huukei

往時目譜近時


 2017年11月30日(木)   17 kind


 「15才」    Blankey Jet City
 https://www.youtube.com/watch?v=c_gD4m8-aIo
 (歌詞)http://www.kget.jp/lyric/80362/15%E6%89%8D略


Blankey Jet City は、高校二年時の友人 F村A生が大ファンだった。







僕が通っていたのは中高一貫校だったので、
Hケンと過ごした中学最後の時期を過ぎると、Hケンは他校を受験して離れたが、
僕はそのまま残り、同じ学校内の高等部へ進学した。
(ちなみに生徒の半分ぐらいは他校へ移った。 そういうポジションの学校だった。
 中学時は80人、高校時は50人ぐらいだったか。)

僕には仲の良いグループがあったが、
中学二年時にその中心的な人気者の人を怒らせたことがキッカケで、仲間外れにされ続けた。
個人的には話をする友人も居たが、皆で集まる時には僕を離れる。
なので基本的には一人で過ごす事が多かった。 (結局それは高校在学中もずっと続いた。)

一人で居るのは、誰とも何となく気が合わない という理由も大きかった。

昼食を一緒にとる友人たちが居たが、だんだん馴染めなさを感じてきて、
非常階段など、人の居ない場所を見つけて一人で食べるようになった。
(高校に入ってすぐ、同級生のN野さんから告白を受けて交際していたが、
 学校内で一緒に過ごすのは恥ずかしかった。
 しかし放課後や休日は一緒に過ごしていたので、今考えると当時その存在があった事は有難かった。)



楽器をやっている友人らとバンドをやり、美術部、吹奏楽部、生徒会、応援団など、色々と励んだ。
恋愛もしている。
なので、充実してもいた。
活動的になっていると人間はキラキラして見える。
なので当時、後輩などから物凄くモテたのだが、
僕にとって、モテまくるという状況はプレッシャーにもなった。
かっこ悪い部分を見せてその状況が変わってしまうことが怖くて、
当時の僕は、状況をキープしようと神経を費やした。

人が離れていくことや、愛情を持たれなくなること、
それから、攻撃の対象になることなどが怖かった。

現在は、
人からの期待に応えたり、良く思われる状況をキープしようとするよりも、
むしろ期待や評価を裏切っていい 壊していい、
人からの目線よりも、自分が楽に居られることや、
ありのままを受け入れ合える人との関係を大切にしたい
という考えになっている。




小学五年時の転校先で苛められたり、中学一年時の卓球部で苛められたりと、
そういった経験の影響もあり、人に対してどこか気を遣い緊張して怯えるようになった。
そして中学二年時からは、一人の人から執拗に無視され続け、
心の拠り所にしていた短歌の先生は、高校に上がると、少年好きのゲイに豹変した。

中学三年時の最後でHケンという親しい友人が出来たが、彼は他校へ移り、
高校二年時に応援団を通してHという親しい友人ができたが、
彼は、僕がモテまくるという状況に嫉妬し、その為 素直な付き合いができなくなっていった。

N野さんはとても優しい人だったが、僕は理解し合えない部分をだんだん感じてきて、
一方的に別れを告げた。

不安や怖さや悲しさを押し殺しながら学校へ通っていたので、
だんだん気持ちがプッツンしてきて、
二年の終わり頃から休学(不登校)し、三年に上がってから退学した。






Blankey Jet City の大ファンだったA生は、高校二年時に初めて話をし、
当時は誰もインターネットをしていなかった頃、
互いにネットをやっているという共通点から付き合いが始まり、時々メール交換をしていたが、
特別親しくはなかった。

休学を始めた時、僕は、A生に対して気を遣いながら本音を言えない事が嫌になり、
「俺もお前も、自分は自分なのか? それでいいのか?
 上っ面のコミュニケーションなんかしていたら、生きている意味が無いんじゃないか?」
…という内容の文章をメールで送った。
溜まっていた鬱憤・感情をぶちまけたのだ。

それがキッカケで、彼とはしばらく険悪な関係になったのだが、
しかしそれがキッカケで、険悪になれるぐらいに色々と本音を言い合えるようになり、
現在では、僕にとっては親しみのある友人だ。
(今振り返れば、彼は元々本音で接していて、僕が気を遣っていただけかもしれない。)








…中高時代の事を綴ってみた。

現在は、

交際していたN野さんは、1児の母親になっていると聞いた。

A生は2児の父親になっているらしい。

僕を無視し続けていた人とは、20歳の成人式の日に顔を合わせた。
僕の方から「ごめん」と謝ったが、(そもそも僕は中学二年時の怒らせた時に謝っていたのだが)
結局、彼の方からは謝ることは無く、自分はあくまでも許す側、という態度だった。
その時に思ったが、
僕がどんなに謝っても許さなかったり、また、
「こちらの方こそつらい思いをさせてごめん」 と彼の方から言えないのは、
それはつまり、相手を思い遣れない幼さなのだと思った。

応援団で親しくなり、嫉妬から関係がこじれたHとは、その後に和解した。


色々あったが、色々なことを学べたので良かった。









不安や怖さや悲しさを押し殺しながら、人付き合いを続ける…
この事は、中高を過ぎて20代になっても、基本的な感情として持ち続けていた。

高校二年時から心療内科に通い始め、以後ずっと薬を飲みながら過ごしていたが、
26歳で断薬を試み、
断薬は個人的にはとてもハードな経験だったが、それもだんだん落ち着いてきて、
そして35歳の現在に至っている。

学歴は高校中退で、
アルバイトの経験は少しだけあるが就職した経験は無い。
絵画、詩句などの方面での創作をやってきてはいるが、金銭には結びついていない。

家事、炊事、犬の世話を中心に毎日を過ごしている。


一般のルートから脱線し続けているので、生き方に対してあまりこだわりが無くなってきた。
家族が居て、暮らしが出来る環境下にあり、
色々あるけども健康優良で、その事に感謝している。









ところで、
Blankey Jet City の「15才」の歌詞に、

  夜が怖いのなら 心を開いて
  すべてを壊してあげるから 君のために

という部分がある。
「君の苦悩をすべて壊すぐらいに 君の力になり君に寄り添いたい」
と僕は解釈している。

この感覚には、なんだか憧れを持つ。
苦悩のすべてを壊してあげたい
力になり寄り添いたい
――自分自身へも思うし、人へも思う。

現実には、そう簡単にはいかないし、単純でもない。
人間なので、優しさばかりではなく色々な面もある。
ぶつかる時もある。
それでもやはり、破壊的なぐらいの大きな優しさ・強い思い遣りを持ち合わせることに、
個人的に憧れる。
何も力になれなくても、せめて味方で居続けたい そんな気持ちになる。

自分のことも、人のことも、本当に心から大切に思っていけたらいいなと思う。



 35才 金玉男






 2017年11月29日(水)   15 friend


 「15の夜」    尾崎 豊
 https://www.youtube.com/watch?v=Yu88zx_--wE
 (歌詞)http://www.kasi-time.com/item-13420.html

 「十七歳の地図」
 https://www.youtube.com/watch?v=jgh4W55lwwk
 (歌詞)http://www.kasi-time.com/item-13421.html


今日は尾崎豊の誕生日だそうだ。
1965年11月29日 〜 1992年4月25日、26歳で亡くなっている。

中学三年時に仲良くなったHケンという友人が、尾崎豊の大ファンだった。
今も大好きらしい。 なので、尾崎豊というと彼のことを思い出す。







Hケンは、中学三年の二学期、
仲が良かったグループから無視され、苛められていた。
彼の性格はワンマンなところがあったので、皆から反感を買ったのだろう。

僕は当時その苛めに気付いておらず、
そして僕自身は、苛められてはいなかったが親しい友達がおらず、
誰も寄って来なかったので一人で居る事が多かった。


そういう僕には話し掛けやすかったのだろう、
二学期の終わりの11月、桜島を歩いて一周する「桜島遠行」という行事の日に、
その行きのフェリー(船)の中で、僕はいつものように、
寂しいなぁ悲しいなぁと思いながら一人で座っていた。
するとそこに、Hケンが「一緒に歩かない?」と遠慮がちに声を掛けてきた。

声を掛けられて嬉しかった。
彼と話した事はそれまでにもあったが、特別に親しくは無かった。
桜島の沿道を歩きながら、海や木々などの景色を眺めながら、時々寄り道をしながら、
他愛もない話をしながら、彼はよくおどけるように冗談を言った。

しかしだんだん僕は疲れてきた。
気を遣って笑っていると、頬が痛くなってくる。
彼が苛められているという事をその時は知らなかったので、
僕は何の同情も持ち合わせていなかった。
気が合うような合わないような、それなりに緊張もするし、
歩く事にも疲れてきて、話をするのも疲れてきて、
一緒に居るのが苦痛になってきたな… と心の中で思っていた。
彼も同じような気持ちだったかもしれない。

彼は皆と一緒に歩くことを避けたかったのだろう、そして僕も不真面目だったので、
「ビリで行こう」 と、スタート時からずっと最後尾を歩いていたのだが、
速い人は2時間ぐらいでゴールするコースを、僕らは8時間ぐらい掛けて歩いていた。

夕方、まだゴールまで結構ある という地点で、だんだん景色の様子が変わってきた。
一面に岩盤が広がっている不思議な景色が現れ始めた。
更に歩いていくと、その奥に広がっている海が見えてきて、
そのきらきら輝く海の上から、こちらに向かって夕陽がまっすぐ差している。
岩盤地帯、海、夕陽。

おおー!すげー! めちゃくちゃ綺麗だね…! と、しばらくの間、二人でその景色に見入った。








そこでも彼は、岩盤の中をさまよう野人の真似をしたりと、変な冗談をやった。
野人の真似は今思い出しても笑える。 ※ 野人=野生人

夕陽を見た後も、廃校の小学校に立ち寄ったり、変な道を行ってみたり、
ウロウロ寄り道しながら歩いていたが、
ゴールが近くなってきた頃、「やっぱり最後ぐらい真面目に一生懸命やろう!」 と意気投合し、
最後の2、3kmだけ全力で走った。
僕は体力・筋力があまり無かったので、途中から彼が二人分の荷物を持って走ってくれた。
男を感じた。
ゴールすると、先生から「遅すぎる」と怒られたが、
Hケンも僕も、とても充実した気持ちになっていて、そのままそれぞれの家路に着いた。




桜島の岩盤地帯で、夕陽を見た。

「美しいものを見て美しいと言える人に会いたかった」 と 彼は家に帰って母親に話した。
その事を僕は、僕の母親を伝って聞き、彼のそういう心を知った。

そして彼が苛められているという事を知った。

フェリーの中で「一緒に歩かない?」と声を掛けられた時、僕は嬉しかった。
でも、「ああ、苛められている状況だったから声を掛けてきたのか… なんだ…」
とガッカリもした。
もしもそうじゃなかったら、話し掛けては来なかったのだろう。

