umityanの日記
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| 2007年12月19日(水) |
僕らの旅パート14〜15。 |
僕らの旅パート14。
母屋へ行くと、方丈様が我々のために朝食の準備をなされていた。「こりゃあーーまずい」と僕たちもお手伝いし、方丈様をまじえ、朝食をとりながらにこやかに会話が弾んだ。今日の日程に話しが及ぶと、方丈様より建築中の多目的ジャズホールの開店が明後日なので、今日は前、前夜祭に我々を招待するとのこと。願ってもない幸運に出くわした。午後の3時に日本人街で待ち合わせることになった。
「それじゃーー今日はみんなで日本人街へいくかあーーー」とスネ夫君が提案。皆大喜び。初めて五人そろっての町探索だ。僕たちは電車とバスに乗って日本人街らしき一角へ降り立った。日本人街はチャイナタウンに比べるとかなり小さく、ワンブロックの中に押し込められたようにたたずんでいた。日本語で書かれた看板が目立つ。確かに、日本にいる感じである。
中心の広場を挟んで食堂街と商店街が向かい合っていた。僕たちは、まずは腹ごしらえと、食堂街へと赴いた。「うどん」が食べたかったので、店を探すと、すぐ目の前にあった。「ここにすべー」と中にはいると、日本人らしきウエイトレスさんが注文を取りにやってきたが、日本人ではなかった。やはりここは外国なのだ。
メニューは日本語で書かれていたが、料金はドル表示。丸を二つ足すとほぼ日本円になる。かなり安い。僕たちはビールを頼み、あとはめいめい好きな麺類を注文した。僕は シンプルな「卵うどん」を注文。程なく運ばれてきたが、いやああーーーー量が多い。「すべてがラージだぜ」と皆、笑いあった。
小用を足すべくレスト・ルームの位置を尋ねると、なんと、帰ってきた言葉は、「となりの店へ行ってください」との事。隣の店へ行くと、既に使用許諾がなされているのか、快く使わせてくれた。もち、帰り際、「サンキュー」の一言をウエイトレスさんに述べた。この辺が大事なんだよなあーー。
ただ、ここでも感じたことだが、店内はこぎれいでも、レスト・ルームは片隅の一角へ追いやられ、中は狭く小汚なかった。日本とはまるで逆だ。何を大事にするかという価値観の相違なのかもしれない。
待ち合わせの時間にはまだ二時間ばかりあった。僕たちは町中を見学した。日本の食材が大量に置かれたスーパーがあった。いやあーーー、中に置かれている商品のでかいこと。のび太君はすかさず、そのでかい商品群をカメラに収めた。どこかの店のスパイだと疑われることもなかったので幸いだ。沖縄から出店している人や、日本の都会から来ていたおばさん達と出会った。「まあ、そうなの、おほほほ・・・・」と、よくしゃべる元気なおばさんだった。日本語が通じることに僕たちは一種の安堵感を覚えた。
約束の時間が迫ってきた。この町にあるお寺が待ち合わせの場所だった。「コンコン」と大きな扉をノックすると、頭を丸めた若い日本の僧侶が僕たちを出迎え、茶を出してくれた。こちちらへ来てまだ五年目だそうだ。いやああ立派な寺である。日本の仏教がこういうところでも、息づいていることを嬉しく思った。
しばらくして方丈様がやってきた。僕たちは二台の車に分乗し、開店2日前という多目的ジャズホールの現場へと向かった。
僕らの旅パート15。 およそ、10分程度で車は現地へ到着。通りに面したビルに大きな看板が掲げられていた。奥様の名前からつけたと思われる屋号が 太陽光線を浴びてサンサンと輝いていた。
僕たちは方丈様に引率され、おそるおそる中へ入っていった。まさに工事の最終段階で、スタッフが慌ただしく動き回っている。寿司バー、ワインバー、和洋食のレストラン、その奧に350名以上は入るかと思われるジャズホールが設けられていた。僕たちは邪魔にならないように、柱のそばにたたずんだ。方丈様は奥様を捜しに店内をうろうろしていたが、なかなか見つけられじ。それほど、店内は広く、ごった返していたわけだ。のび太君はここでも、テーブルに広げられていた設計図を見て、写真をパチリ。「おいおい、そんなことして大丈夫か?」と聞くと、「ノーープログラム」と言ったので皆大笑い。「ノープロブレム」じゃああないの??と、ネズ君が訂正。のび太君は知らぬ存ぜずの顔。「こりゃあーー明後日の開店に間に合うのかしら?」と、皆、不安な様子。
なんでも、この建物と敷地は市当局が提供してくれたらしい。今、内装を必死で行っているわけだ。費用も億円をはるかに超えるとのこと。これには驚いた。方丈様と奥様は、この店を含め数店舗をきりもみしながら、借金を返していくという。こんな異国の地で日本人がアメリカン・ドリームに挑戦している姿に驚いた。また、こういう地だからこそ 、それが実現できるのだろう。いみじくも、方丈様が言った。「事業に失敗したらすべてを手放し、山奥の小さな寺で暮らすさ」と。 うんんんん人生とはまさに異なもの、奇なものである。
奥様が見つからないと言って、方丈様が戻ってきた。僕たちは邪魔にならないように、とりあえず外の喫茶店で、前・前夜祭の開幕まで待つことになった。ネズ君とドラえもん君とのび太君は店内でコーヒーを飲む。方丈様とスネ夫君とジャイアン(僕)の三人は、店の入り口横に置かれたベンチに腰掛けた。タバコを吸うためである。この地では店内はどこも喫煙は禁止。外で吸うのはかまわないが、ポイ捨ては厳禁。スネ夫君はいつも、愛用の吸い殻入れのケースを持っている。僕も、スネ夫君から一本タバコを恵んでもらい、方丈様共々、プカプカやりだした。くらくらっと、めまいが走る。煙が大気に溶けていく。生きていることを実感。道行く人たちが怪訝な目で我々を見る。
方丈様が言う。「こういう異境の地での、かしこい生き方は自分の主張を持つこと。人に追随ばかりではいけない。すぐ、だまされてしまう。いかに自己確立をはかって生きるかかが大事だ」と。なるほど、そうかもしれない。タバコを堂々と吸うのも自己主張の一つだ。要は、ポイ捨て等、法を犯すことなく、決まっている規則は規則として遵守すればいい。原を決めてかかることが大事なようだ。
前・前夜祭の準備が整った由。僕たちは再び会場へと赴いた。そこには既にオーナーたる奥様が待機していた。僕たちは丁寧に招待の感謝を述べた。階段の下に設けられた、小さな庭に、仏像様が安置され、船の形をした大きな生け花用器がが置かれている。そこの前で方丈様と奥様のツーショットをカメラに収めた。
さああ。いよいよ、準備が出来たジャズホールの中へ案内された。
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