「生きていくのに大切なこと」こころの日記
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2017年12月10日(日) こころのファシリテイターとして育つ会11月号のお知らせ

心のファシリテイターとして育つ会11月号ニュースレター

女性として、または男性としての自分を愛するためのおはなし

こんにちは。心のファシリテイターとして育つ会のMamoです。12月も10日を過ぎましたが、11月分のニュースレターとしてのテーマは自分の性を愛する、という話をしましょう。

あなたは女性としての自分、男性としての自分が好きですか?生まれて一度も女性としてまたは男性としてのご自身を否定されたことのない方は居ないと思っています。あなたはどのように思いますか?

特に日本やアジアの国では、また古くはアメリカでも、男性上位の習慣が度合は小さくなってきているとはいえ蔓延しているのですから、当たり前と思っていることが実は性差別である可能性も免れません。そうして知らず知らずのうちに、自分が男だったら、女だったらよかったのに、という自己否定が生まれることもあるでしょう。社会に出る前の過程においても、「女の子なんだから。。。。」「男の子は。。。」という言葉を聞いたことがある方は多いでしょう。男の子がピンク色を好きになっちゃいけないの? 女なのに料理が好きじゃないっていけないこと?そうではありませんよね。自分が何が好きかを決めるのはいつも自分自身。男とか女とかは関係ないのです。

幼少時に、性を理由にありのままの自分を認められない経験を持ち、そのまま成人すると、私たちは、本来の女性であるまたは男性である自分に対して恥を持った大人になります。様々な場所で、自分の性を無意識のうちに恥じるのです。この、潜在意識に埋もれている中毒的な恥が行動化すると、女性では、男性に愛されることによって自分の価値を見出す大人になったり、男性では、母性本能の強い女性を探し求めたりします。(男の子は、赤ちゃん時代の母親とのてん綿状態から成長するために、行動する、ということを見せてくれるたくましい父親の存在が必要なのです)

誰かから認められることで自分の価値を見出す悪循環から抜け出すためには、心の傷を癒やす必要があります。

その方法の一つとして、女性である、または男性である自分を好きになること。

簡単なようですが、自分を愛する方法がわからないうちは難しいことです。まずは自分の経験や価値観を無防備にシェアできる、心から信頼できる同性のお友達を一人以上探すところから始めましょう。楽しいテレビの話や美味しいスィーツの話もいいけれど、それとは別に、心を語り合える友達を探すのです。

注意しなければならないのは、共依存にならないようにすることです。女性の場合は群れを作る習性がありますから、特に気をつけて、自分自身と友人との間に境界線を保ちつつ、お互いの心が成長しあうような会話を意識してとりましょう。

男性は、どちらかというと、一匹狼で狩りをする傾向があり、感情的な表現は無意識のうちに避け、代わりに仕事がどうとかスポーツがどうとかという一般的な会話で終わりがちになります。意識して、心のうちを表す形容詞を選び、一単語ずつでもいいので、会話の中に取り入れるようにしてましょう。

女性でも男性でも、人は、他者の経験談を耳にするとき安心します。なぜなら、多くの人が自分の悩みや一般常識にそぐわないことについて、こんな風に思っているのは自分だけだろうと思い込んでいるからです。

他者とのシェア体験を重ねているうちに、女性として、男性としての自分を以前より楽に受け入れられるようになります。既にすっかり受け入れている方は、もっと女性としてまたは男性としての特技を生かしたいといろいろなアイデアが湧いてワクワクするようにさえなります。

このような変化の理由は、ネガティブの原因は自分ではなく社会や親の間違った価値観だと心の底から気づくからです。あなたが今抱えている女性、男性としての恥はあなた自身が原因ではないと、しっかりと気づき、心の底から納得するからです。「多分そうだろう」とか「あの人が私のせいではないと言ってくれるから」とかいうことではなく、一つの確たるものがあなた自身の中にしっくりとおさまるのです。頭でわかっているだけではなく、あなたの心にしっくり収まり、揺るぎないものとしてそこに落ち着くのです。そのことに対して、揺るぎない確信を持っているあなた自身になるからなのです。

あなたの中に確信が高まるにつれ、それまで女性としてまたは男性として習慣のように行っていたことの中に、あなたにとっての間違いがあることを発見する機会が増えるでしょう。こんな時こそ、あなたの感情や感覚に更に注意深く耳を傾けましょう。迷った時には、信頼できる友人に話してみたり、ネットで同じような経験をしている人がいないかどうか探してみましょう。同じようなことを考えている人は想像以上に多いことを実感するでしょう。もし誰もいないなら、あなた自身から発信する絶好のチャンスです。

あなたにとっての間違いを発見することは、今までの方法を全て変えなければならないということではありません。なぜなら、無意識から始まった習慣の中でも、趣味の一部になっていたり、心から好きになっていることもあるからです。私たちはただ、いらないものを捨てたり変えたり、新しいものを取り入れたりするチャンスが増やそうとしているだけのことなのです。女性としてのまたは男性としての自分を愛する練習をすることで、私たちは、人生においての選択肢を増やしてあげているのです。

あなたがもしまだ結婚前の女性で将来パートナーを持ちたいと思っているのでしたら、良いお知らせがあります。

持って生まれた性を心から愛し内側から輝いているあなたはやがて人生のどこかで、そんなあなたにふさわしいパートナーを見つけ出すでしょう。あなたとまだ見知らぬ誰か二人の関係は、男女関係においてありがちな共依存とは程遠く、お互いが、女性としてのあなたや男性としてのあなたの能力を発揮し、お互いの成長を手伝い会える素敵なパートナーになるのです。

Links:

心に関するいろいろなことを語り合いませんか?

