huukei

往時目譜近時


 2018年02月28日(水)   千代鼓  cacao



  「サニーのチョコレート」    JUDE  ※音が少し小さいです
  https://www.youtube.com/watch?v=7SsDWzA1IDQ

途中で出てくるギターのリフが好きだ。



 c a c a o c a c a



今朝テレビでやっていたのだが、
ココアに粗挽きコショーをふりかけて飲むと、美味しいのだそうだ。
飲んだ出演者が、「嫌では無い」 と言っていた。
コーヒーや紅茶にも合うらしい。

江戸時代には 「胡椒味噌」 なるものが流行していたそうで、
味噌に粗挽きコショーを混ぜる、という簡単なもの。
色々な料理に使えるそう。

山椒 胡椒 シナモン
を、1:1:1 の割合で混ぜて作る 「万能スパイス」 も紹介されていた。
麻婆豆腐に掛けたり、アイスクリームに掛けたり、色々使えるそうだ。

なのだそうだ。
つまり、僕はまだ試していない。
そのうちやってみようと思う。













オダマキ。 花の形状が面白い。
アメリカの国花だそう。
英名は Columbine(コランバイン) 「鳩のような」という意味で、蕾の形にちなむそう。
糸巻きに使う道具「苧環(オダマキ)」 に形が似ている為、日本ではそう呼ばれる。
なので、糸繰草(イトクリソウ)とも。

ホームセンターへ行き、苗などを物色してきた。
外で花をじっくり見るのは人目に憚られる時もあるので、
こうして堂々とじっくり観察できる環境があるのは有難い。
ホームセンターありがとうの日。



















  (鳥への文)


考えた。

君が好きだ。



君は
 何故その考えに至っているのか
 そもそも誰に宛てて書いているのか
その肝心な部分を、いつもハショるので、
僕は大体いつも返事に困る。
返事をしようかしまいか、するなら、これは何を言っているのか…
と考えるところから始めなければいけない。

それでも返事を書くんだけど、
今回は本当に、すべてが謎だ。
「いやだなと最初に思った」 というのも、
 最初とはいつのやりとりの事なのか
 何について言っているのか
 そもそも誰への事なのか
確定できない以上、返事は出来ない。



確かなことは、
君がずっと悩み苦しんでいた という事。
その理由は、
「人は、自分の苦しみを人に見せてはいけない、
 どんな時でも、人は前向きに強くあらなければならない」
と僕は考えている …とずっと思っていたから。
あるいは、
「君が作りたい曲は、僕には必要ではない」
と僕は考えている …とずっと思っていたから。

そう思わせていたという事は、
僕の書き方・伝え方が紛らわしかったのが原因だから、
その事を謝りたい。

それで君がずっと孤独を感じていたのなら、
可哀相な事をしていたのだと思う。
創作にずっと踏み切れずにいたのなら、それは本当に申し訳なかった。

君を否定しているように感じさせてもいたのなら、
それも謝りたい。
色々と、本当にごめん。




それ とてもおいしそう。

ありがとう。





 2018年02月27日(火)   月花 tukihana





木槿(むくげ)。 六月頃ハイビスカスに似た紫色の花を咲かせる。
韓国では国花に指定されているそうだ。 空に月。






公園に行ったら、桜が咲いていた。 ソメイヨシノではない品種だと思う。
中央左に月。






こちらは寒緋桜。 月と飛行機雲。








  月 花はさらなり。 風のみこそ人に心はつくめれ。   吉田兼好 「徒然草」



徒然草―― 吉田兼好(兼好法師)のエッセイ集。 1330年頃。
上記は、その第21段 「万(よろず)のことは月見るにこそ」 の中の一文。
この部分のみを訳すと、
 月や花は言うまでもなく趣深く、何よりも風こそが、人の心に趣きを感じさせる。



娯楽という娯楽が、ほぼ何も無い時代。
吉田兼好と同じ感性の人ばかりでは無かったはず。
「風が趣深い? 何それ?」
と思う人たちも、
「風こそが一番趣深い? なんで?」
と思う人たちも、この時代に多かったはず。
現代の僕も、この、風に対する気持ちの大きさはよく分からない。

けれど、こういう感受性の人が居て、徒然草という書物を書き残し、
それが現代まで伝えられていて、
これを読むことで、この人が感じた風が、
同じような風が、なんとなく、頬に吹いてくる。
なんだか気持ちいい。

風は、今も昔も同じなのだから。
この人がどんな人間だったのかは知らないけれど、
見ず知らずのこの人の頬を撫でていた風は、今も僕らの頬を撫でている。

ああ風が吹いている と思う。
確かに吹いている。 確かに時代は繋がっている。
確かに人の心は繋がっている。


という気分に浸った。


何がどう という事ではないけれど、
月も花も変わらずあり、
変わらずある風を感じて、なんとなく気持ちがいいと思った。





 2018年02月26日(月)   ピョンちゃん olympic




ピョンちゃんオリンピック 開幕!!








ピョンちゃん、一等賞を目指してスタート!








おっと いけねぇ 忘れてた!








準備運動してねぇや!








わ〜い おらが一等賞だよ!
カエルも「ピョンちゃん」だもんネ!








は〜 おわった! つかれた! ひっくりカエル!






そして…





ぴょんぴょこピョンちゃんオリンピック
無事に終わって閉会式
とんとこ太鼓に笛吹いて 飲めや踊れの大騒ぎ
あっぱれ あっぱれ よよいよい

おや…? カエルのピョンちゃんは どこへ行ったのかな…?









おっと! いけない! げろげろげろ……
ピョンちゃん、飲み過ぎちゃったね… だいじょうぶ?











胃薬 どうぞ!

――エスエス製薬のピョンちゃんより






※画像は全部、拾ったものです。






皆様のご健康を お祈りいたします!!




 2018年02月25日(日)   はくてふの lake




  「白鳥の湖」より     チャイコフスキー
  https://www.youtube.com/watch?v=uqGgeNrNn8g
  1:50ぐらい〜5:30

音楽共に、とても好きなシーンだ。
ストーリーは忘れてしまったが、幻想的なので好きだ。
一人で踊るところなど、自信の無かった者が自信を取り戻していく、
そんな気持ちを勝手に想像している。










  ピョンちゃん五輪 印象記


カーリング女子も印象的だった。

8年前に選手外通知を受けてチームを辞めた○○選手が、
諦めきれずに、メンバーもスポンサーも居ない状態で、自ら新しいチームを立ち上げた。

自分と同じように選手外通知を受けて脱退し、
活動を続けることを諦めていた選手たちに、声を掛け、
「チーム力」に拘り、そして「メンバー五人のそれぞれの個性を生かせるチーム作り」
という、○○選手曰く「面倒臭い思い」を掲げ、練習を積み重ねてきた。

○○選手は、今回はリザーブ(補欠)、見守る立場として参加した。
世界で通用するチームになることを目指してやってきた との事だが、
結果として銅メダルを取った。

インタビューで、そういう話をしながら皆泣いていたので、
テレビを見ながらジーン…ときた。




フィギュア・スケートも、最後のエキシビジョンが終わった。
羽生結弦の、東北の被災地への思いにジーンとくる。

震災の時に、多くの被災者たちから応援を受けて支えられた、
その事が、彼の大きなモチベーションになっている。
自分が頑張ることで、今も苦しい状況で生活している人たちが喜んでくれれば、と、
エキシビジョンやインタビューで、必ず、その思いや感謝を言う。
テレビを見ながらジーン…とくる。

いつも白鳥をテーマにした曲を選んでいるそうなので、
それにちなんでチャイコフスキーの「白鳥の湖」を上に綴った。↑




綺麗な思いだなぁ と、良いものを見させて貰った気持ちになる。
「24時間テレビ」などは、綺麗に「仕立ててある」感じがあり、あんまり好きではないけれど、
こういう、自然な形で思いを語っている人たちを見ると、
人間っていいなぁ… 人間の力っていいなぁ… みたいな、
そんなしみじみとした、ジーンとした気持ちになる。




テレビで見たこれらは、時間が経てば、すぐに忘れてしまうのかもしれないけど、
こういう、ジーンとくるような気持ちを感じる事自体は、
この先も時々、ずっと続いていったらいいなと思う。




I LOVE 感動。










線路はつづくよ どこまでも







ああ 川の流れのように。




















  (鳥への文)


ふと気付いたんだけど、君は誰とやりとりしている?

