うにゃ 結構嘘臭いでしょうか? 別に作り話じゃないんだけどなぁ・・・
えと みなさま 人生に大小色々な事があると思いますが あたしのって多い方なのかなぁ? 見えないっていうか 言わないけど 各家庭色々あったりすると思うだけどなぁ(笑) まぁ 自分では解りらないしね あらためて振り返ってみました(笑)
昨日の日記にも書きましたが 小学1年生の時に母が家を出て←『捨てられた』発言のやつね で 父の仕事の都合で祖母に預けられてる形だったあたし達姉弟は よく従兄弟の家族と一緒にお出かけした 遊びにはそうそう祖母の体力では連れていけないので 近くに住んでいた父の弟の家族が 良く遊んでくれたんですよ しかも 小さな男の子兄弟の二人は あたしになついてくれてたし あたしも子供の癖に子供好きだったし(笑) ところが その従弟の上の子が 道路に飛び出した弟を庇って車にはねられて植物状態になっちゃって 子供心に 弟は大きくなったら お兄ちゃんがこうなったのは自分のせいだって責めるのかもしれないとか 突然子供がチューブに繋がれっぱなしになってしまったおじさんおばさんに どう声をかけていいのか せめてあたし達が家に行って 手を煩わすのだけはよそうとか そんな事ばっかり考えちゃました まぁ 結局 あたし達が行く方が 気がまぎれるというかよいって事で なるべく明るく迷惑かけないようにって 子供なりに頑張ってた記憶はあります それからしばらくして 自分の家族もごたごたしてきて・・ 小学校5年生の時にやり直して6年生で離婚←あたしはいらないのか?疑惑(笑) その後 母に引きとられたものの 父にも親権と会う権利は認められて 家庭裁判所で やっぱりまだ小さい弟の分もあたしが一人で偉い人と話をして 裁判で決められていたはずの親権の移動を訴えさせられた 母が裏技で 裁判ではそう決まったものの どーしてもやだったらしく あたしに嘘をつかせて 子供が自らそーして欲しいといっていると裁判所に訴えると言うことをやらせたの・・ これ ホントにやだったなぁ・・ あたしは父の事 呆れる事もあったけど大好きだったしね なにより 嘘つくのが嫌だったんだけど 『嘘も方便なの!』 と たくましく言いはなってくれました(笑) そして 約束で月に1回会うって約束の1回目の時に 母はまたも言ってくれました 『2度と会いたくないって言ってきなさいよ』 申し訳ないけど そんな事言えません・・ だって あたしは父に会いたかったし 母がそういう事を言うのも辛かったし いくら別れても 父に母がそう言ったっていう事を言いたくなかったもん んで結局 父には 『次はいつ会うの?』『会っちゃダメとか言うわれなかったから平気だよぉ』 と嘘をつき 母には 『・・ちゃんと会いたくないって言ってきたよ・・』 と ダブルで嘘をつきました
しかも ばれないように結構演技までして しっかりと嘘ついたんですよ あたし
これは 結構悩みましたねぇ・・・ あたしって ホントは凄く罪悪感なしに嘘つける子だったんじゃないのかって まぁ 思いこみが強い性格が幸いして 自分でもホントはそーだって思いこめたから その場では気付かれないような態度がとれたんだと思うけど 当時は 悩みましたよ〜
で そーいうなんかゆれてる中学生の頃に 今度母方の とっても仲の良かった 幼稚園ぐらいの時には 『将来結婚しようね〜♪』なんて言い合ってた従兄弟が 大腸癌で どんどんやつれていきました 本人に告知はしなかったものの 周りはみんな知ってました 勿論あたしも だって あまりに突然にやつれていったんだもん 不審に思わないわけがない それからお見舞いに行くのが辛かったですよ 本人の前ではなにも知らない明るいままのあたしでいなくちゃいけなかったし 本人も自分の体だもん うっすら気付いてるみたいだったし・・ 半年で亡くなってしまったけれど 最後の方は・・・ 起き上がる事も喋る事も出来ない従兄弟に それでも何気ない毎日を明るく喋るのが辛くてしょうがなかったです やっぱりあたしは嘘吐きで・・・ その前の事もあって 自分の嘘吐き加減に泣きましたよ
