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2003年08月25日(月) 匂いと記憶

匂いって、その匂いについての印象が強烈だったその瞬間(もしくは時代)へ、自分を引き戻す強い力があるように思います。

たとえば、雨の降り始めの匂い。
これを初めて「いいにおーい」と思ったのが確かまだ小学校に上がる前、ピアノのお稽古の帰りに母に手を引かれていたときだったのですが。
夏で、大粒の雨でした。ちょっとお天気雨がかったような。

今でも、あの、乾いた空気がぱたぱたと湿っていく匂いに気付くたびに、母と手をつないでいるそのときのワタシにすうっと引き戻され、懐かしいような心もとないような気持ちと共に「いいにおーい」なんて思ったりですね。
まあ、そんな感じです。


「いい匂い」について思いを巡らせるとき、必ず思い出してしまう匂いがあります。
そして、その頃の頼りない自分の心に、あっと言う間にトリップ。

なんとなくそのことを思い出したので、本日はそのお話を。



中学生の時に、好きだった女の子から手編みのマフラーをもらったことがありました。

・・・・・・・・・・・・・・・。

ワタシ、当時から「ナナ好き、ナナ好き」と呪文のように思いながら(なにしろ片時も頭を離れないんです)、ちゃんと他にも好きな人がいたりするって言うのはいったいなんなんでしょう。
まあ、ワタシの「ナナ好き」は、なんだかもう、自分の中に刷り込まれている特別なものであって(DNAレベルのものか?)、成就させたいとかそういう類のものではない、というのはなんとなくその頃から察していたわけですが。

そのマフラーをくれた子とは、お互いの気持ちを確認して云々、というようなことはなくてですね。
ワタシの片思いだったし、気持ちも伝えなかったんですが、なんだか彼女も少女特有の独占欲でワタシに興味を持っていたという感じだったのですけれど。

もともとナナととても仲の良い子で、たまたまワタシも友達になりまして。
ナナとその子はすごーーーくませてましてね。
ワタシはみそっかすみたいなものだったんですけど。
途中から、その子の「友達比重」がワタシに傾き(当時のナナは友達なんて楽しければ誰でもいいような子だったのです)、よくワタシにお弁当をつくってくれたり、手作りのマスコットだのなんだのをくれたのですが。

クリスマスにマフラーをもらいまして。赤いマフラー。長ーいの。やわらかくて、ほわほわの。


「あたし今マフラー編んでるんだけど、じょりぃがほしいならあげる」
「わあ、ほしいなー」
「ホントにほしい?」
「うん」
「ナナがくれれば、ナナからほしいでしょ?」

ぎく。

「そんなことないよ。ちょーだい」

この子は何かというとナナを引き合いに出したので、もしかしたらワタシの「ナナ好き病」に気付いていたのかもしれません。

で、その会話はそんな感じで中途半端に終わっていたのですが、クリスマスに本当にくれまして。

びつくりしました。
なんだか少女マンガみたい、とか思ったりして。
でも嬉しくて嬉しくてですね。 


で、そのマフラー、何が嬉しかったって。

その彼女の匂いがすごーーーーーーくするんですよ。
その子って、いつもとても良い匂いがしてましてですね。
今思えば「ソフラン」か「ハミング」の匂いかもしれないんですが。
一緒にいるといつもめまいを伴う幸福感につつまれたものでした。

その匂いが、マフラーにたっぷりと。

もう、匂いかぎまくりです。
なんと甘美なこの体験。
彼女がそこにいるみたい。

ずーーーーっとマフラーに顔をつけて匂いを嗅いでいると、そのうち鼻が慣れてしまって匂いがわからなくなってしまうんですよね。
なので、たまに顔を離して、下界の匂いをくんくんと嗅いだ後に、ふたたびマフラーに顔を。

こう書くと実にヘンタイっぽいですが、まあ、思春期にありがちな愚かでかわいい行動でございます。
「じょりぃ、アホみたい」と思いながら読んでいるそこのアナタも、似たような経験をきっとしているはず。
と、決めつけてみましたが。 していないとは言わせません。 とさらに決めつけてみたりして。

その後しばらくして。
マフラーの彼女から、いつものように、ナナと彼女を比較するような質問を受けました。
いつもは他愛ない、笑ってふたりで冗談にできちゃうようなものだったのですが、この日の質問はちょっと違う雰囲気。

「じょりぃが3階にいるとしてさ」
「うん」
「あたしが2階にいるの」
「うん」
「ナナが4階にいるの」
「・・・うん」
「火事が起きちゃったら、どっちを助ける?」

そんな唐突なシチュエーション。

「どっちも助ける」 子供らしくてかわいい答ですね。と自分で言ってみる。
「ダメ。どっちか決めて」
「うーーーん・・・・・・・・うーーーーん・・・・・・」
「どっち?」
「火に近い方から助けに行く。かな?」
「・・・・・・・」
「動けなくなってる方、とか」
「あのさ」
「うん」
「どうしてもあたしって言ってくれないんだね」
「え。  だって、 ふたりとも友達だよ?」 中2としては、これが精一杯。
「あたしが聞いてるんだから、そういうときはあたしって言ってくれればいいのに」
「・・・・・・・・・そっか」 ひとつ勉強になったじょりぃ。

彼女のちょっと傷ついたような表情が忘れられません。
別にワタシに対して特別な感情を持っていたわけではなく、あくまでも女の子特有の友情・独占欲という感情だと思いますが。

そういえば当時の手紙のやりとりに「親友」という言葉がよく出てきていました。
彼女はなんとなくさびしかったのかもしれません。
「じょりぃはあたしの親友だよね」と言えるようなタイプの子ではありませんでした。
顔立ちのきれいな子で、プライドもすごく高かったので、自分からは言えなかったけど、ワタシにそう言ってほしいんだろうな、というのはたまに感じていました。

でも、ワタシは「親友」がほしかったわけではないので(友情とは違う感情で好きだったもので)、「あたしたち、親友」とは言いたくなかったんですね。
子供ならではの、正直なわがままさで、ワタシも彼女に対して頑なになっていたのでしょうね。そのへんが。
今なら別に抵抗なく言っちまいますけど。大人になってすっかりズルくなりましたからねえ。 


「匂い」について考えるとき、いつもあの赤いマフラーと、彼女のさびしそうな表情を思い出してしまい、柔軟仕上げ剤の甘い匂いとともに、ワタシの心は不器用な中学2年生へと引き戻されるのであります。


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