ムラカミ日記...ムラカミ

 

 

ヒカ碁最終回。 - 2003年04月28日(月)

なんだかんだ言いつつ読んだのは今朝の京浜東北でした。


そんでもってまあ、この数日間色々ヒカ碁サイトを回ってみて、感想とか日記とか読んだんですよ。
まあファンとしては最終回バンザイとは言わないだろうと。それにしても否定的な意見の方の方が大多数みたいな印象を受けました。

まあ丸投げ。っつーか。そんなカンジも否めなくは無いなとは思いましたが。
こう、なんつうか。たとえば韓国勢との確執にしても、社のパパとの確執にしても、ヒカルの勝利への確執にしても。
それらは「誤解が解けた」「和解した」「勝った」みたいな、単純な一事実で決着がつくモノじゃない。未来へ続く残された課題であって、捌いても捌いても、ほぼ未来永劫眼前に覆い被さってくる障壁だ。
なんで碁を打ってるのかとかね。何故自分が生きてるのかとかね。そういう事と同じで、それらの確執は片づいた、オワリ、じゃなくて、全部引きずって歩いていかなければならないことな訳で。
だから小綺麗に纏めるのではなく、敢えてその辺を広げたまま終わらせたんじゃないのかな。と思う。

一部が内的世界での完結、だとしたら、二部は外的世界へ向けての発信、という位置づけになるのかなと思うのだけれど。
外的世界では夥しい数の人間がひしめき合っていて、矛盾と不理解と不条理が錯綜している。複雑に絡み合ったソレは決して綺麗に解ける事無く、そこに完結はない。ゆみは収束、じゃなく連続性、を残したかったのじゃないだろうか。
幾つも問題提起を残したままの終わり方は確かに読んでいる方には優しくないかも知れない。小説とか漫画なんて、元来カタルシスを求めて読むわけだから、優しくない現実をありのまま突きつけられて救いがないというのは切ない。韓国勢とは和解できなかった、ヒカルは負けた、そして未だ一人で佐為を抱え込んでいる。でもコレが事実だから。フォローはないから。あとは自分で昇華してね、って。そんなこと言われたって、決着は貴女が付けてくれるんじゃなかったの、答えは貴女が出してくれるんじゃなかったの、と読者は思うだろう。
でもゆみって、元々そういうとこ結構クール、っつうか冷たいヒトだと思うんだけどね。ヒカ碁という漫画全体に脈々と流れてると思う。そういう冷たさは。

う〜ん。まあそれにしてもワカリヤスイを基調とする少年漫画のラストには相応しくないかもしれないとは思いますな。(笑)

まあワタシとしてはそんなかんじで咀嚼しました。ウラにどんなヲトナの事情があったのかは知るところではありませんが。どこぞで「韓国側からクレームが云々」とか言うハナシも小耳に挟みましたが韓中を扱い始めた時点で何らかのクレームが来ない方がおかしかろう。揚げ足取るのに躍起になってる暇な人も多いわけだから。その辺を捌ききれなかったのか、はたまたストーリーの転向を提案されたゆみが逆ギレしたか。全てが予定調和か。まあ憶測の域を出ません。

只ワタシには、最後まで胸を張って「このマンガがスキなんだ」と言えるマンガだった。今も面白いよ、と言って他人に勧めることが出来る。それで十分かな、と思った。辛いよ、ダイスキだったマンガが途中から目も当てられなくなっていくのを見ているのは。
批判はしたくないよ。立派に終わらせてくれたと思う。こればっかりは人それぞれだと思うけれど。


…いやあでも、偉そうなこと言ってるけどコレが筒井さん全盛期だったらもう鼻水垂らしてファッキンと叫んでいたね。(汗)編集部に火を付けるとか言ってたね。間違いなく。だからヒカルとかアキラとか社とか外国勢のファンのヒトの気持ちはよっく判るんだわ…
やっぱり、自分の填っていたモノが終わって仕舞うというのは何か時代を感じるね。アエラを感じるよ。


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