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セクサロイドは眠らない
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| 2002年07月25日(木) |
唇は、赤く艶やかだった。これも、今までに見たどの珊瑚のよりも美しかった。生きて動いているものって、きれいだな。 |
そこは海の底の深い深い場所だった。
薄暗く、視力を持たない魚ばかりが多く泳いでいる場所だった。
そこに住む竜は、一日眠ったように過ごしていた。普通の海蛇の子供として生まれたはずなのに、海の汚染のせいか醜く育ってしまった巨大なその生き物は、誰にも愛されず、浅い場所を追われて、その深い場所まで辿り着いた。
寂しくはなかった。
むしろ、いじめられるくらいなら一人きりになれる場所が欲しかった。
竜は満足していた。
陽が昇るのを見ず、誰とも会わなければ、時間など存在しなくなる。
ただ、うつらうつらと過ごす。
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人魚の姫がそこに迷い込んで来た時は、だから、竜は、驚き、少し怯えた。
長い事、誰とも言葉を交わしていなかったので、言葉すら忘れかけていた。
「良かった。誰か住んでいるのね。」 「おまえは?」 「私は、人魚の姫よ。」 「どうして、こんな暗い深い場所に一人で来た?」 「退屈だったから、家を出て、誰も知らない場所をずっと旅していたの。」 「ここは暗くて危険だ。早く出てったほうがいい。」 「あら。大丈夫よ。だって、あなたはいい人ですもの。」 「いい人?」 「ええ。分かるわ。」
竜は、そんなことを言われたのは初めてだったので、驚いて黙りこんでしまった。
姫は、竜のきれいに掃除された棲家を見て、珍しそうにいろいろなものを手に取ってみたり。それから、急に飛び出して行ってなかなか帰って来ないから、竜はとても心配して待っていた。
「ただいま。」 「駄目じゃないか。勝手に泳ぎ回ったら。」 「だって。じっとしていられないわ。」 「何とかしなくちゃ、な。」 「何を?」 「お前を、浅い場所まで連れ戻してやらないと。」 「そんなの、嫌よ。パパになんて怒られるか知れないし。隣の国の馬鹿息子と結婚されられるし。私は、絶対に帰らないから。」
それから、姫は、竜の棲家に寝床を作り始めた。
竜は、あきらめてその様子を見ていた。薄暗い部屋で、姫の体だけがぽうっと明るくて、白く輝いていた。確か、これくらい美しいものを見たことがある。そうだ。真珠だ。母さんにもらった真珠。いや、真珠より美しい。姫の唇は、赤く艶やかだった。これも、今までに見たどの珊瑚のよりも美しかった。
生きて動いているものって、きれいだな。
竜はそんな事を思った。
その日から、姫は竜と暮らし始め、深海を探索し、竜に楽しい話をして聞かせた。
「俺が怖くない?」 「どうして?そんなにやさしい声なのに。」 「俺が、気持ち悪くない?」 「素敵だと思う。そのいかめしい顔に似合わず、心のやさしいところ。なんだかね。すぐ怒って、相手に威張ってみせてたパパより、あなたのほうがずっと強いなって思うわ。」
竜は、嬉しかった。
母親にすら、そんな事を言ってもらった記憶がなかったから。
それから、時折、遊び疲れた姫が、竜の腕で眠ると、竜は心がいっぱいになる気がした。楽しいのだけれど、不安な感じ。今までに持った事のない感情。
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「私、そろそろ行くわ。」 「どこに?」 「違う場所。人間も住む場所。」 「人間は、やめておいたほうがいい。危険だ。」 「あら。そうかしら。人間って、私達と同じような顔をしているっていう噂よ。だから、きっと大丈夫。」
それ以上、竜に何が言えただろう。
竜は、海の上のことをまるで知らなかったのだから。
竜は、黙って、姫が出て行く準備を手伝ってやった。それから、綺麗な真珠を一粒。
「いいの?」 「ああ。きみにぴったりだ。」 「嬉しい!」
姫は、竜の頬に口づけた。
竜は、言葉が詰まって何も言えなかった。
竜は、姫みたいに、何でも正直に言えるのがうらやましかった。
今、彼女に「好きだ。」と、「また戻って来ておくれ。」と、言えたなら、どんなに素晴らしいだろう。いや。もっといろんな事。自分が、追われるようにしてこんな場所まで来たことすら、言うことはできなかった。
「じゃあ、行くわね。」
そう言って笑う姫の頬にそっと自分の頬を触れ合わせて「さよなら。」って言うのが精一杯だった。
姫は、行ってしまった。
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竜は、まどろむ。
海の底の、その場所で、全ては、元に戻ったかのように見えた。
だが、唯一違うのは、竜が、姫の夢を見るようになったこと。
夢の中で、竜は、姫に「好きだ。」と言うことができた。姫は笑って、「そう。そんな風に言って欲しかったの。」と言った。「誰だって、言葉が欲しいものよ。」とも。
そんな夢を、日がな一日。
竜は知らなかった。姫が、人間に捕らえられて、見世物にされ、挙句、人魚の肉は不老不死の肉だと言う者の腹におさまってしまった事。
人魚姫が手にしていた、それは美しい真珠は、けれども、彼女が最後に浜辺で抵抗した時に海に投げ戻され、静かに静かに、海の中を漂って。無言のメッセージはいつしか竜に届くかもしれないと、そんな風に姫が最後に思った事。
そんなことも知らないで。
竜は幸福だった。
誰にも邪魔されず、素敵な夢を見続けた。
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