2001年05月01日(火) |
〜〜Short story〜〜 |
『湖底・・・』
胎児のようにまるまって、
自分を抱(いだ)きながら・・・・・・
彼女は時の止まった湖底にひそんでいる
少年は波打ちぎわに腰を下ろし、じっと何かを待つ
下弦の月を切り裂くような流星・・・
<一度、聴いてみたいんだよ、どうしても。。。>
家を出る時、少年はボルボージュに呟(つぶや)いた
湖畔の小さな影は、ゆらりと立ち上がる
<もうすぐ・・・はじまる>
音も無く水面は、同心円に窪んだ
その中心に、とぐろを巻いた美しいドラゴンが・・・
千年の齢(よわい)を重ねた彼女は、ただ詠うために今宵・・・
微かな月光のもとでは、その琥珀の鱗も煌(きらめ)きをためらうばかり
ぬるい滴りを少年の足元に落とす・・・巨大な翼・・・
〜〜そして、歌がはじまる
人間の可聴域をこえた哀しみの轟(とどろ)き
しかし・・・少年の心には確かにつたわっていた
〜〜酔(す)いぶどう酒にまぜた水晶のカケラ達が、全身から流れ込む
いつしか少年の心肝を麻痺させていた
・・・ふいに背中と喉頭部に、ごつごつした物が近づく
身の丈を超える赤黒い顎が、華奢(きゃしゃ)な肢体を人形のごとくすくいあげた
気がつくと、世界は無数の泡の宇宙に包まれていた
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ボルボージュの息子は、新月の晩、蝋のように白い姿で
湖の上を、す〜っと歩いていたよ
翼をもった少年と紅(あか)い竜が、西の杜へ消えていったよ
村人達は、口々に噂した・・・・・・
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・・・今や、少年の血肉は彼女の一部となり
偉大な両翼の赴くまま、自由を手にしたのだ
そして、孤独の棘を抜くために、涙を流す少年を摂り込んでしまった彼女も、
自らの揚力の導くまま、永久(とこしえ)の世界へ・・・・・・
いく度目かの新月。。。
カルセドニー色の湖面に揺らめく月は、
チェシャ猫のいたずら笑いを浮かべて、
いつまでも星を見上げていた。
〜END〜
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