セクサロイドは眠らない

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2004年09月29日(水) 色白で、長い黒髪。中には、女性の裸身が写っているものもあった。どれも美しい写真ばかりだった。

大学時代の親友が突然訪ねて来たのは真夜中過ぎだった。

驚いたが、嬉しかった。
「何年ぶりかな。」
「そうだな。15年ぐらいか?」
「そんなになるか。」

明日は休みだ、と、久しぶりにわくわくしながら酒の用意をする。
「今日は泊まってけるんだろ?」
「ああ。」

彼も嬉しそうだ。

「突然ですまなかったな。」
もう時計が三時を回るかというところで、彼が改まった調子でつぶやいた。

「構わないよ。」
「実は、頼みがある。」
「ん?何だ?」
「俺に何かあったら犬を引き取って欲しいんだ。」
「犬?」
「ああ。」
「犬か・・・。」
「駄目か?」
「いや。いいけど。」
「頼むよ。今じゃ、唯一の家族みたいなもんなんだ。」
「ああ。いいさ。」

事情はよく分からないが、彼が真剣に言ってくるのを断るわけにもいかない。彼が三度の離婚をし、それぞれの元妻達と複雑な関係を築いているのは知っている。彼の所有する資産も相当なものだから、そのことで頭が痛いこともあるようだ。だからこそ、彼にとって安らげる存在であるペットに思い入れも強くなるのだろう。私も、妻と死別して今は一人暮らしだ。気楽な生活を送っているから、犬を引き取ることに何の問題もなかった。

「だけどさあ。お前が犬を飼うなんて思わなかったなあ。」
「ああ。俺もだよ。」

犬のことを私に頼んだら安心したのか。友人はソファに腰掛けたままウトウトし始めた。私は、毛布を出して来て、彼の体にそっとかけた。

--

友人の入院の知らせを受けたのは、それから二ヶ月後だった。

見舞いに行くと、彼の体は、先日見た時より一回り小さくなっていた。

「例の件、頼んだよ。」
「ああ。」
「それから、もう一つ。預かって欲しいものがある。」
「何だ?」
「つまらないものさ。思い出の品。小さなダンボール一箱分だ。」
「いいけど・・・。俺が受け取っていいのかなあ。」
「ああ。頼む。」
「分かったよ。」
「俺はもう長くはない。」
「何言ってんだよ?」
「分かってたんだ。犬だけは、頼む。」
「ああ。」

これが最後になるかもしれない。何となく、彼の顔を見てそう感じた。
「一つだけ教えてくれよ。犬の名前。」
「ああ。名前ね。マサエだ。」
「分かった。」

人間の女性のような名前に、彼の特別な感情を感じた。もちろん、黙っていたが。

--

彼の家に行くと、彼が説明した通り、玄関口にダンボールが置かれてあった。それから、庭に回ると、犬がいた。マサエだ。

なるほど。美しい犬だ。黒く澄んだ目がこちらをじっと見ている。僕を見ても吠えたりしない。僕の顔を見て、何があったか理解したようだ。

「おいで。」
私は、マサエを自分の車に乗せた。

「ここを離れるのは辛いだろうが、辛抱してくれよ。もうすぐきみの主人はすっかり良くなって病院から帰ってくるからね。それまでの辛抱だ。」

もちろん、マサエは何も言わない。

家に着くと、私は、マサエの新しい家に連れて行ってやった。
「気に入ったかい?きみの好みがよく分からなくてね。知り合いの大工に頼んだんだよ。」

マサエは、しばらくすると、自分の家に入っていった。どうやら気に入ったようだ。

--

夜、グラスを傾けながら、ダンボールの中身を見る。

中から出て来たのはアルバムだった。

彼と、美しい女性の。

なるほど。これは、彼の親族にも見せられないものだ。この女性の存在が知られたら、かなり厄介なことになりそうだ。この女性は今、どこにいるのだろう。

五冊のアルバムは、全て、その女性の写真で埋め尽くされていた。色白で、長い黒髪。中には、女性の裸身が写っているものもあった。どれも美しい写真ばかりだった。友人が、彼女の美しさをとどめようと夢中でシャッターを切る姿が目に浮かぶようだった。

三冊目を見終わる頃には、もう、ほとんどその女性に恋をしていた。彼女の恥じらい。彼女の情熱的な眼差し。愛する人の前に全てをさらけ出す喜び。写真には、二人の想いが溢れていて、私は嫉妬すら感じていた。