事実、彼はそういう状況だったからこそ話し掛けてきたのであり、
もしも僕が他の誰かと表面的にでも一緒に居たら、彼は話し掛けてこなかったかもしれない。
少なくとも、彼と二人で夕陽を見ることは無く、お互いの心を知るキッカケも無かった。
お互いに独りだったから良かったのだ。

それからはいつも二人で過ごすようになり、
彼はその後も陰湿な苛めを受け続けたが、卒業まで一緒に過ごした。




……20年も前の話だ。

最近はめっきり会う機会が少なくなったが、
僕にとっては中学時代の親友のような存在なので、
現在も、ごくたまにだが連絡を取り合っている。

数年前には同窓会に呼ばれて行ったらしく、そこで当時の同級生らと会い、
終わった後、「Hケンから「呼んでくれてありがとう」と言われた」
という話を、幹事のMやんから聞いた。

空手とサーフィンと釣りが好きで、それらをやっているという事は知っているが、
メールのやりとりをして 今どうしてる? と送ると、そこで途絶える。
健康で元気にやっていたらいいなと思う。






夕陽の景色を見て二人で感動した事がキッカケだったな、という事を今日思い出した。

夕陽、そしてその後の一緒に過ごした日々が、彼との関係のベースになっている。

記憶というものは、あくまでもただの記憶であり、
そこに深い感情が乗るような「思い出」は、そうそうたくさん出来るものではない。
この先、死ぬまでに、幾つの思い出を経験し、持っていけるだろうか。

とはいえ当時の思い出も、今ではおぼろげだ。
思い出すらもだんだん忘れてはいくけれど、
たとえ忘れたとしても、心には確かに、様々な思い出の大小の積み重ねがあり、
10代、20代、そして30代の現在に至っている。

人生で経験するものは、綺麗な出来事ばかりではないし、
つらいことや、反省することも、色々な事があるが、
そういった事さえも、それはそれで、そうなったからこそ得られたものがあり、
そして、楽しいものも つらいものも 様々な経験が、
誰かとの深い絆に変わったら、何かしらの感動のような気持ちへと昇華できたら、
そんな気持ちになれたら、幸せなのだろうなと思う。 (仲が良くても色々あるけど)

楽しい経験が親しい関係を作る時もあるし、
つらい経験や状況が、人と人を繋げる時もある。

これからも人生は続いていく。
今は今の環境、今の状況、今の人間関係があり、
今の自分があり、今の心がある。

今の心に響くもの。
今も昔も変わらず心に響いているもの。
力をくれるもの。
安心、ホッとする、癒されるもの。
そういったものたちと一緒に、これからも歩いていきたい。


 3年B組 金玉生徒






 2017年11月28日(火)   芥子 keshi


日曜美術館で、入江一子(いりえ・かずこ) という画家が取り上げられていた。
年齢は101歳。

「絵は、だんだん分かってくるんです。
 絵は、だんだん描けるようになってくるんです。
 最近になって少し分かってきて、面白くなってきました。」

それから屋外で水仙の花をスケッチしながら、
「花の姿だけでなく、生命力までを描くのは本当に難しい。
 どうやったら描けるだろうかと、今も模索しているんです」

そういう旨の事を話していたことが印象的だった。

101歳で、数々の賞などの社会的なキャリアもあった上で、そう考え感じているのだから、
僕なんかはまだまだまだまだ先は長い。 年齢もだし、絵もだし、心もだし、
そう考えるとホッともするし、先々が楽しみにもなる。


上記の言葉もだが、101歳で描いたという この絵が印象的だった。









  「青いケシ」







作家の他の作品は、以下のHPで見られるようだ。

 シルクロード記念館
 http://iriekazuko.com/index.html
「作品」 → 「next」 の順にクリックすると色々な作品を見れます。

HP内に書かれている、
  「やれないことなどありません。大切なのは勇気と決断です。」
という言葉も印象的だった。
 http://iriekazuko.com/101sai/index.html

個人的には、
けれど勇気も湧かず決断もできない時の感情にも寄り添いたい
とも思う。

だけども、この人は自身の経験上、
不安もいっぱいある中で相当気持ちを奮い立たせて、それで色々な事をやってきたわけだから、
(50歳を過ぎてからシルクロード30ヵ国以上を旅し、旅をしながら絵を描いてきたとの事。)
やはりこの人の言葉にも、とても重みがある。


101歳で挑戦したという「青いケシ」の絵は、
かつてシルクロードを旅していた時に描いた「四姑娘山の青いケシ」を元に描かれている。
この時に見た青い花に、よっぽど感動していたのだろうと思う。
















 2017年11月27日(月)   ピコヒンデ douyou


まだ続ける、ピコピコ関連。


 「Long Long Silk Bridge」    susumu yokota
 https://www.youtube.com/watch?v略

これは、クラシックの音楽を使って作られたもので、1曲目のこの曲が好きだった。
サビ?の部分の原曲が何なのかを知りたいのだが、未だに分かっていない。
ここ数年間で色々聴いてきたつもりだが、まったく見当もつかない。




それから、同じ旋律を反復する という点でテクノっぽい曲 ↓


 「ウェーバーの主題による交響的変容」(1943)    ヒンデミット
  https://www.youtube.com/watch?v=lO-LDlngmSA (第2楽章 5:00〜)
  https://www.youtube.com/watch?v=POixs_rUkNw (第2楽章 3:45〜)


第2楽章(約8分間) がそれにあたる。
他の楽章については僕は特に好きではないので、あまり聴いていない。
↑とりあえず二種類の指揮者を載せました。
指揮者によってテンポや強弱、音量バランスなどが微妙に(あるいは明らかに)違う場合があります。

ウェーバーという作曲家が作った旋律(主題)を基にして、ヒンデミットが作った曲。
交響楽(オーケストラ)の形態で変容(展開)していくので「交響的変容」 という事だと思う。
つまり、ウェーバーの旋律の「オーケストラ MIX version」。

今ウィキペディアで調べてみたところ、
この第2楽章には 『「トゥーランドット」の主題に基づく変奏曲』 というタイトルが付けられている。
「トゥーランドット」… 同タイトルのオペラはプッチーニのものが有名なのだが、
ウェーバーや、他にも複数の作曲家たちが同じ物語に対してオペラの曲を書いていたようだ。

よく、童謡にも同様の事が見られる。
大抵、一つの詩に対して複数の作曲家が曲を付けており、
人気のあるものだけが自然と歌い継がれていく。
「♪海は荒海〜」で始まる「砂山」は、
中山晋平と山田耕筰のそれぞれの曲が今日でも歌われている。

トゥーランドットも、童謡のそれと同様で、プッチーニの作品だけが今日では上演されているようだ。

そう、童謡と同様に…。

その事実を知って僕は今、動揺した。

どうよ?
どうよ?
童謡と同様で動揺するって、どうよ?

もしくは、動揺と同様で童謡、ってどうよ?

動揺は同様に童謡なのか、「どうよ」っていう動揺が童謡なのか?

どうやったら動揺が童謡と同様の童謡になって、どうよっていう童謡は同様の動揺になるの?
もしくは童謡になるの?

どうよ? どうなのよ?


…ちくしょう、一体何がどうなっているんだ!! すみませんでした!!





 2017年11月26日(日)   ピコピン spirit


 「蛇苺」    香奈
 https://www.youtube.com/watch?v=olsd-6doRto

 「空中舞乱虎」
 https://www.youtube.com/watch?v=OL1_WDZyCLQ

 「安全ピン」
 https://www.youtube.com/watch?v=Qx9lQmKPT2k

 「宇宙服」
 https://www.youtube.com/watch?v=oOfF1dUJPsE




19歳頃、ロリータファッションに興味があり、自分もやりたいと思った。
「下妻物語」が流行した時期だ。
僕自身は結局やらないままだったが、その時期、テレビのワイドショーでこの人の曲を聴いて、
名前を聞き逃したので、わざわざテレビ局に電話して訊いた。

鹿児島のCDショップで握手会が開かれたので、黒のロングスカートを履いて出掛けた。
香奈を通してロリータファッションの人たちと友達になって、僕にとっては新鮮だった。

断薬して以後は聴いていなかったが、
サイトを検索してみると、現在も活動しているようだ。
今はもう、詞の世界なども特に好きではないが、(曲は好きだが)
堂々と自分の世界を構築しながら、我が道を行き続けている という点で凄いなと思った。


ところで、僕はずっと自傷行為をしていたので、「安全ピン」の

 グサグサ刺しましょ

とかの歌詞を聴くと、感慨深い気持ちになる。
自傷行為は、当時の僕にとって「我が道」だった。

断薬後はしていないが、
自傷する人たちはきっと皆そうやって自分の心を保とうとしている。

今は、僕の場合は、創作がその目的を兼ねる主な行為になっている。
好きなものに触れること… 音楽を聴いたり、絵や詩などを見たり、
景色を眺めたりする事もそうだ。

今後も我が道を行こう! という気分で今、これを書いている。



そうだな… いつかロリータファッションをして俳句作りに出掛けようかな…

…いや、どうかな…


キン肉マンのコスプレをして 畑で野菜を作る… そっちの方がいいかな…


せめて 額に肉と書こう そうしよう…







 2017年11月25日(土)   ピコ三郎 christmas


外食先、店内はクリスマス仕様、BGMもクリスマス。
もうクリスマスか。
街はクリスマス。
街はクリスマスやねん。
どこもかしこもクリスマス。
クリスマス クリスマス クリスマスばっかり!!!
せんぶクリスマス みんなクリスマス。
そういう我が家も、今日、ツリーの飾りを出した。
我が家ももれなくクリスマス。
嬉しい楽しいクリスマス。
嬉しい楽しい、特にそういう気持ちになる出来事は無いとしても、
なんとなくそれなりに気分のいいクリスマス。
人は喜ぶ。
人が喜んで 街も喜ぶ。
街が喜んで クリスマスも喜ぶ。
その中に生きていてああなんとなく幸せ と思う冬。 冬はよい。
春夏秋冬ぜんぶいいけど、冬いい。 冬ナイス。 冬グー。



クリスマス クリスマス
テクマクマヤコン テクマクマヤコン
テクノ関連…



 「Shape Up Love」    D&D
 https://www.youtube.com/watch?v=I3dFfU5qnvE

中学生の頃。 安室奈美平やSPEEDの流行を受けて、沖縄のアイドルが活性化した時期。
当時の僕はモーニング娘などのアイドルが好きだった。 コンサートにも行ったものだ。
この曲のメロディが好きだった。
先日カラオケで久し振りに歌った。 まあそんな気分もいいじゃないか と思いながら。