Life With KOKORO:心のファシリテイターとして育つ会
https://www.facebook.com/LifeWithKOKORO/

プライベートでのヨガレッスンを受けたい方を応援しています。
呼吸法を習いたい方を応援しています。
英語でヨガのレッスンを受けたい方を応援しています。

<こころヨガ in サンノゼ
https://mamokokoroyoga.com/
(英語サイトですが、ヘッダー部分から日本語ブログへ入ることができます)

参考文献:

インナーチャイルド 本当のあなたを取り戻す方法
瞑想の勧め

心のファシリテイターとして育つ会は、成長したい人々を応援し、共に育つ環境作りを目指しています。

Mamo^^


2017年11月10日(金) 心のファシリテイターとして育つ会 2017年10月号 ゆとりの話

Life with KOKORO /心のファシリテイターとして育つ会10月号
みなさんこんにちは。今年も残すところあと1ヶ月半となり、アメリカではハロゥインに続き、サンクスギビング、クリスマスと多くの人が心躍らせられる時期です。
行事や仕事に時間を費やしていると、ついつい失いがちなのが心のゆとりですが、皆さんは毎日、心のゆとりを実感しつつ生活していますか?
心のゆとり
心のゆとりを持とうという言葉をよく聞きますよね。私はこの言葉に違和感を持つのです。なぜなら、心のゆとりというものは、本当はみんなの心に同じようにあるものではないかと思うからです。
身体の機能的に見ると、心臓はみんな一つ持ってるでしょう?
精神の機能的に見ると、心も、たいていの人は一つは持ってるでしょう?
そんな私たちの心や体の中の空間は、みんな大差はないと思うんです。空間というのは、実際にスペースでもあるし、スペースを感じる能力=感覚でもあります。
自分の内側にスペースをどれだけ感じられるかは、その人がどれだけ自分に意識を向けているかによると思います。マインドフルネスという言葉が流行っていますが、毎日、自分に与えられた24時間を、どれだけ自分の気持ちを感じることに使っているかによって、自分の中のスペース、特に心のスペースを感じられるものだと、私は思っています。
以下のサイトで、外山滋比古さんいう方が同じような意見を述べておられたのでよかったら覗いてみてください。「無事なとき、ひまな人には心のゆとりの生じようがない」[1]
揚げ足を取るようですが、本来私たちにはゆとりというものは備わっているものだとすると、心のゆとりを持とうという言葉は必要なくなってくると思いませんか? 
心のゆとりを持とうという言葉がどこから発生したのか定かではないですが、(興味のある方はお調べになって、ぜひ教えてください^^)森で暮らす大きな木を見ても、この木はゆとりを持って生きているという言葉が浮かばないのと同じです。大きくどっしりと構えているのが当たり前なのですから。さらに、心のスペースに、大きいとか小さいとかは関係ないのですから、地面に咲く雑草を見ても同じことが言えます。
ゆとりのある自分を取り戻そう
私たちは、最近なんとなく余裕がないなと気付いた時に、この内なる空間をどのあたりで失ったのかを探すことができます。
昨日?一昨日?一週間前? 少し前の自分を振り返ってみましょう。欠かせないのは、思い出したことを書き出し自分の目で観察するという大切な作業です。
そんなことをしてどうするの?と思うかもしれませんが、私は、原因あっての結果 という言葉を信頼し原因を探すことで、これまでにさまざまな問題を解決してきました。まだまだ成長途中ですが、皆さんがもし少しでも私の考えに納得されるのでしたら、是非取り組んでみてください。ゆとりのある本来の自分を取り戻して寝床に入ったら翌朝には明るい明日が待っているでしょう。
意外にも、心のゆとりは、私たちの幼少期に奪われていることが多いのです。なぜなら、私たちは多くの場面で、集団に適応するように指導を受けるからです。幼少期、学童期の保育園や小学校に入る段階で、私たちは社会のルールに従うことを優先させられることが多かったのを多くの方が思い出すのではないでしょうか。[2] (社会のルールに沿わなくても良いということではありません)
原因がわかったら、その原因を取り除くべく、または少しでも原因になる環境が小さくなるように行動することです。(明らかに過去のこころの傷からゆとりをなくしていると認識されている場合であっても、注意深く自分を観察して丁寧に原因と向き合っていくならば大丈夫です。詳しくお知りになりたい方はメールをください)
心のゆとりを維持する方法
心のスペースを維持して、楽しく緩やかに生活するための方法の一つが、もっと自分を知ることです。どんな風に? 
うまくいかなかった自分を思い出して落ち込んだり、もっと頑張れと叱咤激励する方法ではありません。
自己認識/Self Aware
自尊心/Self Esteem
自己概念/Self Concept
自分の価値/Self Worth
自分は何が好きで何が苦手で、自分とはこんな人間であるという自己像を持っていて、そんな自分を好きで、そんな自分を尊重していて、自分はもちろん生きるに値する、他者からも大切に扱われるに値する存在
このような言葉を、私たちは普段意識したり聞いたりする機会はなかなかないのではないでしょうか?
繰り返しになりますが、今の自分にできること、できていることをいくつでも書き出して、自分の価値をもっともっと見出して、この4つの言葉を心に沁み込ませましょう。日本語で読むと、なんだか堅苦しさがあるかもしれません。そんな時は英語で呟いてみると、ちょっと違った感覚になります。私は実際の生活の中で、感情や気持ちを誰かに伝える時は、英語のほうがいいやすいなと思ったことが多々あります。
その他の、つぶやきたい単語:
Self Love- 自分への愛
Self protection-自分を守る
Self conscious- じぶんへの意識
Self discipline-じぶん育て
などなど
心のゆとりを取り戻す方法として、自然に触れたり、好きな音楽を聴いたり、暖かい湯船にのんびり使ったりと、いろいろなことがあります。今回私のお薦めした方法は、その中でも最も効果があり永続的であると、私自身は感じていますが、みなさんそれぞれ好きな方法を利用して、自身の中にさらなる心のスペースが発見されますように。
[1] 日本人として覚えておきたい、力のある言葉『無事なとき、暇なときには心のゆとりは生じようがない』
[2]『インナーチャイルド 本当のあなたを取り戻す方法』 ジョンブラッドショー著
[3] Wellness To Go (日本時ヨガインストラクター、Arisaさんによる日本語のサイトです)
問い合わせ:
心のファシリテイターとして育つ会
50歳からのなんまるライフ
Mamokokoroyoga (English)
いつもありがとうございます。
Mamo


