「静かな大地」を遠く離れて
DiaryINDEXpastwill


2002年02月18日(月) 気配を掬う手業

題:242話 栄える遠別2
画:ルーレット
話:これから馬はいくらでも売れる、とシトナは言った

題:243話 栄える遠別3
画:チャコ
話:馬とて世間から逃れる術はないさ

題:244話 栄える遠別4
画:かけはり
話:おまえたちはアイヌにだまされていると仰られても、肯うわけにはいかん

馬牧場の情景がいい。当歳馬が草を喰むのを眺めつつ話す、志郎とオシアンクル。
「どこかで蜂の羽音がする」というフレーズが効いている。春から夏にかけての
牧場地帯のなんともいえない時間の流れかたを、身体ごと思い出すことができる。
「高い空で雲雀が鳴いていた」 も同じく。思わず雲を眺めて「平和だねぇ〜」と
つぶやきたくなるのは 『ルパン三世 カリオストロの城』の冒頭の引用だったり。

純白のウェディング・ドレスのクラリスが駆るシトロエン2CVを追いかけて、
絵に描いたような悪者が乗った黒塗りの車が駆け抜ける。平和はもはや破られた、
「どっちに着く?」「オンナァ!」「だろうな」で、フィアットが快音をあげて
走り出す。ジャズ・アレンジのテーマに乗せてアニメ史上に残るカー・チェイス
のはじまりだ。アニマを吹き込むこと、その原初的な快感への狂気じみた執着。

「あのそわそわしたのが意を決して歩き出すと、みなも付いて移動する」という
部分を読んでいて、今度は古井由吉さんの「先導獣の話」という短編を思い出す。
講談社文芸文庫 から、わりと最近出ている『木犀の日 古井由吉自選短編集』の
冒頭に収められているので手に取りやすいと思う。この方の景色を聞き分ける力、
そして叙述の密度。読者に読むという行為の真剣勝負を強いる作家さんである。

古井由吉と宮崎駿。スゴイ取り合わせだけど、意外になにか通じるものがある。
動きに転じる寸前の世界が孕む一瞬の狂気。それを掬い取る、細密な描写の力。
若い世代に追随者を見つけることができない一代芸のようなところも似ている。
幼少期に空襲を受けて育った人たちにはかなわない。彼らが世界を視る、その力
たるや、その覚悟たるや…、と思いかけて世代の問題でもあるまいと思い直す。

「静かな大地」が孕む気配、この先どんな奔流となって大地を覆うのだろうか。




時風 |MAILHomePage