huukei

往時目譜近時


 2017年09月30日(土)   秋きぬと mienedomo


今日も爽やかで良い天気。


トイレマットなどを色々と洗濯した。


秋の風が吹いていた。 少し強い風。
  秋きぬと 目にはさやかに 見えねども 風の音にぞ おどろくナントカ
を思い出した。

 関連ページ (「千人万首」)
 http://www.asahi-net.or.jp/~sg2h-ymst/yamatouta/sennin/tosiyuki.html
解釈などが載っています。


正岡子規は、この歌が収められた古今和歌集を徹底的に批判し、万葉集を高く評価した。

個人的には、古今和歌集も、小倉百人一首も、万葉集も、それぞれに面白い。

好みやセンス、求めるものなどの感覚等は、最終的には人それぞれで、
人それぞれ―― その事を楽しみたいと最近は思うようになった。








 あき あき あき あき  あきのかぜ
   ふく ふく ふく ふく  あきのふく

 あきのかぜふく

 あきのかぜふいていく

 秋の風吹いて秋へ歩き行く

  僕たち秋へとこれから歩いて行きますね
  それとも歩いているうちに秋が来るのか
  草葉や木の葉をモミジに染めていく 秋がふふふと笑ってる











  (鳥への文)


もしかしたら、がっかりさせるかもしれないけど、
僕が一番やりたいことは、あなたの傍に仕えること。
あなたの支えに何かしらなりたい。



正直に言うと、あなたは今までに接したことのないタイプで、
そういう意味では、不安の入り混じった冒険に出るような気持ちもある。

心をください。
僕も渡す。

ゆっくり――。
ひとつずつ――。



あなたは意志が強い人のように思う。
貫こうとする。

あなたが貫く道なら、僕も一緒に、そこに添って居たい。



僕が見るものと あなたが見るものが違うなら
あなたが見るものを 僕も見るまで。



風を眺める。

風は見えない。
でも、葉がそよいでいるから、見える。
僕の心は あなたの風にそよいでいる。
そう伝えれば あなたに、この風は見えるだろうか。
あなたの好意によってではなく 勿論それもあるけれど、
それだけではなくて
あなたの心に 僕の心はそよいでいる と伝えたい。















 2017年09月29日(金)   キム first


最近、キムチを食べている。
昨日はたまたま韓国のポップソングを聞き、韓国ドラマ特有のロマンチックな気分になったので、
そのような心境を綴った。

ところで、シューベルトの曲には、「D.421」 というように、ドイチュ番号というものが付いている。
D は、ドイチュという人の、頭文字である。

シューベルトの没後、時代が変わってから、とある人物がシューベルトの音楽に非常に興味を持ち、
大ファンになり、その楽曲の研究者になった。
それが、ドイチュである。
CDやレコードが無いので、あるのは楽譜だけ。
誰か演奏できる人が演奏してくれなければ、どんな曲なのかを知ることができない。
どんな曲がどれだけの数あるのかも分からない。
それで、散乱している状況の楽曲群を、知り得る限り、年代順に並べて番号を付けていった。

それが、ドイチュ番号 と呼ばれている、D である。
ドスケベの D では無い。

ちなみに、モーツァルトは K、ケッフェル番号、
これは キスしたい の K では無い。
それからバッハやヴィヴァルディにも、こういった、研究者による番号が付けられている。

はじめてのチュウ に因んで、シューベルトが初めて作った曲、
つまり、人前で演奏する為に作った、初めての作品は?