君は多分、「君が思い込んでいる僕」とやりとりしている。
その僕と現実の僕は一致しているのかどうか、それを確かめた方が良いと思う。
少し、もしくは、かなり違う予感がする。

君は感情的になって、「君が思い込んでいる僕」へ向けて色々と言い放っていた。
バレンタインデーからこっち、君が書いてきたことは全て、
「現実の僕」と同じ考え方だった。
だけど君は、何故か、「私とは違う」と思い込んでいて、感情的になって一人で絶望していた。

僕は、「何の話をしているのか? 何をどう理解しているの?」 と尋ねた。
二回尋ねたけど、君は返答しない。

最初僕は、互いの創作のことについて話しているのかなと思ってそう訊いたけど、
君はその話をしていたのでは無かったのでは?
君はまるで敵対していたけど、僕は敵対する気持ちは無い、それどころか君と同じだと思う。

それからおそらく、何の言葉をどう理解しているのか という話ではなく、
もっと根本的に、「僕=こういう人だと思い込んでいる」 のではないかと思う。
それが元で、言葉の解釈など色々なズレが生じているような予感がする。

状況や内面など、総括的に実際はどうなのかを、
認識と現実は一致しているのかどうかを、
よく考えてみて欲しいと思う。 それを確かめて欲しいと思う。


何故ブログ上でのやりとりに限定しているのかも教えて欲しい。


それから、念の為書くけど、
こないだ日誌に、「今日は書くことが無い」 「22時だからもう寝る」 とか、
たまたま見つけた町田康の「嫌な奴」という動画を綴ったのは
君への催促や、何らかの嫌味や皮肉を含ませて書いたのでは全く無いよ。
僕は、伝えたい事があれば、(鳥への)などと書いた上でストレートに伝える。

ちなみにこの文章、全然怒ってないよ。


君への気持ちは何も変わってない。 ずっと一緒に居たい。






 2018年02月24日(土)   海と金 heart




  水仙花 太平洋を聞いてをり    失名子




最近、家では、家族がオリンピックをよく見ている。

スキー?の、渡部選手、肋骨を骨折している状態だったそうだ。
にも関わらず、そんな事を微塵も感じさせない意気込んだプレイで、
フェアに勝負する為と言って先頭の選手を風除けに利用しなかった事とか、
そういうところ、かっちょいい。 すごい。


ところで僕は毎日、筋トレをしているが、
マッチョになる為ではなく、筋力維持の為にやっている。
マッチョの祭典で金メダルを取れるようなレベルからは程遠いが、
けれど、筋肉というものは、それそのものが金メダルのようなものだと思う。
つまり、

筋肉は、金肉だ。

金玉 ではなく、金メダル級の肉、という意味だが、
筋肉というものは、そういうものだと思う。 努力の賜物。 たまものだ。
玉もの…?
玉もの… ならば、やはり、金玉なのかもしれない。
ということは、やっぱり、

筋肉は、金玉だ。


まあ何でもいいんだけど、ともかく、
オリンピックを見ていたら、何か運動したくなった。


筋トレの他に、一人空手をやっている。
四股立ちをしての突きとか、回し蹴りとかを、適当に一人で練習している。
武道に関心を持つのは、男性ホルモンなどの本能的なものが、そうさせているのだろうか、
別に、誰かと闘うことを目的にやっているわけでは無いけれど、
ともかく、つまるところ、
筋肉は、金肉であり、金玉であるの介、
そういう侍のような日々のコツコツ努力の金玉精神こそが、真の金玉であり、キンタマなのである。


オリンピックは いつまでなのかな? もうすぐ終わるとは思うけど、
真のキンタマを求めて―― 小さなコツコツ努力のキンタマの輝く日々は、続く。

そのキンタマ精神がある限り、キンタマ人間は輝き続け、キンタマ未来と、毎日が輝くキンタマだ。

そうだ、それこそがキンタマだ、
そして、何故なら、それは、キンタマ的に、キンタマなのだ――。



「何故、キンタマなのですか?」

 「そこにキンタマがあるからです」



「鏡よ鏡、鏡さん、世界で一番美しいのは だあれ?」

 「キンタマです」



……と、このように、
キンタマが、風も無いのにぶーらぶら、のような、
そんな ふんわりした適当な心持ちを持ちつつ、毎日を滑って行きたいものである。



「何故、スキーをやろうと思ったのですか?」

渡部選手 「だって僕、キンタマ好き、キンタマ・大スキー!」


……

 ……

  ……





 2018年02月23日(金)   薬はいらんかね drug



  駄日記


料理の途中で、右手の薬指をスパッと切ってしまった。
血が止まるのを待ち、残りを済ませた後で、薬指に薬を塗った。
一日に一回、何かダジャレを言いたい僕としては、ここで一つ満足感を得た。
薬指に薬を塗った


ところで、そもそも、薬指というものは、
薬を塗る時に使う指 という意味に由来し、そう呼ばれている。
日常、五本の指の中で一番、使用頻度の少ない指だから、
薬を塗る時には、なるべくこの指を使った方が良い 何故なら清潔だから
という役割を担っている指なのだ。

その事に習い、僕は左手の薬指の先に薬を取り、それを右手の薬指の傷口に塗った。

これを省略して言うと、つまり、こうなる。
薬指で薬指に薬を塗った

薬指で薬を塗るのは、例によってごく自然な行為であり、当たり前だ。
その当たり前の行為を、親指でもなく小指でもなく、人差し指でもなく中指でもなく、
薬指に対して施した、
薬指で薬を塗るのを、薬指に施した。
ここに僅かな面白さが生まれて、ダジャレが成立する。

薬指で薬指に薬を塗った、と、「薬」という言葉を三回出している、
この事もポイントである。
普通は、せいぜい二回なのだ。 同じ言葉を繰り返す、せいぜい二回、
それがダジャレの基本定義だ。

しかし、上記の「薬指で〜」の場合は、なんと、三回も繰り返している。
同じ言葉をなんと三回も繰り返してしまった、
このポイントは大きいと見受ける。

しかし、けれど、例えば、「町内会があるのは、この町内かい?」
のように、繰り返す言葉に「ちょうないかい」ぐらいの尺があると、
聞く方も、「オオッ…!」 と思うことだろう。
ちょうないかい、こんなに長い言葉を二回繰り返せるなんて、スゴイ技だ…!
と思って感心する。

しかし、薬指で薬指に薬を塗った、なんて言われても、
「くすり」というのはたった三文字。 あんまり凄くない。 あんまり、凄いとは言えない。

凄くはない、
けど、「薬指」という言葉が二回、「薬」という言葉は三回、繰り返されている、
なので、どことなく面白い気が、しなくもない。

しなくもないので、クスリ と笑ってみる。



――以上のことを纏めると、こうなる。


今日僕は、薬指で薬指に薬を塗り、クスリと笑った。




  嗚呼… おちまい




 2018年02月22日(木)   猫だモン one hundred


ところで、

以前、マーラーの交響曲第3番を、チャリティーコンサートで聴いたのですが、
この曲は、かつて「世界最長の交響曲」としてギネスブックに掲載されていた程で、
なんと1時間40分もあるモン。
僕は第5楽章が大好きですが、これは5分で終わるモン。
それ以外の楽章に関しては特に好きでもないので、だんだんお尻が痛くなってきて、
最後の楽章(40分間)は、とにかくお尻の痛みに耐えた思い出があるんだモン。




第5楽章 「天使が私に語ること」

の次は、

「悪魔が私に語ること」




  「悪魔のトリル」    タルティーニ (1740年頃作)
  https://www.youtube.com/watch?v=Zl9FTlKK1e0

夢の中で悪魔が奏でたメロディを、目覚めてからすぐに書き写したモン。
その旋律を元に作った曲なので、このタイトルなんだそうだモン。

エピソードが面白いけど、
僕は特に好きではないので、次に行くモン。

次は、
人間の悪魔。




  「24の奇想曲」    パガニーニ (1810年頃作)
  https://www.youtube.com/watch?v=x8j1x3pTOyo&t=40s
  第1曲 00:00〜 (約1分30秒)
  第24曲 1:07:58〜 (約5分)


性格や人間性が最悪だったことから、「悪魔に魂を売って、その超絶技巧を手に入れた」
と言われていたヴァイオリニスト、パガニーニだモン。

悪魔野郎 糞野郎 便所野郎 と言われてはいたけれど、しかし彼が作る曲は素晴らしく、
かのシューベルトも、当時、パガニーニの演奏を聴きに行き、
「音楽の中に天使を見た」 と評したそうだモン。

個人的には第1曲と第24曲が好きだモンで、その時間を記した↑ モン!








さっきからモンモン言ってるけど、おまえ誰だ、って?
ふふふ ふふふ
僕はね
熊本県のマスコットキャラクター くまもん
とは違うよ。
ふふ
ふふふ  え、じゃあ誰だよお前 って?


ふふふ それはね、それはひみつ ひみつひみつ
ひみつのアッコちゃん と同時期にやっていたアニメ、
「悪魔くん」 に出てくるモン!


もう分かったでしょ?
僕だモン!


……誰だよ? って?


ふふ  ふふ  僕だモン!













おっと 間違えちゃった!!
これ僕じゃないよ、
本当の僕は、大丈夫、こんなに怖くないよ!

ふふ  だって僕は…








だって僕は… 百目くんだモン!! ひゃくめダヨ!