 「TOGETHER NOW」    小室哲哉
 https://www.youtube.com/watch?v=HJx68NcMAxg

これはワールドカップのテーマソングで、D&Dのボーカルの人が起用されていた。
小室哲哉というと、特にロックが好きな人達からは
「こんな商業主義の音楽は、音楽ではない」 と叩かれていた。
僕もその意見に賛同してもいたが、この曲が単純に好きだった。
 (若干異なるバージョン)https://www.youtube.com/watch?v=BXu79AoqmrU



 「Dance With The Wild Things」    千聖
 https://www.youtube.com/watch?v=JP3YlxxNSGM

ペニシリンというヴィジュアル系バンドの、
ギタリストの千聖(ちさと)という人がソロで出した曲。
サビのリズムが変則的になる事が新鮮に感じた。
歌詞や映像は、今の感覚で見ると惹かれないが、(当時はかっこいいと思っていたが)
しかし曲は今聴いても好きだ。




 - - - - -



僕は抽象画が好きだが、これに興味の無い人も多い。
スポーツ観戦が好きな人はたくさんいる、でも僕は昔からあんまり興味が無い。
顔の好みなども。 顔の好み自体が特に無い人もいる。
感動のポイント。 笑いのツボ。
人それぞれに、備わっている好み・ツボ・琴線がある。

そういうものは、生まれてから死ぬまでの間、多分ずっと変わらないのだろうと思う。
好み・ツボ・琴線という感覚・感性は、元々備わっている遺伝子の構造によって決まるものだと思うので、
つまり、身体的な、物理的なものだから変わらないのだと思う。

ただ、人間なので、
生きていく中での人間同士の触れ合いによって、心に何かしらの感情的な影響を受けた時、
好み・ツボ・琴線もまた変化していく。
広がったり、研がれたり、深まったり、それから、
元々は持っていなかったものがプラスされたりもする。
何かしらの情や想いと一緒にプラスされる。

人生という長い長い時間の川の流れの中で、
触れ合う者同士で良くも悪くも刺激し合い、研磨し合い、
化学反応するかのように、自分が、お互いが、形作られていく。

自分の内面が広がったり、研がれたり、深まったり、それから、
元々は持っていなかったものがプラスされたり、
そういう事は、誰とでも起こり得る事ではない。
けれど誰かと度々起こり得る事。
一人の相手とずっとしょっちゅう起こる事もあれば
お互いに一時的な場合もある。

忘れる事もあるが、どんな場合でもその時々で大切なものだ。

そうして 一人で過ごすときに 何かを見つめる。
遠い宙を見つめる。
近くの花や 木や風を見つめる。
見えない透明な道のようなものを見つめる。













 (鳥への文)

同じ気持ち。






 2017年11月24日(金)   ピコ次郎 papiko


ゲーム音楽はピコピコしている
ピコピコ
というわけで… (ゲーム音楽ではないが)


 「Hyperspeed」    The Prodigy
 https://www.youtube.com/watch?v=_zfCVRVapgI


 「Posthuman」    Marilyn Manson
 https://www.youtube.com/watch?v=pzjPc3nBcr4
 (訳詞)http://jp.lyricbus.com/uta/kashi/posthuman/187607.aspx


 「Roads」    Portishead
 https://www.youtube.com/watch?v=WQYsGWh_vpE
 (訳詞)http://fendior.blog85.fc2.com/blog-entry-1123.html


 「For Martha」    Smashing Pumpkins
 https://www.youtube.com/watch?v=Xoda_ZlvPZM
 (訳詞)http://jp.lyricbus.com/uta/kashi/for-martha/203760.aspx



これらは高校生の頃に聴いていた。 (最後の曲はピコピコはしていない)
勿論それ以後も聴いていた。
検索して出てきた訳詞を載せてみたが、うち2つは直訳なのでわけが分からねえです。

プロディジー、代表的な曲は他にあるが、個人的にこの曲が好きだ。

マリリンマンソン、今見ると健康的な世界観ではないが、曲が好きだった。
何を言ってるかは分からないけど、叫んでいるから、
ストレスが溜まっている時に聴いたりするとちょっとスッキリする。

ポーティスヘッド、時々この曲を聴きながら布団で泣いていた。

スマッシングパンプキンズのこの曲は、なんだかジーンとくるので好きだ。


35歳の僕は今もピチピチしている。
皆もピチピチ。

生きている限り、心はいつでも、フレッシュな野菜と同等、
ピチピチ、フレッシュ。 ピチピチ、フレッシュ。

頭頂部がそろそろ薄くなり始めているのではないか…
「ああ!薄くなってる…! ガーン… やっぱり…」 先日、そんな夢を見た。
夢の中で落胆した。

フレーフレー がんばれ毛根♪
ピッチピッチ チャップチャップ ランランラン♪♪

まあ 何でもいいんだ。
生まれつき毛髪が無い女性が親戚にいるのだが、
それを考えると、あまり執着心が湧かない。

しかし僕はその女性のことがあまり好きではない。
とてもつらい経験をした人が、思いやり深くて優しいとは限らない。
人間いろいろだ。

ともかく、頭頂部に関して言えば、
夕焼けがまぶしいのと同等、
年齢と共に輝いていければいい。

年齢というものは、あくまでも身体的なものを言うに過ぎない。

そう、人は年齢と共に輝いていける生き物だ。
それが心ってやつだ。







 2017年11月22日(水)   火星 cream


朝から雨が降り続いている。
雨の中でも犬は元気に歩く。


昨日に引き続き、ゲームといえば…




 「自然の宴」    サムライ・スピリッツ
 https://www.youtube.com/watch?v=6LEXKfNTjLo

小学生高学年の頃、ゲームセンターで サムライ・スピリッツ というゲームが出た。
この音楽が好きだった。

これが聴きたくて100円玉を投入していたような部分もあったが、
今ではこうしてYouTubeで、無料で永遠に聴く事が出来る。
凄い時代だ。 時代は変わるものなんだなぁとしみじみ思う。
25年後はどうなっているのだろう。




 ソニック・ウィングス3
 https://www.youtube.com/watch?v=iaa-1mR60No&index=略

このゲームの音楽も好きだった。 これは中学生だった。
ジャングルというリズムが当時は新鮮に感じた。
スッチャッチャッ・チャカチャカチャッチャッ、というリズムだ。
この動画のトラックリストでは、個人的に好きなものは以下。
 2. - 04 Dirty City
 3. - 05 Show Me What You've Got!
 4. - 07 Scorchers
 8. - 11 Lackluster Lacuna
 10. - 13 With Deep Emotion
 14. - 17 Quacking Meditator
 17. - 20 Odyssey





好きな人いますか?
もしかしたら誰もいないかもしれないけど、とりあえず綴ってみました。

それにしてもYouTubeって凄い…







公園のハイビスカス。 クリーム色。



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2017年11月23日(木)
20171123
舞ふ east
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勤労感謝の日
きんろうかんしゃ
きんろう
がろう
餓狼伝説



 ジョー東のテーマ
 https://www.youtube.com/watch?v=略

餓狼伝説というゲームの、これも好きだった。 東南アジアの民謡っぽい。



 不知火 舞
 https://www.youtube.com/watch?v=略

しらぬい・まい という名前のキャラクターだった気がする。
この音楽が好きなわけではないが、
ただ、こんなものを見たら、健全な男子だったら発情を促されるはずである。
僕も小学生の頃、このキャラクターを見て、
発情こそしなかったが、エロスに開眼するキッカケの1つになったのは事実である。
なんか気になる! もっと一人でじっくり見たい! …と。
健全で健康的な思い出である。
…という事を書いてみただけである。



エロス万歳!

今日は、勤労感謝の日。

僕の股間よ、いつも健全に働いてくれて有難う。
いつも有難う御座います、僕の陰茎。 一生の友。 My Dear Friend.











  散歩




鳥のようにも。




赤い花ひとつ咲いている。 真ん中





まっすぐ。 畠。 多分エンドウ豆。




去りゆく秋を眺める。
イチョウは何の思いをその身に染めて 風と一緒にどこへ飛ばす。
「なんでもないよ どこでもないよ
 舞いたくて 踊りたくて うれしくなって風を呼んでいるだけ」
秋と冬の隙間にて。
風は冷たくて 陽はやわらかくて。






 2017年11月21日(火)   サガ romance


1990年の今日、スーパーファミコンが発売されたそうです。
そうなのだそうです。


そうなんだそうです。


それで書き始めますが、
僕は少年時、外で野球をやるよりも、家でTVゲームの野球をやりたいタイプだったので、
1日に2時間まで という約束の下に、日々黙々とスーファミに勤しんでいました。

スーパーマリオは勿論のこと、グラディウス(シューティングゲーム)、それから、
シムアント(シムシティの蟻版。自分でオリジナルの蟻の巣を作る) が好きでした。
オリジナルの蟻の巣を作るというゲームは、今思えば、暗い人がやるゲームです。

でもロマンがありました。

それから、サガが好きでした。

RPGをやる人は、ドラクエ派、FF派に分かれていたと思いますが、
僕はFF派で、でもFFよりも、同じ会社が出していた「サガ」にハマっていました。
個人的に雰囲気が好きでした。 やってた人いますか?





ロマンシング・サガ2 より 七英雄(ボスキャラ)



RPGをやる際、僕はレベルアップするのが面倒臭くて、
先へ先へと、弱い状態のままで進んでいくのが常だったので、
ラスボスへ辿り着いても、倒せた事は一度もありませんでした。

ラスボスの場面へ行くと、もうそこからは、
たとえリセットしたとしても引き返す事が出来ないシステムになっており、
そこではどんなにウロチョロ動いても、敵が出てこないのでレベルアップも出来ない。
つまり、クリア出来ない。 クリア不可能。 物理的にゲームオーバーなのです。

重要なアイテムを捨てた事によって先へ進めなくなった というケースもありました。
よく分からない名前の物を手に入れても、よく分からないので捨てます。
そうすると、後になって、あれが無いと先へ進めない という状況に陥る。
時は既に遅し。 続行不可能。 物理的にゲームオーバーです。

これは後で大事なものになるから、捨てちゃいけないよ と丁寧に教えて欲しいものです。

しかし何を言っても、ゲームオーバーはゲームオーバー。
終わりは終わりなのです。 その現実を受け入れなければならない。
途方に暮れてしまいます。
1日2時間という制約の日々を、一体どれだけ注ぎ込んだと思ってるんだ…
時間と情熱を返せコノヤロウバカヤロウ… うう…ちくしょう…ちくしょう…

理不尽な気持ちになりながら、堪えきれない虚しさを抑えて、
涙を呑んで諦めた、在りし日の少年の自分の姿を思い出しました。

少年よ、今の僕は、君に言いたい。
出逢った人が後々になって大切な人になっている という事が、時々あるんだ。
イタリアには、100年続いたものは永遠に続く という諺もあるそうだ。
とはいえ99年11ヵ月目にして終わる関係もある。 人間分からないものだよ。
でもね、まあね、どっちにせよ、簡単に捨ててはいけない。
だけども断捨離は大事だ。
潔く捨てないと、勿体無い勿体無いだと、部屋がゴミ屋敷になってしまうよ。
まあ、色々と、よく考えるんだ。 思考する事は宝だ。 朝陽だ。 夕焼けだ。
冬の夜空にオリオン座。 あれは綺麗だね。 いつまでも眺めていられるよ。
少年よ、まあ細かいことはいいから、ともかく、大志を抱け。 大志を抱きなさい。


