「静かな大地」を遠く離れて
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時勢の推移に思うところがあって沈黙していた、わけではない。 例によって単に無精なだけ。日々は淡々と過ぎているようでもあり、 大波に呑まれているようでもあるような奇妙な感覚のなかで進む。 時間だけは経つのだなぁ、いろんなことを呑み込んで。
最近気にしているのは90年代半ば。それも阪神大震災ではなくてオウム事件。 村上春樹の『アンダーグラウンド』や『約束された場所で』は刊行時に読んだ。 前者は地下鉄サリン事件の被害者側、後者は信者側へのインタビューに基づく。 それともまったく別角度からのアプローチの傑作ノンフィクションが、 *麻生幾『極秘捜査 政府・警察・自衛隊の対オウム事件ファイル』(文春文庫) 叙述は、いきなり亀戸の教団ビルの異臭騒ぎからはじまる。1993年のこと。 あのとき彼らが実験して、トウキョウの空にばらまいていたのが、炭疽菌だ。 霞ヶ関での「化学兵器無差別テロ」の背後では、生物兵器も準備されていた。 あの大騒動の年の日本人の胃袋は、世界水準からみても未曾有の凶悪事件さえ 「消費」しつくしたのだ。そして自慢の「忘却装置」をフル稼働させた。 サリン事件の直接の被害者の方を除けば、「オウム」は遠い過去の“ネタ”で しかないという、なんとも凄まじい状況。 『極秘捜査』は警察や自衛隊の側から見た、あの事件を克明かつ劇的に描く。 事態がいかにギリギリの恐怖と隣り合わせだったか、空恐ろしくなる内容だ。 「消費」し尽くしてしまっていいような小ネタではない。 アイロニカルに言えば、グローバル・スタンダードに照らしても充分通用する、 「どこに出しても恥ずかしくない」凶悪なテロだ。 日本赤軍とオウム真理教を出した戦後日本こそ、テロの超先進国なのだ。
先週末、ずいぶん久しぶりに山梨県を訪れる機会を得て、僕が特急「あずさ」 で読んでいたのが『極秘捜査』の文庫版だった(^^; 爽やかに晴れた秋の休日に何も悪夢のような事件を思い出さずとも良いのだが 挙げ句の果てに甲府の町を散歩しつつ、丘の上の木立の中でも読み耽った。 本として面白いのだ。著者は後に北朝鮮の工作員が出てくるような小説を書く ようになっただけあって、ノンフィクションなんだけどドラマタイズが巧くて 読ませる。警察官や自衛隊員も「プロジェクトX」に出したいようなキャラが 何人も出てくる。殊に築地の聖路加病院の医師と看護婦には感動させられる。
人間の心の働きの中に、無差別殺戮を起こす因子もあれば、プロとして他者の 命を救うため全力を尽くす因子もある。 平然と空爆を決行する者もあれば、民間の支援団体で医療に携わる者もいる。 奇々怪々、面妖この上ない陰謀史観めいたところで事態は動いているのかも。
*「萬晩報」10月12日 http://www.yorozubp.com/0110/011012.htm テキサスを舞台にちょうど同じ時期に「飛行機」と「石油」と「ブッシュ家」と 「ビンラディン家」と「死」のキーワードが存在していたことは事実のよう だ。 父親のブッシュ元大統領は、元CIA長官だった。何が起こっていても不 思議 ではない。しかし、真実は永久に公開されないだろう。
そして、13年後にすべてのキーワードが再び蘇ることになる。 (以上、引用) これが「事実」ならば、あの世界を震撼させたテロは、壮大な私怨ということか。 あな、おそろし…。
*中村哲『アフガニスタンの診療所から』(ちくまプリマーブックス) このヨーロッパ近代文明の傲慢さ、自分の「普遍性」への信仰が、少なくとも アフガニスタンで遺憾なく猛威をふるったのである。自己の文明や価値観の 内省はされなかった。それが自明の理であるかのごとく、解放や啓蒙という 代物をふりかざして、中央アジア世界の最後の砦を無残にうちくだこうとした。 そのさまは、非情な戦車のキャタピラが可憐な野草を蹂躙していくのにも似ていた。 (以上、引用)
「現場」から積み上げて、事の本質を突き詰めると、ここに至る。 この地球上で進行している事態に対して、どこにも出口がないような徒労感。 僕自身は、今回の事態の推移に対しては、それすらもほとんど感じていない、 と思っていた。「世界の色調が変わる」ほどのシンクロの仕方は1995年には あったけれど、今回はむしろ「退屈」さえしている、と。 どうも自分に訴えてくるものがないのだ、百家争鳴の言説の中にも。 積極的に探してもいなかったせいもあるだろうが、やっとそういう文章を読めた。
*日野啓三「新たなマンハッタン風景を」 (『ふたつの千年紀の狭間で 11』) 発売中の新刊雑誌の掲載文章でもあるし、引用は差し控えます。というか、一部 引用して「論調」が伝わるような質の文章ではない、見事なまでの渾身の一文。 ベトナム戦争を報道する新聞記者だった日野氏が、その後80年代の日野啓三と いう特異な小説家となり、そして近年の視点から見えるこの世界を書いている。 「新たなマンハッタン風景を」という表題への着地の仕方もとても納得が行く。 徹頭徹尾、日野啓三さんらしいのが頼もしい。小説家の力というのは凄いものだ。
時に僕が先週末、山梨を訪れたのは、オウムについて考え込むためではなくて 星野道夫の記憶と向かい合うためだった。 5年経って、生前お会いすることもなかったミチオさんと、初めてちゃんと交感 することができた気がする。「きっと僕は話せたに違いない」と去年の暮れに 高知で思ったのだけれど、今回は言ってみれば「逢えなかったのだなぁ」という 切ない実感が痛いまでに迫ってきた。丸5年分、それも自分の5年間の生の歳月 の重みも加わって…。本の中の人ではなく話せば応えてくれたはずの一人の人。
8月8日生まれの三郎は今、“風のような物語”の只中に居る。
18日(木) 題:125話 鹿の道 人の道5 画:硝子の瓶 話:アイヌというのは気高い人々である
19日(金) 題:126話 鹿の道 人の道6 画:眼鏡 話:二人はこれから開くべき土地を探し始めました
20日(土) 題:127話 鹿の道 人の道7 画:虫眼鏡 話:三郎さんは最初から野の人、山の人でした
21日(日) 題:128話 鹿の道 人の道8 画:御守り 話:山へ行けば間違いは命に関わります
22日(月) 題:129話 鹿の道 人の道9 画:缶詰 話:鹿を減らしたのは和人の鉄砲ではないか
23日(火) 題:130話 鹿の道 人の道10 画:缶切り 話:シトナさんは夏の山も知っている珍しい猟師でした
24日 題:131話 鹿の道 人の道11 画:活字 話:こちらの言葉で言えばまことに「ゆるくない」
25日 題:132話 鹿の道 人の道12 画:注射針 話:「こういうところが欲しかったのだ」
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