 2月22日 猫の日

 猫ではないけど 今日は、ご覧の百目くんがお送りしました。





 2018年02月21日(水)   合唱団 angels 



  交響曲第3番 (第5楽章)    マーラー
  https://www.youtube.com/watch?v=略


マーラーの曲では、個人的に、これが一番好きだ。
児童合唱と女声合唱が起用されており、それがツボだ。 この形態は珍しいと思う。

この交響曲には、「夏の真昼の夢」 という副題が付けられており、
第5楽章には 「天使が私に語ること」 と付けられている。
児童合唱が鐘の音を、女声合唱が天使の声を表現しているのだそう。

山を散策したり、湖で泳ぐことが好きだったそうだが、
そういった自然との触れ合いの中から得たインスピレーションを元に作曲したそうだ。

歌詞がどんな内容だったかは… 忘れてしまった。

夏の真昼の夢――
ではあるけれど、今の時期に聴いても、違和感は無い気がする。





























  (鳥への文)


書いてある内容そのものは理解できるんだけど、
それと僕との関連性が分からない。 心当たりがまったく無い。

何のことについて話をしているのか という事だけは、伝えてほしい。
僕の何の言葉を どう捉えているのか、
君は答えず、結局僕は何も分からないままだ。




 2018年02月20日(火)   李白 schonheit


ラジオで、マーラーの 「大地の歌」 をやっていた。



 交響曲「大地の歌」 Das Lied von der Erde   (1908年作)

  (バーンスタイン指揮) https://www.youtube.com/watch?v=idRevTkIPts
  00:00 第1楽章 大地の哀愁に寄せる酒の歌
  19:05 第3楽章 青春について
  22:15 第4楽章 美しさについて

  (カラヤン指揮) https://www.youtube.com/watch?v=SQk5ZiWXg0Y&t=1818s
  00:00 第1楽章
  19:00 第3楽章
  22:25 第4楽章



2種類の解釈を記載しました。
個人的には、第1、3、4楽章が好きで、特に、第4楽章が好きです。

その第4楽章において、
バーンスタインは、テンポが速いです。 カラヤンは逆で、遅いです。
それぞれに味があって好きです。






作曲者は、マーラー。 オーストリア人。
友人・ベートゲの訳した唐詩に、曲を付けたもの。
唐詩は、700年頃の中国の、李白などの詩。

李白という人物には、こんなエピソードが残っている。

酒に酔った状態で舟に乗って、
「ああ 月が綺麗だなぁ。 湖にも映っている… ああ綺麗…
 空に浮かぶ月には触れられないけれど、水に映る月には、
 触れることが出来るのでは…?
 そうだ、ようし、掴まえてみよう! 掴まえてみせよう!」

ザブーン!! 湖に飛び込んだ。

そのまま溺れて、死んだ。









訳詞や原詩などは、こちらに載っています。 (ウィキペディア)
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%略

僕はいつも歌詞の内容を気にしないので、今日調べて初めて知りました。









個人的な感想ですが、マーラーの曲は、綺麗なのですが、どことなく気持ち悪いです。
奇妙、変わっているな という印象があります。

指揮者のバーンスタインが、マーラーの楽曲について、こう話していました。
「聴いてすぐに誰の曲か分かる。 そういう曲を書くことが理想」

おそらく、マニアックな人たちにウケていると思います。
少年漫画で例えるところの、ジョジョの奇妙な冒険だと思います。

当時は指揮者として活躍しており、
作曲者としての生前の評価は低く、発展的と評されていたそうです。
けれど今日では、巨匠と言われています。









交響曲を9つ作ると死ぬ、という噂があり、
ベート―ベンなど実際に何人かの作曲者が、第9番を作った後に亡くなっています。

ただの偶然なのに、マーラーをこの事をとても気にしていて、
自身の9つ目にあたる交響曲には、「第9番」というタイトルを付けませんでした。
代わりに、「大地の歌」 と付けました。

特に何事も起きなかったので、ホッとし、次の交響曲の作曲に取り掛かったところ、
亡くなりました。




 〜 世にも奇妙な物語 〜  終







 2018年02月19日(月)   磯 set meal



  「どう書いても嫌な奴は嫌な奴」  町田康
  https://www.youtube.com/watch?v=FPxfCQZJsA4


エッセイ集の朗読なのだと思う。
何気なく聴いていたら、面白くて笑った。


今日は一日雨が降っていた。
それ以外に今日は特に何も書くことが無いなぁと思い、
そういえば、「何もない日」 という曲があったな、確か町田康だった、
と思ってYouTubeで検索したら、これが出てきたので、聴いてみたら可笑しくて笑った。


この人は昔、パンクスだった。
日本国内におけるパンクスの開祖 と言われていたと思う。 多分
なので文章の中にも、セックス・ピストルズとか、そういうのが出てくる。
先日、NHKの俳句の番組に出演していた。



  磯に来て 磯内膳と磯御膳     町田康



熱海の初島という所へ行き、
そこで「磯内膳(いそないぜん)」という侍の碑文を見つけたのだそう。
興味深く見た後、ぶらぶら歩いて立ち寄った食堂のメニューに、
「磯御膳(いそごぜん)」があった。
名前の通り、刺身や焼き魚などを盛り合わせた定食。
侍の「磯内膳」とは全く関係無い。
全く関係無いが、
「磯内膳」と「磯御膳」、語呂が良いのでそのまま俳句にしてみた との事だった。

この、ナンセンスな感じの面白さが印象に残っていた。
個人的には好きだ。

侍の「磯内膳」については、こちら。 (初島の観光案内サイト)
 http://www.hatsushima.jp/about/regend.php
中盤あたりに載っています。





何も書くことが無いなぁ…何を書こうか と思っていたが、
とりあえず、実のある事を書けたような気がするので、満足した。

 おわり





 2018年02月18日(日)   菊芋 kikuimo





菊芋(キクイモ)とセロリの炒め物  なかなか美味しい

 菊芋…薄切り
 セロリ…食べやすい大きさ
みりんと醤油で味付け。 胡麻油を少々混ぜて、盛り付けて、胡麻を振りかける。

余ったら、翌日、パスタに混ぜたりなど。

菊芋は、土を洗うのが面倒だけど、それを気にしなければ、
栄養(イヌリン)が豊富で、味も独特で、美味しい。
イヌリンに何の効果があったかは忘れてしまったけど、
菊芋の味は、菊芋にしか無い。

菊芋はマイナーな芋だと思うので、
菊芋という芋があり、結構うまいです という事を主張したくて、これを書いた。

姉は、煮た方が好き と言う。
つまり、煮てもおいしい。

煮ても焼いてもサラダでもおいしい。

サラダで食べる時は、サッと湯がく。














墓参り。
父の意向で、一ヶ月に一度行っている。
暖かくなってきた為か、どのお墓にも花が綺麗だった。













最近、週末は一人吟行と決めていて、どこそこへ出掛けている。
今日は馴染みのある川沿いを歩いた。
大河ドラマの影響か、観光客が多く目についた。
僕にとっては見慣れた景色の中、今この人たちは非日常を味わっているんだなと思うと、
どこから来たのか知らないが、世界は広いんだなぁと思う。

春が近付き、これからは色々な花がだんだん咲き始める。
様々な色が目に鮮やかに飛び込んでくるので、なんとなく心躍る。

心躍るウッキー
ウッキーウッキー 心躍らせてウッキッキー


  風花や 紅茶にたらすウイスキー    失名子


お洒落な飲み物。 僕もやってみようかな。
もうしばらくは、まだちょっと寒いから、
風邪やノロウイルスなどには くれぐれも気を付けましょう!!!





 2018年02月17日(土)   オリン pikku


オリンピックの模様を少しだけ見た。



  スノーボード


平野選手が、暫定一位を取った。
その後、ショーンホワイトが一位を取った。
ショーンホワイトは金、平野は銀。

試合後のインタビューで、

平野 「ショーンホワイトに負けた事は素直に悔しいので、
 またゼロからスタートするつもりで、やっていきたいと思います」

ショーン 「平野の演技が背中を押してくれて、この結果になった。 彼に感謝したい」


…… なんて謙虚で素直な人たちなんだ…!! と思い、感動した。







  フィギュアスケート


羽生結弦選手には、いつも感動する。
彼の意志は凄い。

「苦しい 諦めたい 無理だ
そう思う時はたくさんあった。 毎日思っていた。
でも、この苦しさがあるからこそ、その後の幸せがある、とも思っていた。
明けない夜は無い。」

インタビューで、そう話していた。
「ミスが自分を強くしてくれた」  とも話していた。

織田信長の子孫の、織田信成・元選手が、ずっと泣いていた。

羽生結弦 という名前、字面がカッコいい。
もしも、羽生善治 という名前だったら、今ほどの人気は無かったのでは。

テレビを通して、彼から勇気づけられたり、元気を貰っている人たちは、たくさん居るはず。

僕の母が、フィギュアを見た後、陰陽師(映画) を見ていた。
(羽生選手はいつも、陰陽師をテーマにした衣装を着ている。)
ちょっと可笑しかった。






その他、ジャンプの葛西選手も印象的だ。






スポーツの観戦自体には、僕はあんまり興味が無いが、
心や人間模様は、感動するものや、印象的なものがある。

死ぬほどの努力しても結果を残せず、終わる人たちは山ほど居る。
選手にすらなれなかった人たちも、山ほど居る。
その人たちの話も聞けたら、また面白いんだろうなぁと思う。

テレビで活躍している選手たちと個人的に接する機会は、おそらく無いだろう。
でも、テレビを通して、大なり小なりの何らかの良い影響を受けている人たちはたくさん居て、
そういうバイブレーションが、今、地球上全体で起きているんだなぁと思うと、
オリンピックって良い文化だなぁと思う。

地球万歳 人間万歳
スポーツあんまり興味無いけど スポーツ万歳







日本国内には、ねんりんピック というものがある。
60歳以上の高齢者を中心とする「健康福祉祭」で、
競技の中に、「俳句」があった気がする。

いつの日か参加するかもしれないその時まで、腕を磨いておこう。

あと24年。

案外、もうすぐだな。

いや、結構長いか。

少子化社会。 老後の世の中の状況はどうなっているだろう。

それなりに どうにかなっているのだろう。



22時5分を回った。
本でも読んで寝よう。

オリンピックありがとう。





 2018年02月16日(金)   十時 glass slippers


現在、22時。
僕は、パソコンを使うのは、22時までと決めている。
寝付きが悪くなってしまうからだ。

なので、これにて終えようと思う。

最近は、どこかしこで水仙が咲いていて綺麗だ。

そのような一言を添えて…。


 灯を消してより水仙の香りかな    失名子


部屋の花瓶に活けた水仙。
電気を消して床に就いたら、ふと水仙の香りが漂ってきた。
きっと、ずっと漂っていたのだろうけど、
電気を消して布団に入って目をとじていたら ふと、
その香りを意識した。







水仙の香に包まれながら眠る。





















  (鳥への文)

今日そこに響いた歌には
どんな気持ちが込められたのだろう。
どことなく寂しさや葛藤が入り混じった声。

「自分に無理をして
思ってもいないことを言葉にしている時」
そんな時が あっただろうか。
君は
どういう風に受け取っているのだろう。
僕は、心から思っている事しか口にしていない。

この時の この言葉だよ と差し出してくれたら
「ああ それは、こういう気持ちで言ったんだよ…」
「あっ、そういう事だったんだね… ごめん…」
という会話になりそうな気がする。

そんな気がするYo…

「ああ それは 確かに君の言う通りだわ」
「でしょうが。 もっと正直になりなさい!」
「そうだYoね… すんません…」

という会話になる可能性も 無きにしも非ずだけど。

さあ Yo どっちかな。
チェケ!