で そのちょっと前に 母が新しい伴侶を迎えていたんだけど それが今の父で 親父君と呼んでいます ちょうどその頃 母に脳腫瘍があることがわかって手術する事になってたしね 早期発見で たいしたことないって言われてたけど それでも心配でした ま 無事に退院しましたけどね 後 親父君の連れ子が あたしの同級生で 色々あって 『さながね あなたの事好きなんだよぉ』 なんて その子に 好きな人に勝手に告白された上に 付き合わないまでも その人と仲良くデートするようになってたら 内緒で実はその二人が付き合ってたとか(笑) でもまぁ 恋愛とかって気持ちは どーしようもないんだから あたしが恨みごとを言う筋合いもなくて おとなしく相談相手になったけどね〜 それでも 微妙な気持ちは残ってかなぁ・・←今言ってるあたり根にもってるね(自爆)
で それからはしばらく何もないまま社会人になりました
んが 社会人になって1年ぐらいで 父の連れ子が失踪・・ しかも 借金踏み倒しての夜逃げ(自爆) まぁ これは親父君はショックを受けてたけど なんとか処理できました それからしばらくして あたしのこと嫌いまくってた祖父が危篤になり ずっと死んじゃえばいいんだって思ってたけど 実際目の前で苦しんでいる姿を見て反省しました 嫌いだったけど 可哀想で・・ 安らかにいけれないいなって ホントにそー思えて 自分も救われました
この後 阪神大震災で 本当の父方と一切連絡とれなくなりました 音信不通です 今でも 生きているか死んでいるかも解らないままにしているのは 親不孝だと思います でも 母が病気だったので その時は目の前にいる母の方が心配でしたし・・ って 親不孝な事には変わりありませんね で 結局 母はある日突然倒れて 脳梗塞でした 今でも あたしが自宅で介護していますが 倒れた時は『命の保証は出来ない』と お医者様にきっぱり言われました あの時の気持ちは思い出すのも嫌ですねぇ
それからは 消えていたはずの義姉が 旦那様と子供を連れて親父君にだけ顔を見せ 幸せにしていると親父君を喜ばせたんだけど・・・ 我が家から車詐欺をして またとんずらしました(笑) 親父君の気持ちを考えると なんといっていいのか・・ しかも 金額結構おっきかったんですよねぇ 100万円は超えてたし その上 弟の車って事になったんで 弟から印鑑を言葉巧みに借りていって 消えた後 警察から火事になったアパートの住人の部屋の保証人が弟だったと連絡があったり 弟は かなり実害をこうむったみたいです それと ちょうど同じ時に 親父君の弟が行方不明になったこともあったけど見つかったし・・・
あ 中学生の頃 親父君のお友達で家にもよく遊びに来てたおじさんが あたしも仲良くしてもらったおじさんが 身元不明の行き倒れになってて しばらくして警察から連絡が来た時も ショックだったなぁ おじさんも色々あった人生みたいで そう言う最後だったみたい 可愛がってもらっただけに ショックだったし 見取ってあげたかった親父君が可哀想だったのも 印象的だったかな
でも それからは な〜んにもないですよ それだけ!!
こーやって日記にすらって書ける程度の事しか あたしの人生にはないんですよ〜 全然対した事ないじゃないですか(笑) <でも ここまで詳しくは ダ〜リンにも言わなかったけど(笑) だって 過去の事だし 言う機会がないもんねぇ・・
でも 嘘っぽいと言われても 全部ホントだし 別に隠してないし(笑)
まぁ 人生色々あるけど その時はやっぱりどーしても辛いけど 喉元過ぎればなんとやらで 結構お気楽に生きて行けると思うんですよ と 今回あたしはそれが言いたかったんだけどね(笑)
でも 嘘っぽいと思われるとは思わなかった(笑)
|