と思って検索してみたところ、「D.1」は、こういう曲だった。
 

 「Fantasy in G Major for One Piano Four Hands D.1」   
 https://www.youtube.com/watch?v=bl6bSjO9Pd8


丁度、韓国人による演奏の動画があったので、これにしました。
何故シューベルトかと言うと、単に、個人的に好きだからです。


キムチ、たまに食べたくなるのですが、君の味も知りたいです。









 (恋文として)

君の味を知りたい
接吻だけではない
君の躰が生成する様々なものの味を知りたい
その事は君を喜ばせるだろうか
少なくとも僕は喜びます
君の味を知りたいな
あくまでも爽やかな態度で知りたい
精液と限定して言っているのでは無いです
尿を飲みたいとかそういう話では決して無いです
単純に、色々知りたいと思う
君の味












 秋の味覚 ☆☆☆




  豚肉と野菜の味噌炒め  サツマイモ入り

作り方…
 豚肉と野菜の味噌炒めを作る。
 小さめのサイコロ状に切って茹でたサツマイモを混ぜて、出来上がり。

アレンジ…
 サツマイモは、このやり方だと色んな料理に合うと思う。 サラダにもいける。
 固いので、切る時には怪我をしないように注意する。





 いも いも いも いも ◎ いも おいしい










 2017年09月28日(木)   百科 chu


 「はじめてのチュウ」    キテレツ大百科
 https://www.youtube.com/watch?v=VdwgEVibfSM

懐かしいです。 キテレツ大百科、見てました。
ラーメン大好きな小池さんが出てくる。 語尾が 〜〜だす、の人。
僕は毎週、このエンディングテーマが始まると、テレビの前にスタンダップして、
片手を上げて飛び跳ねながら チュウ!チュウ! と叫んでいました。
髪も赤く染めていました。
思えば、この曲で、性への目覚めを意識したかもしれません。
小学校なんか行ってられるか! 僕はチュウがしたいんだ!
一日中、チュウして過ごしたいんだ!
いや、でも、あのこに会う為には学校に行かないといけないな…
でも、学校でチュウはしにくいな…… どうすればいいんだ、どうすれば!
チュウがしたい! チュウがしたくてたまらない!!
僕はチュウがしたい! 僕は今すぐ君とチュウがしたいんだ! 君とチュウしたい!!

……こんなロックな曲だったっけ??

こんな曲だったのだ、きっと。
人の記憶とは、曖昧なところも多々あるものだ。


  秋風や忘れてもよきことばかり    失名子


初恋の記憶も、今までの恋の記憶も、全て秋の風にさらわれて、
よい匂いだけを残して…
そうして全ての記憶をさらわれた僕の心を、そっと、さらっていったのは君なのさ。
返してくれとは言わないよ。
そのままで良い、さらったままで居てくれ。
僕がそこへ行くから。 僕の心をさらった君を、君の心を、その心を、
丸ごと僕が奪いに行くから。

だから僕たちはチュウをするんだ。 チュウしなければならない。
とにかくするんだ、チュウを、チュウを、チュウを、初めてのチュウを…。
ひたすらするんだ、し続けるんだ、はじめてのチュウを、いつまでも。


ところで中といえば、大小、つまり大便と小便ということになるのだが、
今日はもう、その事に関しては触れないでおきたい。

もう寝よう。

嗚呼 出来ることならば
夢を奪いに行ってみたい。
いや、君の夢の前に行き、その夢にそっと触って、そのまま耳を澄ませていたい。
それだけでいいんだ。

君は眠っているだろう。 眠っているのだろう。
その眠りにも、耳を澄ませながら傍に居たい。 僕も目をとじて、その夢の傍に居たい。




 「California Dreamin' 」   Hi-STANDARD
 https://www.youtube.com/watch?v=iVm-pTiyC48
ところでこの曲も好きでした。




目覚めるまで傍に。
目覚めたら、共に歩こう と。
散歩でもしよう と。
花の匂いをかいだりしよう。
同じ風の中で。










 2017年09月27日(水)   キス seppun


 「熱い口づけを」   レハール
 https://www.youtube.com/watch?v=FGsbrBez0vM

(サビの部分の訳詞)
 唇は熱いキッスを この身は思いのまま
 星たちが私の心に 甘いキッスを 甘い恋をしなさいと言う
 足取りも軽やかに 瞳が輝けば
 踊りに酔いしれて 唇は今 熱いキッスをする








接吻したい  脱糞も見たい
接吻もしたい! 脱糞も見たい!

