DiaryINDEX|過去の日記|未来の日記
私が自主的に、本当の意味で自分から進んで稽古するようになったのは29歳からでした。私が29歳の時、旧城南川崎支部が極真会館を脱退してしまいました。私は自分の意思で極真会館に残ることを決めました。先生や仲間たちもいなくなり、私は一人で稽古をしなくてはいけなくなりました。もう叱ってくれる先生も、檄を飛ばしてくれる先輩も、励ましあう同輩も後輩もいなくなってしまったのです。道場の運営の全て、試合に向けての稽古のメニュー作り全部自分で考えてやらなければいけなくなりました。だからこそしっかり自分に何が足りないか?そして必要か?を真剣に考えて稽古するようになりましたし時間を大切に使うようにもなりました。 でも私は決して一人ぼっちではありませんでした。極真会館という大きな素晴らしい組織が私を救ってくれました。私は自分で自分に必要なものを考え積極的に出稽古に行くようになりました。私が一番最初にお世話になったになったのは世田谷東支部でした。ランニング・坂道ダッシュ。階段ダッシュ・ウエイトトレーニングは今までの知識もあり自分一人ででも出来ます。スタミナ稽古や蹴りこみや受け返しは道場で生徒と稽古をしました。しかしスパーリングということになると、どうしても生徒とやっているだけでは向上しません。自分より弱い人、同じぐらいの人、強い人、大きい人、小さい人、あげたらきりがありませんがいろいろなタイプの人とスパーリングしなくてはいけません。そこで私は勇気を出して世田谷東支部の田口師範に「出稽古に行かせていただいてもいいですか?」と電話をしました。田口師範はとても明るい声で「菅野君、今とても大変だよね?!ぜひ稽古に来てください!」と言ってくれました。私は緊張して初めての出稽古に行きましたが、田口師範は私に対して自分の弟子と同じように、とても温かく声をかけてくれました。そして世田谷東支部の選手会の皆さんも、同じ支部の仲間のように私に接してくれました。私は居心地の良さに甘えて選手を引退する33歳までの約5年間、世田谷東支部で稽古をさせていただきました。田口師範と長峰コーチと世田谷東支部の選手の皆さんのおかげで私は現役生活を5年延ばすことができたと思っています。 その他にも、総本部、千葉北支部、横浜港南支部にも出稽古に行かせていただきました。私は極真会館という大きな組織にいることで、いろんな方に助けられ、力をいただき、また大きな規模の試合があることで目標を見失わず同時期に選手をしていた皆さんと切磋琢磨することができました。 一人になったことで、一人ではないことを知ることができました。だから自分に起こったこと全てに今は感謝しています!
kanno
|