 〜


サガ、特にロマンシング・サガ2を僕はやっていましたが、これは画集も出ており、
当時、商店街の小さな本屋さんで人生で初めての「お取り寄せ」をし、
「入荷しました」と電話を受けた日には飛んで行き、買ってホクホクした記憶があります。

今日、検索して久し振りに見ました。 ミュシャとかクリムトみたいなイラストです。
 公式サイト
 http://www.square-enix.co.jp/mobile/sem/romasaga2/
「七英雄」をクリックしたら表示されます。
久し振りに見たと書いてしまいましたが、画集にはこれらの絵は載っていなかったと思います。

七英雄… これらのキャラクターの名前は、東京の山手線の駅名を逆さ読みしたものでした。
ロックブーケ 池袋、 ノエル 上野、 ワグナス 品川、 など。
せっかくゲームの世界観に浸っていたのに、なんだか急に現実に引き戻されてしまい、
白けるというか、絶望的な気持ちになった人も居たかもしれません。

そんな、遊び心のあるゲームでした。
現在も、スマホのアプリとしてダウンロード出来るみたいです。
 http://www.jp.square-enix.com/romasaga2/
(リンクを貼ってみましたが、またやろうとは特に考えていません。)
そして、3年前ぐらいには、佐賀県の町興しにも起用されていたみたいです。

 ロマンシング佐賀
 http://romasaga.jp/

佐賀県は、九州の西側に位置する県です。 S・A・G・A・佐賀♪ S・A・G・A・佐賀♪
僕は佐賀県についてはよく知りません。 九州の人もよく知らない県だと思います。
何があるのか。 (でも、行ったら何かしら100%楽しいのだと思います。)

サガ = 性質 性格 という意味ですが、
他に、中世アイスランドで成立した、古ノルド語(古語)による散文作品群の総称でもあるそうです。
主にノルウェーとアイスランドで起きた出来事や神話などを纏めているそうです。

人それぞれに、各々のサガがあります。 性質・性格、そして物語があります。

みんなちがって みんないい



徒然とダラダラと書き綴りましたが、この辺で終わりたいと思います。



S・A・G・A・佐賀♪ S・A・G・A・佐賀♪
K・A・G・O・鹿児島♪
鹿児島も、何があるかと訊かれたら、一般受けしそうなのは温泉ぐらいか…

九州よかとこ一度はおいで


さようなら


さようなら
こんにちは
さようなら
おやすみなさい

またあした
あしたまた あたらしい日差しのなかで



 2017年11月20日(月)   フォスフォフィライト margherita


ラッセンゴレライ! ラッセンゴレライ!




今日、ピザを食べた人は居ますか?
もしくは、ピザを食べたくなったけど違うのを食べた という人は居ませんか?

今日は、ピザの日 らしいですよ。

どうせくだらない理由でこじつけたんだろうな と思いましたが、
11・20… 語呂合わせではなさそうだな… と気になったので、一応由来を調べてみました。
すると、ちゃんと、歴史的な意味合いを持っていました。


イタリアの王妃マルゲリータの誕生日。
 (参考)http://pizzakyogikai.gr.jp/pizzaday.html


○ゲリータがナポリを訪れた際に、記念のピザが献上されました。
当時のピザ職人のアイデアに依り、
バジル(緑)、トマト(赤)、チーズ(黄) …と、イタリアの国旗を模したピザでした。
それが○ゲリータに大変好評で、
以来、○ゲリタの誕生日を、このピザの記念日としたのだそうです。

11月20日はピザの日
この背景には、そんな、○ゲリタとイタリア国民との熱い絆があるのだそうです。
○ゲリタ、○下痢太、マルゲリータ、まるで下痢だ、丸刈りだ、○下痢、下痢。

ゲリって言われると、どうしても下痢を連想してしまいますよね。
ゲリラ豪雨、下痢ラ豪雨、
表情に陰りが見えた、表情に下痢が見えた、
飛び蹴り、飛び下痢、三段下痢。

気分は下痢三昧です。
今、頭の中には下痢が飛び散っています。

ピザも、見ようによっては、生地に下痢を乗せて焼いたようにも見えます。
もしくは、嘔吐した際の吐しゃ物でしょうか。

そんなふうに考えると、王妃マルゲリータの誕生日である本日は、
嘔吐の日 下痢の日 と言っても差し支えないような気がします。

いや、失礼という意味では差し支えがありましょうか。


今日、下痢・嘔吐をした人は居ますか?
あるいは、なんだかこれから下痢・嘔吐をしそうだ という人は居ませんか?


お大事に、と伝えたいです。


ゲリリンより



















 「煌めく浜辺」    宝石の国 エンディングテーマ
 https://www.youtube.com/watch?v=DQnkneGDM6Y
 (歌詞)https://petitlyrics.com/lyrics/2667722
 (フルバージョン)https://www.youtube.com/watch?v=4lTyI336SgQ



宝石の国 というアニメを見てる人いますか?
今季、鹿児島ではBS11でやっています。

姉が、録画したものを食事時に見るので、必然的に僕も一緒に見ているのですが、
見ていると結構おもしろいなぁと思いました。

主人公の性格が好きです。
多分、思春期の時に見たらハマるのではないかと思います。(もう終わりましたが)
宝塚が好きな人も好むのではないかと思います。
単純に画面が綺麗です。

凄く好きなわけではないので、凄くお勧めしたいというわけではないですが、
ただ、個人的に、ジーンとくる雰囲気がありました。

 公式サイト
 http://land-of-the-lustrous.com/



 2017年11月19日(日)   癒し lassen





誰もが目にした事があるはず。 ラッセンの絵。


クリスチャン・ラッセン(1956-)


ラッセンの絵というと、芸術家の間では評価が低いと思います。
音楽で例えれば、癒し系、ヒーリング系、BGM、というジャンルに括られると思います。
つまり、芸術性が低い、という事なのであまり評価されないのでしょう。

個人的には、好んで観ようとは思わないのですが、
でも好きです。

何が好きかというと、
ラッセンの絵を見ながら 「わあ〜!」 と感嘆・感動している人の、
その心が好きです。

彼らは何に感動しているのかというと、
「まるで写真みたい」 という、技術への感動
「とっても綺麗」 という、色彩や光への感動
「海があって宇宙があって、森があって魚たちがいる」 という、自然への感動
そして心和み、癒されている。

そういった心に対して、芸術性うんぬんは関係無いと思います。
むしろ、そういう心のそういう視点は輝いていて、
輝いた眼差しでラッセンの絵を観ている人を見るのは、「いいものだなあ〜…」 と思います。

ヒーリング系の音楽に関してもそうです。
個人的には、そのジャンルのCDを買って聴こうとは思わないのですが、
その音楽を聴きながら安らいでいる人、心和み癒されている人を見ると、
いいものだなあ… と思います。 癒されます。

そうするとだんだん、ラッセンもヒーリング系も、
深くは好まないにしても、なんだか心地好いものとして感じられてきます。

これらを好まない人の視点、感性や感覚、そういったものは確かに大切なものだと思いますが、
だからといって簡単に切り捨ててしまったり、くだらないと一蹴する事は、
そっちの方がくだらないのではないか と、個人的には思います。

感動している心、和んでいる心、癒されている心、
そういった、心の存在が一番大切なのだと思います。



 2017年11月18日(土)   太陽系 spirit


すっかり冷え込んできましたね。 衣服の有難味をひしひしと感じています。
服を着た状態でこれだけ寒いのだから、
もしも何も着ていなかったら、ものすごく寒いのでしょうね。

  着衣 = 寒

  無着衣 = 極寒

或いは、

  全裸 = 超極寒

と言う事が出来ると思います。



冷え込んでくると、おしっこに行きたくなる回数が増えます。
汗をかかなくなる分、水分が体外へ排出されにくくなり、その為おしっこが近くなるのです。

おしっこが近くなる。 つまり、尿意が近くなる という事です。

  おしっこ = 尿

という事なのですが、これを応用して、他についても言い換えてみましょう。

  うんこ = 大便

  ちんこ = 男性器

  まんこ = 女性器

伏字にした方が良いのかもしれませんが、とりあえずありのままで表記したいと思います。
(ありのままの姿見せるのよ 「アナと雪の女王」)

 


平塚雷鳥 (旧仮名だと平塚らいてう) という人の文章に、このようなものがあります。


  元始、女性は実に太陽であった。 真正の人であった。


僕は思うに、この世で只唯一の、生命の誕生する場所――女性器というものは、
太陽と同等である。
我らが持つ男性器というものは、太陽に依って輝く、月なのである。

  太陽 = 女性

或いは、

  太陽 = 女性器


実に神秘です。
尿や大便、あるいは性器の話というものは、宇宙の話と同等です。

僕は今、宇宙の話をしているのです。

女性器 男性器 大便 尿
それらはただただ宇宙であり、そして神秘なのです。
(真面目に書いています)






トイレで排便するのが億劫な季節になりました。

(風よ吹け 少しも寒くないわ  「アナと雪の女王」 「太陽と月の神秘」)






ところで、平塚雷鳥が1911年(明治44年)に発刊した文芸誌「青踏」に寄せた一文
元祖女性は太陽だった を検索し、読んでみた。
有名な文章だそうだが、僕は今日初めて読んだ。
 (参考)http://www.geocities.co.jp/Bookend-Ohgai/5423/s/raicho.html

詳しく知らないが、おそらく相当な批判も浴びたのだと思う。
それを受け入れながらも行動し続ける、
こういう、革命的な人の意気込みや勇気は、こちらも活力を貰えるし、ジーンとくる。

この人は後に、思考が変わり、
のんびりとした気持ちで日常を楽しんだりする感覚の中にこそ貴重さを感じる、
そのような考えの元に、
生活の中で感じたささやかな事を綴るような、平穏な文章へと変化した。
(…と、テレビで見た事があった気がする。)

その事にもまた、しみじみとした気持ちになる。


 2017年11月17日(金)   チロル satie


今の季節に合いそうな、個人的に好きな曲を…



 「トルコ風のチロル舞曲」    サティ
 https://www.youtube.com/watch?v=zXJyjyZz87w



尚、これは、3つの曲から成る「太った木のスケッチとからかい」
というタイトルが付けられた曲集の中の1番目の曲だ。
「太った木の〜」全曲については、こちら。

 「太った木のスケッチとからかい」
 https://www.youtube.com/watch?v=-HvPbq4E_ZM

 (別解釈) ←テンポなどが異なる
 https://www.youtube.com/watch?v=xlcFRs4nq2o

  曲目… 1.トルコ風のチロル舞曲  2.やせた踊り  3.スペイン




 S   t   E
   a   I
    ...



