(仮)耽奇館主人の日記
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2006年02月16日(木) |
ベンチリー追悼のこと。 |
先日、「ジョーズ」の原作者として知られる、ピーター・ベンチリーが亡くなったことを知った。 ベンチリーといえば、「ジョーズ」に代表されるように、海洋ものだ。 海を書かせたら、彼の右に出るものはいない。 それに、ほとんどの作品が映画化されているくらい、映画的に面白い。興奮する。 その中でも。 私の一番大好きなベンチリー作品は、「海棲獣」(角川ホラー文庫)だ。 これは、何故か「D.N.A」シリーズの第三作目として、映画化されているが、ドクター・モローとは何も関係ない。多分、遺伝子操作の点で無理やり関係づけたのだろう。 それでも映画はなかなか出来がよかった。 原作の見所のひとつに、サメと人間の合成生物が、エラ呼吸から、肺呼吸へと変化を遂げるシーンがあるのだが、ちゃんと映画ならではの盛り上げ方で丁寧に演出していた。 観ていて、気持ち悪くなったくらいである。 そう、サメと人間の合成生物の恐怖を描いたこの作品。 ベンチリーの手による書きっぷりは、ほんとうにスリリングで、一体どうなるのかとドキドキしながら読み進めたものである。 映画ではアメリカの軍隊による生物兵器の秘密実験という設定になっていたが、原作では何と、ナチスドイツの秘密実験の産物という設定なのだ。 Uボートで移送中、撃沈されて、封印された「棺」が何十年も海底に沈み、現代を舞台にその封印が解けるというオープニング。 怪物ものとしては、なかなか上質な物語であることを、この私が保証するので、興味を持たれた方は、是非古本屋かネットで入手して欲しい。 こうして思い返してみると。 ベンチリーが海洋もので傑出している理由が自然に浮かんでくる。 サメないしは、サメのような怪物に食われる際の、「恐怖」、「苦痛」、「絶望」の描写がほんとうに生々しいのだ。 絶対こういう死に方はしたくないと思わせるほど。 映画「ジョーズ」でも、シャークハンターの船長がジョーズに下半身をガブリとやられるシーンがあったが、初めて観た時は、それまで観てたゴジラやガメラなどの怪獣などかすんでしまうくらいの、「モンスター・ショック」を受けたものだ。 だから、私は、ハワイやインド洋に仕事で出かけた時は、異常なくらい、サメ情報に神経質になった。 そのおかげで、私は今日もサメに食われない、安全な海外旅行をしてきている。 ふと、思うことがある。 ベンチリー自身、海で生死にかかわる恐怖を経験したのではないだろうかと。 海難事故などではなく、サメもしくはサメよりももっと恐ろしい生物に襲われるという。 想像力だけでは、とてもあんなにリアルな恐怖感は書ききれないはずだ。 ともかく、ベンチリーはちゃんと病院にて人並みの往生を遂げたようだが、私の頭の中では、ビアスのように、行方不明ということになっている。 一人、真夜中に、スクーナーを出して、夜の海の果てへと消えていくベンチリー。 あなたの小説には、ほんとうに興奮しました。 合掌。 今日はここまで。
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