どっちにしても 君は孤独にはならないという事を約束しYoう。
その事だけは確かだ。





 2018年02月15日(木)   緑  line





ソテツと、その葉に絡む植物。 流れるような。














  (鳥への文)


つまり、

  僕は世間の人が口を揃える幸せは
  全然幸せなことと思えないんだよ。
  けれど世間の人の心の奥底の本音には
  僕の心は震えるんだ。

「だから、できれば君にもそういう心になって欲しい」 という事?
「できれば同じ想いを持って創作に当たって欲しい」 と言っているの?

君は先日、プラネタリウムを見に行って、綺麗だったと言ってた。
海を見て綺麗だった、という日もあった。

だから、僕が自然を見て感動し幸せを感じている事に対しての反論 では無さそうだ。
そしてその感動や情感を俳句などで表すことへの反論 でも無さそうだ。

それとも、そうなのだろうか。
「創作する時は、私と同じ方向性でやって欲しい」 て事?
「そこまでは言わないけど、寂しいという気持ちは伝えたい」 て事??

同じでいて欲しい、という事?


ともかく、
僕は君のその創作への想いに全面的に共感している。




 2018年02月14日(水)   ゆるふぐり sky


今日は、ふんどしの日 なのだそうだ。
2 ふん 14 どし

こんな諺もあるそうだ。

  褌(ふんどし)を締めてかかる

気持ちを引き締めて事に当たる という意味らしい。

現代、ふんどしを付けている人は居ないと思うから、
この場合、つまり、
深く息をしながら、みぞおち、お腹のヘソあたりを意識して フンッ! と集中する。
なんだか眉間がキリッとする。

そして、顔を少し上げて、ダラーッと口を開けて、
「ああーー ばあーー べやあーーー」
と、どこを見るでもなく、宙を見ながらゆらゆら顔をゆるめると、
気がゆるむ。



リラックスしていこう!



  飼い犬の シャンプーカット 冬うらら     keisuke

今日は、犬のさくらをシャンプーに連れて行った。
歩く道は、寒いけど良いお天気で、のんきな気持ちに。














ところで、確かにそうだなと思う。

「土は茶色いのに、どうして草や花の、こんなに鮮やかな色が生まれてくるのだろう」

宮澤賢治の、「気のいい火山弾」だったか、何だったか忘れたが、
こういう一文があったのを憶えている。

言われてみれば、確かにそうだ。
どうしてだろう。 とても綺麗な鮮やかな色がいっぱい。



  星になる夢を見ている いぬふぐり    失名子


イヌフグリが好きだ。 犬の ふぐり(金玉とチンチン) という意味らしいが、
名前はともかく、好きな花だ。
 これ
 https://www.google.co.jp/search?biw=略



  いぬふぐり 星のまたたく如くなり     高浜虚子


花に近付いて見ると、とても鮮やかな深い色をしている。
遠目には星のようでもあるが、近付くと碧空のようでもある。



江戸時代、原則として、一つの藩に城は一つのみ と定められていたそうだが、
薩摩藩(鹿児島県)は鎖国していたので、「そんなの関係ねえ」 と言わんばかりに、
城を幾つも構えていた。
いつでも倒幕できるよう兵力を温存しておくのが目的だったそうだが、
城と言っても、本丸御殿ではなく、二三階建ての建物だったそうだ。

なので、県内には小さな城跡が散在しており、
僕が昔通っていた小学校は、そんな城跡に建っていた。

城跡なので、石造りのお堀で囲まれている。 深さは3メートルぐらいだっただろうか。
小さなお堀の小さな石橋を渡ると正門があり、校庭が広がっていて、
そのまま校庭を突っ切って真っ直ぐ進むと、城が建っていたであろう土台があった。
土台の上に校舎は建っていたが、その土台の斜面はいつも草で生い茂っていて、
初春、丁度今ぐらいの時期になると、イヌフグリが一面に咲き始める。

その中で遊ぶのが好きだった。

現在、そこからだいぶ離れた所に住んでいるが、
近所の農学部の農道脇にはイヌフグリが咲き始めている。
大人になった今、子供の頃の目の高さをキープしたままで歩行する事は出来ないが、
少し屈んで花を観察してみると、昔はこうやっていつも花を、地面を近くに感じていて、
その茶色の地面からは、青とか赤とか紫とか 白とか緑とか黄色とか
鮮やかな色と形の世界が、いつも視界の中いっぱいに広がっていたなぁと思う。

僕は今、別に童心に帰りたいのでは無く、単純に、近くで見ると綺麗なのだ。
大人になって身長が高くなると、地面は遠くなって、花は小さくなるから、
忘れてしまった鮮やかさや面白さを思い出すように、時々屈んで眺めてみたりしている。





 2018年02月13日(火)   今毛 image


 「IMAGE」 (2017年)    LUNA SEA
 https://www.youtube.com/watch?v=wyZmX7cbnJk

 同曲 (25年前)
 https://www.youtube.com/watch?v=HiRfulCXa1A


YouTubeでたまたま見つけて、おお! と思った。
2017年の演奏なので、現時点で一番新しい。

個人的に、ルナシーの曲の中ではこの曲が突出して好きだ。

25年前のメジャーデビュー時の演奏も見つけた。
これもこれで好きだ。
完全に自分たちの空気を作ってしまえるところが、昔も今も凄い。


おお! と思っている人 居ますか?
もしかしたら 誰一人として居ないかもしれないが、
僕はこの曲が好きなので、オオッ!と思った、という、ただの日記を書いている。

「わいも好きやで!」
「おいどんも好きじゃっど!」
「僕も!」
「あたいも!」
「居ない居ない バアー!」

それは 良かったね!


2017年の演奏、
こちら側から見て左の、ギター(INORAN)の音が、
この曲ではいつもアコースティックギター等のクリーンな音を使っているのだが、
少し歪んだ音になっていて、おお… これもこれで好きだ… と思った。

この曲は INORAN が作ったものだ。

余計なお世話だが、ボーカルのRYUICHIは、
もっと普通の歌い方をすれば、もっと聴き易いのに。 なんだか勿体無い気がする。
それとも、これはこれでありか。

この人たちは今、50歳手前ぐらいだ。 の割に、肌が綺麗だ。
きっと、スキンケアとかアロマエステとか、やっているのだろう。
ハゲない薬も やっているはずだ。
たとえハゲても、それはそれでいいのに。


ところで、ギターソロが終わった後、RYUICHIが頭にパーカーを被って歌い始める。
なんだか、個人的に感動した。

苦悩や葛藤の中にいながらも、
現実を諦めて受け入れながらも、嘆きながらも、
試行錯誤しながら道を探しながら前へ向かっていく

そんな意志に思えた。
そういう気持ちの時は人生の中ではしょっちゅうあるので、なんだかジーンとした。




 2018年02月12日(月)   先生は馬鹿 fucks


僕が入会している俳句誌には、主宰の他に、もう一人選者がいる。
草本さん、九十歳ぐらいのお婆さんだ。 ベテラン中のベテランだ。
僕は草本先生と呼んでいる。

(ところで、以前お世話になっていた浅野さんも内沢さんも、
「先生」と呼ばれることを嫌っていた。
「○○さん」 もしくはニックネームで呼んで欲しい と言うので、そうしていた。
草本先生に対しては、先生と呼んでいるが、
それで本人は特に何も言わないので、僕は初めて「先生」と呼んでいる。
勿論、尊敬しているし、交流してくださる事に感謝している。)



半年程前から月に一度、FAXを通して俳句のレッスンを受けている。
僕が十句ほど自選したものを送り、
草本先生がそれに対して手厳しい批評をしてくださる、というもの。
厳しい方が嬉しいので、有難い。

開始以来ずっと、「句は良いのだが、目線が良くない」、
「自己中心的だから、もっと客観的な目線を持ちなさい」 とアドバイスされていたが、
なかなか感覚を掴めずにいた。

何度送っても 「これではだめだ」 と言われて、同じアドバイスを受ける。
先月は、「貴方は本当に自分を大切にし過ぎだ」 と言われた。



そう言われると、なんだか腹が立って悲しくなって、
ええー…? そんな事は無いと思うんだけどなぁ…
僕の目線の何が良くないと言うんだろう… そんなに自己中心的かなぁ…
というか意味が分からない…
自分の感性で表現する事が良くないのなら、表現をする意味が無いのでは…
僕じゃなくてもいいはず…
この人の目線がおかしいんだ… そうだよ… もう辞めようかな…

と最近は思い始めて、なんとなくちょっと寂しい気分にもなっていたが、
ふと、
もしかして… ただ単に、言葉の使い方を変えなさい という意味だろうか…?
と思い、そうしてみたところ、
今日ようやく、「これで良いです」 と言われた。

目線を変えなさい。
――これは、つまり、
感性を変えなさい ではなく、言葉を変えなさい という意味だったのだ。



(例)
  その奥へ歩み行きたし冬の霧
これはこれで私は好きだが、この表現だと自分の「願望」なので、
  その奥へ歩み入りたる冬の霧
こうしてしまえば、写生になる。



…という説明を受けた。



言葉の事かよ……!!!

