セクサロイドは眠らない

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2001年12月24日(月) 銀のリボン

人生とはそういうものだと思っていた。

母と二人で暮らしていた頃から。

それから、母が亡くなって、母の知人と名乗る裕福な男が、私に住む場所を与えてくれた。小さな、家。私は、その古い家が大好きだった。何より庭がある。その男が私の住む場所に連れて来てくれた時、庭で花を育てられる、と、私の胸は高鳴った。

それが、私のそれまでの人生で、一番の幸せだった。

そんなものだと思っていた。

--

私には、寂しいということすら分からなかった。

時折、男が訪ねて来る相手をする以外は、誰も訪れないその家で、私はひっそりと花を育ててくらしていた。一日、誰とも話をしない日々が続いても、寂しいと感じることはなかった。

そんな、夏の日。

庭のヒマワリに水をやっていると、道端を通りかかった男性が声を掛けて来た。

「これは、また、元気のいいヒマワリだ。」

私は、驚いて男性を見た。

地味で、取りたてて特徴もない男性が、にこにこと笑いながら私の庭を眺めていた。

「ありがとうございます。」
「いえ。時々散歩してて思ってたんです。いい庭ですね。」
「そうですか?」

私は、妙に恥ずかしかった。

それまで、その家に越して来てから、私にそんな風に話し掛けた人は誰もいなかったから、何と答えて良いか分からなかったのだ。

「ええ。いい庭です。愛されている。そういうのは、見たら分かりますね。」

恥ずかしさでうろたえる私に微笑み掛けて、その男性は去って行った。

それから、週に1度か2度、男性と言葉を交わすようになった。私は、男性の散歩する時間に合わせて、庭に出て、彼が来るのを待った。そこには、他愛のない会話があるだけだ。だが、私は、彼の一言を聞きたくて、庭で待つようになった。

それだけの日々。

それが、夏の間、続いた。

--

それから、秋が来て、男性は、ふっつりと姿を見せなくなった。

「お体でも悪いのかしら?」
最初は、そんな風に思っていたが、待っても待っても、男性は庭の前を通ることはなかった。

そんな風に、待ち焦がれて、とうとう秋から冬になった。

その時、初めて、言い様のない感覚が私を襲う。

胸がチリチリと止むことなく痛み、私は、それを何と呼ぶのか分からなかった。ただ、自分にでもなく、男性にでもなく、「ごめんね。」とつぶやいてみたりした。それを手に入れるまでは、そんなことが幸せであるとすら、知らなかった。それを失ってみて、初めて、私はそれが「幸福」と呼んでもいいものだと知った。

誰かのために生きる。

それは、「そんなもんだ。」では片付かない、誰かと私の甘いような悲しいような出会いなのだ。

私は、そんな痛みを抱えて、日記を辿る。

「この庭に、なぜか心を惹かれますよ。なぜでしょうね。とても愛されている。この庭を手入れしている人の、楽しさとか、悲しさが、全部この庭にはある。」

そんな彼の言葉を書きとめてあったり、「彼、散歩」と走り書きしてあったり。

彼の言葉を聞いていると、なぜか、私は、自分でも知らなかった心の中を覗きこまれたように、恥ずかしかったものだ。

それから、私は日記帳を閉じて、庭に出る。

「そうだわ。今日は、クリスマス・イブだった。」
私は、急に思い立って、街に買い物に出て、それから急いで帰宅した頃にはあたりはもう夕闇に包まれていた。

私は、買い物袋から、銀色のリボンを取り出す。

庭には、3mくらいの小さな木が植わっていて。私は、その木の枝に、銀色のリボンを丁寧に結んで行く。ひとつ。また、ひとつ。彼と会って、言葉を交わした日々は、38回。その数を数えながら、私はリボンを結ぶ。雪が静かに降り始める。寒くて手がかじかむけれど、私は、ゆっくり。心を込めて。

--

リボンは、39個結びましょう。

そうしたら、明日の朝、薄く敷かれた雪の上を、あの男性が歩いて来るかもしれません。

「とても、素敵ですね。」
彼は、きっとそうやって、誉めてくれることでしょう。
心から、誉めてくれるでしょう。

私は、いつもみたいに照れて笑ってるだけでなく、手を差し出して、彼と握手をしてもらうのです。

「メリー・クリスマス。」
そうやって、笑い合って、それから、いつものように彼は私の庭をにこにこと眺めて、立ち去るのです。

そんな夢は、かなわないかもしれないけれど、また、彼がここを通る時、「いい庭ですね。」と、そんな風に言ってもらえるように。そんな生き方をするのは、少し楽な気がするのでした。


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