umityanの日記
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2008年03月03日(月) 遺言書かあーーー。

今朝、ドラえもん君(本業の同業者)が我が家へやってきた。何かと思えば、遺言書について聞きたいという。「へえーーー誰の遺言?」と尋ねると、身寄りのないさる人が、死後のことをすべてドラえもん君へ託すのだそうだ。そのために、その人が遺言書を作りたいらしい。「なるほどねーー」、遺言書か?。世間にはよくあることだ。

幾ばくの財産があるのか知らないが、手っ取り早く、確実なのは、やはり遺言公正証書を作ることだろう。その手続関係について説明すると、分かったような分からなかったような顔をしていたが、彼のもっぱらの心配ごとは、「遺言する人が亡くなるまでの面倒を誰がするのか?」ということらしい。「そりゃーーー、遺言執行者として、あんたが指定されるのなら、あんたが、せにゃあーーなるまいて」と言ってやった。

確かに、身寄りにない人の生前の後始末、死後の後始末は大変なことである。プロに頼む手もあるが、彼は遺言執行者となる男だ。当然、なんでもしてあげなくてはいけないだろう。生前には、余命幾ばくもない人を入院させ、生活関連の色んな手続(部屋の家賃、水道光熱費、介護保険、色んな機関との折衝、話し相手等)をしなければならない。行政が肩代わりする部分もあると思うが、その相手はやはり、遺言執行者となるべき人であろう。

「じゃあーー、生前の諸々の費用等は僕が立て替えて払わねばならないの?」とドラえもん君が聞く。「遺言者の手持分があれば、当然、それを預かり、その中からドラちゃんが払えばいいじゃあない。足りなければドラちゃんが、立て替えて払うべきでしょう」と、僕は言った。彼が語るには、そのことを遺言者に言いにくいらしい。てな訳で、「今度、遺言者を連れて一緒に僕の所へ来るから、僕から話して欲しい」と言う。それもそうだ。第三者から話したがいいだろう。これで、話しが決まった。「ドラちゃんも、図体だけは大きいが、意外と了見が狭いぜ」と思ったが、日頃なじみがない遺言等になればそうだろう。

僕も色んなケースを見てきたが、遺言書のない場合は、相続人の確定から始まり相続財産を確定しなければならない。相続人が確定すると、法定相続に寄らない場合は、遺産分割等をして、もらう分を確定させるわけだ。この話し合いがうまくいけば、一件落着。ただ、世の中はそんなに理想的ばかりには行かない。相続人同士の骨肉の争いとなる場合もある。その点、遺言書があると、これは亡くなった人の最後の意思表示。大事にしなくてはならない。結構、遺言書通りでまとまることも多い。

僕も、父の妹である叔母が未婚で子供もいないまま亡くなったとき、その後始末で、少々不愉快な思いをした。遺言書はなく、兄弟姉妹の四人が相続人となった。遠方にいた叔母の見舞いやら、葬儀(時間が間に合わなかったが)には代表で僕が赴いた。ホスピス病棟に入院していた頃、叔母を車いすに乗せ、院内を散歩したとき、水槽の中で泳いでいる金魚たちを、じーっつと見つめていた叔母の姿が今でも忘れられない。その時、後の始末は全部僕がしてあげようと思った。

当初は、僕が後始末のため、現地へ行くことになっていたが、急遽、長男である兄がその後の全部を仕切った。母は相続人ではないし、兄であれ、次男坊の僕であれ、どちらでも良かったと思うが、墓守は長男がするわけだし、母も長男の近くにいる。僕としては若干のしこりはあったが仕方がない。叔母はやはり、先祖と自分の墓守のことが一番心配だったのだろう。兄から送られてきた書類に捺印して返したら、幾分かの分配を受けた。

僕はいつも思っているが、「下手に財産を残すよりは、使い切ってこの世とおさらばしよう」と。もちろん、葬式代と若干の必要経費は残すべきかも知れないが・・・。遺言書の相談から話しがあらぬ方向へ行ってしまった。

この話しはこれで止めにして、今宵は弟(仕事仲間)が主催する落語の講演会へ行こうと思っている。僕は40枚のチケットを託され、35枚を売りさばいた。といっても、これは僕の実力ではない。行きつけのスナックや小料理屋へ依頼していたら、見事に捌いてくれた。僕の実力はほんの5枚か?。弟が1800名収容の会場で、挨拶をするそうな。先日、テレビでおらびながら、広報していた彼の姿を見たが、幾分か手が震えていたような・・・?。僕にも経験があるが、挨拶はもうこりごりだ。今宵の彼の挨拶が楽しみだ。

さああ。出かけるとするか。





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