接吻 脱糞 接吻 脱糞

幾ら相手のことが好きでも、そのうんこに接吻はしたくない。
脱糞している状況下での接吻は、どうしてもと言われれば、いいかもしれない。
貴女はどうだろう。

脱糞 接吻 脱糞 接吻

そして僕は
貴女のその可愛らしい色白のお尻に、今 熱い口づけをしたい。
ラララ…













日々の中で見つけた美しいものに
今 熱い口づけを。
柔らかな唇で。
輝ける瞳で。

好きなものに、好きだ と
大好きなものに、大好きだ と
伝えるように、口づけをする。

僕に歓びをくれるものに、ありがとう と
伝えるように、口づけをする。

この口づけを、いつまでも。
僕の口づけを。
いつまでも。











 2017年09月26日(火)   クレド red


ごめんください ご便ください
もし そこのお方 ご便ください
 ああ… 立ち止まらずに行ってしまわれた…

ああ もし そこのあなた ご便ください
便ください 便をください 便をくれ 出してくれ 便をくれ くれ


 「クレド」 Credo (ミサ曲 ロ短調より)   バッハ
 https://www.youtube.com/watch?v=578p3vbaCGg

Credo はラテン語で、信条 という意味。 英語だと Creed。
「バッハ(Bach)」は、おならをした際の擬音語だったのではないかと考えられている。

かもしれない。

1700年ぐらいの人物。








――わたくしの信条とは 一体何であろうか
おお それは 誰も教えてはくれないのだ
自分自身で見つけ出すほか無い。

ああ聞いてくれ 吾が人生よ わたくしは今どこにいるのだ
わたくしは今 人生のどの辺に佇んでいる?
心は このまま どこへゆくのか?
しかしそんな事を考えたところで仕方がない
精一杯 わたくしの日々を 生活の中を流れてゆけ
と、わたくしは わたくし自身に言い聞かせた。

ああ なんだかそわそわする。 もじもじ。 おならがしたくなったよ
おならをしてもいいですか?
おならを出しても いいですか? よろしいですか?
本当ですか? ありがとう ありがとう ありがとう……

バハッ! バハッハッ!

ああ 気持ちいい。 人前でするおならは最高です。
あ、また出る… 再び出る…

ッバッハ!

アア……すっきりした。 達成感すら感じられる。
嗚呼 この達成感が人生なのだ
わたくしよ 今また汝自身へ問うがよい
あなたは その人生で 何を達成した?

あなたは、その人生で、何を達成した?

ふふ… ふははは… ぶはは ぶゎははハハハ ブヮハハハ バッハッハ…!!
何を達成したかなど、考えることは愚かなことだ。
そういった思考の愚かさに気付くことこそが、真の達成と言えるだろう。

つまりだね、あなたは、あなたを生きている。 ただそれだけだよ。
ただそれだけが、あなたの成すべきことであり、あなた自身の達成なのだ。
あなたは、まず、この世に生まれた。 まずはその事を達成したのだ。
あとは、とにかく、あなたの人生を生きる、
あなたがあなたを生きている、そのことが、あなたが成しているもう一つの達成だ。
あなたの、その人生の一分一秒は、「あなた」という達成の連続の一分一秒なのだ。
どんなあなたでもいい。 だらけていても、必死でもがいていても、一生懸命に打ち込んでいても、
どんなあなたであっても、つまり、あなたがあなたを生きていることで、あなたはあなたを成している。
産まれたことであなたは成し遂げたし、今も成し遂げ続けている。
さあ、一緒におならをしよう。 手を繋いでおならをしよう。
手を繋いで街を歩いて、デパートに入り、エスカレーターに乗って、後ろに立っている人の顔を目掛けて
ぶっ放そう、ブヮッハ!
今度はエレベーターに入って、すかしっぺだ。 プスヮッハ。 ケケケ、誰がやったのか分からないだろう。
ああ おならをするって、いいね。 すっきりするね。
おならをすることは、よいことだ。 善い行いだ。 まあ、でも、勿論、わざとやってはいけないよ、
どうしても我慢できない状況の時に、申し訳無いという気持ちを前面に押し出しながらするんだよ。
出ます!出します!ごめんあそばせ! ブヮッハ! ってね。 …まあね、おならなんて、そんなもんだよね。
嗚呼、今、貴女と繋ぐ手が、とてもあたたかい。
え? にぎりっぺをしたの? ああ、どうりで、ぬくもってるんだ。