僕の勘違いだった。
僕の理解不足だった。

ていうか、分かり易く、そう言ってくれよ…!!!! と、心の中で叫んだ。

僕の頭が悪いのだろうか。
この人の伝え方が悪かったのだろうか。

どっちもだろうか。

ともかく僕は、半年間ほど、勘違いして悶々としていた。
今日やっと、気分が晴れた。

急に、世の中が平和になったような気がした。




草本先生を始め、この俳句会は、写生を重んじている。
改めてよくよく考えてみれば、写生を重んじよ という意味で言っていたのだろうと思う。

ちょっと ぼんやりし過ぎていたかもしれない。


空に叫びたい。
そんな気持ちになること、誰しもにあるはず。

皆で叫ぼう!
心を叫ぼう!
バカヤロー!ちくしょー!
生きているって素晴らしい! と叫ぼう!!!


一人で 心の中で叫ぶ。


今日も空が綺麗である。 公園の常緑樹の葉っぱが綺麗である。

しばらく 何も考えずにぼんやりしたい。


なんかおやつでも食べよう。
モンキーバナナでも食べよう。





 2018年02月11日(日)   冬の水の blue




冬の水の中に、青い実が浸かっていた。 綺麗だった。


「幸せの青い鳥」 とか言うみたいに、
何故か、青は幸せを運ぶ色とされているけれど、





ならば、いつも見ている青空は、幸せの青い空だ。
この空は、幸せを運んでくる。 幸せな気持ちを運んでくる。
確かにそうかもしれない。

ところで この雲は、飛行機雲なのか、
それとも 白い雲が 風に真っ直ぐに伸びている姿なのか。

飛行機雲であれば、僕もこのように 飛行機になって空を渡る。
雲であれば、僕もそのように 雲になって風にのびのびと どこまでも伸びる。

と思ったけどやっぱり 何にもならず どこへも行かず、
冬の水にしゃがんで、耳を傾けた。

冬の水に
青い実に
耳を傾けて
おしえてくれたよ。
ささやかな。

幸せとは。




しばらくこうして
しゃがんでいよう。







 2018年02月10日(土)   ゴジギ tapkaara


ところで、シギ氏は、
自分で描いたゴジラやキングギドラの絵を、
自身のHPやフライヤーなどに、よく使用している。
気に入っているのだと思う。

 こんなの
 http://shigi.thebase.in/

右下に、Minna nakayoshi!!! (みんな仲良し) と書いてあり、
個人的にジーンとくる。




ゴジラといえば…



 「シンフォニア・タプカーラ」 (1954年作、79年改訂)   伊福部昭
 https://www.youtube.com/watch?v=qVOM9fh_a7k
 13:05〜 第2楽章


ゴジラのテーマソングで有名な、北海道出身の伊福部昭(いふくべ・あきら) による交響曲。
「タプカーラ」は、アイヌ語で「立って踊る」という意味だそうだ。

アイヌ民謡は、同じ旋律を反復するのが特徴だそうだが、
伊福部昭はその手法をよく用いて作っている。 …とテレビで言っていた気がする。

個人的に第2楽章が好きだ。


ちなみに、NHKの緊急地震速報で流れる警報音は、
シンフォニア・タプカーラの旋律を使用しているそうだ。
どの部分の旋律なのか、僕はハッキリ分からないが、
伊福部昭の孫にあたる人が作ったのだそうだ。











  駄日記


今朝、犬の散歩の途中で、首筋に何かがポトリと落ちた。
雨粒でありますように と祈ったが、鳥のフンだった。
帰宅して家族に話したら、運がツイているね と皆が言ってくれたので嬉しかった。


自撮り棒 という名前は、なんだかイヤラシイ。
何の棒を自撮りするのか。


今日も寒い一日だった。
明日は雪が降るかもしれないそうだ。


一体、何の棒を。


明日は雪が降るかもしれないのだそう。


青い月夜の風
青い星

   ☆





 2018年02月09日(金)   シギ her songs


改めて綴り直しました。



  (一) シギ氏のこと


「シギ」という名前が好きだ。 言葉の響きが個人的にツボだ。
小学生の時に姉が付けてくれた名前だそうで、幸せを運ぶ鳥 なのだそうだ。

その頃からライブ活動を行っており、
高校生の頃に出演したラジオのオーディション番組で勝ち抜いて優勝したのを機に、
2008年(21歳)、EPICというレーベルからメジャーデビューしている。


 「証明」 (2008年)  映画「カメレオン」主題歌
 https://www.youtube.com/watch?v=DiMzBJrpVpE

 「ハナレバナレ」 (2008年)  アニメ「黒塚」EDテーマ
 https://www.youtube.com/watch?v=cNFODXwJVkM

 「輝いた」 (2009年)   アニメ「銀魂」EDテーマ
 https://www.youtube.com/watch?v=TMlFu8MsCvc
 (後半の本人の映像にジーンとくる)



こう書くと、雲の上の人のように感じる。

そういえば、以前、テレビで天皇陛下が言っていた。
「天皇というものは、孤独です」
同じ人間なのだから、心の中ではやっぱり色々あるのだろう。

僕個人は、丁度2008年(26歳)に、最後の断薬にトライし、メールやパソコンの使用も止めたので、
2016年に再び使用するまでは、楽曲は勿論聴いていなかったし、シギ氏との交流も絶っていた。

それより以前の19歳頃(シギ氏は中学生)、HPを通してメールを貰ったのを機に知り合い、
以後、個人的にいつも注目していた。
当時の自主制作CDなど発表した物はすべて聴いていたのだが、
この人は、バンド形態ではなく、ずっと「弾き語り」のスタイルをとっていた。

一人でアコースティック・ギターを弾きながら歌う というシンプルなスタイル。
誤魔化しが利かない、丸裸で勝負するようなスタイルなのだと思うが、
それを基本のスタイルとして持っているという事に、個人的に尊敬している。

2013年にレーベルとの契約が終了し、以後は再び自主制作での活動を行っている。
「弾き語り」 「バンドのサウンド形態」 の両方を使い分けての表現活動を行っている。

バンドと言っても、「ザ・○○○ズ」 というような形ではないが、
メンバーとの関係を大切にしているところが、この人らしいなと思う。














  (二) 近年の作品



 「涙・それでも生きとし生けるものへ」 (2015年)
 https://www.youtube.com/watch?v=GiPZYCUoAb0
 0:00〜 涙・それでも生きとし生けるものへ
 3:50〜 君がいて僕がいた


 「叫・仮面の告白」 (2016年)
 https://www.youtube.com/watch?v=y822MkVdg4E
 0:00〜 叫・仮面の告白
 4:20〜 誰もいない世界
 8:40〜 秘密


 「ミライ」 (2015年頃作、デモ音源)
 https://www.youtube.com/watch?v=N3ZbRbyQ-8Y


 「東京」・弾き語り (2010年頃作)
 https://www.youtube.com/watch?v=r_kNXcQ2qQ8


 「赤い糸」 (2015年頃作)
 https://www.youtube.com/watch?v=jUufmDY74VA


 「自分の戦場へ」 (2016年)  日中共催「新星杯」のテーマソング
 ※この曲のみ作詞作曲はシギではない
 https://www.youtube.com/watch?v=IRNsHS_A0sY


以下は、ミニアルバム 『祈・幸せになるために生まれた命のために』 (2017年) より
現時点での最新作。

 「約束」
 https://www.youtube.com/watch?v=oS1gOG2C4Jo

 「終末時計」
 https://www.youtube.com/watch?v=pPBz3BGDibU

 「世界は美しい」
 https://www.youtube.com/watch?v=fQnvN-cPobY



歌詞は、YouTubeページ内の「もっと見る」の欄に載っている。 (幾つかを省く)

自分自身の感情や体験を、そのまま曲にしている。
ジャケットのデザイン等も本人が発案しており、気持ちをそのまま表現している。

その事にアート性を感じる。
魂のような、輝きや熱さのようなものを感じる。
強さとも、脆さとも思える。 でも、やはり強さなのだろうと思う。

性格や人間性が、そのまま形になっているのだろうと思う。
どの曲にも共通して根幹にある、その素直な眼差しに惹かれる。
人のそういう眼差しは魅力的で、やはり触れたくなる。

聴いていると、良い意味で目が点になる瞬間があり、
良い意味で ナンジャコリャア!!! と感動する瞬間がある。

苦悩を歌っているものが多い。
この人自身が、音楽が好きなので音楽を心の大きな支えにしている、
なので自然とそうなるのだろうと思う。
聴く方にとっても、共感する場合に、とても大きな支えになりうるのだろうと思う。

