夏目友人帳*名取×夏目 - 2007年02月22日(木) 「やあ夏目君」 「え、名取さん?!」 帰宅途中に後ろからかけられた声に振り向いた夏目は、声の主を確認して驚きを隠せない。 「名取さんが普通に声をかけてくるなんて…、どうしたんですか?」 「……君ね、僕だっていつも式を飛ばしているわけじゃないよ」 「今まで一度だって正攻法で尋ねて来たことないじゃないですか」 「かわいくないなあ」 夏目の素なのかそうでないのか分かりかねる返しに名取は苦く笑いながら帽子と眼鏡に手を掛けた。 「とりあえず移動しようか。ほら、僕は目立つから」 「…………」 だからなぜそこでわざわざ姿を晒す必要があるのかと言いたい気持ちを。 毎度のことながらぐっと堪える夏目少年であった。 ** 「この間来た時も思ったけど、殺風景な部屋だねえ」 「余計なお世話です」 夏目の家―正確には夏目をひきとってくれた心優しい藤原夫妻の家だが―の二階に上がりこんで開口一番、失礼な発言をする名取に、夏目はお盆に載せてきた煎餅と茶を乱暴に畳の上に置いた。 引越しの多かった夏目の私物は少ない。 この家にも、学生鞄と制服ひとつで来たようなものだった。 遠縁である夫妻は何かと入用なものを与えてくれようとするのだが、夏目は本当に必要なもの以外は極力断るようにしていた。それは大部分が遠慮からくるものだったけれど、幼少の頃から親戚中をたらいまわしにされてきた彼のほとんど習慣となっている部分もあった。 「でも君らしいよ」 出された湯飲みを遠慮なく手に取りながら名取は感じたままに感想を述べた。必要なもの以外置いていない、殺風景だけれど清潔感のある部屋は実際目の前の少年に似つかわしいと男は感じる。 「大事にされているんだね」 「…………」 良かった、と茶をすする名取を夏目の方は少し呆けたように見つめてしまう。 それに気がついた男は器量の良い顔に営業用の笑顔を浮かべた。 「どうかしたかい?今頃僕のきらめきに気がついたかな?」 「阿呆ですか」 「厳しいなあ」 「それで、用件はなんですか」 名取の言葉を少しでも嬉しく感じた自分をアホらしく思いながら夏目は当初の目的を相手に促す。「ああ、そうだ」とわざとらしく膝なんて叩いて彼は懐から封筒を取り出した。 「この間の報酬。的場さんとこから貰ってきたんだ」 「的場って…」 「この間壺ごと妖を奪っていった人の上司だね」 「………」 「まあそう嫌な顔をしないで。貰えるものは貰っておけば良い。第一彼を封印したのは君なんだから」 沈黙する夏目に名取はことさらのんびりと彼を諭そうとするが、少年の首は小さく横に振られた。 それは報酬を受け取ることへの拒否なのかそれとも自分一人で成し遂げたわけではないという意思表示なのか、否両方かと名取は目算する。 (困った子だ) 名取は内心苦笑する。 あんなにも強い霊力を持つ彼の内側はこんなにも幼く、純粋で、それ故に脆い。 やれやれと男は口を開いた。 「心配しなくてもニャンコの言う通りあの妖の封印は解かれていないみたいだったよ」 「!」 俯いていた顔ががばりと名取に向けられる。 その、一直線に相手を射抜くふたつの目玉の混じりけのなさ。 愚かなほど真摯。 笑ってしまうほどに甘っちょろい。 けれど。 目の前にして見惚れずにいられる奴がいたら教えて欲しいと男は思う。 「……ありがとう、ございます」 とどめのようにただでさえ造作の整った顔に綻ぶように笑われて。 名取は諦めたように天を仰いだ。 (本当に、困った子だよ君は) ひとも妖もあのニャンコも。 ひとたび見つめられたら彼に関わらずにはいられない。 それはその瞳が彼の中身をおもしろいほどに映すからだ。 ひどく脆くてそしてとても強い。 やさしい彼の心根を。 ...
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