貴女の掌と、そのおならを、愛だと思って握りしめた。






 ξ B A C H ξ Ж B A C H Ж Θ B A C H Θ サヨオナラ









にがごい(ゴーヤー)
 中身が赤いのは、熟れているということ。

「熟れると、僕の種は真っ赤になるんだ。
 種自体は固いけど、この種の周りは、少しだが甘味があっておいしい。
 もしも、切って中身が赤かったら、なんじゃこりゃー!と思って捨てたりせずに、
 料理の合間にちゅるちゅると、種をしゃぶったりして味わってみよう。」 

  ゴーヤーより  秋の初めに








 2017年09月25日(月)   水仙の香り smell


じゃあ具体的にどういう格好で、僕は相手の脱糞する姿を見れば良いのか?
という話になるのだが、一番手っ取り早いのは、一緒にトイレへ入り、
「君は便座に座って。 僕は君の前にしゃがんで君を見ているから」 というスタイルをとる事だろう。
確かに手っ取り早くはあるが、しかしこれだと、肝心な部分がよく見えない という難点がある。

この難点を克服するには、どうしたらよいか――
一つの提案を思い付いた。

部屋に、新聞紙を少し厚めに敷く。
あとは、君がそこにしゃがんで脱糞すれば良い。
「僕は君の前にしゃがんだり、或いは寝転んだりしながら、君を見ているから」
と、そういう具合に。

或いは、もしも君が望むなら、こうしてみるのも良い。
僕も同じように君の前に新聞紙を敷き、君と向かい合い、見つめ合い、脱糞する。
君の表情と君の股、肛門とを交互に見つめながら、見つめ合いながら――互いに脱糞し合うのだ。

或いは、こうも良い。
横に並ぼう。
肛門は見れないが、君の横顔と、君の横向きのお尻を交互に見つめ、見つめ合いながら――。

或いは、こう。
君は後ろ向きになって、僕の前で脱糞するのだ。
肛門こそ見えないだろうけれど、君の後ろ姿と可愛いお尻を見ることができる。
ひょっとしたら、これが一番、互いの気恥ずかしさが和らぐスタイルなので良いのかもしれない。
この場合は僕も一緒に脱糞する必要性が無いので、つまり君が一人で脱糞するという事になってしまうが…。

勿論、換気扇は付けよう。 窓も開け放とう。





    ξ

昨日は、タイトルを 便鏡 にするか 便姿花伝 にするか 少し迷った。
便姿花伝 にしたが、風姿花便 でも良かったなあと今日思った。

便鏡 については、即ち鏡のように向かい合って便をすること と後で思い付き、
それで、上記の内容を綴った次第です。





    ξ

  排泄について

大は小を兼ねる と言うが、大便は小便を兼ねない。 
それぞれに独立した存在である。






    ξ

ところで、お尻から出た大便は、
一般的には、水洗トイレの綺麗な水の中へ落ちて、流れていきます。
さあ、どこへゆくのでしょうか。 いつも、どこへ行っているの?
便を追い掛けてみませんか。

便と旅をしてみませんか。

便の旅は、産んでくれた者の身体を離れることから始まる。
別れから始まる――。
最初の別れ、それはつまり、最初の自立。
嗚呼…
便よ 君に別れを言うのは少しつらい。
しかしこの言葉を言わなければならない。
便さようなら、さようなら便。
いつまでも 流るるままに この広い世の中を 冒険していってほしい。

嗚呼…
便よ、君は かつては違う生き物だった。 動物だった、野菜だった。
一個体としての独立した自我を持つ生き物だった。
しかし僕が食べたので、僕の一部分となった。 つまり僕になった。
それから僕の身体の中で、徐々に便の形になっていき、そうして、
君は、便は、産まれた。 肛門から産まれた。
産まれてすぐに、清らかな水の中へ飛び込んで、そして君は旅に出た。

