セクサロイドは眠らない

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2004年09月27日(月) 「誰でもいいんだろ?僕じゃなくても。サワダじゃなくても。そいつの心を手に入れたら、次の男に行くんだろ?」

二学期に入っても、まだ、その転校生は誰とも馴染まなかった。

彼自身が誰ともしゃべらないせいもあったが、その美し過ぎる顔も、理由だった。

だが、たまたまクラスで二人一組のペアを作る機会があって、僕らは初めて会話を交わすことになった。

話してみれば、ごく普通の少年だった。僕らはあっという間に仲良くなった。少々子供じみたクラスメートに飽きていた僕は、彼と知的な会話ができることが嬉しかった。とはいえ、彼はどこか人を遠ざけるところがあったのは事実だ。

サワダ、というのが彼の苗字だ。

彼は、いつも左手の人差し指に絆創膏を貼っていたので、一度だけ訊ねたことがある。
「指、どうかしたの?」

彼は、ちょっと驚いて、それから、湿疹が出来ているのだとか何とか、答えた。

それから、彼、話を変えようとしたのだろう。
「アサミのこと、好きなの?」
って。

図星だった。僕は顔を赤くして、ああ、と答えた。

「いい子だよね。」
「うん。いい子なんだ。」

顔も可愛いけど、それだけが理由じゃない。

「でもさ。あの子、結構いろんなやつと付き合ってるよ。」
サワダは言った。

「知ってる。」
「うまいよね。あの子。」
「分かってるって。」

そうだ。上手いのだ。ちょっと考え事してる表情を捉えては、「どうしたの?」って訊いてきたり。誰も見てないと思ってたのに、「お昼休みに読んでた本、なに?」って声掛けてくる。そんな風に興味持ってもらえたら、誰だって好きになる。

「僕は嫌いだな。」
サワダは言った。

「分かるよ。アサミを見てると、僕もたまにイライラするんだ。こいつ、分かってるんだなって。そうやったら人の心を上手くつかめるって分かってるんだよ。」
「だけど好きなんだね?」
「ああ。」

サワダは、僕をじっと見つめた。僕も見つめ返した。彼の肌は薄くて女の子みたいだ、と思った。

心なしか、サワダの瞳は悲しそうだった。

--

いやな感じだ。

アサミは、どうやらサワダに興味を持ったらしい。

アサミは、そういう子だ。

あからさまじゃない。僕とサワダに、均等に話し掛けるのだ。だけど分かる。アサミのターゲットは、僕じゃなくてサワダだ。

僕は明らかに苛立っていた。サワダのせいじゃない。だが、サワダを憎み始めている僕がいる。

先手を打とうと思った。

「アサミさあ。今日、一緒に帰らない?」
「いいけど?サワダ君も?いつも一緒だよね。」
「いや。僕だけだけど。構わない?」
「もちろん。珍しいね。誘ってくるなんて。」
「たまにはね。」
「嬉しいな。」

アサミは、笑った。その日、授業の合間にも目が合うたびに笑い掛けてきた。そういう子なのだ。相手に、自分達のことを特別な関係だと思わせるのが上手いのだ。

--

「嬉しいな。一緒に帰れるのって。」
アサミは、本当に嬉しそうに言うから、僕は、嘘つきめ、と思った。

「サワダがいなくても?」
「サワダ君?やだ。そんな風に思ってたんだ。」
「うん。分かるよ。きみを見てたら。」
「そういうんじゃないよ。ただ、サワダ君ってちょっとミステリアスじゃない?」
「ああ。」
「何か、もうちょっと知りたいなって思っただけよ。」
「そういうのが恋っていうんじゃないの?」
「やだな。もう。そんなこと言いたくて誘ったの?」
「違うよ。」

僕は、立ち止まって彼女の肩を抱いた。

そして、口づけた。

アサミの体は、固くなった。

「ごめん。」
僕は、そういってアサミから体を離した。

「ちょっと怒った。」
アサミは小さな声で言った。

「だから、ごめん。」
「順番が間違ってる。」
「だから、ごめんって。」
「ちゃんと言ってよ。こんな、後で悩む感じじゃなくて。」
「分かってる。」
「ね。だから・・・。」
「分かってる。好きなんだよ。きみの事。」

アサミは、僕の手を握って来た。

僕も、握り返した。

それが月曜日のこと。

--

火曜日、水曜日。

サワダは、何も言わなかった。僕らの変化に気付いた筈だったけど。むしろ、少し距離を置いてるみたいだった。

僕は、アサミと一緒に帰るようになった。

「サワダ君、知ってるの?あたしたちのこと。」
「さあ・・・。僕は何も言ってない。」
「知ってるよねえ。」
「多分。」
「私、悪い事しちゃってるな。前みたいに三人ってのも好きなのに。」
「気になる?」
「そりゃ・・・。もちろん。」
「なんかムカつく。」
「そんなつもりじゃ・・・。」
「分かってるよ。」