エリック・サティ(1866-1925)  フランス人 男性
いわゆる「癒し系音楽」、「ヒーリング系」、「環境音楽」 の開祖と言われてもいる。

その類のものは、
芸術性が低い、ただのBGM、毒にも薬にもならない、つまらないもの …
一般的にそういうイメージを持たれている事も事実だと思う。

しかしサティは、まさしくそういうものを作ることを目指した。
  ほめられもせず 苦にもされず そういうものに わたしはなりたい (雨ニモ負ケズ)
という感じだろうか。

つまり、
「家具みたいに日常いつも我々の周りにあるけれど
 我々にその存在を意識させないような音楽」
を目指したのだそうだ。

絵画や彫刻、花瓶や壺などは、”飾り”としても日常生活の中に溶け込んでいるが、
音楽はそうではない。
今でこそ「癒し系」「環境音楽」というジャンルが存在しているが、
サティが生きていた時代には、そういった音楽は世の中に存在していなかった。
だから、そういうものの必要性を感じ、創作に取り組んだ。

今の時代は、お店・飲食店・病院・その他どんな所でも、音楽が掛かっている。
ポップスなど流行の音楽を掛けている場所もあれば、
癒し系・環境音楽・ただのBGMのように、
特に主張することもない、なんとなくその場の雰囲気に添うような音楽が流れている、
そんな場所も多い。

サティが目指したのは、そういった、「場の雰囲気にさりげなく寄り添える音楽」 なのだ。
ただしサティの作る曲は芸術性を感じる。



 「家具の音楽」より 「県知事の私室の壁紙」
 https://www.youtube.com/watch?v=UK0k3wnhtCE


「家具みたいに、日常いつも我々の周りにあるけれど
 我々にその存在を意識させないような音楽」
――そんな概念で色々な曲を作っていたそうだが、まさしくなタイトルの曲。
「県知事の〜」というのは、多分、出来た曲が”お堅い”雰囲気になったので
こういうタイトルを付けてみた という事なのではないかと個人的には推測する。



サティの代表的な曲は他に、
きみがほしい、ジムノペディ第1番、グノシエンヌ第1番 等がある。
ジムノペディ、グノシエンヌは、壺の模様にインスピレーションを得たと言われている。

 きみがほしい
 (ピアノ)https://www.youtube.com/watch?v=Q6uKG-Eu-1Y
 (管弦楽)https://www.youtube.com/watch?v=kQBUe8ft5eQ

 ジムノペディ (第1番)
 https://www.youtube.com/watch略

 グノシエンヌ (全曲)
 https://www.youtube.com/watch?v=OaJa16i337s




尚、管弦楽用に編曲されているものも多く出ているが、
それは他の作曲家が行ったものであり、サティ自身はピアノ曲しか作っていない。

同じフランスの作曲家ドビュッシーと仲が良かったそうだ。
(ドビュッシー …月の光、夢、亜麻色の髪の乙女 等で知られている。)
サティにとっては唯一の理解者、ぐらいの関係だったそう。

サティは生前、作曲家として世間に大きく認められることは無かった。
独身で貧しい生活をし、59歳で亡くなったのだが、
自身が子供の頃、父は居らず母を亡くして寂しい思いをしていた経験から、
晩年になってからは孤児院で合唱を教えたり、
年に一度、孤児院の子供たちを私費で旅行に連れて行っていた。
金銭的な理由から人数は限らざるを得なかったそうだが、
そういった行動を市から表彰されるなどしたそうだ。

…そんな話をテレビで見た記憶がある。




















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 2017年11月15日(水)   しみじみと autumn


絵や俳句などを創作していて思うが、
やはり、良いなと思う出来のものは、誰かの心の中に残っていったらいいなと思う。

こないだテレビで松任谷由美が、
「『詠み人知らず』になることが理想です。
 誰が作ったか分からないけど皆が知っている、
 それが『スタンダードなもの』だから」
と言っていた。
個人的に共感した。

そんな物が自分に作れるかは分からないが、
ともかく、
作った物が、現在も先々も、
誰かの人生の中の、ほんの一時でも、
何かしらの力の素、安らぎの素になることがあったらいいなと思う。


がんばろう!

ゆっくりがんばろう。


インタビューといえば、蒼井優が喋っている番組をたまたま見たのだが、
「どういう人がタイプですか?」 という質問に、
「ステータスを重要視しない人。 ステータスから遠いところにいる人」
と言っていた。
個人的に共感した。


それらの事に、しみじみと共感した。

しみじみと。
秋ですもの。



秋だ。
いや、もう初冬か。
喪中葉書の準備をしないと。
風呂のカビ掃除とか 台所の換気扇の掃除もしないと。
トイレの便座の裏側も掃除しないと。
皮膚科にもいかないと。
腰が重い。

しかし そういう事を、わたしはやりたい。

そういう事をする人に、しばらくなりたい。

がんばろう!


いや、ゆっくりいこう!


のんびりいきましょう。



 〜 〜 〜 〜














 2017年11月14日(火)   鳥文 tori


晴れていた。
雨が少し降った。
また晴れた。
暮れて 冷え込んだ。
冬が近づく。





 (鳥への文)


実はここ数日間 君との先々について考えて
物凄くナーバスな気持ちになっていました。 不安のどん底にいた。
ここ数日間に伝えていた言葉は、その不安の裏返しです。
でもその事を今反省しています。
不安になっても意味が無い と今は思い直しました。



僕は割と一日中 常に君の事をなんとなく考えています。
むしろ考えないわけがないです。
朝起きてから夜眠るまで。 僕は夢をほとんど見ないけど、君の夢を見た事もあります。

君の好きなものはなんだろう とか それに僕も触れたい とか
どんなものを聴いたり見たりしていて どんな気持ちになっているのだろう とか
大切にしているものは何だろう とか それに触れたい とか。



呼んでくれれば向かうよ。
君がすぐに望まないのであれば それでもいいと思う。
急いでいると伝えているわけではないよ。 そういう感じだよと伝えたい。



なんにしても 2019年春にオープンの
ムーミンのテーマパークには行くつもりです。
37歳の男は一人でもテーマパークに行くつもりだ。



明日 すてきな空間になりますように。
耳を澄ませる気持ちで過ごそうと思う。





そうして
君も僕も 羽をとじた。
眠るため そして 飛び立つために。














 2017年11月13日(月)   宝石 arigato




ムーミン 「僕にも似合ってるでしょ」



Tシャツを購入した。
ふと思ったが、このカラフルさは女性向けだったのかもしれない。
好きな柄と似合う柄は別である という事を、後で思った。






なので、ありったけの男らしさを。 ありったけの筋肉を。
レスラーに比べたら、骨も同然。



カラフルなTシャツを選んだ。



そう僕はカラフルが好きなのさ
カラフルっていうのは いろんなものが まるで原石ってことなのさ
国は一つじゃないし 人はたくさんいる
一人で生きている人なんてどこにもいないのと同じように
カラフルなのさ

心はカラフルで
生きることはカラフルなことで
日常はカラフルなんだ

でもね 目に見えてカラフルだと分かればいいけれど
そういうわけにもいかないんだよ
気付かないで見過ごしてしまっていること 結構あるからね
だけど忘れないでいたい
本当はカラフルなんだってこと
いつまでも憶えていたいよ
全部本当はカラフルなんだってこと


そう鼻歌のように自分に言い聞かせて 僕はこのTシャツを着ることにした
もう一種類の柄は黒だったんだけど、多分そっちの方が似合ったな って
思ったよ
思ったさ
僕は黒も好きだ
後悔する時だってあるよ あるさ
たまにはね
だけど僕らはくじけない
泣くのはいやだ 笑っちゃお イィヒヒヒヒ
エヒャヒャヒャ エハッ エハッ
バヘッペペッペ  バヘラヒャッペペッペ
ブヒョッ ブヒョロホーロロロン
ホロホーロロロン ホロスカペン ホロスカペンシャン
シャンボロベンジョ オボロベンジョ
ベンジョ ベベンジョ ベレベレベレ
ベケケ ケキャーッケケ ケケッケケケ  ケッケッケ


そう いろんな笑い方があるんだから
いろんな笑い方があるんだ
カラフルに笑っちゃえば
つらいことなんて その中に隠れて 見えなくなって消えていくさ

だけどね 笑えない時もあるから
そんな時には ただただ悲しい顔をして
このシャツを着る
シャツが包み込んでくれるよ
その悲しい顔を そっと
それから その涙を 受けとめてくれるよ
胸に描かれた カラフルな原石の欠片たちが
君のその涙に似合う色を探して 君の涙を受けとめてくれるよ
きっと
いつまでも
ずっと
いつでも
傍にいるみたいに



君は泣いているの?
Do you cry?
君は笑っているの?
Do you laugh?
カラフルだね とってもカラフルだね
It's colorful. It's so colorful.
それでいいよ それがいいよ
It's good. It's the best.
それがいいんだ
It's really the best.
カラフルがいいんだ 生きているんだから… ね
Colorful is really the best.
Because we are living life to the fullest now... isn't it?



ありがとう
Thank you
谢谢
캄사 함니다
شكرا
धन्यवाद
ধন্যবাদ.
Obrigado Obrigada
Спасибо
Gracias
Danke
Terima kasih
ขอบคุณ
Ευχαριστω
děkuji
Takk
Merci
Kiitos  キートス (フィンランド)

 ありがとうを外国語で言うと (参考にした記事)
 https://matome.naver.jp/odai/略
 http://tabippo.net/thank-you/




ムーミンはフィンランド出身である。
「キートス!」 ありがとう
そして僕は カラフルなTシャツを選んだ事に後悔はしていない。
ノリで書いただけである。













 (鳥に)

キートス キートス キートス
キス キス キス
スキ スキ スキ
スキト イッテ  スキダト イッテ
クルシメルグライ スキト イッテ
イキガデキナクナルグライ スキダト イッテホシイ
スキ スキ スキト
スキダト イイタイヨ
スキト イイタイ…

 by ロマンチストなムーミン  夢眠  おやすみ










 2017年11月11日(土)   生姜 ginger


どうでもいい事だが、僕は和田アキ子と誕生日が同じだ。


だってぇ〜 しょうがな〜いじゃなぁ〜い ♪

という歌がある。
この部分は知っていたが、誰のどんな曲だっけ
と思って調べてみたら、和田アキ子の歌だった。





以下のショウガのことを綴りたくて、これを書いた。
(「だって しょうがないじゃない」 と ショウガ を掛けただけです。…)









これは便利! あるととっても便利! 「食べるショウガ」 (生姜の醤油漬け)


薬味や調味料としても使えます。
鶏肉のつみれの具材に加えてもグー。
茹でた春菊などと和えてもグー。
フライパンで肉を焼いてこれを混ぜてもグー。
しめじだけを入れて炊いたごはんを、茶碗によそい、
そこに このショウガをちょっとかけ、軽く混ぜて食べると、料亭の味になります。

おにぎりの具材にしてもグー
味噌汁にちょこっと入れてみてもグー
使い道いろいろ、とっても便利な「食べるショウガ」
今の季節にピッタリです!

