セクサロイドは眠らない

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2002年02月19日(火) 青年は、少女を抱き締める。その柔らかな体は、いつも彼にとっての不思議だった。花のように甘い香りがした。

いたずら好きな三流魔法使いは退屈していた。

そうして、森の動物達に次々に魔法をかけて楽しんでいた。

ライオンをネズミに、蝶をハトに、そうして、金色の毛並みのヒョウを琥珀色の肌を持つ美しい青年に。

そうやって、森をしばしの混乱に落とした後、遊びに飽きて眠ってしまった。

ヒョウのようにしなやかに歩く青年は、自分がもうヒョウではなくなったことを知り、自分がとても無防備な生き物になってしまったことを恥じた。そうやって、慌てて身を隠す場所を探して森をさまよった。もう、ヒョウだった頃のようにうまく走ることさえできない。

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森のはずれで、少女はたった一人で暮らしていた。

父親と二人で暮らしていたのだが、その父親が猟に出た先でクマに襲われて命を落としてしまったのだ。

少女は、父親がいなくなってしまってからは行くあてもなく、その小屋にとじこもって暮らしていた。外に出れば恐ろしい獣達がいる。そうやって一人で。

そんな風におびえていたので、魔法使いによって人間になったヒョウが迷い込んで来た時、少女は驚いた。全裸で、あちらこちらに引っ掻き傷を作って、小屋に飛び込んで来た、その青年。

「誰?」
少女は訊ねた。

青年は答えることができなかった。言葉を知らなかったから。ただ、目の前にいるのが自分が変えられてしまったのと同じ種の生き物だということだけが分かったため、少し安心した。

全裸の男を前に最初は怖がっていた少女も、その男がひどく疲れていることに気付き、慌てて駆け寄って傷の手当てをした。それから、父親が来ていた洋服を出して彼に着せた。

「ねえ。あなた、言葉をしゃべることができないの?」
処女の問い掛けにも、彼はただ、金色の瞳で少女を見つめるばかり。

「私の名前は、フローラよ。フ・ロー・ラ。花の女神の名前ですって。父さんが付けてくれたの。」
「フ・・・?」
「フローラ。」

そうやって、彼は、長い時間を掛けて彼女の名を覚えた。最初に覚えた人間の言葉。

青年は、その柔らかな少女の体を不思議に思って眺めた。なんと弱々しい生き物だろう?手を伸ばす。

「どうしたの?」
少女は微笑み、その手を取る。

「ねえ。少し休んだらいいわ。村まで行って何か食べる物をもらってくるから。」
少女の手は、ふんわりと柔らかかった。

こんなに弱そうな生き物なのに、随分と励まされるのはどうしてだろう。

そんなことを不思議に思いながら、青年は、少女の用意した寝床で安心して眠りに落ちる。

--

それから、二人の生活。

青年は、森に出て食べ物を手に入れる。青年の体は、ヒョウだった頃に比べたら随分と不自由だけれども、知り尽くした森でウサギを捕まえるくらいはできるのだ。

少女は青年に言葉を教える。言葉を教えるのに飽きたら、二人で野原に出て走り回る。

「ねえ、つかまえて。女神フローラを愛した風の神様みたいに。」
少女は、笑って逃げるけれども、すぐ追いつかれてしまう。

それから、二人で抱き合って笑い転げる。

「ねえ。ずっとこのまま一緒にいられたらいいのに。」
少女は、彼の体にしがみついたまま、不安がぬぐえない。どこから来たのか分からない男は、いつか、どこにも分からないところに行ってしまうのではないだろうかと。

「ずっといっしょにいるよ。」
青年は、少女を抱き締める。その柔らかな体は、いつも彼にとっての不思議だった。花のように甘い香りがした。

青年はヒョウだった頃のように吼えようとするのだが、人間になってからは、そんな猛々しい声は出ないのだ。ただ、彼女の名前が口を突いて出る。初めて覚えた人間の言葉。

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気まぐれが引き起こした二人の幸福な日々は、気まぐれのように終わる。

ある日、少女は気付く。青年の肌に、金色の毛が生え始めたことに。
「どうしたの?あなたの体。」

三流魔法使いの魔法は、不完全で気まぐれだった。魔法は力を失い始め、青年の体はヒョウに戻ろうとしていた。

「思い出したよ。」
青年は、体の血がざわめくのを感じる。

「何を?ねえ?」
少女は狂ったように、しがみつく。魔法が解けるのを押し留めようとするかのように。

「僕は、この森に住むヒョウだった。」
「ヒョウ?」
「ほら、見てごらん。」

その爪は、分厚く硬くなって行く。

「あなた、私を殺す?」
「殺しは、し・・・な・・・。」
もう、人間の言葉を忘れ始めている。

ねえ。待ってよ。彼女が叫んでいる。

「さよ・・・。」
もう、人間のように考えることさえできない。

ただ、森を走り回る自分。獲物を狩る喜び。そんなものが。力を取り戻すのを感じる。

「フローラ。」
その柔らかい体が、人間だったヒョウの最後の記憶。その名前が最後の言葉。

「行ってしまったの?」
ただ、低くうなっているヒョウを前に、少女は泣く。

「いっそ、あなたの爪で私を殺してよ。」
少女は、ヒョウに近寄る。

「でなきゃ、あたし、また一人になってしまうわ。」
その場にしゃがみ込んで泣く少女に、ヒョウはそっと寄り添った。

ヒョウは、なぜか分からないが、この柔らかな生き物を守って生きて行こうと思ったのだ。

「ねえ。名前を呼んでよ。」
その首に手を回し、少女は顔をうずめる。

ヒョウは、もう、吼えることしかできない。

その日から少女に寄り添って生きるヒョウの姿。

「ずっといっしょにいるよ。」
たしかに、彼は、そう言ってくれたのだった。なのに、あたし、泣いたりして。


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