しむちゃんのつれづれ日記
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2003年01月02日(木) 正月2日目

昼から母親方の親戚が集まる裏の家に行き、午後をどっぷり過ごし
ました。(昔はじーさんばーさんが住んでいましたが、その頃から
「裏」というのはじーさんちを意味してた。今はじーさんもばーさん
も他界したので、その家の後継ぎであるおじさんが住んでいるわけ
ですけどね。自分ちが道側にあるので自分ちを基準にするとじーさん
ちは裏になるというだけのこと。)

昨日は父方だったので車でお出かけしていたので、おじさんとこが
気を利かして酒ナシで済みましたが、今日はそういうわけにもいか
ず、ビールビール日本酒。

あんたはビールが好きなんよね、と言いながらコップが半分ぐらい
になると誰かしらお酌をしてくれるありがたい親戚の団結です。
(お酌をしてくれるということは要するに注いでいる自分のお酌も
しろ、ということですが、ひとり注ぎ役のおばさんがいて、その人
からは注がれるままに飲む。)

平成の時代になってからというもの、自分のいとこ世代はめっきり
集まらなくなって、おじさんおばさんたちが集まる場になってしまっ
ている。そんな中にいる自分は毎年飽きもせず参加しているという
ことで、毎年集中砲火を浴びてます。

福岡の片田舎でもこんな状態ですから、自分と同世代の連中は両親
の家には帰省するでしょうが、両親の実家へはなかなか足が向かない
でしょう。両親の家とその実家が近くにないとね。

小さい頃には当たり前に顔を合わせていたいとこ連中も、こういう
状況になってしまっては、誰がどんな顔だったか、どこでどうして
いるのかは、さっぱり分からなくなっています。が、お互い様なの
で、あえて聞こうともしないところが冷めているというか、興味が
薄れたというか。盆正月には必ず顔を出す人から、20年以上顔を
見ていない人まで様々です。みんなそれぞれ家庭を持って、相手方
の親戚との付き合いが始まってなかなかこちらへ立ち寄れなくなっ
たのは分かりますし、祖父母が他界したので立ち寄る理由がなくなっ
たというのもありますし。

こういう時代の流れの中で血縁関係というのはつながりが薄らいで
いくんでしょうかね。ちょっと足を伸ばせば済むということにはなら
ないんでしょうかね。正直言って面倒ですけどね。

両親の年代は戦前産まれで兄弟の多かった時代。
だから親戚の数がそれだけ多い。いとこの数も半端じゃない。
どこそこの何番目という言い方になってしまいます。名前じゃなく。

自分の場合、今でも付き合いのあるいとこは数人です。
それ以外はどこで何をしているのかすら知りません。結婚したとか
子供が産まれたとか離婚したとか、親が言ってくれるまでは情報が
無い。こちらも自分の生活で精一杯だから余裕が無いし。

まぁこれも自分が自分の家庭を持っていないから周囲が見えすぎて
いるということにもなるんでしょう。ということは、早く自分も
相手を見つけて他の人と同じ環境になれということなんでしょうかね。
こればっかりはめぐり合わせですから・・・。

10年後には両親の兄弟も誰かしら亡くなっていると思われます。
そうなった時には今のような集まりはどうなるんでしょうかね。
きっと無くなっていくんでしょう。これも世代の移り変わりですね。

いつまでも人間の生命は続かないということを身近の親戚の付き合い
をもって感じる今日このごろです。酔っ払いながら。(苦笑)

はい。今日は曇りときどき晴れ。(筑後地方)


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