この人の思いや考えなどに触れると、
ハッとしたり、感動したり、癒されたり、そういう気持ちになる事が多い。















  (三) 玉は魂


個人的な関係を抜きにしても、その存在に有難うと伝えたい。


ところで楽曲に関しては、
おそらく、アニメ・銀魂の 「輝いた」 での人気と知名度が最も高いのだろうと思う。

銀魂(ギンタマ) というタイトル、これは、金玉(キンタマ)と掛けていると思う。
そしてシギ氏は、埼玉県出身だ。

埼玉、金玉、輝いた
この人のイメージに合っている。

埼玉県の県名の由来は、
前玉(さきたま)古墳群 から来ているそうだ。
埼玉→ 前玉→ さきたま→ 幸御魂(さきみたま) = 人に幸せをもたらす神の霊魂
…という意味だそうだ。
シギ氏のイメージに合っている。

埼玉、金玉、輝いた
まんこ輝く さきみたま

あなたの さきみたまんこは いつだっていつでも輝いている

僕も 自分の金玉を磨こう 金玉磨こう


いつか笑って会えるように






 2018年02月08日(木)   駄洒落 lightness


ダジャレが好きだ。




  好きな理由 (一)、


9年前の話になるが、薬を絶つ苦しい期間を越えた後、
M満さんの作品制作の手伝いをさせて戴ける機会があった。
竹を切ったり削ったり、紙を切ったり、などの単純作業だ。

M満さんの息子A君(僕と同年代)も参加し、A君とはその時に初めて対面したのだが、
彼は、ダジャレを言いまくる人だった。

僕は、感銘を受けた。

それまでの僕は、暗かった。 暗く重い思考をする人間だった。
しかし、彼は明るかった。 思考が軽かった。

僕は大いに影響を受けて、普段からダジャレを考えるようにした。
ダジャレを考える気分というのは、気持ちが軽い状態だ。
それって大事なことだなぁ と思ったのだ。

そして今に至っている。





  好きな理由 (二)、


NHK「おとなの基礎英語」 には、講師が二人出演しており、
一人は英語ペラペラの日本人のおじさん、
一人はオーストラリア人のサラ・オレインという歌手。

ちなみに、このおじさんの留学生時代のニックネームは、「シギー」だったそうだ。

番組内で、二人はよくダジャレを放つ。

サラという人が、ある日、こう言っていた。
ダジャレが好きデス、頭の体操にナル、とってもオモシロイ!

共感した。 確かに頭の体操になる。
ギャグそのものを面白がるというよりは、頭の体操を面白がっているのだ。

頭の体操、それって大事なことだなぁ と思う。







 (まとめ)


僕は、笑いの敷居が低い。
ブラックジョークとシモネタ以外は、おそらく、どんな冗談でも笑う気がする。
ダジャレにおいては、この世のすべてのダジャレに笑い、感心する気がする。

かつて、俳人の正岡子規は、古今和歌集を批判し、万葉集を賛美した。
批判の文章を読んでみると、「こんなものは、くだらぬ、ただの駄洒落にて候」
というような文句が書いてある。
正岡子規という人は、駄洒落が嫌いな人だったのだ。

あなたはどう思いますか?

僕は好きだ。
駄洒落が好きだ。 ダジャレが好きだ。
俺、おまえが好っきゃねん。
いいと思う。
ダジャレというものは、とてもいい。
心の精神のメンタルの健康の秘訣と言っても過言ではないと思う。
別にダジャレに限らず、軽みというものを大切にしながら、これからも生きていきたい。






 2018年02月07日(水)   病は気からと bjorki


冬ですねぇ。 寒いですねぇ。


 Bjorkの歌詞と曲 ////



  氷河の頂を縫うように通り抜け
  輝きの瞬間をひたすら探し続ける
  黄昏から黎明まで

  太陽に火をつけて
  太陽を輝かせて、私のために

 「Aurore」 オーロラ
 https://www.youtube.com/watch?v=ulLmiCZZ1b4
 (歌詞)http://kawasaki5600.blog64.fc2.com/blog-entry-13.html



  片方の手がもう片方の手を強く求める
  今夜はつながりましょう 争いは止めにして
  あなたをきつく抱きしめて 今夜は繋がるの
  今夜はつながりましょう

 「Unison」 ユニゾン
 https://www.youtube.com/watch?v=9PEybjgUj6U
 (歌詞)https://ameblo.jp/noname-friday/entry-10250866957.html



  ねえ
  ところで
  私たちは不必要に
  怖がってるんじゃない?
  無理しすぎてるんじゃない?

  手の中にあるのだから
  手の中にある
  すべて手の中に

 「It's in Our Hands」
 https://www.youtube.com/watch?v=nWoEITAoYE8
 (歌詞)http://katakurikatakori.blog69.fc2.com/blog-entry-200.html





歌詞が結構じーんとくる。

プログラミングで奏でているリズム系の音は、打楽器などの楽器を一切使っていない、
だった気がする。
砂利を踏む音など、すべて自然の音を使用し、それらを構成してリズムを作っている、
だった気がする。

バックでコーラスをしている女性達は、例えば地方の田舎のスーパーなど、
そういう場所に貼り紙をして募集し、ごく普通の主婦など、一般人の中から抜擢した、
だった気がする。
都会に生きていない人、歌うことが純粋に好きなだけの人、
そういう人達の声のみで構成する為、
だった気がする。

自然音のみを使用する、電気を通さない楽器のみを使う、
都会に生きていない、歌うことが純粋に好きなだけの人達の声のみで構成する……

それらの事に拘ろうと、拘らまいと、音そのものに差は出ない気がする。
けれど、そういったコンセプトの元で作られている という事を知って聴くと、
なんだか不思議な温かみを感じる。

ような気がする。
そんな気がする。


Aurore、Unison、It's in Our Hands、
Bjorkの曲の中では、個人的にこれらが好きだ。


Bjork  ビョーク と読む。


病気にならないように くれぐれも気を付けましょう! 寒いので!!

病気に ならないようにくれぐれも気を付けましょう。 寒いので。

病気にならないでください とても寒いので…

病気にならないで 毎日とても寒いから…






 2018年02月06日(火)   光に氷はうちとけて melt


ここ数日は、朝起きてカーテンを開けると、うっすらと雪が積もっている。
夕方になって陽が陰ってくると、ちらちら降ってきたりもする。



  冬ながら 空より花の 散りくるは 雲のあなたは 春にやあるらむ



意味
 まだ冬なのに、空から桜の花びらが散ってくるのは、雲の向こう側はもう春なのだろうか。

ポイント
 ・「雲のあなた」 は、人ではなく、「雲のかなた(彼方)」 向こう側という意味。
 ・雪を桜の花びらに見立てて、春への憧れを詠んでいる。


僕が作ったんじゃないです。
古今和歌集に収められている一首だそうです。
作者は清原深養父 きよはらのふかやぶ
清少納言のひいじいちゃん だそうです。

 参考サイト「千人万首」  ひいじいちゃんのページ
 http://www.asahi-net.or.jp/~sg2h-ymst/yamatouta/sennin/hukayabu.html
(「冬」の欄に載っています)







清少納言… って何の人だっけ… 検索…
ふむふむ
枕草子 (春は曙…)  の人だ。

短歌はどのようなものがあるのだろう…?  検索…
ふむふむ
百人一首に掲載されているそうなので、見覚えのある人もいるはず。

  夜をこめて 鳥のそらねに はかるとも よにあふ坂の 関はゆるさじ

それから、個人的に気に入ったのは、次のものだ。

  うは氷 あはにむすべる ひもなれば かざす日影に ゆるぶばかりを

「枕草子」に書かれているそうだ。
解釈などの詳細は、こちらのサイトの下の方に書かれています。

 千人万首  清少納言のページ
 http://www.asahi-net.or.jp/~sg2h-ymst/yamatouta/sennin/seisyou.html





 うは氷
  あはにむすべる ひもなれば
   かざす日影に ゆるぶばかりを


意味と由来を簡単に書くと、

舞を奉仕する日、女性のみ関係者全員が青い衣を着せられることになったのだが、
その内の一人の衣の紐が解けてしまい、「すみません誰か結んでくれませんか」 と頼んだ。
そしたら、ナントカ朝臣という男が来て、結んであげた。 そして、
「山の井戸の清水が凍ったみたいに冷たい態度だったアナタが、
 まるで紐が解けるみたいに、今日は僕に打ち解けてくれた。 一体どういう事でしょうか」
と男が言って、女は返事に困った。
すると、傍に居た清少納言が、
「ああ それはですね、その人の心は、表面だけが凍った薄氷と同じように、
 心の紐もまた、実のところ、結びは緩かったんですよ。
 日の光に当たったものだから、薄氷がすぐに溶けるように、紐もまたすぐに解けてしまった、
 ただそれだけのことです。
 そうですね… 歌に詠んでみましょうか。
  薄氷
  淡く結べる 紐なれば
  かざす陽ざしに 緩むばかりを」
と返した。

つまり、
男が親切に結んでくれたので、女は 「あ、この人って優しい人だったんだ…」
と思い、突っぱねなかった。
男の優しさ(日の光)に気付き、まるで氷が溶けるように、心の紐が解けた…。

二人の関係はその後、どうなったのか…。







 〜 〜 〜

実話なのだろうか。
それとも、ハリーポッターみたいな、創作なのだろうか。

分からないけど、なんだか、読んでちょっと気分がいい。
綺麗なひとときの描写を読んで気分がいい。

清少納言は、実は結構ドロドロした性格をしていた と聞いたことがある。

まあ、でも、今気分が良いから、別に何でもいい。
気分良く
素敵な息抜きをしたところで、さて、今日も行きますか。

(午前十一時前。 天気、晴れときどきくもり)