2017年10月07日(土) 心のファシリテイターとして育つ会 2017年9月号

心のファシリテイターとして育つ会リンクを貼り付けました。

心の勉強を続けることは、世間に流されず、自分の未来にプラスを思い浮かべて毎日暮らす手助けとなります。よかったら、心のことを語り合いませんか?

https://www.meetup.com/%E3%83%A8%E3%82%AC%E3%81%BE%E3%82%8B%E3%81%A8-%E5%BF%83%E3%81%AE%E5%82%B7%E3%82%92%E7%99%92%E3%82%84%E3%81%97%E3%81%A6%E3%81%BF%E3%82%8B%E3%81%AE%E4%BC%9A-Yoga-healing-your-wounded-Inner-Child/events/ktzktnywnbzb/


2017年09月10日(日) セカンドブログのお知らせ

お知らせです。

少し前に新しくブログを始めました。それに伴い、こちらへの投稿回数が(すでに減ってはいますが)さらに減ることが予測されます。ご了承ください。

ブログのリンク先は以下です。気が向いたら覗いてやってください。
http://mamowellness50.blog.fc2.com/

Mamo


2017年08月31日(木) 心のファシリテイターとして育つ会 2017年8月号

心のファシリテイターとして育つ会8月号

こんにちは。心のファシリテイターとして育つ会のMamoです。いかがお過ごしですか?私は先月末から10日間ほど日本に帰っていましたが、お天気は短期滞在の私の味方をしてくれたようで、本来の蒸し暑い日本の夏は何処へやら。ただただラッキーでした^^

そんな中、今回もまた、人々、特に自分に最も近い我が子や親姉弟との関わりを通して今の自分とこれからも育っていく自分に頼もしさを感じるのです。人との関わりはいつも私たちを一つ上の段階に成長させてくれますね。例えば、こんなことがあったのです。

今回の旅で、私は友人宅に3日間、家族たちの家にそれぞれ数泊ずつ滞在させてもらったのです。省略していますが、ワクワクの中で時を過ごしたことは紛れもありません^^。滞在させてくれたみなさん、ありがとう。そして、その中で私は何を考えたでしょうか?