冷蔵庫で保存すれば、結構持ちます。
レシピには3ヵ月と書いてありますが、そんなには持たない気がします。

昨夜は、これを使って しいたけの肉詰めを作りました。 美味でした。


とっても便利で何にでも使える 万能「食べるショウガ」
作っておくだけで本当に便利な「食べるショウガ」
さあ その気になるレシピは…  こちら!

 クックパッド
 https://cookpad.com/recipe/1142331

調味料の量は、これの通りでなくても良いと思います。
保存容器に入れた時にショウガが調味液で浸っていれば、良いと思います。
僕はみりんのアルコール分を飛ばしたいので、ちょっと長めに火を通します。
砂糖は使っていません。
人それぞれのお好みで良いと思います。










 2017年11月10日(金)   新天地 kimi


人は、しばしば、アンビリバボウな、衝撃的な出会いをするものだ。



 とんこつプリン
 https://netallica.yahoo.co.jp/news/20171109-99876706-narinari



どこかの会社の新商品だそうだ。

数年前、台湾で、カップラーメンにプリンを混ぜて食べるのが流行していた。
それを考えると、とんこつスープとプリンの組み合わせも、多分ごく普通にイケるのだろう。

食の歴史は、冒険からスタートしている。
これは食えるのか? 食えないのか?
という判断を、原始時代の人たちは常にしていたはず。

うっ… く、苦しい… お腹が猛烈に痛い… めまいがする…
い、一体何が原因だ… どれを食ったのが原因だ… どれだ どの食いものだ…
せっかくなら、後世に伝えたい… これは食ってはいかんよ と 後世の為に伝えたい…
この苦しみと引き換えに… せめて この苦しみを意味のある事にしたい…
ああ…でも…だめだ…意識が遠のく…死ぬのか…
死んでしまうのか… 何も分からないままで…何もできないままで…
何も伝えられないまま…無念だ… 最後にもう一度あれを食いたい…
さっき色んなキノコと一緒に食った あの丸くて太った魚…
丸くて太った ふくふくとふっくらした魚… フクとでも名付けよう… 
あれうまかったなあ… さっきは一人で全部食っちまったが…
あんなにうまいんだ 皆にも食ってほしい… あの幸せを味わってほしい…
そうだ…この事を伝えよう… 伝えられる事があったぞ… よかった…
皆の者 フクはうまいぞ…… フグッ!  …ガクッ

皆: おやっさーん!!! うっうっ……
男A: おい、最後何て言ってた? 何がうまいって?
男B: 丸くて太った魚… フグって言ってたな
皆: おお そうだそうだ 最後にフグッって言ってたぞ なあ!
   一番最後に フグッ って言ってたぞ!
男A: フグか… 丸くて太った魚… よし! おれたちもそいつを食おう!
皆: おう! せっかくおやっさんが命懸けで伝えてくれたんだ! 皆で食おう!
   フグを食おう! そうしよう!


このような、尊い命の無数の積み重ねによって、食の安全の歴史が成り立っている。
すべての安全は、尽くことのない冒険と犠牲の中から生まれ、
新しい発見もまた同じく、冒険と犠牲の中から生まれている。

犠牲のない冒険はない。
冒険のない人生はない!

失敗を恐れず、犠牲を恐れず、未来を恐れず冒険に出るんだ!
最も恐れるべきものは、それらを恐れている自分自身だ!
すべては積み重ねだ! 経験値として積み重なっていくのだ!
無駄になる事なんて無い!
あるのは、それを無駄な事だと思う自分自身だけだ!
生きている限り、すべての経験は生きてくるのだ!
いざ、冒険せよ! 人生を冒険せよ!
新しい発見を求めて とんこつプリン、食べてみよう!
もしかしたら、ハマるかもしれない。 味覚の犠牲はないかもしれない。
犠牲のない冒険もある。
冒険しない人生もある。
気楽が一番。
ごく普通においしいかもしれない
思った以上になめらかな感触
眼前に拓ける穏やかな道、とんこつプリンと歩める新しい人生
これって運命… と思うかもしれない。
とんこつプリン、君のおかげで僕は生きることができる と思うかもしれない。
いや、今も思っている。
君のおかげだ と。 君しかいない と。
ごめん、本当にそうなんだ。 君をまっすぐに見つめながら
君だけだ と、僕は思っている。
激昂した、しかし落ち着いた感情で思っている。
君だけなんだ。
君のない僕はない。
君がいて僕がいる。
たとえこの先 何かを犠牲にするとしても
たとえ険しい道のりだとしても
君がいるから僕は歩む。
君だから僕は歩む。
君と歩む。
君と歩みたい。
君が好きだ。
きっと今から もっと好きになっていく。


食べる前からそう思っている。
君が好きだ。 とんこつプリン。

台湾のカップめんプリンは、僕は、まずかった。 最悪だった。
だからこれも、多分、まずいと感じると思う。 好きじゃないと思う。

でも、言わせてくれ。
文章の流れ的に、言わせてくれ。


君が好きだ。
とんこつプリン。

好きです。
とんこつプリン。


好きなんです…

好きなんです…

好きです…




 「好きです かすたどん」のCM
 https://www.youtube.com/watch?v=GlD7IeWBA2Q


地元の人は皆知っているであろうCM。
小学生の頃、女子に「好きです」 と言った後、「かすたどん」 と言ってからかうのが流行った。

このCMに出ている人は、浜崎あゆみ という噂が立ったが、
薩摩蒸気屋にわざわざ電話で問い合わせた人の情報によると、一笑されて違うと言われたそうだ。

かすたどん = カスタードクリームの饅頭。

個人的には、牛乳が嫌いなので、かすたどんも嫌いだ。
かるかんが好きだ。
薩摩蒸気屋にもかるかんが売っているが、
僕は明石屋のかるかんが好きなので、県外の人には明石屋のかるかんを勧めている。













 2017年11月09日(木)   月よ luna


月の季節…
なので、月の歌を…



 「優雅な月よ」 Vega Luna    ベッリーニ
  (女声)https://www.youtube.com/watch?v=Xqi5K73gzAo
  (男声)https://www.youtube.com/watch?v=BzR4QVPLrgw
  (訳詞)http://stone.tea-nifty.com/blog/2015/08/vaga-luna-che-i.html



ベッリーニ 1801-1835  33歳で亡くなっているそう。

ところで、
音楽を聴くとき、歌詞から入るタイプと、音から入るタイプがいると思いますが、
僕は、音から入るタイプです。
なので基本的には、歌詞をあんまり気にしない聴き方をしています。
この曲も、今日調べるまで詞の内容は把握していませんでした。
自分の好きなように感情を重ねて聴くのが好きです。

でも最近は、歌詞も気になるようになりました。
この詞が無ければ このメロディは出てこなかった とか
作曲者のそういう感情や感動が、そこにはあるはずです。
それで、調べるようになりました。
こんな歌詞だったのか〜 と思いました。

こんな歌詞だったようです。
↑ 訳詞が載っているブログのリンクを貼ってます。
ふむふむ。 情熱的な詞です。

愛なのだ、
ただひたすらに愛なのだ と。


ふむふむ、と思いました。

ふむふむ… と思い
なんだか涙ぐんだ。


しかしこれ以上 僕には話を広げることができず
今日はここで終わりたいと思う。


話は広がらないけど
翼は広がる。
心の翼は広がる。


心の翼を広げましょう


11月も半ば。
もうそろそろ秋も終わり、冬が来る。


風邪をひかないように気を付けましょう!













 2017年11月08日(水)   少年2 jiisan



   浅野英治の短歌  (抜粋)



 「会えますように」と祈りをこめた七夕の短冊が届く 願いはともに同じ

    *

 白い花びらに紅茶をぶっかけたみたいな薔薇の花 少年のままのように

 <ああ、確かイギリスの薔薇、ジュリアっていうの> 懐かしい色を抱いて

 子午線を通過するとき落としていった太陽の片塊 少年のような彫像

 黄金色の薄暮は真昼よりなお明るく天井を染めてボクたちの声を弾く

    *

 頼りない腕に抱きすくめられてこのまま止まってほしい時間 洩れる吐息

 肩に回された腕をほどいて見送る他ないプラットホーム 奪ってしまいたい

   (「7日後に」 より
    初めて会った日のことを詠んでくれたもの。 僕が短冊を送っていた。)




 <呼んでくれよ、ずっと呼んでもらえなくて……寂しかったよ、ほんとに>

 <バッカダナどこにもいかないよ、ずっとそばにいる。犬って人になつくんだよ>

 ほんとうは怯える心をこじあけて欲しかったのかも知れない ギシリッ骨が軋む

 苦しみも痛みも恐怖 繰り返すたびにこぼれ落ちる涙が奇跡を呼ぶ

 怯えきって蹲ってはダメ 信じる力が奇跡を起こしてきたやさしい獣たち

 <呼んでくれよ、おまえの声で呼んでくれるのを待っていた ずっとずっと>

   (「仔犬よ」 より)




 ここは終わりのない場所 脳裏によみがえる記憶は手を繋ぎ合う風の象(かたち)

















  浅野英治について (昨日の追記)


あさの・えいじ (1929 - 2004)

浅野英治さんは、自分の事を 「ジイサン」 と、
ニックネームで呼んでほしいと言い、年下の人たちは皆そう呼んでいた。
僕もジイサンと呼び、いつからかタメ口で喋っていた。

電話で話す時には、朝昼晩に関係無く 「おはよう」 と挨拶してほしい
と言われたので、そうしていた。
こんにちは こんばんは だと、他人行儀な感じがするから嫌だ、という事だった。

四日市の中で一番ボロくて安い よくこんな所に住めるなあ
と皆から言われているようなアパートの一階に住んでいた。
6畳ぐらいの1LDK、バスルーム無し、トイレは和式。 洗濯物干し場は共同。

部屋は適度に整っていた。 世話好きな人だった。
中学生の頃から自炊していたとの事で、料理が上手だった。
滞在中に僕が風邪で寝込んだ時には、
手作りのごはんを食べた方が元気が出るから と、魚の餡かけを作ってくれた。

食器にこだわる人だった。
惣菜屋で買ってきたものを食べる時も、これじゃ味気ないから と、
必ず、お皿やお椀に盛って食べていた。

宴会が苦手だ と言っていた。
親しい者同士での集まりを好んでいた。

お風呂は、近所の銭湯に自転車で行っていた。
いつも同じ時間帯に行くので、同じ顔ぶれが来ている。
風呂の戸を開けると皆が挨拶し合い、時々軽く会話をして、各々に上がっていく。
下世話な話をしてくる人には、適当な事を言って相手をする。
下町のような風景。

