セクサロイドは眠らない

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2004年10月04日(月) 隙のない服装。この女が誰かと寝るところなど、想像できるだろうか?つい、口にしてしまった。「いい加減、男を見つけろよ。」

美人ではないが、いい女だと思った。

中小企業の二代目が集うくだらないパーティでのことだ。彼女は彼女が勤める会社のボスの代理だった。昼間からゴルフばかりしているような男達の中で、必死で名刺交換をし、まともに話をしようとしていた。が、多くのやつらは、彼女からの質問をはぐらかし、違う話に持っていってしまう。

ぐったり疲れて、部屋の隅で水割りを飲んでいる彼女に声を掛けた。
「こんな集まり、疲れるだけだろう?」
「仕事ですから。」
「お前さんのボスがここに来てたって、あいつらと変わらないことをやるさ。」
「でも、私はボスじゃありません。」
「分かった、分かった。」
「あなたも一緒なんですか?」
「僕?さあねえ。多分一緒じゃないかな。」

彼女は確かに疲れていたが、同時に瞳をキラキラさせていた。彼女はまだあきらめていない。そんな女と、二人になりたかった。退屈じゃない会話をして、笑い合いたかった。だから、誘った。

彼女はしばらく考えて、うなずいた。
「もうちょっと話をしなくてはいけない人達がいますから、それが終わってからでも良ければ。」

もちろん、いつまでだって待つつもりだった。

その日の唯一の収穫は彼女だった。

--

やっと二人になれた時、彼女は更に疲れていた。
「ごめんなさい。あんまりしゃべると頭が痛くなっちゃうんです。」
「分かるよ。そうでなくても、頭が痛くなる集まりさ。」

それから、話をした。女とビジネスの話をするのは久しぶりだった。主に、彼女がいろいろと訊いて来た。答えられる質問と答えられない質問があった。彼女の最大の勘違いは、全てに「正しい」答えがあると思っているところだ。

僕は、適当なところで彼女の質問をさえぎり、彼女のプライベートに関する話題に持ち込もうとした。だが、彼女はそれをやんわりとそらし、仕事の話ばかりするのだ。

しびれを切らした僕は、彼女の腰に手をまわした。

彼女は、そっとその手をほどき、丁寧に礼を言うと店を出て行った。

手元に残ったのは、堅苦しい肩書きのついた名刺だけだった。

--

それからは、仕事にかこつけて、彼女を誘った。何度か断られた挙句、やっとのことでデートにこぎつけた。もっとも、彼女はデートだなんて思ってない。ビジネスの延長だと思っている。

適当な嘘をまぜながら、彼女の真摯さを肴に酒を飲む僕がいた。

この前と同じように、あれやこれやと業界の噂話をしていた彼女は、ふと言葉を切った。

「ねえ・・・。」
「ん?何?」
「あなたって、手当たり次第に女の子と寝てるって本当?」
「誰が言ってた?」
「いろんな人。」
「噂が立ってんだな。」
「本当なの?」
「どうかな。」
「女という女とは、誰でも口説いて寝るって。」
「誰でもってわけじゃない。」
「じゃあ、噂は嘘なのね?くやしくないの?」
「嘘ってほどでもないし。第一、噂ってのは、いい噂でも悪い噂でもありがたいもんだ。無関心が一番良くない。」
「じゃあ、放っておくの?」
「ああ。そうさ。」
「分からないわ。」
「そうか。」

僕は、その時、微笑んでいたと思う。彼女が僕の噂を気に留めていてくれたことに。

「そろそろ場所を変えないか?」
「もう帰るわ。明日は、朝早くからボスと出張なの。」
「くだらないことを訊くけどさ。きみ、ボスと寝た?」
「ボスと?まさか。」
「ならいい。」
「仮に寝てたとしても、あなたには言わないけどね。」
「口が堅いってのはいいことだ。女に関する悩みの大半は、彼女達の口の軽さだからな。」

彼女は冷ややかな表情で伝票を手にした。

この前は払ってもらったから、今度は自分が払うという。

本当に可愛げのない女だ。

--

そんな風に、彼女とは続いた。

三年経って、彼女は会社を辞めたと言って、僕を呼び出した。

「おめでとう。」
僕は、言った。

「なんでおめでたいの?」
「自分の力を試す時が来たってことだろう?あんなボスの下でいるには、もったいなさ過ぎだ。」
「そんな格好いいもんじゃないけどね。」
「で?いくら出資させてくれる?」
「そんなこと頼みに来たんじゃないわ。」
「じゃあ、なんで呼んだの?」
「これからは、ライバル同士だなって思って。」
「そうか・・・。手ごわいな。」
「今まではあなたに甘えてたわ。何でも訊いてた。でも、そういうわけにもいかないわよね。」
「そんな風に堅苦しく考えなくても・・・。」
「だって、それが私なんですもの。」

相変わらず、隙のない服装。この女が誰かと寝るところなど、想像できるだろうか?

