| 2005年03月11日(金) |
人生って楽しくない? |
あまり親しくない人達と飲み会をした。 あまり親しくないのが幸いしてか、ちょっとディープな 話をした。親に抑圧されて育ったからちょっと根性曲がりに なってしまったとか、親に反発して自殺しかけたことがある とか、結婚したい人がいるんだけど親に反対されるのが つらいとか。どうも家族関係の話題が多かった。でも こういう話は重いし難しいから、昔からの友達よりまだ 付き合いの浅い人への方が話しやすいのかもしれない。 親に抑圧されて育った人ってホント大変みたい。重すぎる 親の期待を一身に受け、厳しい躾を強いられ、愛情とは 程遠い接触しか受けられなかった。「今は話し合って 打ち解けてるけどね」というオチがなきゃ聞いてる方が へこみそうな内容だった。うちは放任主義だけど、まるで ほっとくんじゃなく、適当に見ていてくれたのがたぶん 愛情なんだろう。ありがたや。そこで私にも話が振られた。 「牛良さんて人生楽しそうですよね」 私は間髪入れず答えた。「そりゃもうv」 楽しいというか、楽しい方面ばかり向いているので 楽しく感じているというか。もちろん楽しむために つらい下準備をするのも忘れない。つか、つらいのも けっこう好きだ。人生楽しいばかりじゃつまらないし、 つらい部分があるから楽しい部分が映えるってものだし。 私が楽しそうに生きているように見えるのは、私に 娯楽が多いからだと思う。都密とか邑密とか咲密とか 織密とか陵刀受とかアギト受とか。読むのも書くのも 考えるのも好き。そんなモエを同志と語るのも楽しいし ネタを作りあうのも面白い。旅行も好きだし映画も見に 行きたいしおいしいものも食べたい。恋愛はドライで 執着薄いから泥沼なんてありえないし、世の中もっと 楽しいことが満ち溢れてる。一つに執着しすぎるとたいがい 馬鹿を見る。私が絶望するならよっぽどのファクター持って 来ないと無理だろう。だいたい私の場合、考え方が、まず 「最も最悪なパターンを考えて、それより良い結果だから ほっとする」ことが多いから絶望しようがないのだ。 「そこまで酷くはないからまだ大丈夫」みたいな。例えば 私の考える最悪絶望パターンその1・自分で殺人したなら 反省もするが、冤罪で豚箱に入れられ禁固10年。これだと ショックで自殺するかもしれない。でも、10年も入所してたら それなりに楽しいことも生まれるんじゃないかという気が してくるんだから私のプラス思考は恐ろしい。受刑者同士の 傷のなめあいじみたロマンスだって素敵かもしれない。 一人の時間が増えたら小説書く時間が出来て、状況への 不満に満ちた分だけいいものが書けるかもしれない。 そう、実は内面なにげに暗いんだけど、そのへん 楽しい部分ばかり見てカバーしているカンジなのだ。 先日ハタチになったばかりの若い子に「私も牛良さんを 見習おうっと」とか言われたが、自分の思考パターンを 思い出し、内面だけは似てくれるなとふと思ったのでした。
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