ある日、僕からプリクラを撮る事を提案し、商店街のゲームセンターで一緒に撮った。
四日市は田舎なので、老人と若者が男同士でプリクラを撮っているのは奇異らしく、
女子高生の集団がこちらを見ながらヒソヒソ話をしていた。

その帰り道、ジイサンは知人に会い、初めてテレクラをやった! と嬉しそうに話した。
勿論、僕たちがやったのはテレクラではない。 プリクラだ。

写真嫌い と皆には言っていたそうだが、僕とは気兼ねなく写ってくれていた。
たくさん撮って焼き増しした写真を、最期まで大事に纏めて持っていた。
娘の倫子さんという人が、遺品を整理する際にそれを見つけ、
写真は無いと思っていたのに、こんなに楽しそうな表情でたくさん写っている、
驚きと「へえ〜」ですよ、と 手紙と一緒に送ってきてくださった。
本当は手元に置きたいけれど、これはあなたとの思い出だからあなたに送ります、
と綴られており、
どうか家族を大切にしてください、両親と姉妹を大切にしてください、
死んでからでは何も出来ません、
と、手紙は括られていた。

葬儀に、ジイサンの姉 という人が来ていて、小柄で、80歳ぐらいだっただろうか、
病床にずっと就いていたそうだ。
心臓の手術で入院すると聞いて僕は、神社で御守りを買って送っていた。
その御守りを手術中ずっと握っていた と、その人が教えてくれた。


ジイサンは、親しい友人は何人も居たし、人付き合いも多かったが、
寂しがり屋だった。
「離れないから 離れないで…」 と、手紙に書いていた事もあった。

手紙には、よく、
ゆっくりずむ ゆったりずむ これが大事です と書いてあった。


ゆっくりずむ  ゆったりずむ

今でも好きな言葉だ。












  歌人としての氏

非定型短歌(自由律短歌)というものは、いわゆる正統な五七五七七の定型短歌からすると、
「これは短歌ではない」 と捉えている人も多い。

型に嵌らない という面があるので、
ひょうひょうとした人とか、アバンギャルドな感覚を持つ人がこれをやる傾向があると思う。
少なくともジイサンを通して知り合った人たちは皆、そういうタイプの人たちだった。

非定型短歌は、短歌誌の中では特殊なものとして扱われており、
簡単に言えば「浮いている」。
しかし、その中にあってジイサンは、亡くなった後、
「短歌年鑑」という代表的な短歌雑誌において、顔写真入りで訃報が掲載された。
非定型短歌の歌人がこのような扱いを受けるのは稀だと聞いた。








  人間としての氏

ジイサンは、色々と嘘をついていた。
見栄を張ってつく嘘は、まあ、可愛いものだと思えるが、
そうじゃなく、バツが悪いから 相手が離れるかもしれないから という理由でつく嘘は、
かえって信頼感を削ぐ。 絆が薄れるというか。
話してくれた方が良い。

何で話してくれなかったのかなー… と、
当時はちょっと裏切られたような複雑な気持ちになった。

しかし当時の僕は若かったので、離婚して引き取った子供を捨てた と聞いたら、
批判した可能性もある。 本当に離れたかもしれない。
そうしたら、ジイサンは少なからず傷ついただろう。
そして、悲しい気持ちになり、
自分がしてきた事に対する罪悪感に、少なからず苛まれただろうと思う。

でも今なら、話すことに勇気が要ることは、よく分かる。
今なら、離れないよと言って寄り添いたい。









 脳裏によみがえる記憶は
  手を繋ぎ合う風の象(かたち)















 2017年11月07日(火)   少年 saba


銀杏の季節。
ギンナンの季節。
煎って塩で食べるのが好きだ。
辛口の日本酒と併せると最高だ。

というわけで、銀杏ボーイズ。↓



 「若者たち」    銀杏ボーイズ
 https://www.youtube.com/watch?v=maY8tveU_3A
 (歌詞) http://www.utamap.com/showkasi.php?surl=B18655


 「駆け抜けて性春」
 https://www.youtube.com/watch?v=_UGhEFdc-4s
YUKIがボーカルで参加している。
 (歌詞) http://www.utamap.com/showkasi.php?surl=B18651


 「もしも君が泣くならば」
 https://www.youtube.com/watch?v=jVtkH5zKN4Y
 (歌詞) http://www.utamap.com/showkasi.php?surl=B18650




↑好きだったのを適当に載せました。

昨日綴ったケムリというグループは、
当時、ツアーの移動中に交通事故に遭い、メンバーが一人亡くなった。
「このメンバーでないと続ける意味が無い」 と、グループはそのまま解散した。

昨日動画を見ていたら、近年になって再活動しているようだ。
何年も経って、時間の中で考え方が変わっていったのだろう。
人間が生きているんだなと、しみじみ思う。

銀杏ボーイズも以前よく聴いていたグループだ。
最近では、朝ドラにボーカルの人が出演していた。
歩む人生は色々だ。

2017年も、早11月。
秋刀魚を焼いて もくもくと立ち込める おいしそうなケムリ
煎って芳ばしく おいしいギンナン
秋の味覚いろいろ。
秋はおいしいものがいっぱい。
春夏秋冬 おいしいものがいっぱい。
旬のおいしいものを食べて 体を元気に作りましょう!!

僕の未来どうなるかしら
あなたの未来どうなるかしら
分かりませんが
旬のおいしいものは この世に在り続ける。
季節がある限り、おいしいものもまた在り続ける。
生きている限り 僕もあなたも 食べ物を食べ続ける。

特に何かを言いたいわけでは無い。

今日はサバを焼いて食べた。
おいしかった。
サバも、今が旬なのだそうだ。



















銀杏ボーイズの「若者たち」 の歌詞に、
  少年よ ナイフを握れ 未来さえ 切り拓いて
と出てくる。

20歳頃、短歌を作る際にナイフという言葉をよく使っていた。
そしたら、浅野さんからの手紙に、「ナイフは捨てなさい」 と書かれていた。

その事を思い出した。




  <浅野英治について>


浅野さんは心臓に持病があり、20歳まで生きられない と言われて育ってきた。
実際には70歳を超える齢まで生きたが、
そういった事も影響していたのか、性格が奔放で、喧嘩っ早いというか、激しかった。
けれども優しく、脆くもあり、繊細だった。
頑固だけど、人に気を遣う性格だった。 少し寂しがり屋だった。

嘘をついていた。
結婚はしていないし子供もいないと言っていたのに、葬儀には子供と孫が来ていた。
離婚して子供を引き取ったが、途中で放棄し、別の人に託したらしかった。
子供との関係は良くない時期が長かったそうだが、
晩年、孫の事はよく可愛がっていたそうだ。

他にも色々と嘘をついていた事に、僕は後から気付いた。
それらは僕だけについていた嘘であり、
嫌われたくなかった 離れてほしくなかった とか そういう理由だったのだろうと思う。

三重県の四日市市での葬儀を終え、
鹿児島に帰宅すると浅野さんからの葉書きが届いていた。

 手術が成功したのだから 啓介と会いたい
 手を繋いでいってくださいね

と、無地の葉書きに鉛筆で書かれていた。
ヨタヨタした、なんとか力を振り絞って書いたような文字だった。

心臓の手術を受け、成功した。
親しい人たちへ葉書きを書いて送った。
その後すぐに容体が急変し、息を引き取った。
葉書きは葬儀の後、皆に届いた。




当時は考えなかったが、
今後ああいう人には滅多に知り合えないだろうな と、今しみじみ思う。
気が合う人と知り合う事自体が、そんなに多くはない。
親しく愛情を注いでくれる人というのは、まず居ない。

浅野さんは、自然体というか、人なつこいというか、
なんだか子供みたいに幼い感じもあったので、
僕にとっては師や先生というよりも、一人の友人だった。
良いところも欠点もある、一人の気の合う友人だった。
交流したのは、ほんの五年にも満たない。
十代という人生の初めの方で知り合って、そして亡くなった、歳の離れた友人。




もう二度と会うことは無い。
憶えている限り、ずっと憶えている。
そういう人がいた と、
愛情を注いでくれる人がいた と、
心の中に、感謝の気持ちと一緒に、ただただ記憶している。
















 2017年11月06日(月)   大銀杏 days


銀杏が色づき始めた。


 「オオイチョウ」    KEMURI
 https://www.youtube.com/watch?v=ugOpPm1IoK0
 (歌詞) http://www.utamap.com/showtop.php?surl=k-150617-235


高校の時、このジャンルの音楽(メロコア)が流行した。
KEMURIのライブに友人たちと行って、新鮮な気持ちを味わったのを覚えている。
F村君が、この気持ちは「切なさ」だ  と、しきりに口にしていた。

この曲が印象に残っていた。







今取り組んでいることが、ちょっとずつちょっとずつ
一日は一枚の葉
その葉っぱがたくさん折り重なって
今よりも大きな自分になっていたらいい。







銀杏(イチョウ)
別名を、公孫樹(コウソンジュ) と言うらしい。
孫の代に実がなる樹 という意味だそうだ。







想いもまた 繋がっていけばいい。
縦にも横にも。
人はいつかは必ず死ぬけれど 想いは この世からは無くならない。
形のないものが残る。
形を通して残ったり 誰かを通して残ったり
何かを想う気持ちが いつもいつも 世の中に。
人の中に。
僕の中
あなたの中
ずっと いつまでも 生きている。














 2017年11月05日(日)   海とマリン strelitzia





ストレリチア、ストレチア、極楽鳥花。 真ん中の花の名称

















秋晴れ――陽射しは少し暑い。
天気が良いので、飼犬を連れて家族とマリンポート(人工島)へ。
毎年、自宅で使うカレンダーは飼犬の写真で作っているのだが、
その為の写真を撮りに出掛けた。
天気も良く、いいものが数枚撮れた。
今日撮ったものだけでも春夏秋冬に4枚ぐらいは使えるだろう。

犬は始終楽しそうにしていた。
嬉しそうににこにこしているのは可愛い。

人で賑わっていた。
遠くの指宿の開聞岳も、今日はよく見えた。

ベンチで弁当を食べ、その後、墓参りへ。

そのような一日を過ごした。
















 2017年11月04日(土)   鳥 kyoto



 「KYOTO」    シギ (JUDY AND MARYのカヴァー)
 https://www.youtube.com/watch?v=bsGcToq-E6k
 (歌詞) https://sp.uta-net.com/song/77577/




ラジオを聴いていたら、YUKIの、ナントカという曲が流れてきた。
YUKIは、JUDY AND MARY のボーカルの人だ。
「るろうに剣心」というアニメのテーマソングなどでも知られているグループ。