それをつい、口にしてしまった。
「いい加減、男を見つけろよ。」
「うるさいわね。放っておいて。そんな余裕ないわ。」
「けど、潤いってもんが必要だろ。」
「あなたとは違うわ。」

彼女はすっかり怒ってしまった。

それぐらいの軽口、うまく流せなくちゃこれからやってけないぜ。

僕は言おうとして、彼女の目尻が小さく光ったのを見た。

--

相変わらず、僕は、幾人もの女と。

結婚にだけは捕まらないよう、気をつけながら。

彼女と出会ったのは、意外な場所だった。僕らみたいな人間が人目を避けて楽しむために出掛けるようなちょっとしたリゾート地で、僕らは再会した。僕も、彼女も、お相手を連れていた。

実を言うと、ちょっとしたショックだった。

彼女の相手はあきらかに彼女より若く、彼女はとても幸福そうだったから。

「やあ。」
僕は言った。

「あら、偶然ね。」
彼女も微笑んだ。

その目が光った。挑戦的な目だ。僕に以前言われたことが気に障っていたのだろう。ほらね、私だって男ぐらい作れるのよ、と。そんな目をしていた。

僕らは、そのまま何も言わずに別れた。

--

彼女の仕事が成功していただけに、彼女と年下の部下とのスキャンダルは、結構な話題となっていた。

時折、見かける彼女はひどく憔悴していた。

彼女にしたら随分と投資のかかる恋だったのだろう。

少し化粧が濃くなって、少しアルコールが過ぎていたようだった。

--

彼女が自らの手でスキャンダルに終止符を打つのに、五年の歳月が掛かった。

久しぶりに会った彼女はすかり痩せていた。

「まだ会ってくれるとは思わなかったわ。」
彼女は、僕を素通りして、どこか遠くを見ていた。

「まさか。だって、友達だろう?」
「ええ。そうね。でも、男の人って、私みたいなのを友達って言わないのかと思ってた。」
「僕は違うよ。」

そうだ。僕は違う。

なあ、気付いてくれ。僕は、「違う」。

これが最大級の口説き文句だってこと。

「ねえ。あなたも知ってるんでしょう?私のみっともない恋のこと。」
「ああ。ちょっとだけね。」
「笑ってるんでしょ。」
「笑ってなんかない。」
「もう、立ち直れないかと思った。仕事もめちゃくちゃで。お金も、ほとんど彼に遣ってしまった。何も残ってなくて。」
「仕事があるだろう?」
「ええ。仕事だけ。結局、仕事が私を救ってくれたの。」
「仕事で恋の痛手は癒せないよ。」
「でも、もう、仕事しかないの。あんなことがあっても付いて来てくれる人もいるしね。」
「恋はいいよ。」
「もううんざり。恋だけは、二度としないわ。」

彼女は、きっぱりと言った。

深い深い傷跡が見えた。こんな彼女を一人にしておくわけにはいかない。

もう、初めて会ってから十五年が経とうとしている。お互い、いい歳だ。

「なあ。結婚しないか。」
僕は、言った。

「なあに?どういう意味?ねえ。それ。同情?」
彼女は、声を荒げた。

「怒らないでくれよ。」
僕は弱々しく言った。

「あなたが私を女として見てないってのは分かってるの。多分、誰にとっても、私って付き合うには最悪の女じゃない?」
「まさか。僕はそうは思わない。きみがそう思い込んでるだけだろう?」
「結局、私達みたいな人種は、仕事と寝るしかないのよ。」
「それだけじゃ、駄目だ。少なくとも僕には。」
「あら。一緒にしちゃってごめんなさい。そうね。あなたは違うわ。女が必要だものね。」
「きみにも必要だと思う。」
「いいえ。必要ない。」
「なら、なんで、こんな時、僕を呼び出した?」
「それは・・・。あなたしかいなかったから。」
「僕しか。そうだな。この十五年、きみのそばにいた男はそう多くない筈だ。」
「うぬぼれないで。」
「うぬぼれてなんかない。」
「笑ってんでしょ。もてない女だって。」
「そうじゃない。」

僕は、手にしたハイボールを飲み干して言った。

「結婚して欲しいんだ。ずっとそうだった。何年も掛かった。ずっと言わずに人生が終わってもかまわないと思ってた。言うべき時が来るまで言っちゃいけない言葉だと思ってた。」

彼女のグラスを持った手は震えていた。

「弱ってる時に言うべき時じゃないかもしれないけど、こんな時じゃなきゃ、こんな台詞言わせてくれないだろう?」
僕の声も、震えていた。

「随分と気が長いのね。」
彼女の横顔は微笑んでいた。

「ああ。そうだな。」
「私、ちっとも綺麗じゃないのに。」
「綺麗だよ。」
「嘘ばっかり。今まで、一度だって言ってくれなかったくせに。」
「言ったら、きみはうぬぼれて、他の男とくっついたかもしれないだろう?」
「悪い男ね。」
「ああ。悪い男だ。」

結婚という言葉を口にするまで、僕自身、彼女を愛していることに気付かなかった。

一緒に傷付くことができたから、それを愛だと。初めて知った。


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