DiaryINDEX|過去の日記|未来の日記
空手道と言う物を38年やって来て少し分かって来た事があります。私なんかは、まだまだ頂上には届いていませんが富士山で言えば7合目から8合目までは来ているような気もしています。それで思う事は打撃系の武道や格闘技ならば、流派が違っても、習う先生が違っても、どこの国でその格闘技が生まれたとしても、何十年も突き詰めて稽古して行けば頂上は同じになるのではないか?と思っています。そして最後は我流になるのだと思います。我流と言うのは、本当の言葉の意味は「師匠につかず、正式なやり方をとらないで、自分だけの勝手なやり方で行う方法」の事なのですが、その我流ではなく、先生や先人の教えを突き詰めて行けば、いつか先生の教えを超えて、自分に合うやり方を編み出します。その時に自分の流儀が出来ます。でも自分の流儀も、それをさらに突き詰めて行くと、皆が同じような場所に辿り着きます。私も他の流派の人な本を読んだり、他の格闘技の人の考えを聞く事がありますが、「あれっ!その考えけっこう自分が考えている事と近いんじゃないか?」と思う事があります。でもそれはけっこう歳を取った人だったりします。だからフィジカルで強い時期ではなく、自分が枯れて来た頃の技術なんじゃないかな?と思います。これから極真空手はどんどん良くなって行きます。なぜなら今の師範や先生と呼ばれている人は、昔の師範や先生と呼ばれていた人よりしっかりと稽古をしているからです。全員がそうではありませんし、すごい境地に達した尊敬している師範もたくさんいます。ですが極真空手の師範は現役を退くと稽古をしなくなる師範や先生が多かったと思います。なので教える事もフィジカル面で強くなることしか出来なかっのでは?と思います。現役時代はそんなに成績を残せていなくても、試合に出た事が無くても、何十年もしっかりと稽古している方はそれなりの境地に辿り着いています。私もその仲間に入れるように頑張りたいと思います。
kanno
|