| 2003年01月05日(日) |
人間の存在そのものが・・・ |
昨日の夜から徐々に高速道路の状況は悪くなったようです。 現在でも速度制限や通行止め、雪による事故渋滞など、いつもなら 想定もしていないような場所で起きています。いつも積雪がある ところならばそれなりに準備しているんでしょうが、利用者側も 公団側もいくら時期とはいえ、予想していなかったでしょう。 この土日は。
自分ことだけ考えると、1日早くても、1日遅くても、状況は良くは なかったので、いいときに帰ったもんだと思います。無事に帰れたし。
温暖化の影響で暖冬が続いております。 各地でこの10年はそれ以前より雪の量が減ったと聞きますし、 自分が小さかった時より、福岡でも雪の量は確実に減っています。 にもかかわらずこの時期の積雪は昔に戻って喜ぶべきかそうでないか。
夏は夏、冬は冬であることが日本の四季を形成していると思います。 その四季が崩れるのは暮らしや文化に影響します。もちろん食糧も。 人間という生命が豊かな(より楽な)生活を求めてインフラも物資も 変化しておりますが、それがそれらを作り出した人間に本当の意味で 貢献してくれているのだろうかとマジメに考えるならば、必ずしも そうではないかもしれません。かもしれないと言っているのは、疑いを 抱いているからです。
人間の暮らしが良くなるために、例えば水害から市民を守るために 堤防やコンクリート底、あるいはダムもそうかもしれませんが、それ らを作ることばかりが優先されて、経済的な観点でも環境保護の観点 でも、作らずに済ませる方法が決議されなかったことは、ある意味 われわれにとって不幸なことかもしれません。環境にやさしいという 触れ書きで、コンクリートで固める河川工事は今でも行われています。 これは環境に対してでなく、人間に不都合なことを排除しているだけ。
東京の一極集中なんかも温暖化の温床ですね。 小さい政府を目指して霞ヶ関の機能を分散させることを、そろそろ マジメに考えてもいいんじゃないでしょうか。一時期そんなことも あったようですが、いつのまにか立ち消えになっています。官僚の 強い反発にあってね。
より豊かな生活を求めるのは避けれない人間の欲求。 (あ、誤解の無いように。新しいものを作り出すことだけが豊かだと 言っているわけじゃないからね。豊かかどうかは本人の判断でもある。) でも、地球環境の中で人間が人間だけの狭い社会で過ごせるわけがない。 しかも、自分の生活のためだということで自然を破壊してもいいという 理由にはならない。地球の自然と食糧を全て人工的に作り出すことが できて、しかも人体に無害であることが可能ならば話は別。 ま、そんなことは何百年たっても実現するとは思えないけど。
地球のありの姿に人間が反抗しているのが今のわれわれの生活だと 思えば、全ては地球環境によろしくない影響を与えていることになる。 だから人類が地球上で永久的に存在するのならば、出来る限りの 悪影響は排除しなければならない。かといって、自然に戻るわけにも いかない。恐らくこの議論は自分の存在意義まで否定することになる でしょうから、細かいことまでは言いませんが、無意味は破壊行動を 慎む、ということになるんでしょうかね。
そういう意味じゃ、自分が車で帰省するのは環境破壊の一端を担って いるんでしょうね。次回以降はちと考えますです。
はい。今日は曇りときどき晴れ。(東京地方)
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