五冊目に入る頃には、この女性に会いたくて仕方がなくなっていた。今どうしているのか。なぜ、このアルバムを受け取るべきは私で、この女性ではないのか。

最後の写真を見て、その理由が分かった。

最後の一枚は、女性の写真ではなかった。犬の。茶色い、美しい毛並みの犬の写真だった。

私は、深い深いため息をついた。

--

翌朝、私は、マサエを散歩に連れて行った。

マサエは、大人しく私に引かれて歩いた。

少しためらったが、思い切って切り出してみた。
「写真見たよ。」

マサエは、立ち止まって、私の顔を見た。

「きみが、あのアルバムの女性なんだね。」

マサエは、また黙って歩き出した。

なぜ犬になってしまったのか。知りたいと思った。

その夜、マサエを自宅に招いた。

「なぜ、犬になってしまったんだい?」
私は、訊ねた。

「あの人を愛してたからです。」
美しい声が響いた。

それは、どこか別のところから響いているように思えた。

「自分から望んで犬になったの?」
「ええ。そのほうが、何かと面倒がないということになったんです。ご存知でしょう?あの人の周りにいる人達。あの人達のせいで、彼はとっても不幸だったんです。だから、彼がもう長くないって分かった時、彼はとっても私のことを心配して。それで、私は犬になったんです。」
「そうか・・・。」
「ごめんなさいね。」
「いや。いいんだ。だが・・・。その・・・。きみは、もう人間の姿には戻れないのかい?」
「どうでしょうか。」
「まさか、一生その格好なんて、きみも嫌だろう?」
「そうでもありませんわ。」
「もったいない。」

彼女は、怒ったのか。もう何も言わなかった。あのアルバムを見てしまった後、私がマサエを見る目つきに変化が出てしまったのかもしれない。

「すまない。」
私は、謝り、マサエを彼女の犬小屋に送っていった。

--

女の夢を見る。人間だったマサエの、あの美しい肢体。あんな美しい女を抱いていたのか。

だが、マサエは、あれから二度と私と話をしない。

毎日が淡々と過ぎて行く。

--

親友が亡くなったのは、マサエを引き取って一ヶ月目だった。

マサエに告げ、
「葬儀は明日だそうだ。」
と言ったが、彼女は首を振っただけだった。

その夜の食事には口をつけなかった。

--

マサエに心を許してもらう術はないのかもしれない。もう一度、話ができたらいいのに。そう切望するようになった。

やましい心がないといったら嘘になるが、親友のことを語り合い、悲しみを分かち合いたかった。私も一人暮らしが長い。時折、ふと寂しくてどうしようもない時があるのだ。

嵐の夜。

外で、マサエがくぅん、くぅん、と鳴いている。

私は、慌てて外に出た。マサエが犬小屋の中で震えていた。

怖いのだ。

私は、マサエを家に連れて入り、シャワーで体を洗って、タオルで拭いてやった。

震えるマサエに、少しばかりのブランデーをたらした紅茶の入った皿をおいてやった。

すっかり体が乾き、震えが止まったマサエは、口を開いた。
「ありがとう。」

私は、マサエの背中にそっと触れた。

マサエは、体を寄せて来た。

「ごめんなさい。」
「いや。私が悪かった。」
「あの人が最後なの。私にとって。だから、もう、誰の前でも人間の姿になることはないわ。」
「分かってる。」

マサエの体の重みを感じ、その背中をずっとなでた。

マサエの体温を感じた時、私の体が、女性に対するそれのように反応した。私の心臓の鼓動は高鳴り、恥ずかしさを覚えた。

マサエも気付いていたにちがいない。

だが、マサエは何も言わなかった。

--

それからも、私達の関係は変わらなかった。

相変わらず、マサエはしゃべらなかった。

ただ、雨の夜だけは、私の部屋で一緒に寝た。

それで良かった。それで充分だった。

--

親友が亡くなって、ちょうど一年が経った頃。

マサエは、具合を悪くしてしまった。

医者に診せても、はっきりと原因が分からない。

私は、何とかマサエを治してやりたいと思った。

だが、マサエは言うのだ。
「このまま、死なせてちょうだい。」
と。

私は、泣いた。

マサエは・・・。

微笑んでいるように見えた。

あいつのところに行けるのが嬉しいのかい?

そう言おうとして、また泣けて来た。

私は、一晩中、マサエの背を撫で続けた。

明け方、マサエは、ふらふらと立ち上がった。

「どこに行くんだ?」
「ここでは、駄目。」
「何が駄目なんだ?」

マサエは、玄関に走り出た。慌てて、追う。

マサエは、それからゆっくりと振り返った。犬ではなく、女の姿がそこにあった。あの写真の。

私は、動けなくなった。

マサエは、微笑んで。私の体に手を回した。私は、その小さな美しい顔に口づけた。

「行くわ。」
マサエは、きっぱりとした声で言った。

「ああ。」

--

あいつの墓の前で、一人の女が亡くなっていたと。

誰かからそんなことを聞いた。

私はといえば。

何となく行きたくなくて、あいつの墓参りをしていない。

マサエのアルバムは燃やした。

一枚を残して。

美しい犬。


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