君は旅に出たのだ。
便よ、君は旅に出た。
その旅は一体何の為の旅なのか?
……君は答えなくていい。 何も答えなくていいよ。
だって、旅へ行かせたのは僕なのだから。
レバーを引いて君を流したのは、他でもない僕だ。
君は涙を流せばいい。
ほら、夜空を見上げてごらん。 流れ星が今 光ったよ。
君の涙も光っているかい。
君の躰は茶褐色だったけれど、僕には輝いて見えていたよ。
だって君は、健康という宝なのだから。
君は、象徴だ。 健康を象徴している、君はつまり、「象徴」という宝なんだ。
知っていたかい? 君は象徴という宝、そのものなんだよ。
君は光っているんだよ。 きらきら輝き放っているんだよ。
うふふふふふ。

……え? 何? 小腸じゃない? わたしは大腸から出てくるんです?
……
いやいや、小腸って… そっちのショウチョウじゃなくって、僕が言いたいのは「象徴」だよ。
ほら、自由の女神ってのは、人間の自由を象徴している女神でしょ?
あの女神が片手に持っている物は、ソフトクリーム? うんこ? まあどっちでも構わないけど、
つまり僕が言ってるのはね、そういう意味のショウチョウだよ。
え? 何? 間違えた? わたしは大腸から出てくるんじゃなくて、肛門から出てきます?
……いや、それは分かってるよ… 君が肛門から出てくるってことくらい、よく知ってるよ…
そんな律儀に訂正しなくていいよ……。

と、このように、便というものは律儀な性格なのだ。
僕がまだ物心つかない幼い頃から、まるで遠い昔に約束した事を果たし続けているかのように、
便というものは身体の中で毎日のように律儀に生成され、そして、
肛門というただ一つの穴から、律儀に出てきていた。
もう何年も、何十年も、毎日毎日… とても律儀に…

「健康」という、輝かしい名の元に。

君は立派だ。 とても立派だ。
そして、君と共に流れていく水は、いつの日も澄んで輝いていたね。
今、涙と共に溢れてくる、君への想いを、
トイレの神聖なる小さな泉―― この小さな泉へと託し、この泉を僕の涙ということにする。
あたたかい便は、あたたかい涙の泉に優しく包まれて、
あたたかい想いに包まれながら、それから冷たく暗い水道管の中を旅してゆくのだ。
どうか忘れないでいてほしい。 僕は君を愛している。 ずっと いつまでも愛している。
それから君が 様々な愛ある生き物たちと出会いながら、その輝きを一層磨いてゆくことを願っているよ。
僕の心は この精神は ずっと君の傍に。
輝いている君へ―― いつまでもきらきら輝きを放つ君へ――

今日も僕は、この肛門から、君を放つ。

嗚呼…
君は日々旅立ちながらも、様々なことを僕に教えてくれているのだ。
便は偉大なり。 大便先生ありがとう。







    ξ

恋文を綴りたくなった。

貴女と僕は、離れてはいるが、
大腸と小腸、尿道、肛門は、繋がっている。

貴女は放尿する。 僕も放尿する。
貴女は脱糞する。 僕も脱糞する。

人として放尿をし、人として脱糞をする。
その事を通じて僕ら繋がっているんだね。

にんげんだもの。






    ξ

 (思い付きで…)

いいな いいな にんげんっていいな
大きいうんこに 小さいうんこ
中くらいのうんこも 可愛いんだよな
僕もかえろ 便所にかえろ
べん べん べんぐりがえって bye bye bye♪

いいな いいな うんこっていいな
おいしいうんこに ほかほかうんこ
あったかいおしっこかけて 食べるんだろな
僕も食べよ 便所で食べよ
べん べん べんぐりがえって bye bye bye♪









    ξ

盛り沢山な内容でお届けさせて戴きました。










    ξ

今思ったけど、向かい合って新聞紙に脱糞しても、互いの肛門は見えないのでは……?