友人のお宅にて。私は初日から二日目にかけては招待してくださった友人とそのご家族に受け入れられるよう、相手を敬う言葉をたくさん使い自分の行動を彼らに合わせようとする私でした。そして後半に差し掛かる頃、私は私でいればいいと悟るのです。私は私でいればいいというのは、相手に構わず自分の好きにしていいということではなく、いつも自分と相談して自分のしたいこと自分で出来ることを自分でするという基本姿勢を持っている、ということ。相手の好意に素直に甘える場面や丁寧にお断りする場面を、自分の気持ちに沿い裏付けと責任を持ってそうしているということです。

その後私は、娘の家に一泊滞在しました。娘はその友人よりも私に近い存在ですから、楽といえば楽ですが、逆に境界線を超えてしまいやすいですね。そこで私の意識したことはやはり、自分をするということです。娘相手なのに堅苦しいと思いますか?しかし、自分がそこにいる理由と自分なりの計画をクリアにしておくことは、自分に最も近い娘と自分との境界線を良い距離で保つのに有効だと、私は思うのです。それは、自分は娘(または息子/夫/親)と時間を共有する時にも自分自身を主体にしているという意識に繋がります。私たちはよく、何か決めるときの理由として「誰それがなになにだから」とか「誰それのために」と言いがちだけれど、その表現は特に、子どもに対して使ってはいけないと私は思っています。

さらにその後、私は姉の家に2泊滞在しました。姉もまた、娘と同じように私に近い存在です。幼少期を共に過ごしたという意味では、時には娘よりも近い存在に成り得えますが、ここで最初の二つの滞在時と違ったのは、私は娘と一緒に泊まっていたということです。娘と姉の関係は、私とそれぞれ娘や姉とほどの心理的な近さはありませんから、私は彼女たちの真ん中で二人をつなぐ役割もしていたとも思っています。

一般的に三角関係という言葉がありますが、三人の集まりというのは時々ややこしくなると思いませんか?三人の中の誰か一人が気を使い始めるとその関係がギクシャクしたものになりがちでしょう?そのギクシャクを避けるために、周囲に敏感な人ほどより気を使って揉め事が起こらないようにするものでは?ともすれば、三人が三人とも気を使って疲れることになりかねないですよね。疲れはトラウマになることがあり、そうすると「もう○○には行きたくない/会いたくない/○○したくない」いう否定の気持ちがが現れるでしょう。

そこで私のしたことは。。。ここでも、自分をする、ということでした。自分の大切にしていること、優先順位は何かをいつでも思い出せる自分をする。それはもちろん、相手構わず自分の優先順位でしたいことをすればいいということではなく、自分の行動に裏付けがあり、仮に問題が発生した時にはそれに対処できる自分を作っておくということなのでした。

と、こうして書いてみると堅苦しいですが、みなさんに協力してもらって楽しく時を過ごせた事は間違いなしですよ。

話は少し変わりますが、今回の旅で私は、20年以上も前の親になりたての頃に、あることでとても悩んでいた自分にも気づいたのです。当時の私にとってそれはとても大きな問題でした。しかし自分がそのことで悩んでいるということに気づけずに、何か変だとうすうす感じていたけれど、それが何かを言葉にするには程遠い精神状態でした。まるで、この問題は私と元夫の結婚生活がうまくいかない原因のひとつとなっていたと半ば確信することすらできるほどの、とっても大きな気づきだったのですよ。

さて、人がこんなことに気づいたら、まず出てくるのが後悔ですよねぇ。気づいた瞬間、あの時気付けていれば離婚せずに済んだし子ども達に悲しい思いもさせなくても済んだかもしれないのにと、本当に心の底から悔やまれました。しかし、後悔しても何の役にも立ちませんからねぇ。今気づけたのはそれなりの成長あってのことなんですから、素晴らしいことではないですか! 

ここでこの切り替えを手伝ってくれたのが離婚という選択肢で新しいものを築こうとした当時の私の<裏付け>です。裏付けとは、単に統計として出された科学的なデータや過去の経験のみではないのです。自分は今(当時)よりも成長して良い大人になるんだ、親として人として成長するために今ここで人生を変えるんだ、という確固たる裏付けを元に新しい一歩をふみだした自分への裏付け。自分の中にある確たる思いやそれに対する満足感を裏付けに行動した自分は、それがたとえ間違いであったとしても自分を責めるに値しません。(裏付けがあれば子ども達にマイナスの影響がない、ということではありません)裏付けを持つことは世の中の動きや他者の言葉に左右されない自分になり、私たちを芯のある大人に育てるのです。

裏付けを持って行動できる大人への要素は本来、幼少期に育てられます。
エリックエリクソンは、人はそれぞれの発達段階の中でさまざまな心理的社会的危機を乗り越えてその人の内面的な強さや自我が育ってくると言っています。[1]
ここでいう危機とは、必ずしも破壊的な出来事ではありません。それはそれぞれの発達段階に沿って与えられる課題で、例えばヨチヨチ歩きの赤ちゃんが自分の足で一つずつ階段を登るその困難を乗り越えていくことです。誰も皆、自分なりの危機/サバイバル状態を持つことができるでしょう。この場合、英語ではSurvival(危機)よりも、Gumption(積極性)の方が似合っているかなー。

以上、育つ会より2017年8月号のニュースレターでした。みなさんは毎日何を考えて/感じてお過ごしですか?ご意見ご感想など、お寄せくださいませ^^ 

Facebookへの投稿は以下(内容は同じですが、写真を一枚見ることができます^^)

Mamo

#kokoro #selfesteem #innerself #心育て #自分育て #インナーチャイイルド #育児 #育自 #心を語ろう #愛のある人生 #親として #子どもを持ったら考えること #親になるために考えること #楽しい人生 #毎日がハッピー #生きてる感覚 


