DiaryINDEX過去の日記
2018年04月26日(木) 前橋妙子初段のお墓まいり

明日、4月27日は前橋妙子初段の命日なので、妻と2人で萩中の妙覚寺にある前橋妙子初段のお墓まいりに行ってきました。前橋さんが亡くなって2年も経つのか?と思うと本当に時が過ぎるのは早いなと思います。そんな事もあり、今日は生徒にも出来るうちに稽古をして、出来るうちにどんどん審査も受けて下さいと話しました。来年の自分が、イヤ半年後の自分がどうなっているかなんて本当に分からないものです。今出来る事は今やっておかないと本当に後悔すると思います。来年は試合に出ますと言っても来年は急に転職する事になったり転勤になるかもしれません。もっと言えば事故で空手が出来ない体になるかもしれない、もっと言えば生きているのかだって絶対ではありません。だから後悔のないよう頑張って欲しいと思います。志しを持って始めたのだから人から認められる結果を残して欲しいと思います。やはり最低でも黒帯は取得して欲しいと思います。私はいつも自分を裏切るような事をしたくないと思い頑張って来ました。夢を持ち勇気を出して一歩踏み出した頃の自分が、今の自分を見て失望するような事だけはしたくないと思って頑張ってきました。自分の進む道を選択したり決断する時も過去の自分を裏切らないよう頑張って来ました。私は前橋さんにもこの話はよくしました。そして前橋さんは、そんな人生を生ききったと思います。前橋さんは私の弟子でしたが、私より先に生涯の修行を空手の道に通じ極真の道を全うしました。生徒に先を越されてしまいました。私も前橋さんの先生として、そのような生き方をしたいと思います。そして今日は大山倍達総裁の命日でした。


2018年04月25日(水) 空手のルーツを読み漁る

最近、私は空手が何処からどうやって伝わって来たのかが書いてある本を読み漁っています。とても勉強になりますし、とても楽しいです。そのような本をたくさん読む事で型の中に隠された技も研究して行きたいと思っています。


2018年04月24日(火) 稽古再開

本日から通常稽古を開始しました。流石に4日間の行事で疲れとダルさを感じたので、朝もゆっくりと起きてご飯を食べよくストレッチをして、午後からの指導に備えました。疲れや怪我を放って置いたり、誤魔化し誤魔化し稽古していると必ず大きな怪我に繋がってしまうので気を付けたいと思います。


2018年04月23日(月) 大山倍達総裁24年祭

家を6時40分に出発し池袋の総本部へ行き、8時30分に総本部からバスに乗り三峯神社に行きました。三峯神社には12時ぐらいに到着しました。今日はとても霧が濃かったです。13時から大山倍達総裁の24年祭を行いました。私は家族が出来てからはこの大山倍達総裁の慰霊祭には必ず参加するようにしています。ここに来る事が何よりも大切な事だと思っています。私がこうして空手の先生になり生徒達に指導をし、空手の道場を運営し生計を立て家族を養えているのは大山倍達総裁のおかげです。それを大切にしなかったら自分には押忍の精神がない事になってしまいます。大切な事の優先順位も分からないダメな人間になってしまいます。大山倍達総裁に感謝をするこの時間を過ごす事で得られる事がたくさんあります。私は目に見えないパワーを信じます。このような事を大切にするようになってから私の周りは変わっていきました。自分が変われば自分の周りの流れが変わって来ます。そうすると未来がどんどん変わって行きます。大会行事の三日間のあとでみんな疲れていると思います。道場の稽古も休むので自分の道場の運営も滞ります。そんな中で大山倍達総裁に感謝の気持を忘れず参列している方々は熱い良いパワーを持っています。その中に自分がいれる事は素晴らしい事です。この事を忘れる事のないよう生きて行きたいと思います。この大山倍達総裁24年祭に参加する事でご協力頂いた道場生とご父兄様には本当に感謝しております。明日から全力で指導にあたります。


2018年04月22日(日) 二日間で行われた国際親善大会

二日間で行われた国際親善大会が終わりました。私の長男は初日に型競技、2日目に組手の試合に出場しました。型競技は予選敗退、組手試合は1回戦敗退でした。でも頑張ったと思います。組手試合のあと泣いていたので何か感じる事もあったのかもしれません。私は結果なんてどうでも良いと思っています。本人が結果を望むならそれでも良いのですが、私が望むものではありません。だから私は結果に関しては、自分からは何も言いません。もちろん長男が「俺は勝ちたい!どうすれば勝てますか?」と聞いてきたら、何かアドバイスをすると思いますし、一緒に自主トレをしたりするのかもしれませんが、私から何かを言ったりはしません。あの大会で長男がいろんな事を感じて学んでくれたらそれで良いと思っています。私も極真空手に育てられました。極真空手がなかったら今の自分はいません。今までの素晴らしい体験も、素晴らしい出会いも全てありません。極真空手は本当に素晴らしいと思います。もっともっとたくさんの人に極真空手をやってもらいたいです。それが私の道場だったら嬉しいです。私が学んだ極真空手道を一生懸命伝えたいと思います。そう本気で思うものだから息子達へもやらせています。息子達に望む事は死ぬまで空手の稽古をしてもらいたいと思います。死ぬまで修行は終わりません。稽古を通して自分を高めたり戒めたり整えたりしていって欲しいと思います。