 2018年02月05日(月)   南南東よりの風 tin tin


友人のツイッターに、ちんぽ巻き買った と書いてあった。


ちんぽ巻き買った


ちんぽ巻き…って何?
寒い日に、ちんぽに何かを巻く?
暖かいネックウォーマーみたいな物をちんぽに巻く?
ちんぽってそんなに寒くなる部位だっけ…?
普通はみんなそうなの?
勃起のしすぎで、今、僕のちんぽが異常なくらいの暖かさなのかな…

と思いながら検索してみたら、恵方巻きの事じゃないですか!
ちんぽ巻きは、恵方巻きの事だった。

鬼は外〜福は内〜
節分の日、「今年の恵方」なる方角を向いて、
喋ってはいけないという暗黙のルールの元、黙々と食べる、あの太巻き寿司の事だ。
あの太巻き寿司、即ち恵方巻きの起源は、ちんぽこに由来しているらしい。

マジっすか!? そうだったんッスか!? と思って、色々な記事を確認してみたが、
「諸説あり定説は無い」 とされながらも、色町、遊郭が発祥という説が有力なのだそうだ。




 <結論>

恵方巻きは、ちんぽの事である。


江戸時代、遊郭で、
長い太巻き寿司をイヤラシイ感じで食べるのが流行った。
それをやるとお客が来たとか、お座敷でそれをやって遊んでいたとか、
そんな感じだったらしい。

この、「巻き寿司を一本丸ごと食べる」 という風習のみを、
土用のうなぎ、バレンタインデーのチョコレート などのように、
昭和の戦後頃から商業目的でイベント化が謀られ、成功して定着した
そんな感じなのだそうだ。

元々の遊郭では節分の日のみと限定されていた訳では無さそうだが、
豆まき、恵方巻き、
同じ 「まき」 で終わるから、語呂がいいから、
だから節分の日のイベントにしちゃおう、
そんな感じなのではないかな と僕は今思っている。





毎年欠かさず食べている恵方巻き、あれは実は、フ○ラチオ巻きだ。
○には、小さな ェ が入ります。 エッチのエ、エロスのエ、エスエムのエ。

女性器の○には、男性器の太巻きが入ります。

そう! その太巻きを口に咥えて真剣な顔つきで黙々と食べる、
それがフェラチオ巻き、恵方巻きの起源でやんす!

……という事を今日初めて知ったけど、
毎年欠かさず食べる楽しさ、
今年はどっち向けばいいんだっけ 南南東を正確に向くって難しいよね とかやりながら
黙ってむしゃむしゃ食べ続ける、食べ終わったら、
今年のは去年買ったお店よりも美味しかったね、とか
刺身が入ってる方がやっぱりいいね とか
そんな ささやかな楽しいひとときを過ごす時間、
その事だけで良いのだと思う。
節分の日の恵方巻きと豆まき、僕は毎年なんとなく楽しい。

そう、ちんぽの事なんて、どうだっていいんだ。
大切なのは、ちんぽじゃない。

ちんぽなんて、どうでもいいよ。
来年からは、太巻き寿司じゃなくて、僕は煮アワビを舐めよう。

煮アワビを黙々と舐めたい、舐め続けたい。

でもアワビは高いから、何か、他の貝にしよう。
それとも、来年の今頃は、僕は君の生アワビを直に舐めているのだろうか。


 <恋文>

これからは、節分はそのような日 という事になるのだろうか。
君は恵方巻きを黙々と食べて、僕は貝を黙々と舐めて、
豆まきを終えたら、
互いにフェラチオと○舐めで悶絶する、そういう日になるのだろうか。
節分の日は、毎年恒例、
それがいいのだろうか、君は。
君は本当にそれでいいのだろうか。
君は本当にそれでいいと思っているのか?
僕は本当にそれでもいいと思っているよ。

それはそれで楽しみ。
楽しみだなぁ。



 踊るチンポコリンとマンポコマン日記  終

















  (鳥への文)

1、
何故血尿を出しているの??? 心配だ。
ストレスを… 責任やプレッシャーを一人で感じているのだろうか。
もしそうなら
僕は そういうものは全部二人のものだと思っている。
君が鳥で 僕が風なように、
↑ 吉本興業って、最初は「風鳥亭」だったんだって。 朝ドラでやっていた。
責任やプレッシャーも同じく そういうふうに二人で一つを分かち合いたい
と思う。

君からの愛情だけではなく、僕の心の、癒しなどを含めた色々な影響において、
僕は君無しで存在していない。
多分君が思っているよりもずっと。
だから、何か不安とかがあるなら話してほしい。 いつかでもいい。


2、
ところで、数日前の 承認を求める というのは、ただの日記?
僕は自分に関わりの無さそうなものはいつもスルーしている。


3、
それから 君はもしかして ただ単に団子を食べてただけだった?


4、
でも たとえどんなにコミュニケーションが噛み合っていなくても
僕はいつも君の唇を噛んでいる気持ちでいるし、君の乳首も噛んでいるよ。


5、
最近、悩んでいた。
エロス本やエロス動画を、どういうふうに見ればいいのか、と悩んでいた。
見ないべきか、
でも見た方がイイ時もある。 その時は、どういう感覚で見れば良いのか。

結論が出た。
あんまり深く考えずに、割り切って見れば良いのだと思った。


6、
心配は心配だし、
会いたいは会いたいだし、
それ以外に伝えたいことは、
今日も一緒に生きている。
一緒に、心が少しずつ本当に近付き合いながら、生きている。







 2018年02月04日(日)   雪と熔岩 love lava





一人ぶらぶら桜島へ行った。 フェリーの運賃は往復320円。
気軽に行けるので、噴火さえしなければ、ちょっとした日帰り旅行になる。
桜島が近付く頃、みんな写真を撮り始める。







フェリーターミナルを出てすぐの所にある月読神社の入口に、
高浜虚子の句碑←こちら と書いてあったので入ってみた。
階段を登り、鳥居をくぐり、社殿の奥、人がほとんど足を踏み入れていなさそうな場所の、
整備されずに放置されたままのような荒れた石段を登った所に、句碑はあった。
写真中央の、墓石のように立っているのが、それだ。
「熔岩に秋風の吹きわたりけり」 と書かれてある。







ほら、そう書いてあるでしょう。







句碑はどんな景色を眺めているのかな と思い、句碑の目線でパシャリンコ。
毎日こんな景色を眺めているようである。
良い眺めでは無いけど、緑があり 空があり 鳥が飛んでいる。








幽霊が出てきてもおかしくない辺鄙な場所だったが、
なんだか居心地が良かった。





この後、海沿いに設けられている遊歩道を歩いた。
遊歩道の所々に、水原秋桜子や金子兜太など、更に七つ程の句碑があるようだった。
ちょこちょこ見ながら20分程歩いて引き返した。

俳句など詩句を作りながらぶらぶら散策することを 吟行(ぎんこう) と言うのだが、
絵の題材を探したり写真を撮ったり、ぼーっとしたり、そんな感じの一人吟行を楽しんだ。

でも、この遊歩道、一人ではあんまり歩きたくないかもしれない。







山賊が出てきてもおかしくない。





お昼を、フェリーターミナル付近にある国民宿舎内のレストランで食べた。
黒豚キーマカレーを頼んだのだが、「キーマカレー」というのはとても都合の良い名前だ、
具が何一つ入っていない、挽き肉がほんのちょびっとだけ入ってる、
ぼったくりカレーだった。 ボッタクロ豚カレーだった。
このお店、少なくともキーマカレーは頼まない方がいい。
他のも全部ぼったくりごはんかもしれない。





引き続きぶらぶらした。
自然がたくさんある所なので植物が色々な形を作っていた、それを見て歩くのが面白かった。





帰りのフェリーに乗り、着いたら自転車に乗って再びぶらぶらしながら帰った。

鶴丸城跡のお堀の蓮は、全部枯れて、折れて、荒れて水に浸かっていたが、
その状態もまた興味深かった。
美しく咲いている姿も大好きだけど、最近は、枯れていく姿や、枯れている姿にも惹かれる。

スーパーに寄って、果物や納豆などを買って帰った。



  休日ぶらぶら吟行記 おわり









そういえば、今日は一日中ずっと断続的に雪が降っていた。
地面に落ちる頃には溶けているくらいの弱い雪が、ぱらぱら、ちらちらと。
空は、晴れたり曇ったり 晴れたり という具合だった。

海にも降っていた。
桜島の熔岩にも降っていた。
帰宅して、いつもの犬の散歩道にも降っていた。

陽が差していながら雪が降ることを、風花(かざはな) と言う。
俳句における季語でもあり、時期は晩冬とされている。 晩冬。 丁度今ぐらいだ。

風花も綺麗だった。










 2018年02月03日(土)   ぶたれても ぶたれても buhi buhi


豚肉が好きな人いますか?


