| 2003年04月13日(日) |
投票者の能力が問われるこれからの政治 |
自分が気遣いできないから人に気遣いを求めるのかな。 と思った今日でした。反省の弁。
さて今日は国政選挙の日。皆さん、選挙に行きましたか? 自分は東京ですが都知事立候補は5名。誰に入れたかは自分のみぞ知る。 立候補者掲示板には3名か4名のポスターしか貼られていなかったので 5名もの立候補者がいたなんて投票に行って初めて知った人もいらっしゃ るのではないでしょうか。かくいう自分もその一人。(苦笑)
選挙民に優しいだけの公約を掲げる立候補者には自分は投票しません。 なぜなら財政は限られているからです。あるいは財政を豊かにするには 不平等にしなければ達成できないからです。我慢すべきところは我慢し、 優しくするところは優しくする。そのメリハリを明確にすることが大事。
財政を増やすには税収を増やすために税率が上がり選挙民には辛くなり、 甘いことを言えば支出が増え財政難になる。このバランスを取ることと 内容の説明をはっきりとすること。開かれた、そして信頼できる県政 とはそんなものだと思います。強いて言えば、それに加えて実行力の ある人です。
ということは、選挙民も立候補者の優しい言葉につられないで誰の言う ことが該当自治区の長として、議員として正しい路線を歩んで行くだろう と考えることが大事です。良く分からないから見た感じがいいとか声が 大きいからとかいった理由で選ぶのは利口ではありません。
投票したい立候補者がいないからといって投票しないのも良くありません。 立候補者のうちの誰かが当選するのだから、立候補者のうちでも一番 当選して欲しいと思う立候補者に投票すべきです。誰がなっても一緒だと いって投票しないで後から文句だけを言うのは身勝手で無責任です。
それではまともな立候補者も出るはずがありません。立候補者の立場に なればまともな選挙民がいないところでまともなことをやるインセンティブ がありませんから。あるいは腹黒い人であれば理解度の低いと思われる 選挙民を自己の利益のために利用することを考えるかもしれません。 これでは何のための選挙なのか分かりません。制度の崩壊です。
そういう意味でも投票する立場のわれわれも政治・経済・法律のことを もっと勉強して、よりよい政治(つまり生活に直結した自治)が行われる ようにしなければなりませんね。ボーっとしていては損します。一生勉強。
はい。今日は晴れのち雨。(東京地方)
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