アメリカでは9.11以来、胸に手を当てて国家への忠誠を誓う 国家斉唱が増えたと聞いています。小学校でさえもね。
70年代に論議の的となって一度は減らしていたこの行動が、また 復活したのはアメリカが民族のルツボであるからこそだと思います。
日本ではわざわざ忠誠を誓うことまではしない、つまり敗戦により 武力を捨てることを憲法で強制されたことにより、忠誠を誓う先が 天皇ではなくなった、それは忠誠を誓う先が無くなったことを意味 すると考えます。国家に忠誠を誓うことが無くなったんです。
でも、アメリカの場合は忠誠を誓うものを無くしてしまうと内乱が 起こる可能性、あるいは治安の悪化が予想されます。ヨソの国から 来た人たちがわんさかといますからね。そういう意味では日本は 限りなく純血(もちろん異国人も存在します)と言える国家なので、 アメリカのような忠誠心を求めることが無くても国内における治安の 維持が保てるといえるでしょう。もちろん外的な要因で治安が脅か されることはありますので、これを排除しようという動きもあります。
日本は民主主義、資本主義でありながら今でも鎖国国家です。 それでも国際社会で生きていけるのはアメリカの保護があるからだと 思っています。武力を捨てさせられ、経済の向上にひたむきになれた のもアメリカという相手がいたからです。日本経済の発展はアメリカ のおかげと言ってもいいかもしれません。アメリカはパートナーだと 日本側は言っても、アメリカは対等な関係だとは思っていないでしょう。
こんな保護された国家でも、自立を求められる時期に来ているようです。 対等なパートナーであるならば、対等な利益享受が無ければなりません。 であるならば、経済関係だけでなく、防衛協力に関しても同等のレベル で活動しなければなりません。でなければ一方的な思いこみになります。
日本が自立した国家になるためには、憲法9条の改定が必要になると 考えています。つまり武力を肯定すること。今の条文のままでは、 いつまでたっても解釈論に頼ってしまい、本質的に日本が進む道を 論じることができません。人が代われば解釈も変わるから。その時々で 都合のいい解釈になる可能性が大きいんです。ですから日本のあるべき 姿を考えながら憲法の改定を視野に入れる時期に来ているんです。
武力には武力で対抗せよと言うのではなく、またその犠牲を国民に 強いるべきと言っているのでもありません。自己防衛の手段を解釈に 頼ってはいけないと言っているのです。誰が見ても、いつの時代でも、 揺るぎ無い明確な文章で書かれた憲法が必要だと考えているんです。
武力を肯定すれば徴兵制度が復活するでしょう。 軍事力の維持のための予算も計上されるでしょう。
そのために国民が犠牲になることを拒むのならば、憲法9条問題の答えは 明確になってくると思うんです。沖縄問題を論じる前に、日本としての 政策が明確でないと、向かう方向が違うところへ進んでいくでしょう。
個別の問題が積み重なって全体を形成しているわけですが、まず枠組みを きちんと整えるところから行い、そして細かいところへ展開していく、 そのプロセスを歩むことが筋なんでしょうが、どうも順序が逆のよう。
歴史の重みは簡単には解決できないんだから、個別問題を潰していくと 見えてくるのは国民の幸福につながるとは思えない。もぐらたたきだから。
そうではなくて、土台ある憲法を見直すこと、議論は結局のところ憲法の 解釈に戻ってくるので、そこで全てがコケてしまいます。ムダな時間です。
日本国民の拠り所は、やっぱり日本という国土で安全で豊かに暮らすこと。 敗戦で悪者扱いされて、お前からは武器は取り上げる、といった性格の 強い憲法9条ですから、平和憲法というのは表向きのいい訳です。
ですから、この憲法9条を維持する限りは戦争の総括は終わらないと 考えます。いや、これを維持してこそ戦争が起こったとしても悪者には ならない、と考える人もいるでしょうが、そのそも戦争とは正義と正義、 あるいは悪と悪との戦いですから、どちらかが悪ぅございましたと言わ ない限りは終わりません。白旗を揚げたということは結局悪者にされる わけですから、実質の犠牲者はいなくても、その後の精神的苦痛は避ける ことは出来ないでしょう。そんなストレス社会では生活は安定しません。 今度もアメリカが守ってくれるとは思えません。
であるならば、日本は自身の態度を明確にして、自身が進むべき道を 決めていかなければなりません。そんな時期だと言いたいわけです。
戦後半世紀以上たって、アメリカが今の日本の状況をヨシと考えていると したら、それは大いに間違っていると言ってもいいでしょう。過去の決め 事が今も通用しているとは思っていない。今は今です。
どんな時代でも、どんな政府でも、灰色な文章は都合の言いように解釈を されるだけ。明確な文章に改定されることを望みます。
アメリカの子供たちが胸に手を当てている姿が映像に映し出された画面を 見ながらそう思いました。
はい。今日は晴れ。仕事納め。(東京地方)
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