埃まみれのノートブック
Index|past|future
| 2003年12月14日(日) |
十三回忌(とそれに伴う様々な思い出) |
祖父が亡くなりもうこんなにも月日が流れてしまいました。 正確には、亡くなった年も含めるから十二年なんだろうけれど。 中学校で仲が良かった女の先生と友達とお喋りしていた放課後に 家から電話があったのをよく覚えています。 正確には、馬鹿担任が伝言をしに来たのですが。 「お祖父さんが倒れた」と。 クリスマスが近い、年の暮れでした。 それから一週間くらいして、祖父は逝ってしまいました。 心筋梗塞でした。
小学生の頃、妹と一緒に祖父と祖母の家に泊まりに行って とても楽しかったのを今でも思い出します。 小学校の通学路は祖父の家の近くで、朝登校している時に 散歩をしていた祖父と会った事もよくありました。 そんな祖父は、沢山いる孫の中では妹が一番好きでした。 少し痴呆気味だった祖父は、沢山いる孫の名前を全部覚えている事が 出来ませんでした。 その中で、妹だけは別でした。妹は孫の中で一番幼く、 一番可愛かったのでしょう、いつも「N子」と妹の名前を 嬉しそうに呼んでいました。 そんな祖父の姿しか記憶に無い私ですが、若い頃は 小学校のPTA会長をやったりした、かなりのやり手で有名人だったらしいです。
その祖父の十三回忌の法要(と言っても親戚中で飲んだり温泉に入ったりして 楽しんできたらしいけれど)がありました。
私は、行きませんでした。因みに妹も行きませんでした。(妹は仕事だったから) 私は冷血人間かも知れません。 親戚の人たちにどうしても会いたくなかったから。 そんな理由で、ごめんね。
両親が言っていたのですが、AとM(従姉妹の名前)が私と妹に会いたがっていた と。
A(姉)とM(妹)は、私と妹とそれぞれ一つ違いで幼い頃から仲が良く よく泊まりに行ったりもしていました。 大きくなるにつれ、私はAが嫌いになり、会うのを悉くやめていました。 最後に会ったのは、私が高3の頃かな…随分経っちゃったな…
Aは私より一歳上で、典型的な普通の田舎の女の子でした。 子供の頃は好きだったし仲が良かったけれど、 彼女の冷たい一面と腹黒い面を見てしまってから、 拒否反応を示すようになりました。 挫折を全く知らないまま成長してしまったので人の痛みが分からない 人間でした。妹のMは、可愛かったし腹黒くも無かったので 嫌いじゃなかったんだけど。 最後に会った時、Aは「ババア(祖母のこと)大嫌い。あの人が 死んでも私絶対泣かない」と言っていたのです。 それを聞いて何なのこの人は…と言葉も出ませんでした。 祖母は良い人です。もう高齢ですが、今でも元気です。
そんなAが、今日、祖母の手を引いて歩いていたと母から聞き ビックリしました。あの人も変わったんだなあって。 母も驚いていたけれど。 AはAなりに、大人になったんでしょう。
会いたがっていたと言うのに、会えなくてごめんなさい。 もう少しして、自分に少しでも自信が付いたら会います。
人は変わる。良くも悪くも。 色々と考えされられました。
いつまでもウジウジ変わらないのは私だけなのかも知れません。
最後に 十三回忌には行けなかったけれど 私は祖父の事を忘れてなんていません。 今でも心の中にいます。 時々独りで、祖父が眠るお墓に行っているのです。 密かに、こっそりと。 そして手を合わせ、空にいる祖父に話し掛けています。
おじいちゃんごめんね。
こんな私だけど、見守っていて下さい。
そしてAとMへ いつか会おうね。また昔みたいに笑いあえたらいいな。
P.S Kさんメールありがとう(^-^)すごく嬉しかったです。 私も書くので今しばらくお待ちくださいませ。m(_)m
|