚な感情はまだ持ち合わせていなかったようだ。今の若い人たちはどうなのかよく分からないが・・。うんんん、記念のボタンを空に向かって投げるのは、それは友との別れ、と同時に青春との決別、新たなる旅立ちを意味しているのかもしれない?。

青春とはまさに青い春。うら悲しく、ため息ばかりである。僕にも青春があったのだろうか?。思えば高校時代は喫茶店へ行くこともまれ。田んぼのあぜ道を、ひたすら自転車のペダルを踏んで、学校と我が家を往復することに奔走したように思う。そんな僕も大学時代にはよく喫茶店へ行った。コーヒーを飲みながら、ひたすら新刊のマンガを読みあさったっけ。喫茶店のマスターも、そんな僕を温かい目で見てくれていたようだ。まだ恋いは覚えじ。というより、ふられて、リンゴ箱ベッドで、おいおいと泣いた記憶のみが鮮明に蘇る。

時が流れ、娑婆世界で、もまれもまれ生きてきた。そんな中で、僕の好きな歌もいろいろと変化してきた。「春なのに」という歌は、ドラえもん君が注文するまでは、僕の脳裏になかった。もっぱららスナック等でおらんでいる歌は、百恵さんの「コスモス」、いるかさんの「なごり雪」、誰の歌だったか忘れたが「会いたい」、ストーカーではないが「待ち伏せ」。南こうせつさんの「神田川」だった。そして、今や、僕の新たなるレパートリーの一つとなりつつある歌が、この「春なのに」である。春なのに・・・・・、いやああーーー、ため息が出るぜ。

今、おらんでも誰も涙してくれないので、自ら涙することにしよう。


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