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母方の宮下家のお墓参りに錦糸町の法恩寺まで行きました。法恩寺は開山は本住院日住上人、開基は太田道灌公であります。道灌公が江戸城築城≪長禄二年(一四五八年)≫に当たり丑寅の方に城内鎮護の祈願所として本住院を建立、資高の代、本住院を法恩寺と改称したのであります。山号を平河山と称するのは、当時この附近を平川村と称したことによるものです。又、当山には秀吉、家康共に小憩され、朱印地も与えられました。家康が江戸に入り城内拡大に当たり、慶長十年当山は神田柳原に移転し、その後谷中清水町に移され再度元禄八年に幕府により現在の地に移りました。境内は輪奥の美を整え宗門における関東の触れ頭として現在でもその威勢を誇っております。 という、なかなか由緒あるお寺です。息子は墓地がまだ凍っていたため2度ほど転びました。宮下家のお墓参りには私も小さな頃から来ていました。何故かその時はいつも雨が降っていて、いつも母は泣きながら法華経を唱えていました。そして必ず父と私達兄妹に「ありがとうございます」と言いました。今日も母は父と私と妻と息子に「ありがとうございます」と言いました。私は、このお墓に来るといつも涙が出て来てしまいます。そして私が、自分がこの世に存在している事、そして自分がこの世からいなくなる事を感じさせられたはじめての場所がこのお墓でした。
kanno
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