僕は、アサミに対して怒ってる。何か違う。こんなじゃない。アサミの心が欲しかったけど、アサミと一緒にいても、彼女のことが全然分からない。思わせぶりなことは言う癖に、肝心のことは言わない。からかわれているみたいで、苛立ちを感じた。

「分かったわ。そんなに疑うなら、あたし、サワダと付き合う。」
「なに、それ?」
「あなたの言う通りだもの。あたし、サワダ君にちょっと興味があったの。でも、好きとか。そういうんじゃなかった。でもね。あなたがそこまで言うなら、もしかして本当に気になってるのかもって思えて来ちゃった。」
「無理だよ。」
「どうして?」
「だって・・・。」
「ねえ。どういう意味?」
「アサミ、誰でもいいんだろ?僕じゃなくても。サワダじゃなくても。そいつの心を手に入れたら、次の男に行くんだろ?」

アサミの手が僕の頬を打った。

アサミが駆け出して行く後ろ姿を、僕はぼんやりと見送った。

--

その夜、アサミの携帯は一晩中繋がらなかった。

サワダと一緒なのだろうか。

気が狂いそうだった。

一時間毎に電話した。アサミの携帯は、電波の届かないところに行っちゃってるみたいだった。

雨が激しくなってきた。遠くで雷も鳴っている。

--

明け方、少しうとうとしたところで、携帯が鳴った。アサミからだった。
「どしたの?」
「ちょっと・・・、会えない?」
「どしたの?」
「ねえ。ちょっとだけ。電話じゃ話せないよ。」
「待ってて。」

僕は急いで着替え、家族に気付かれないように家を抜け出した。

アサミは、ずぶ濡れで震えていた。

「どこか、体が乾かせるところに行かないと。」
「ええ。」

僕らは、古びたラブホテルに入った。

アサミは、震えていた。温かいタオルにくるまり、濡れた髪を乾かしても、まだ震えていた。

「風邪、ひいたんじゃない?」
「そんなんじゃない。」

アサミは、ずっとうつむいたままだった。

「どこ行ってたの?」
「サワダ君のとこ。」

やっぱり。

「で?」
「あたし、サワダ君と・・・。」
「言うなっ。」
「ねえ。聞いて。」
「言うなよ・・・。頼むから。まだ、お前のこと好きなんだから。」
「違うの。」
「違うって、何が?サワダとは何もしなかったのかよ?」
「ええ・・・。」
「・・・。」
「だけど・・・。」
「もういいよ。ずっとこんなだよ。サワダと僕と、アサミ。一人多いんだよ。」
「ねえ。聞いてよ。」
「じゃあ、言えよ。何でも言ったらいいだろ。その代わり、俺、自分を抑えられるか、自信ないから。」
「だから・・・。」
「早く言えよっ。」
「サワダ君、いなくなっちゃった・・・。」
「何、それ?。」
「付き合おうかって言ったの。やけになってたし。サワダ君、何も言わなかった。なんか、不気味な感じで。ああ。あたしのこと、嫌いなんだって、分かった。あなたと喧嘩したこと言った。そしたら、すごく怒った顔になって。」
「・・・。」
「で。あたし、サワダ君と付き合いたいって言ったの。そしたら、サワダ君、言ったわ。何人目?って。」
「・・・。」
「どういう意味って聞いたの。そしたら、サワダ君、笑ったわ。笑って、笑って。笑いが止まらなくなっちゃった。それでね。あの指の絆創膏。はがしたの。」
「分かんねえよ。」
「そしたらね。そっから、するするって。サワダ君の皮膚が絆創膏に繋がって、くるくるくるくる、エンピツ削りで削ったみたいに、皮膚が繋がってはがれてって。」
「お前、俺のこと馬鹿にしてんの?」
「違う。違うよっ。それで、サワダ君、ずっと笑ってて。で、空っぽなの。サワダ君、皮膚をはがしたら、空っぽだったの。笑ってるの。ずっと笑ってこっち見てて。」
「・・・。」
「で、気がついたら、足元にはがれた皮膚が山になってて。サワダ君はどこにもいなくなってた。大声で叫んで。気が付いたら、あなたに電話してた。」

アサミは、まだ震えていた。

僕は、アサミを押し倒すと、バスタオルを引き剥がした。
「面白い話だな。」

僕は、アサミの震える体に自分を押し込んだ。アサミは抵抗しなかった。

サワダが空っぽだってさ。

空っぽなのはお前だよ。

アサミは、小さくうめいたが、僕にされるままになっていた。

こんな女、抱いてたって楽しくない。

僕は、それでも、アサミを。

ねえ。サワダ。そこで見てるんだろう?透明な体で。この女に、本当の空っぽってやつを教えてやってくれよ。


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