| 2006年10月22日(日) |
秋の夜空焦がす炎の乱舞 京都で「鞍馬の火祭」 |
共同通信 ゆとり教育の見直しを 「教育再生」で民間公聴会 - 共同通信 秋の古都、華やか歴史絵巻 京都・時代祭で2千人行列 - 共同通信
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朝電話で遠まわしに呼び出され、前日ケロに約束したしゃぼん玉セットを買ってから某身内宅へ。ケロを連れて公園へ行き、すべり台とぶらんことしゃぼん玉で遊ぶ。
ケロが朝プリキュアを見て(保育園で椅子に上ったりしないよう約束し、本放送1回だけ見た)「紫のプリキュアみたいな頭にする」というのでポニーテールにしたら、ヘアアクセサリーも同じのが欲しくなったらしい。それで「じゃあ(ビーズ細工が趣味の)某身内に作ってもらおう」と勝手にその場で言ってみたら、今度来る時までにプリキュア風のヘアアクセサリーを作ってくれるということになった。(手甲とか衣装とか言い出すと大変なので、何とかこれだけでケロには思いとどまって欲しい。)
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某身内宅で散々遊んで、どきどきしながら9時前に出て、車を運転しながらNHKスペシャル「赤ちゃん 成長の不思議な道のり」を*聞く*のに間に合った。(某身内宅では野球を見てたので見られそうになかったの。)
1歳前の子どもが、寝ているように見えたりおもちゃに熱中しているように見えても、読み聞かせを聞いて脳の言語野が活動しているというのは面白かった。私は(生まれる前から楽しみにしていた割に)いつ読めばいいか分からなくて、絵本の読み聞かせはあまりしてあげなかったのだけど、もっとやってあげたら良かったかしら。(ま、今は寝る前に毎晩数冊づつ読んでるけどね。)
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青木玉「着物あとさき」(2006-155) 新潮社(2006年5月)
久々に着物本。そろそろまた着物の季節が巡ってきたからね。というだけでなく、女海賊の店で勧められて刊行を知ったので。
すごくすごーく面白い本だった。芸術新潮の連載をまとめた本だが、幸田文さんが遺した洗い張りや未仕立ての反物の始末の話は手入れ前と後の写真に息を呑んだり「ああ、こういう風に繰り回すのか」と感心したり。そして玉さんが各地の手仕事を見て回ったお話には、私もそういう手が残っている間に自分の着物を手に入れたり手入れしてもらいたいと強く思った。
以前は着物関連の文章を読んで心は動いても自分には縁がないものと、その伝統が失われることへ(また)後ろ暗い気持ちを抱きつつも部外者の気持ちだった。今は「私もお金に余裕ができれば、こういう素晴らしい手仕事をしてもらえるんだ」と胸ときめく。嬉しい。(その前に自主トレで着慣れなければ。)
そして、幸田文さんの「きもの」が中断したままだった訳が(以下長いが引用)「今、着物を着ている人を見ることは殆どない。これから先も増えることはないと思う。着物の楽しさ、美しさ、面白さをいくら書いたとしても、実際着る人がなければ、話はそれまでじゃないか。「きもの」を書いていた時は、まだ互いに通うものがあったけれど、時間がたつにつれて、楽しむどころか、どんどん遠くなってしまった。共感がなければ、誰も読まないよ。」 ということだったと知り、残念しきり。今、るつ子が歩んだ道を辿りたく、道しるべもなく心細く思っている読者は多いのに。
美容院で後頭をすっきりしてもらったので、また着物着ようっと。そういえば前職場で稼いだ能力給はほとんど着物に費やしたなぁ・・・。
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