2017年08月15日(火) 感情豊かになるために

今朝、瞑想のあとで、私はどのようにしてありのままの自分を封印させられたのだろうという疑問が浮かんできました。

私の古い記憶の多くの場面で当時の大人たちは大きな声を上げ、手を振りかざし大げさなジェスチャーで事の重大さを訴え、その手は時に他者の方へ向かいました。

自然の中で時を過ごしていたり、自然の生き物を観察する機会が多い環境にいるとよくわかると思うのですが、自然は基本的に、私たちの目では気づかないくらいに緩やかな速度で変化しています。岩を丸く削ることができる川の水流さえ長い時間をかけてそうするのであるように、私たちは緩やかに変化するように生まれているのです。つまり、私たちは急な変化や激しい物音が苦手なのです。

赤ちゃんや子どもの時代は特に、できるだけ自然に触れて、その緩やかな変化の中で成長することが大切です。しかし、その大切な時期に、激しい声や物音や極端な環境の変化で身の安全を脅かされることが繰り返されると、彼らは自分を怖がらせる激動を感じないでいられるように、感覚を鈍麻にするのです。人は感じる心を持って生まれているので、感覚をなくした私たちは、私たち自身ではありません。

こんなことを考えて、私の過去には本当にひどい時代があったな、と思いました。でも大丈夫。気づきは素晴らしいです。変えていけるはじめの一歩。ここで自分を否定しさせえしなければ何も怖いことはないんです。とうことで、今朝も嬉しい気づき。トラウマや傷ついた経験を一つも持っていない人はいませんが、心のトラウマは癒やされる必要があります。トラウマを癒やす方法は今やネットを検索すれば間もなく見つけることができます。自分にあった方法を選んでトラウマを癒やし、感情豊かな毎日を過ごしましょう。




2017年07月31日(月) 心のファシリテイターとして育つ会 2017年7月号

心のファシリテイターとして育つ会7月号

みなさんこんにちは。心のファシリテイターとして育つ会のMamoです。いかがお過ごしですか? いつものように毎日の暮らしの中におもしろいことを発見しつつ暮らしている私。今月は二つの話題を書きます。


<失敗を恐れる時の自分>
何か新しいことをする時に失敗したらどうしようと思うことはありませんか?もしあなたが今頷いているのなら、私も例に漏れないうちの一人です。

私は7月からヨガインストラクターとしてフィトネスジムで働き始めたのですが、初日の日にちが遠いうちはなんでもないと思えていたのに、初日の日が近づくにつれ緊張が増してきたんです。このような経験、きっとどなたにもありますよね。初対面の人が集まって自分の自己紹介の順番を待っている間、クラスでプレゼンテーションの順番を待っている間、不思議なことに待ち時間が長ければ長いほど、心臓の鼓動が高まるんです。

だけど、私たちがこんな状況の時いつも不安になるのは何故なんでしょうね。待っている時間にこそ、ああしようこうしようと本番をイメージして楽しむことができたらいいのに。

私にとってその原因は明らかでした。それは、第一に私の中の自発性が育っていないから。第二に、頭の中でマイナスの想像が大活躍するから。

自発性はわたしが1歳を過ぎた頃から育ってくる予定でしたが、わたしは大人の考えに沿って動くことを強いられたために、自分のしたいことが分からない大人になりました。40歳前まで、わたしは誰かの意見に沿って動くには上手ですが、自分からアイデアを発掘したり、自分で何かしなさいと言われるとどうしていいかわかりませんでした。ですから “その時” を待っている間じゅう、相手は何を望んでいるだろうか、私のアイデアは相手の意に沿っているだろうかと不安で仕方がなくなるのです。

二番目に挙げた、マイナスの想像は、多かれ少なかれ未解決のトラウマを持ったまま生きている私には得意な分野です。なぜなら私たちは物事を、過去の経験を基準にして捉えますが、多くの場合私たちの意識は、苦くて悲しい経験の方に向きがちで、新しい経験をする時にもついつい、<前にもこういうことがあったし、あの時はこんな風に失敗した>と思ったようにいかなかった自分を思い出して、また今回も前と同じようになったらどうしようと考えるんです。

マイナスの想像を促進させる原因として、<読心術>というものもあります。
読心術とは、現代用語でいうと<空気を読む>ということでしょう。相手の顔の表情や体の動きから相手の心理を読もうというものです。

もちろん、ホワイトライ(善意の嘘)のように空気を察して相手に心使いをしたい場面が私たちの日常には多々あります。読心術をプラスに利用できるならば、私たちは周囲の人と良い関係を築き社会生活をより楽しむことができるでしょう。例えば日常で、思いついたことをすぐに言葉にせず、その場の雰囲気を読み、今ここで語るには相応しいかどうか吟味した後に伝えることができたら、私たちは本当に言葉を介して人々との関係をより暖かいものにすることができますよね。

