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2007年01月21日(日) 明るさ増すマックノート彗星 日本でも尾が見られます

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「話す」「書く」テスト実施 TOEIC新試験 - 共同通信

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事務連絡
ちょっとバックアップもとらずに遊んでたら日記のデザインを壊してしまいました。「前にあったあれはどこへいった」という機能があればご連絡下さい。

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昨日作りかけたプリキュア柄の三角布とエプロン製作。エプロンは両脇にボタンをつけ、胸当てのひもを背中でクロスしてボタンにかける形にした。着る方は難しいが(背中のひもを探すのが)、脱ぐ方はケロ一人でもできる。

壊れた加湿器を電気屋さんに修理に持っていった。

某身内宅へ着物を貰いに行ってきた。出るわ出るわ、用意してあったウールと浴衣、久留米絣のほかに、御召、大島紬、色無地、博多織の半幅、綿の半幅、羽織から作った作り帯、薔薇柄の袋帯、それにケロ用にとピンクの無地調紬、臙脂の縫い取り御召、手書き訪問着と長襦袢、赤地に椿と鶴の金銀で織った名古屋帯と籠巾着まで貰ってきた。絹物以外は畳紙入りではないのでうこんの風呂敷包みにして泥棒のように一切合財もらってきた。(これでもウール一部と、もらえるか微妙だった御召、抜染して長襦袢にしたらいいという黒羽織と既製品だからあまりものが良くないという喪服と帯は置いてきたのだ。)

自分では買わないような柄のものも頂けるものならばと全部さらってきてしまったが、手入れが必要なものもあるし裄が合わないものもあるので、全部が着られる訳ではない。しかし某オクで難あり着物とか買ってる場合じゃないですな。家に帰ったらウールの着物着て、寝るときは浴衣にしないと。(ウールと浴衣はあわせて一山貰ってきた。)

「これは娘時代に働いてた頃の3回目くらいのボーナスで買ったもの」などと由来を聞くと、渋い御召、紬、ウールという傾向が理解できる。やっぱりこの辺の着物が自分で揃える洒落着で、絹の柔らかものは人から貰ったりして滅多に袖を通さないよそ行きなのかもしれない。
銘仙は「ほんとの普段着だったし」と座布団や布団皮になって消えていったらしい。(1枚足利銘仙を見せてもらったけど地味目な抽象柄だった。)
御召は「これも御召、これも御召」と次々見せてもらったけど、ちりめんと見分けがつかないようなのもある。先織りで柄が入ってるので御召だとわかるくらい。他のは、この前私が買った夏用のコットンフィールのキュプラのベン何とかみたいな細かい横しぼがあるものとか。ううーん、某オクで素材絹とだけでもののついでに落としたあれが御召なのかどうかも分からなくなってきた。

あと黒羽織を抜染した長襦袢の見本も見せてもらった。真っ白になる訳ではなく、サーモンベージュというか、渋いいい色になってた。私もやりたーい、といいつつ置いてきた。

あとはウールや綿について私が「最近は1年中単衣だ」と言ったが、これに関しては某身内「でも袷の季節は、昔はウールも綿も袷にしてた」と譲らず。(ちなみに某身内は昭和14年生まれ戦中派・普段着はお母さんが縫ってた人だ。)私は単衣で着ちゃうけどね〜。

あ、昭和48年刊行の「新しい和裁」も貰ってきた。どの辺が新しいのか分からないんだけど、着物のグラビアページは洋風な不自然な髪型のモデルさんがほっそーく白い半衿を出して着付けてあった。あとこの本にも長襦袢にベンベルグを勧めている。この頃の和裁の本にはベンベルグをこれほど勧めているのに、ベンベルグの長襦袢をみかけないのはいったい何故なんでしょうか。(と書きながら今検索してたらベンベルグの浴衣というのがあった。これは何だ。)

あと何聞いたっけな〜。こういう聞書きは聞いたときに書いておかないと言ったほうも聞いたほうも忘れちゃうんだよね〜。メモ取ってくればよかった。また思い出したら追記する。


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