セクサロイドは眠らない

MAIL  My追加 

All Rights Reserved

※ここに掲載されている文章は、全てフィクションです。
※長いこと休んでいてすみません。普通に元気にやっています。
※古いメールアドレス掲載してました。直しました。(2011.10.12)
※以下のところから、更新報告・新着情報が確認できます。 →   [エンピツ自由表現(成人向け)新着情報]
※My Selection(過去ログから幾つか選んでみました) → 金魚 トンネル 放火 風船 蝶 薔薇 砂男 流星群 クリスマス 銀のリボン 死んだ犬 バク ドラゴン テレフォンセックス 今、キスをしよう  俺はさ、男の子だから  愛人業 

DiaryINDEXpastwill


2001年09月05日(水) お前は、恋をしないから、この気持ちは分からないだろうけれどね。

私は、ドール。

ご主人様にお仕えして、もう10年。彼が15の時にこの屋敷に来た。内気で友達を作ることができない彼のために、私は、親友であり、亡くなった彼のお母様の代わりであり、優しい姉であり、もちろん性のお相手も。

そう。彼のことは何もかも、私がお世話して来た。

花を育て、小鳥を飼う、やさしいご主人様。人としゃべるのが苦手でいつも部屋で読書をしていらっしゃる。たまに、私を部屋に読んで、新しい詩集を朗読してくださることもある。

「見てごらん。」
「何をですか?ご主人様。」
「花がきれいに咲いたろう?花は物も言わないし、耳も持たないように見えるけれど、話し掛けたらちゃんと応えるんだよ。ほら。嬉しそうに揺れているだろう?」
「ええ。素敵ですわ。」
「お前も素敵だよ。僕にはもったいないくらい美しいし、やさしい。」
「私は人形ですわ。あなたさまにお仕えするだけの人形ですわ。」

--

ご主人様と私だけの静かな生活は、ある日、急に終わりを告げる。

ご主人様が丹精込めて育てた花園の噂を聞きつけたある裕福な家の奥様が、屋敷を訪ねて来たのだ。美しいけれど、化粧の濃い、高慢そうな女。最初はご主人様も女の事を嫌っていたはずなのに。気付いてみれば、今まで見たこともないような笑顔で女を出迎えている。そうして、花の話や、詩の話。

それから、部屋に入り、内から鍵を掛ける。

笑い声が、次第に甘いささやきに変わる。低く気だるい声が部屋の外まで聞こえてくる。そうして、互いをむさぼる愛の嬌声。

--

夜、私はご主人様に話しかける。

「最近、とても幸福そうですわ。」
「分かるかい?不思議なくらいさ。僕は、ずっと一人で生きて来た。これからもずっとそうだと思っていた。だけど、あの奥様に会ってから、人としゃべる楽しさを知ることが出来た。」
「楽しいんですね。」
「そうさ。これはお前だから言うけれどね。僕は恋をしてしまったかもしれない。おかしいだろう?他人の妻に恋をする男というわけさ。お前は、恋をしないから、この気持ちは分からないだろうけれどね。そりゃ、素敵なものさ。そうして、辛くもある。人形のお前から見たら、さぞかし滑稽だろうな。人間の気持ちなんてものは!」

そう。私は、ドール。恋も愛も知らない。

だが、どうしたことか、私の体内の歯車がきしむ。

体の中の何かが悲しい音を立てている。

これは、なに?

--

ご主人様に頼まれて例の奥様を迎えるためのお菓子を買いに、街に出る。

ふと、聞き慣れた声。あの奥様だわ。恰幅のいい男と歩いている。

「もうすぐ、あの男の屋敷を手に入れられそうよ。それにあの庭!うっとりするくらい綺麗なの。あそこが私達の物になったら、あのお庭は私の好きにさせて欲しいわ。」

私は、買い物もせずに急いで屋敷に戻る。

「どうした?」
「街であの奥様を見かけました。」
「そうか。」
「このお屋敷のことを、誰かに話してました。」
「そうなんだよ。彼女、家を出てここで暮らすってさ。夫とは別れるって。」
「違いますわ。」
「何が違うんだい?」
「違いますわ。」
「言ってごらん?何が違うんだい?僕は、もうあの人無しでは生きていけないんだよ。お前と一緒の日々は楽しかった。だけど、寂しかった。人形では、本当には心も体も満たされなかったというわけさ。」

あの女に会ってから、彼は、私のことを「人形」と言うことが増えた。

「お前は、人形だから、僕の寂しさも、恋する心も分からないだろう?」

また、歯車がきしむ。その音が私を突き動かす。

私の手は、ご主人様の喉にかかる。私の手が彼の首を絞める。次第に力がこもって止まらない。
「おい。どうしたんだよ。おい。一体・・・」

ご主人様は人形のようにぐったりと動かなくなる。

人形は、人間を決して傷付けてはならない。製造された時からそうプログラミングされていた。人形は、恋をしない。感情なんてそもそもインプットされていない。

だけど、体の中で何かが音を立てて。それは何と不快で悲しい音だろう。

ご主人様、何か命令してください。この音が鳴り止むように。


DiaryINDEXpastwill
ドール3号  表紙  memo  MAIL  My追加
エンピツ