 ベイブ
 https://www.youtube.com/watch?v=F8JomQt3fNc


豚が主人公の映画 「BABE」
僕は観たことがありませんが、
これのサントラに、サン=サーンスの交響曲第3番が、アレンジされて使われているようですブヒ。










   (@^(∞)^@) ブヒブヒ


リトル・チャロ を見ているブヒ。
NHKで放送されている、10分間の英語教育番組だブヒ。

現在は「東北編」をやっており、
主人公のチャロという子犬が、妖怪に出会う旅を繰り広げているブヒ。
僕は先週から見始めたブヒが、おそらくもう中盤を過ぎた頃だブヒな。

英語の字幕が出てこないので、完全に聞き取り専門の番組ブヒ。
全部は理解できないけど、軽い気持ちでボーっと見ているだブヒ。

軽い気持ちでブーッと見て、勉強したような気分が得られ、
そんな、錯覚に似た充実感と心地好さを得ているブヒよ。

 リトル・チャロ (NHKのHP)
 https://cgi2.nhk.or.jp/gogaku/english/charo/


トンカツが食べたくなってきたブヒブヒブヒ。











   (@^(∞)^@) ブヒャッブヒャッ


食用の豚といえば…


 「豚とおっちゃん」
 http://www.asahi.com/eco/gallery/110208_buta/

記載されている展覧会情報は2011年のものですが、
幾つかの作品が閲覧できます。

写真を撮ることが好きな、市役所かどこかに勤務している男性。
ある日、仕事で養豚場を訪れた際、そこの主人と豚の触れ合いを見て、
これを撮りたい! と心に決め、数日間通い詰めて撮ったもの――
…と記憶している。

食用の目的で育てているので、成長したら屠畜するけれど、
それまでの間をめいっぱい愛情を注いで育てたい。
…と、牧場主が話していた気がする。

以前テレビで観て、ニッコリ笑っている豚の表情が印象に残っていた。
豚って可愛いんだなぁと思ったブヒャ。











散髪してきたブヒ。 (@^(∞)^@)





ブフォアー




アフター





髪もスッキリしたことだし、三時のおやつブヒッ






 2018年02月02日(金)   飛行機雲 from here





















飛行機雲
真っ直ぐ伸びている。

それは未来のように。

未来は見えない。
未来は分からない。

今いるここから伸びている。

僕自身は うねりながら
ゆっくりゆっくり進んで行く。

本当は
こうして立ち止まって
空をぼーっと眺める
この時間が好き。

ぼーっとした後
さて行くか
と思う
その事が好き。

今いるここから伸びている。

僕自身は うねりながらも ゆっくり
ゆっくり進んで行く。




 2018年02月01日(木)   燦 sun


ラジオで流れていた。


 交響曲第3番    サン=サーンス
 https://www.youtube.com/watch?v=TwNJC3ibKNA
第2楽章 28:10〜

個人的に第2楽章が好きだ。





(以下 駄文)


サン=サーンス
動物の謝肉祭 という曲集でよく知られている。

動物の謝肉祭とは…?
どのような祭なのだろう?

僕の肉棒に、感謝してくれ

もしくは、

僕の肉棒で、あなたの肉穴に、日頃の感謝をしたい
その肉穴へ、感謝の肉棒を捧げたい

そのような祭では無いことは確かで、
多分、日頃食べている鶏さんや豚さんや牛さんに感謝しよう、
という祭なのだろうと予測する。


さて、突然ですが、
交響曲第3番について、本人から直接説明をして戴けるようです。
それではどうぞ! サン=サーンスさんザンス!


 ボンジュール、ムッシューマダムメルシー、
 ボンソワセシボンシルブプレ、
 ジュテームサバサバ、サバ、サバ、サバざんす……


何を言っているんだ。 日本に来たなら日本語を喋ってほしい。
そこで ドラえもんのホンヤクコンニャクの出番です。
エロティックな感触のするコンニャクさんに、翻訳して貰いましょう どうぞ!


 ムニュムニュ… エー、ゴホン! どーもどうも。
 とーっても気立ての佳い紳士淑女の皆様方、ボンジュールボンジュール。

 そう、そーッス。 わたすがサン=サーンスざんす。
 フランスから来ました サン=サーンスざんす。 ご存知の方も居られましょう。
 今回は、わたすの作った交響曲について、ちょっとお話させて戴きたいと思うざんすよ。
 どうぞ耳を貸してくれナッシーざんす。

 この交響曲第3番は、わたすの渾身の作ざんす。
 作曲してから、もうかれこれ100年以上が経ったざんす。
 この曲を初めて演奏した時… 拍手喝采だったざんす。
 また ある時には、演奏を終えて舞台を去ろうとした時に、
 「フランスのベートーベンが行くぞ!」 と、賞賛の声を掛けられた事もあったザンス。

 とーっても嬉しかったざんす。
 何故なら、当時(1880年頃)のフランスでは、
 ドイツのベートーベンを台頭に、異国の芸術が人気を博しており、
 自国の物は陳腐!くだらん! …と、フランス独自の物には目を向けられていなかったザンス。
 そんな 寂しい時代だった。
 わたすは寂しかった。
 だから 一念発起して、ベートーベンにも劣らない、フランスに誇れるような、
 フランスを代表するような大作品を作ろう! と試みたザンス。

 それがこの交響曲第3番ざんす。
 パイプオルガンを取り入れた交響曲、きっと他では滅多に聴けないざんすよ。

 それでは、どうぞ聴いてみてくださいザンス。

 ちなみに、わたすの名前は サン=サーンスざんす。 おフランスざんすよ。
 シェー!!!
 おっと間違えた、シェーシボン! セ・シ・ボン! さよならさよなら  オ・ヴォワ〜ザンス!



…… エロティックな話は特に何もありませんでしたが、
ご本人の解説によると、そういう事なのだそうです。
どうもありがとうございました サン=サーンスさん。 皆様、心の中で盛大な拍手を!






セ・シ・ボン  フランス語
 C'est si bon! = This is so good! = とてもいいね!

フランス語に似ているが、
ケ・セラ・セラ  スペイン語だそうだ
 Que Sera, Sera! = Whatever will be, will be! = なるようになるさ!


とってもいいね! なるようになるさ!

いい言葉。







ところで、先日も似たような事を書いたが、

ドイツの人は、マクドナルドでポテトを頼むと、
大体の人がケチャップではなく、マヨネーズを付けて食べるのだそうだ。
それを聞いて僕も、ポテトを食べる時には、ケチャップにマヨネーズを足してみたりしている。

ケチャップとマヨネーズを足したものは、オーロラソースと呼ばれているが、
sauce aurore、これはフランス発祥なのだそうだ。

面白いと思ったのが、
フランスの国花は、アイリスとユリの2つ なのだそうだが、
アイリス… ケチャップ
ユリ… マヨネーズ
という意味があるのだそうだ。

さすが美食の国。 へえ〜! と思った。
面白い。







もちろん嘘です。

さようなら! オヴォワ〜











(まだ続く 駄文)


サン=サーンス 1835〜1921年

2018年 昨夜のスーパーナントカヤキトリムーンは、150年ぶりの観測だったそうだから、
もしも サンサーンスさんが見ていたとしたら、40歳頃に見ていたという事になる。

鹿児島は天候の影響で見れなかった。
天気のバカヤロー! 天気のハゲ! もっとハゲてほしかった。

ヤキトリムーンだけでなく、
100年ぶりの○○ とか この△△が次に観測されるのは1000年後 とか
そういうのは今迄にも色々あった。
今後の人生の中でも、そういうのは度々出てくるのだろう。

ヤキトリムーンにこだわる必要は無い。
それでも寂しければ、黙ってヤキトリを食べたい。

君の目が映したヤキトリムーンを想像して楽しもう。
君が見たのなら、僕はもう満足満腹だ。
君の心を楽しみたい。

人はそれぞれに、そこにしか存在していない。

恋する人は、そこにしか存在していない。
だからやっぱり、東の空に向かって、好きだーーー! と叫びたくなる。
月や地球や宇宙などの長い長い歴史を思うと、
今出逢えている という事が、とても大切に思える。


















  (鳥への恋文)

団子には意図があるのだろうか。
無いのだろうか。
エロスな気持ちになった。

僕は団子になってもいいのだろうか。
なりたい。 たまらん。
なってしまった。

しかし 同じように団子になっている人が他にもいるのかも と思うと
複雑な気持ちではある。

団子になって 快楽を終えて 倒れて
君を見つめた

もうエロス本は要らない。 君のエロスだけでいい。
今日からは君のエロスに塗れることにした。
君だけがいいのだから もうそれでいくことにした。

いつか 僕専用の 君のエロス本を作らねば。
そして 君のエロス本が こち亀のごとく自室の本棚に並んでゆくのだ。
こちら亀頭 君の前で発射するじょ。
こちら敏感デカ 今すぐ君を逮捕して発射するじょ。

今すぐ行きたい。 飛行機に乗って
その股間へ 飛行機ごと突っ込みたい。

そんな気分。
まるで 発情を促すビデオを見せられた 動物園のパンダの如く
ヴオーーー!!! と 心が叫んでいる。
今なら、パンダのあの切ない気持ちがよく分かる。
たまらない。 泣きそうだ。

君のエロスに触れて
培われていく愛情、積み重なっていく愛情
ただただ愛情 深まってゆく
切ない 少し苦しい ぼんやりして廃人になる

同棲が叶うなら
しばらくは 激しくやりまくりたいね。
と 思いながら
君の名前を口にする。

君がターザンなら 僕はスパイダーマンになって
その体に絡みついて君を探検する
隙間無くキスで埋め尽くして
僕の気持ちを 無言の舌で密告する
そうして その後
遠くへ連れていけたらいい 一緒に深く 遠くまで
どこまでも どこまでも

火は燃える
そこにしかない闇の中
君を愛したい
今 君の名前を口にする。






往時目譜近時

watanabe keisuke