しかし逆に、この読心術をマイナスの方法で利用してしまうなら、私たちは常に周囲の視線を気にして身動きの取れない毎日を過ごすことになりますね。例えば目の前で眉間にしわを寄せている彼や彼女、もしかしたら、目の前の彼/彼女はその人自身の問題で苦しんでいて笑顔を忘れているだけかもしれないのに、私たちは自分に何の落ち度があったんだろうと一生懸命考えてしまうのです。

このマイナスの読心術は私たちが子どもの頃に育てられるのです。例えば、わたしは子どもの頃「そんなことすると、○○に笑われるよ」、「○○すると、○○に怒られるよ」という言葉を度々聞かされました。何かに失敗したり、誰かの意にそぐわないことをすると自分は笑われたらバツを受けるのだと長い年月をかけて学び、他者の表情や動きによって自分を評価するという間違った方法を、まるでそれが自分の考えのように取り込んでいたのです。

ちょっと話が逸れましたが、そんなわけで、ヨガクラスの初日本番を迎える前の私はそんな自分に気づくまで、これまで一度も会ったことのない人々の意に沿わなかったらどうしようかとドキドキしていたのでありました。大変なエネルギーの消費量ですよ。このエネルギーのマイナス消費のおかげで数日間便秘になりました。


そこで私のしたことは、二つ。
一つ目は、スキルリスト(これまでに達成できたことや長く進めてきたこと)を自分に浸透させること。二つ目に、自分に安全な人々を探して彼らに多くの質問をする、ということです。「私はうまくいくと思う?」「このポーズはどう?」「私の英語はどう?」。不安の材料になっていることを次から次へと、自分にとって安全な人々に尋ねて歩くんです。実際には二つか三つも説明すれば、自分の周りには新しいことをしようとしている自分を脅かす人はいないんだと気付くのですが。笑。そして、「あー私ってお馬鹿ちゃんだったなー」と自分を笑ってそれから、今の自分に必要な言葉をかけてあげるのです。

<恥中毒症>

人間に失敗はつきもの。この、人として当たり前のことを、誰が笑ったり非難したりするのでしょう。確かに世の中には完璧主義に囚われた心ない人がいるのも確かですが、そのような人がいつも自分の周りにいるとは限らないですよね。しかしわたし達は本当にこの苦しい魔術の世界にとらわれてしまうのです。

このような状態が長く続いていることを、心の専門家たちは恥中毒症と読んでいます。「自分は自らの行動のせいでよく恥ずかしい目にあう」という固定観念を持っていて、例えば実際にたまたまなにかミスをして恥ずかしい思いをした時に、ほらやっぱり。。と思うのです。正確には、個の時の恥ずかしい思いも自分自身の中から湧いている場合が多いでしょう。米国心理療法家でインナーチャイルドワークの一人者と言われている John Bradshow は彼の著書 Home Coming の中でこれを中毒性の恥と呼んでいます。

恥中毒症の固定観念はいろいろな場面で自分の行動力を狭め自分に限界を設定し、一度しかない人生をつまらないものにしてしまうんです。もったいないですよね。それに、そんなヘンテコな恥を感じなければ、いつだって新しいことを試すのが楽しいはずなのに。この恥中毒症の固定観念がどこからやってきたのかは、前述したように私たちの子ども時代の経験を思い返すことで答えを見つけられるでしょう。もしあなたに何か思い当たることがあるならば、その糸口をたどってみるのも楽しいかも知れません。

自身のマイナスの面にきつくことは悲しいことではありません。わたし達は変わろうと意識することでいつでも自分を変えていくとが出来るからです。例えば、いつもマイナスの想像の中で生きてるなと思ったら、朝起きた時に「今日1日マイナスの想像をしない自分でいる!」と意識することで、それだけでも違うでしょう?言い方を変えて ("ない" を使わない表現にして)「今日1日、プラスの想像をする自分でいる」と決めると、もっと効果的な気がします。だって、そう言葉にした時点ですでに私たちは、昨日までのマイナス発想の自分とは違う自分になっているんです。そうした、プラスの自分が、新しいことに取り組む自分を応援するのです。素敵なことだと思いませんか?


ご意見ご感想をお待ちしています。

この会の名前になっている、"心のファシリテーターとして育つ会" には、人々が心の育ちを促進し合うという意味が含まれています。(ファシリテーター=促進する。日本でNPO Gobamcan を立ち上げ不登校の子どもと親ごさんを対象にしカウンセラーをされていた Haydo の立ち上げたものの、名前をお借りして継続させてもらっています) とかく経済主流の社会に巻き込まれがちな現代社会ではありますが、感じていることを少しでも言葉にし、さらに人々と語り合うことで心の勉強がより深いものになると信じています。

(生きてくる中でトラウマがひとつもない人はいません。私が実際に取り組んだ/取り組んでいるインナーチャイルドワークについて知りたい方はPMにてお尋ねください)

