セクサロイドは眠らない

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2001年10月30日(火) 荒々しい息づかいと、シーツが払いのけられる音だけが、その夜の会話。

私は、今日もステージに上がって恋の歌を歌う。

私には、それが恥ずかしくてならない。酔った客の中の中にも、私の歌が嘘だということを見透かされているんじゃないかってね。

私は、もう、恋なんかできない。

それでも、恋を信じている顔をして、恋を求める歌を歌う。なんて嫌な仕事。それで、誰かが、「今日の、良かったよ。恋でもしてるんじゃない?」なんて言おうものなら、詐欺師の気分。

とっくに恋を忘れてしまった女が、恋を信じているふりをして、今日も恋の歌を歌う。素面でなんか歌えない。喉が焼けるのも承知で、安い酒をあおってから、恋の歌を歌う。楽屋に戻って、そんな自分を忘れるために、更に吐くまで飲んでどろどろになって眠りにつく。

--

それでも、毎日そんなことを続けていたら、平気で嘘がつける日もたまにある。恥ずかしがらずに、酒の力も借りずに、恋の歌を歌える日がね。いいじゃない。私は夢を売るのが仕事なんだから。ってね。時には、この歌で、自分さえも酔わせることだってできるのじゃないかしら。ってね。

そんな日に限って、あの男が、ステージのまん前の席で、私をじっと見ているの。

酒の飲み過ぎで目が濁ってる癖に、私の歌だけはちゃんと聞こえるみたい。ステージの上から男に気付くと、私の声は少し震える。

楽屋に戻ると、男が来る。

「今更、なにしに?」
私は振りかえらずに、訊ねる。

「お前の歌を聞きに、さ。」
「いつも、忘れた頃に来るのね。」
「ああ。お前が忘れたことを思い出させに、な。」
「部屋の鍵の場所は知ってるでしょう?」
「多分。」
「いつだって、あの場所から変えないでいることを知っているくせに。」

--

男は、私のドレス越しに背中を指でなぞりながら、歌ってくれよ、と言う。俺のためだけの歌を歌ってくれ、と。

「誰かのために歌うのはもうやめたのよ。」

男に服を脱がされるままになって、私は、その指の感触を思い出している。失くしたものではなく、ずっと心の中で眠っていたもの。あんまりにも長い時間ほったらかしになっていて、ほこりにまみれてしまっていたもの。

「ずっと一人なのか?」
「ええ。だけど。だからってあなたを待っていたなんて思わないで。」

男は、私の唇をふさぐ。私は、何で忘れていたのだろう、と思いながら、その感触をむさぼる。荒々しい息づかいと、シーツが払いのけられる音だけが、その夜の会話。

思い出させるだけでなく、内側から揺さぶられて。乾いたものは潤って。固まっていたものは柔らかくなって。

そんな一夜。
朝になれば、彼は、もう既にいない。私だけが一人。

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その日の夜も、ステージに上がる。

酒を飲まずにステージに上がる。

何も考えなくとも、声が私の中から流れ出る。頭の中の甘美な記憶が流れ出て、恥ずかしがる暇もない。

歌い終わって、ステージを引き上げる時、「良かったよ。」と、声が掛かる。

「明日は、またどうなるかわからないけれどね。」と心の中で返しながら、私は楽屋に戻る。


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