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ラヂオスターの悲劇
トマーシ
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2005年01月16日(日)
ノックすれど雨

雨に濡れた窓に立ちノックする。
階段下に隠れた子供が耳を澄ます。
鮮やかに染め抜かれた織物を右手から仕舞い込んだ膝に垂らし、
更にクルクルと広げ溜息をつく女性
「まぁ。なんて綺麗な反物なんでしょう。」
天井に吊った灯りから落ちる光はそのまま垂直に女性の簪に、
そして反物からはみ出した女性の指先は抜けるように白い。
向かい合った相手は答えた。
「少しコマを巻いてしまいます。」
袂をゴソゴソまさぐってから、拳で隠れるような巾着を取り出した。
それから灯りを少し気にするようにして天井を見上げた。
すっと鋭角に切れる顎のライン、それまでハンチングに隠れていた
切れ長の目が覗きみれて、更に印象的なのは立派な喉仏。
コクンコクンと時を刻むのを飽きもせずに見ていると
男物の巾着から出てきたのは鋳物の欠片か墨の折れた風情で、それが更に数欠片。
「見ててください。これがエイッと火を飛ばしますから。」
先で絞りを解いたような何とも頼りない細い声音。
聞き取ろうとグッと顔を寄せる女性。なおそれで見上げるので
何とも丈の大きな男だと胸にグッときた。
で、今度はその巨躯がしゃがみこんでくる。手馴れた調子で床に
生地の薄い木綿のハンカチを広げて、その上で先程の欠片を打ち合わせた。
カチッっと乾いた音。
それからそのカチ合った二つの欠片の間に確かに炎が上がった。
青白くて強い炎。あまりに男と顔を寄せすぎていたので
女性はその炎の熱を頬のすぐそばで感じる。
ちいさく仰け反り、男と目が合う。
しかしそれは何ともイヤらしい目だった。赤い煤っぽい頬の下には
黄色い歯が不揃いに並んでいる。
しかし言葉を掛けるタイミングも知らず、その火は消えてしまった。
男はそれから俯いて熱の醒めるのを待っている風だった。

一方、階段の下に隠れた子供は誰からも見つかりたくなかっただけだった。
でも最初に気付くのは自分の母親だろうとボンヤリと空想していた。
出口への期待はまだシブシブと心の中で躊躇っている感じだった。
昼間に摘み取ったオジギソウの束がパラパラと足元に並んでいて
そこから青臭い匂いが上っている。自分の呼吸の音や心拍の次第に
高くなっていくさま。そして深い闇。
そんなことに辛抱が利かなくなってくる頃
見慣れない行商がやってきたのだった。
階段を少し急ぎ足で下りてくる母親の足音を聞くと
やはり胸が高鳴るのを押さえられない
そして、ほんの少しの隙間から先程のやりとりを
ずっと見ることが出来た。

ハンカチには金色の粉だけが残った。
黒いカサカサとした欠片は互いに形を失って燃え尽きてしまい
後にはうずたかく山が出来た。
そしてそれが自分の熱を出し切った末には
見事な山吹色に変色したのだった。

小さな節穴からそれを見ていた子供にもそのへんげの有様は
見ることが出来た。もう矢も盾もたまらない。
古い木戸を開けて飛び出して来る。彼は裸足だった。

背後のそんな急な物音に女性はビックリする風でもなく
ただ振り返って子供を手招きする。
男はニタニタと笑って、それを丁寧に反物の上に振り掛ける。
跳ね返った金粉が宙を舞う。
女性は子供を引き寄せてそれに見惚れる。
金粉は女性の髪の間や子供の服や玄関の敷物など
色々なところに吸い込まれていく。
「きれいねぇ」
と女性は溜息を尽き、子供は鼻でそれを吸い込もうとする。
「これで仕上げなんですわ」
男は反物に万遍なく粉をすりつけて言った。
後はモジモジと代金を受け取るのを待つばかり・・・