なーんて、最後はスーパーまじめな締めとなりましたが、来月も乞うご期待。。。して頂けたなら幸いです❤

まも


2017年07月10日(月) インナーチャイルドヒーリングワーク

今日は興味深い体験をしました。ヨガクラスのミィーティングでのこと。普段から、グループの中では黙って聞き役に回る私。今日もまたそのようにして座っていました。ところが不意に発言したくなって、手を挙げて質問したのです。すると、先生を始めクラス中のほぼ全員(と思った)が私に耳を傾け、私の質問に対するいろいろなアイデアを投げかけてくれました。クラスは私の話題でしばらく盛り上がりました。その間私は、緊張しているが故にさらに支離滅裂な英語を使って、しかし一生懸命返答しようとしている自分自身をその背中から見ていました。私は、話題を提供し人々の会話の中に入って空間をシェアし楽しんでいる自分も見ました。

興味深いことが起きたのはその後のことです。ミィーティングが終わって車に乗った途端に、私はなんとも嗚咽を漏らして泣きたくなったのです。でも私には、泣きたいのは自分ではなく、私の中のインナーチャイルドが泣き出したのだとすぐにわかりました。その時は車を運転する必要があったので一旦気持ちを切り替えて自宅に戻り、戻るとすぐに、心の状態を確かめようと一人の空間を作りました。

それから泣きたい自分をもう一度呼び起こすように意識を集中させると、泣きたい自分に巻き込まれそうになる自分と、その奥で激しい声で泣き叫んでいる子どもの頃の私がいました。誰にも構ってもらえる誰も居ない家の中に放置されている自分とライス畑の広がる田んぼの真ん中で大きな声でおいおいといつまでもいつまでも泣いている小学生の自分。傷ついたインナーチャイルドです。

私はしばらくの間、彼女を少し離れたところから眺めていました。そして、「出てきてくれて本当に良かった」と思いました。大きな気づきを得たからです。ヨガのグループミィーティングでいつも静かに座ってただみんなを眺めているのは、単に英語のミスを恐れる自分ばかりではなかったのです。もう一つのもっとも奥深くに潜む根本的な原因は、子どもの頃に声を上げても気に留めてもらえなかった当時の傷ついたチャイルドが、「私は静かにしているべきなんだ」と大人の私に暗示をかけていたからなのです。

ということで今夜は、私はそのチャイルドのそばに座り、話を聴き、出会えて良かったと言葉にしました。その時間は約10分くらいだったでしょうか。彼女はしばらくするとすーっと消えていきました。今夜のところ、彼女はまだ私の中にいますが、私が楽であるのと同じくらいに彼女も今、少し楽なのがわかります。どういう風にわかるかというと、私自身が今とても楽だからです。

私はこれからしばらくの間、おそらく何十回何百回に渡ってこの傷ついたインナーチャイルドのヒーリングワークをすることになります。私は彼女を大人の私の中で育てません。彼女は当時したかったことをしなおす必要があるからです。私はイメージの中で、彼女がそのことができるように手伝ってあげます。これが、私が折に触れて、その機会を得るたびに真摯に取り組んでいるインナーチャイルドのヒーリングワークです。このような経験はありますか?あったら、もし良かったらあなたの体験を聞かせてくださいい。





2017年07月03日(月) 心のファシリテイターとして育つ会6月号ニュースレター

心のファシリテイターとして育つ会 2017年6月号


みなさんこんにちは。心のファシリテイターとして育つ会主催のMamoです。今月もまた、日々の出来事を通して心の探究を続けている私、今月のテーマは、感情と思考を切り離す、ということです。


感情とは<私たちが日々感じていること>でいいと思います。よく観察してみると、いつも何かを感じている私たちがここにいるはず。思考とは、<考え> なのですから、持っている価値観や自分なりの哲学と言えると思います。加えて、思考は多くの場合、感情をもとに起こるものだと思います。つまり、こちらもいつも変化するものと言えるでしょう。

目覚ましに起こされて起きたんだけど、昨晩寝付けなくて、眠いのに起きなくちゃいけない。
起きたはいいけど、頭がいたい。
今日は午後から友達と約束があったんだ。疲れてるし面倒だな。月曜日までの課題本もまだ読み終わってないのに。
でも断れないし。
あー雨が降ってきた。ますます憂鬱。
待ち合わせ場所に着いたところで友達がドタキャン。残業が終わらないって。せっかく頑張って来たのに、もうこの世の中どうなってるのよ。。

こんな風に何もかもがうまくいかない日を誰でも一度は経験していると思います。全部うまくいかないことを、こんな日もあるさって片付けることもできますが、ちょっと紐解いてみると。。。

朝の出だしがうまくいっていないですよね。1日の始まりがこんな風だと、その時点で、マイナスのムードを抱え込んだまま活動を開始してしまうことがありませんか?

例えば、起きるの嫌だな。。。の感情に巻き込まれてしまうと、その自分をどうするかという発想の転換ができないですが、眠くて起きるのが嫌ならば、あと10分でも5分でも3分でも、寝てあげればいいでしょう?