2018年04月21日(土) 頂上へはまた一歩足りず

国際親善大会初日でした。私は型35歳以上男子の部に出場しました、予選を2位で通過しました。予選の型は最破でした。現在の自分では最高の型が出来たのでとても満足しました。決勝は私の得意型の征遠鎮をやりました。始まる前にテンションが上がり熱い物が自分の中で沸き上がるのを感じました。なので全く緊張しませんでした。型を演じている時も最高の気持でした。終わった時には全てを出し切った満足感がありました。だから何も悔いはありません。しかし結果は準優勝でした。頂上へはまた一歩足りずでした。まだまだ修行が足りなかったのだと思います。全日本型競技で2位が2回、昨年の国際親善大会の組手マスターズでも2位、今回も2位、毎回必ず課題を与えられるなんて本当に自分らしいと思います。でも次こそは自分の殻を破りたいと思います。もっともっと稽古して6月の型競技全国交流試合と8月の型競技全日本では優勝したいと思います。


2018年04月20日(金) 1番の財産

自分の先生から離れて独立して気付いた事ですが、自分の先生が亡くなって再確認した事があります。それは先生に褒められた事より叱られた事の方が、自分の1番の財産になっていると言う事です。叱られた事が心や頭に残り、自分を成長させてくれたり、自分を戒めてくれます。これは親もそうなんだと思います。だから私は自分の子供に対しても、自分の生徒に対しても厳しい親であり先生でいたいと思います。子供達が生徒達が今出来なくてもいいのです。いつか私に叱られた事を思い出し気付き、自分を成長させてくれたら自分を戒めてくれたらそれで良いのです。だから私は死ぬまで子供達から鬱陶しがられる親であり先生でいたいと思います。


2018年04月19日(木) 15年ぶりの再会

私は4月14日土曜日に廣重師範と15年ぶりに会う事が出来ました。11日水曜日に私の先輩からの電話で師範の状態を知りました。ある先輩のはからいで師範に会えるように決まったのは前日でした。私の妻と家族と道場生とご父兄様のご協力のおかげで道場の稽古をみんなに任せて私は師範に会いに行く事が出来ました。皆様には本当に感謝しています。私は師範の元を離れた不詳の弟子でしたので、どんな顔をして会えばよいのか?どんな言葉を師範から言われるのだろう?とあれこれ考えながら1時間半電車に揺られていました。少し早く病院に着きましたが、師範は時間にキッチリした方なので面会の約束の時間まで病室の前で待ち、時間ピッタリに病室に入りました。私が「押忍」と十字を切って挨拶をし「ご無沙汰しております。菅野です。」と言うと師範は「おお、菅野、変わらないね」と言いました。15年ぶりの再会でした。私は今でも師範の前に出ると緊張して自分の気持を言葉に出来ないので、前日に書いた手紙を師範に渡しました。師範に「どうだ頑張っているか?」と言われ、妻が居て息子が2人いて2人とも極真空手をやっている事を話すと師範は「それは良い事だ、空手は本当に良いかならな」と喜んでもらいました。師範に健康に気をつける事、空手の先生ほど良い仕事はないのだから感謝して一生懸命に指導する事、来た生徒が1人でも一生懸命に指導する事、武道の修行は死ぬまで終わらない事などの話しをされました。最後は「しっかり頑張りなさい」と握手を2度して頂きました。とても力強い握手でした。私は「押忍」と十字を切って挨拶をして部屋を出ました。15年なんてなかったかのような再会でした。本当に素晴らしい先生でした。次に師範に再会する時には「良く頑張ったね」と言われるよう私も空手家の人生を全うしたいと思います。


2018年04月18日(水) 本当にありがとうございました。押忍

本日、私の極真空手の恩師である廣重毅師範が永眠されました。私は廣重師範の元で21歳から29歳まで修行しました。23歳から27歳までは内弟子と指導員として空手を学びました。私は師範に叱られてばかりいる駄目な弟子でした。でもその師範に叱られた事の全てが今の私の1番の財産となりました。29歳の時に私は道場を出しました。そしてその年に師範は極真会館を退館されました。私は極真会館に残る事を選びました。師範の元を離れてから私は5年間選手として試合に出場しました。いつも師範に叱られた言葉を思い出し、この稽古は良いか悪いか、自分は頑張れているかいないかを考えて稽古をしました。道場を15年運営して来ましたが、いろんな事がある度に師範にご指導いただいた事を思い出し、自分で答えを出しながら事に当たって来ました。師範に褒められた事や叱られた事が私の生き方の指針になりました。今後もそれは変わりません。私がこうして空手の指導をして生活が出来ているのは師範のおかげです。空手家には引退はない事、死ぬまで空手家の修行は終わらない事、その考えは師範からご指導いただいた事です。私も師範のように死ぬまで修行をする空手家になりたいと思います。私は本当に駄目な弟子でしたが師範と出会い師範の弟子になれて本当に良かったです。本当にありがとうございました。押忍


2018年04月17日(火) 家のオタマジャクシ

家にいるオタマジャクシがだいぶ大きくなって来ました。もう足も出てきました。あと少しすると手も足も出てくると思います。そうなるともう幼稚園の池に返してあげなくてはいけないので、長男も次男もガッカリするんだろうと思います。


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