オヤビン日記
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2005年10月16日(日) さいきんのできごと

10日くらい前に、入院中の父が肺炎になった。
正直いよいよかと思って泣いた。

幸い肺炎の症状は改善したから、今はちょっとだけ安心。
でも、もう筋力が衰えてきて自分で物を飲み込むのは難しいとのことで、
食事はやめることになり、点滴で栄養を取っている状態。
それに血中の酸素濃度が落ちてきてたので、
鼻から酸素を吸入している。

パーキンソン病の症状が出て3年くらいかな、
入院してもう1年半になる。
ここ1年は筋力が落ちてきて寝たきりだし、
ここ数週間は物を飲み込めなくてむせることも増えていた。
痴呆の症状もかなりあるし、
発声も不明瞭だから意思の疎通はほとんどできない。

ものすごく悲しいけれど、現実として受け入れなくてはいけない。
あと1年ちょっとで80歳なんだけどな…



それよりも困ったのは母のこと。
肺炎と聞いた途端もうだめだと思い込み、泣いてばかり。
さらにわたしとの話題と言えば父の葬式のことばかり。

くまおと私と3人で8日に会ったときに、
「葬儀のことは僕とchappyとで全て仕切りますから、
お母さんはお父さんのそばにいるだけでいいですから。」と
くまおが言ってくれたのに、それでも安心できないらしい。

母は誰に連絡するかはもちろん、
葬儀屋や葬儀の場所、さらには祭壇や霊柩車まで、
既に葬儀屋に行って全部決めてきて、
お金も準備できたと言っている。

そこまで準備できているのに、まだ
そのときになったらどうすればいいのか。
私は喪主なんてできないからくまお君にお願いする。
当日は何人来るのか。食事は何人分頼むのか。
誰はどこに泊まるのか。喪中の葉書は誰に出すのか。
などなど電話で延々と葬儀の話をして、
挙句には「くまお君と3人でもう一度葬儀屋に行く」という。

葬儀の生前予約が大事だというのは分かるけれど、
今からこれ以上何をどう準備するというのか。

くまおはそんな母に「それはもう病気だよ!」と腹を立てている。
くまおだって私だって、葬儀屋に行く時間があるくらいなら
父のそばにいたい。

母も74歳で一人暮らしなんて不安だろうし、寂しいと思うけれど、
ここまで取り乱されると私だって支えきれない。
泣いてばかり、葬儀の話ばかりでは会う気がさらに失せてしまう。
ずっと仲が悪くて私が寄り付かなかったから、
母が信頼してくれていないみたい(実際母にもそう言われた)。
ひとりっ子ってこういう時にいやだな。


幸いくまおは私と逆でとても楽天的だし、
くまおのお母さんも私の愚痴を聞いてくれて
アドバイスをしてくれるから救われる。
あんなにいやだった仕事にも救われている。



そんなこんなで、いつもの生活に加えて
片道1時間半かけて病院へ行ったり、
電話で母の話を聞いたり、父のことを考えたりと、
身も心もぐったりしていて
日記を書く気になれなかった今日この頃。


でも、仕事は居眠りしながらもなんとかやっているし、
映画も見に行っているし、習い事も続けているし、
もちろんSMAPのテレビも見ている。

辛いからといって家で泣いているだけじゃなくて、
ちょっと無理をしてでもいつもどおりの生活をすることで、
辛いことにも潰されずにいられるんじゃないかなって思っている。





-My追加-

長々と失礼しました。
日記を書いたらちょっとすっきりしました。


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