 2017年09月24日(日)   便姿花伝 cutie


うんこといえば…


毎日、犬の散歩をしている。
というか、犬と一緒に散歩をしている。
というよりは、犬に、散歩に連れ出して貰っている。

犬は僕の前を歩くので、
そのぷりぷりしたプリティーなお尻と、丸出しの肛門を見ながら僕は歩いている。

うんちをする時、肛門からポロポロ・コロコロとこぼれ落ちる様を、いつも視ている。

体調管理の意味も込めて、うんちの様子(固さや内容) を軽くチェックする。
握ったうんちはホヤホヤに温かく、生きているぬくもりを感じる。
寒い冬の日には、ホッカイロ代わりにもなる。

握ったうんちの重みは、今日も生きているという事の重み。 健康の重み。 感謝の重み。
今日も無事にうんちをしたね、よかった◇  と、ホッとした気持ちになる。

そういう事もあって、脱糞する姿に、何となく、安心と愛着を感じている。









  「視ている」  (恋文として)

貴女は どんなふうに排泄するのだろう。
生き物としての貴女を愛おしく思う。
放尿や脱糞している姿を想像すると、それすらに恋が湧く。
遠いいつかは必ず老いるから、
若い時分の排泄する姿を知っているという事には
なんだか涙が出てきそうな気持ちになる。
人生が、明日がどうなっていくのか、全く分からない
その中にあり 生き物としての貴女を想い、愛おしく思いたい。
排泄を想う それ即ち、健康を想うこと。 貴女が存在しているという幸せを想う。
ただただ愛おしい気持ちになる。
本当です。
貴女が排泄する姿を視ながら興奮したいわけじゃないです。
変態ではない。


僕は、貴女を視ている。









STAND BY ME
「ねえ、一緒に放尿しようよ」
「そうだね、一緒に脱糞もしよう」











  放尿と脱糞について


日々の放尿と脱糞に幸あれ! 健康の証なのだ。
食べて、出る。 これ即ち、幸せなり。

食べ物を味わい噛みしめること これ即ち、健康を噛みしめることなり。
健康を噛みしめること これ即ち、幸福を噛みしめることなり。

今日も、明日への希望を噛みしめているよ――。

Dappun and Hou-nyou is great super happiness!




※食べログから拾った画像です。
茨城県にある、月待の滝 という所だそうです。 開放的な気持ちになります。





 2017年09月23日(土)   花鏡 zeami


全裸とは関係無いのですが…





「イヨォ〜〜〜 ッポン!」




さて問題です。 私の心情を当ててください。
 一、あっ…あんな所にうんこが落ちている…
 二、あっ…あの人うんこ踏みそう…
 三、あーあ…うんこ踏んでしまった…
 四、まあそんな日もありますよ だから気にしないで
 五、ん? 私も今なんか踏んだぞ…?
 六、まさかうんこ踏んだんじゃ… ああ!やっぱり…! 畜生…
 七、まさか、うんこをここに置いたのはお前か…?
 八、うんこをここに置いたのはお前なのか…?
 九、お前だな…





昨日の、hideの容姿は、能に似ている。
観阿弥・世阿弥の 能 である。

「初心忘るべからず」 の 観阿弥・世阿弥である。

観阿弥が言ったんだったか、世阿弥が言ったんだったか、
どっちが言ったんだったか、ハッキリ覚えていない。
しかし、どっちかが言ったのだ。
初心忘るべきゃらず と…


初心忘るぶぇきゃらず


「初心忘るべからず」、
実はこれには、続きがあるのだ。
しかし、ハッキリ覚えていないので、今サッと調べてみたところ、
こういうことだそうだ。




  〜〜 カンアミ ゼアミ 〜〜

1300年代。 足利義満の時代。
世阿弥は、観阿弥の息子。 親子で能を確立した。
作曲もしていたそう。

観阿弥に関する資料はほとんど現存していない。
世阿弥は幼少期から将軍の庇護を受けていた為に教養があり、多くの書物を残している。

世阿弥の幼名は、鬼夜叉。 (実名は、元清)