痛いという感情に巻き込まれると、これもうまくいかないでしょうけれど、頭がいないのならば、薬や何か他のものを利用して頭痛が軽減するようにしてみるといいんですよね。

約束を断れない理由を作って自分に無理をさせたり億劫と思う自分を責めたりるとますますネガティブになりますが、本当に疲れていて、または気が乗らないとかその他の理由でも、正直に断ればいいですよね。

ネガティブな感情の中にいると、何の害もない雨ですら恨めしく思えてきますが、雨が降ってるなら傘を使えばいいでですよね。

そして最後に、友達が残業でドタキャン。もう、世の中全てが間違つているような感覚にさえなってきますが、残業という現実的な理由がそこにあるのですから仕方がないですよね。

こうして考えてみると、日常の出来事は単に、今そこで起きている、または起きた出来事であって、私たちはその出来事に沿って自分を動かせばいいという、とってもシンプルなものだと思うのです。本当にシンプルでしょう?それはまるで、トカゲやアリんこが壁や石や何かの障害物にぶつかって、迷いもためらいもなく即座に道を変えて進み続けるくらいの単純なものだと思うのです。(何だか、トカゲとかありとか、おかしいですねぇ。笑)



ということで、このようにとっても単純な <出来事> に速やかに対応出来るように練習してみませんか?きっと、物事って自分が思っているほど複雑でも難しいものでもなかった、ということに気づく日があると思います。

感情と思考を分ける技術を高めるものの一つが、瞑想です。瞑想というとなんだか、例えば座禅を組んでじっと座っているお坊さんのイメージが浮かんだり、普通の世界とは違うことをするようなハードルの高さを感じたりするかもしれませんが、瞑想とは、呼吸を整え、心を穏やかにし、脳を休めることで、ストレスやストレスを感じる度合いが減少し、自分の小さな感情に気付きやすくなったり、切り替えが上手にできるようになる、便利な道具なのです。(一文がちょっと長かったですか?笑)きになる方はリサーチ結果を探してみると、瞑想後の脳細胞や内臓機能の変化など、科学的な根拠も確認することができますよ^^。

実は、私はこの二ヶ月、座って行う2分瞑想1日6回という瞑想法を楽しんでいるんです。
方法は簡単。2分間の瞑想を1日6回するのです。どんなに忙しい方でも、2分という時間を作るのはそんなに難しくないでしょう? 私の場合はまず朝起きた時と寝る前。その二つを挟んで日中に4回、例えば車の中やシャワールームなど。場所はどこでも構わないですし、2分なんて本当にあっという間ですよ!時には姿勢を整えているだけでも過ぎてしまうんです。それでは瞑想したことにならないじゃないかという方もいるかもしれませんが、まずは瞑想しようと姿勢を整えてみた自分がまず素晴らしいではないですか。それに、せっかく姿勢を整えたのだから、続きをしてみたくなるのも自然なことです。

さらに、世の中には音楽を利用したり日記を書いたりと、いろいろな種類の瞑想がありますから自分の気に入ったものを利用して、取り組んでみることをお勧めします。そして、必ずメモを残すこと。私の場合、それは日々成長している自分を体感する大切な道具になっています。読んでくださったみなさんも、一度試してみませんか?そして何か感じられたことがあったらぜひ私にも聞かせてください。

この時期、カリフォルニアは気候が安定せず、とっても暑い日の日が沈むと、とっても寒くなったりします。日本のこの時期も同じですよね。皆様、お身体大切に^^
Mamo


2017年06月23日(金) 10分ケア

あらあらあら。。。あれこれしている間に一ヶ月があっという間に過ぎています。時の経つのは本当に早いですね。
そして、今日はしばらくぶりにこちらへやってきたにもかかわらず、ほんの少し書いておきたいな、と思うことをのコズのみの日記です。内容は以下:

みなさんが御住まいの地域の気候は最近いかがですか?私の暮らすカリフォルニアは数週間とても暑い日が続いています。日本に比べると湿度が低いので過ごしやすいのですが、湿度が低い分、体から出て行く水分が多いことに気づきにくいので、水分を取るのを忘れるとあっという間に疲れが出てきます。

疲れに気づいた時、私はできるだけ、少しでも横になります。しばらく目を閉じて瞑想をします。しばらく深く長く呼吸をして、手足の先まで体が温まってきたのを感じられたら、自分の両手をお腹に当ててみます。ここで自分の持っているエネルギーを感じることができます。しばらくしたら、両手を上にずらして、腎臓や膵臓、消化器官に当たる部分を少し時間をかけて触っていきます。左右のどちらかの手一つを後ろへ回して臓器をサンドイッチするようにします。

こんな風にしていると、疲れている部分を自分で感じられることがあります。場所がわかったら、その場所にしばらく手を当てて呼吸を送り届けることを繰り返します。こんな風にして、大抵は10分くらい、短い時で5分くらいの時間を使って体に意識を向けてあげます。そして、10分後にはかなりの確率でエネルギーを取り戻した動きの軽い自分になることができます。

このようなことを試してみたことがありますか?もしあなたが、私と同じような経験者でしたら、もしよかったら、お話を聞かせてください。


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