僕が19歳の頃、LOMOというロシア製のトイ・カメラが流行っていた。
高校を中退してすぐに大検を取り、少し間を置いて英会話教室でアルバイトを始めた僕は、
数か月後、溜まった給料でLOMOを買った。 初めての自分の稼ぎで買った物。
それはそれはホクホクであった。
(英会話を教えるバイトではなく、教室のチラシ配りやポスター貼り等の雑用だ。)

丁度その頃、流行の影響もあってか、LOMOの社会人サークルが地元で活動していた。
早速そこへ入会すると、すぐ後からA氏という人が入会してきた。
A氏は同じ歳の女性で、同じく高校を中退していた。

そんなに親しくはなかったが、時々メールしたり、時々会って話をしたりしていた。

翌年、武蔵野美術大学 通称ムサビの、映像科を受験した。
中学生の頃にLUNA SEAのファンサイトのチャットで知り合った、
一つ年上の吉村rar氏がムサビの映像科に進学しており、
僕もその影響を受けて同じ学科を受験したのだ。

もしも落ちたら、上京して、油絵科を受ける為の予備校に通おう と思っていた。
落ちたので、四月、僕は晴れて東京の人になった。 そして20歳になった。


A氏も同時期に横浜へ移り住み、写真の専門学校へ通い始めた。
お互いに鹿児島からの上京という事で親近感が湧き、A氏とちょくちょく会うようになった。
どちらからか告白し、付き合うことになった。

一度だけだったが裸の付き合いをした時、A氏は泣いた。
自分に自信が無い、自分は自分でいいのかな、自分は自分で大丈夫なのかな
という感じの事を言って泣いた。
また別の或る時には電話で、
YUKIは昔いじめられていたけど、今はあんなに活躍してるんだよ と話した。

特に何かがあったわけではないが、何となく気乗りがしなくなり、
1ヵ月間程、僕は一切連絡しなかった。
久し振りに電話が来たので話をしたら、彼女はもう僕を恋人とは認識していないと言った。
長らく連絡をしなかったのが原因だった。 ガーン… と思ったが、引きとめなかった。

僕は東京で不登校状態となったので帰鹿し、A氏も同じようになって帰鹿した。
その後はそれぞれの道を歩んでいる。 時々話をし、僕にとっては佳い友人だ。

しかし断薬時、不安定だったという事もあって、A氏を含めた幾人かの連絡先を消してしまった。
同時に携帯とPCのメール機能を解約し、その事を告げなかった為か、向こうから連絡が来る事は無い。
今どうしているのかは分からないが、元気だといいなと思う。


A氏がYUKIの話をした事が印象に残っていたので、
ラジオを聴いた後、しみじみと思い出した。

昔々の事なので、どうでもいい記憶と言えばどうでもいい記憶だ。
記憶自体が、もうおぼろげだ。

A氏が今どうしているかが分からないので何とも言えないが、
YUKIがいじめられていた時期を乗り越えて、活躍しながら人生を歩み続けているように、
泣いていたことのあるA氏が、その不安を越えてA氏らしく活き活きと生き続けていたら、
それはやはりとても嬉しい。









 「倚子の会」
 http://www.apionet.or.jp/~stfri13b/keisuke.htm
浅野英治氏が主宰していた非定型短歌「倚子(いし)の会」。
このページの写真は、20歳当時、A氏が撮ってくれたもの。 今もそのまま載っていた。
尚、2012年更新と書いてあるが、僕の拙い短歌の更新は23歳(2005年)のままだ。








JUDY AND MARY の曲の中では、DAYDREAM、ミュージックファイター、
そして KYOTO が特に好きだった。
YouTubeを見ていたら、シギ氏が KYOTO をカヴァーしている事に気が付いた。
僕はシギ氏の歌が好きなので、個人的にこのカヴァーは嬉しいと思った。

通じ合っている気がした。




それぞれに人生は続く  〜おわり〜








 「世界は美しい」    シギ
 https://www.youtube.com/watch?v=fQnvN-cPobY


いろいろな形で 人が人を思い遣る。
誰かが誰かを思い遣る。

色々あるけれど、その事が溢れている日常になったらいいなと思う。
その事が溢れている世の中になったらいいなと思う。















 2017年11月03日(金)   笛 ugetu



  笛の音の美しかりし雨月かな    高野素十



今日は綺麗な満月。 …のはずだけど、雨が降っていて、見ることができない。
そのことを、雨月(うげつ) と言う。

雨名月 あめめいげつ
雨夜の月 あまよのつき
雨の月
月の雨
…などとも言うそうだ。

雨雲の向こうのどこかにある月。
どこにあるのか分からない。 姿は見えていない。
見えないけれど、「雨月」 という綺麗な名前を付けて月を認識している
その事に、ちょっとうっとりする。
見えないが、そこには確かに煌々と照る綺麗な満月が在る。

 笛の音の美しかりし雨月かな――
 ふえのねの うつくしかりし うげつかな――

視覚としての月が見えない分、
聴覚としての笛の音が一層響いてくる。

親しい人たち同士で月見会を開いているのだろうか、
前々から予定を立て、天気に恵まれるといいねえ などと楽しみにしていたが、
当日は生憎の雨。
笛を嗜んでいる友人が、戯れにと その音色を皆に披露した。
がっかりしていた気持ちを癒すように、優しくも切なくも響く、友の笛。
雨ではあったけれど、こうして楽しい時間が過ごせている事への嬉しさ、
皆が元気で集まれた事への感謝、など
いろいろな気持ちが笛の音に重なり、響いてくる。





  
その場に集っていた人たちは、今はもうこの世には居ない。
居るのは、今この俳句を通して景を共有している僕たち。

一粒の水滴のような小さな句が、美しい想いの景を広げながら、僕たちを繋げている。












うっとり。

















 2017年11月02日(木)   アリエス seasons




聖闘士星矢
今、「せいんとせいや」で変換したら、ちゃんと「聖闘士星矢」と出てきたのでビックリした。
ビックリマン というのも昔あったな そういえば…。

牡羊座(アリエス)の、ムウ(右)、シオン(左)。
シオンは、ムウの師匠。 という設定なのだそうだ。
星座を模したキャラクター設定だったのは覚えていたが、この人たちに見覚えは無い。






        *



 「ベアトリスとベネディクト 序曲」    ベルリオーズ
 https://www.youtube.com/watch?v=5rov1HS4cVw

オペラの序曲。 原作はシェイクスピア。
小澤征爾という指揮者が、
「このオペラは、曲が良いという以外には魅力が何も無い。 曲が良い。」
と言っていたと思う。

個人的には、この序曲と同じメロディで歌われるアリアが好きなのだが、
ユーチューブにはアップされていなかった。







日誌を再開してから早一年が経つ。
再開と言っても新しい気分で始めた。 そして一年経つ。

「年齢を重ねるにつれて、一年の経過が早く感じるようになっていく」
と聞くが、確かに一日が早い気がする。 一年も早い気がする。

アッ!

と言う間に、一年経った。

アッ!

と言う間にだ。 早いもんである。

アッ!

特別深い意味は無いが、何度でも言いたくなる。

アーッ! アッ! アッ! アーッ! アーーッ!!!

何度でも、何度でも叫ぼう。 心の声を叫ぼう!

ところで、
ヤフーのトップ画面に、「今日は○○の日だよ」 という情報が毎日載っているのだが、
今日は珍しく、「今日のおひつじ座の運勢は1位だよ!」 と、運勢の情報が載っていた。
特に何の日にもあたらない場合には、こうして運勢を載せるようになったのだろうか。
僕は、おひつじ座である。
嬉しいな! と思ったが、他の占いではどうなんだろうか と適当に見てみたら、
そこでは、今日のおひつじ座は最下位だった。

つまり、今日の僕は、最上位であり最下位である。


  生きるべきか死ぬべきか それが問題だ  ――シェイクスピア


そう言われているような気がした。


今日は、生死を問われている日。
おひつじ座の方が居ましたら、ご参考までに。







↑これは昨日書いたのだが、十三夜という事に気が付いて急遽違う内容に変えた。
なので、今日アップした。
だから、おひつじ座の人たちは、今日はもう生死を問われてはいないよ!
生きるべきか死ぬべきか それはもう問題ではないよ。
安心してね!








安心してね、


あんしん してね。













こんなふうに、誰が読んでも ある程度くだらないであろう事を、ツラツラと綴れさせ、
そして一日が、一年が経つ。
(「綴れさせ」 = コオロギの異称。 ↑言葉の使い方としては間違っている。)

とりあえずここは、これからも僕のペースで、適当に流れていく。
なんだかんだで毎日綴ってきてしまったが、今後も適当に綴っていこうと思う。

素敵なものや素敵なことでたくさん溢れている世の中。
自分にとっての素敵なもの 素敵なこと 素敵な話
自分の好きなものに触れているうちに、それらが自分の心になっていく。
人は皆、人生を通して心を作っていく。

だから僕も、誰かの心の糧になりうるような、何か素敵な物が作れたらいいなと思う。
まあ ゆっくりいきやしょう。

一年間どうもありがとうございました。
今後とも宜しくお願い申し上げます。
宜ぴくお願い申し上げます。















 2017年11月01日(水)   後の月 mamekuri


十三夜 じゅうさんや
後の月 のちのつき
名残の月 なごりのつき
月の名残 つきのなごり
二夜の月 ふたよのつき
後の今宵 のちのこよい
後の名月 のちのめいげつ
豆名月 まめめいげつ
栗名月 くりめいげつ
女名月 おんなめいげつ
姥月 うばづき


……これらはすべて、本日の月の名称である。
十月の満月は、「十五夜」「中秋の名月」だった。
十一月の、満月に満たない「十三夜」には、こんなにたくさんの呼び方があるそうだ。

覚えきれない。

こちらのサイトに、何故この呼び方なのか等、いろいろと書いてあった。
 http://koyomi.vis.ne.jp/doc/mlwa/201510240.htm

簡単に書くと、

後の月 … 中秋の名月の後だから。
豆名月・栗名月 … 収穫した豆や栗をお供えするから。
女名月 … 十五夜が男、十三夜が女 という解釈。
姥月 … 十五夜から一か月後の、老けた月。

だそうだ。











  すみのぼる心や空をはらふらむ雲のちりゐぬ秋の夜の月    源俊頼


解釈…
月を眺めるうちに、その光のように澄んで空へのぼってゆく心。
その心が、空を掃除しているのだろうか。光を遮る塵ほどの雲もない、秋の夜の月よ。

(こちらのサイトの解釈を参考にしました。)
 http://www.asahi-net.or.jp/~sg2h-ymst/略








十三夜 という事ですので、
せっかくなので気分を味わおう という魂胆です。





月の味わい。

光の味わい。


わいわい。




 皆で見よう






       ○






















写真に撮ったら、見た目より小さくなってしまいましたが、
中央上部に月を写しています。















往時目譜近時

watanabe keisuke