世阿弥の能の代表作は、高砂 西行桜 など。
著書は、「風姿花伝(ふうしかでん)」 「花鏡(かきょう)」 など。
…かっこいいタイトル名だ。


 日本芸術文化振興会のHP
 http://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc9/index.html
世阿弥の世界 → 下の方の 世阿弥の業績 → 花鏡 → 花鏡を読んでみよう
……という具合でクリックしていくと、著書の原文が読めます。


へ〜!
…と思いたいところなのですが、古典の原文が読める人いますか?
僕は読めません。
なので、これを読んでもチンプンカンプンです。
ただ、古文の雰囲気に触れると、なんだかよい気分になります。




それで、話を戻しますが、

初心忘るべきゃらず、
初心忘るぶぇきょゎらず、
「花鏡」という書物に書かれていたこの言葉には、実は、続きがある。

是非忘るべきゃらず
時々初心忘るぶぇきゃらず
老後初心忘りゅぶぅぇきゅゎるゅわぁあず

ふむふむ…
意味が分かる人いますか? 僕はよく分かりません。
と、そんなあなたに。

 NHKの関連サイト
 http://textview.jp/post/culture/11843

ここを読めば、なるほど、そういうことか! と理解できました。
NHKさん有難う。



要するに、


 いつまでも素直に向き合い、素直に受け入れ、いつまでも謙虚であれ。
 ずっと色々を学びながら、何かしらの向上心を持って行きなさい。
 しかし、そういう気持ちは、えてして忘れ易いものだ。
 忘れることは、いけないことではない。 むしろ、忘れるのが普通であり、それが自然なことだろう。
 だからこそ、私は自分自身の為にも、わざわざこのようにして書いているのだ。
 本当に忘れてしまわないように。


…と、そういうことと受け取りました。
個人的にはとても共感します。



昔の人が、その人生で得たことを、他の人にも役立てられるようにと書き残し、
度重なる戦争や災害などで焼けたり無くなったりすることなく、運良く現在まで残った。

その人の生き方、息遣い、色々を感じられて、とてもハッピーだ。






それにしても、僕は、ヴィジュアル系のスタイルを今見ても、
その感覚に心を惹かれることは無くなったのですが、
能の外観を見ると、これはヴィジュアル系とは感覚が異なり、とても惹かれます。

能は、基本的に、人生の悲哀などにスポットを当てています。
日本の古典芸能には、他に、狂言(野村萬斎がやっているやつです) というものがありますが、
これはコントとかお笑いのようなものです。 どちらもそれぞれに面白いです。

明日の日曜日の夜9時〜、NHK教育で、能・狂言が放送されます。
いつもはクラシックの番組をやっている時間帯ですが、一ヶ月に一度、能・狂言をやっています。
副音声で解説もやっているので、それを聞きながら観ると分かり易いです。

という情報を綴ったところで、今日は立ち去りたいと思います。











霞に消えて 失せにけり























 * ― *  * ― *  * ― *



  (鳥への文)

忠誠 献呈
あなたへの 僕の中のそういった気持ちを伝えたい

だから安心してあなたはあなたであってほしい

離れない 目を離さない だから安心してそこにいてほしい










 2017年09月22日(金)   雲のように kokoro


全裸といえば…


 「DICE」   hide
 https://www.youtube.com/watch?v=sEzSZ34468g

曲の最後、後ろの人たちが全裸になる。 (陰部は隠している。)



20歳前後の頃、人前でよく全裸になっていた。
注目を集めることをしたくなるのは、自分の存在への肯定感が不安定だったからかもしれない。
もう、その感覚は卒業した。
 全裸になって一体何を分かり合えただろう ――「卒業」 尾崎裸

それはさて置き、そして、この動画に含まれている色々な要素はさて置き、
お茶の間で見ている音楽番組に全裸の人が出てくる、という事が当時はありえなかった。

人前で全裸になってはいけない、そういう一般的な価値観や常識を壊して提示する、
その行動自体には、今もとても共感するし、勇気づけられる気持ちにもなる。


自分の価値観が正しい とは思わないし、
世間的な、一般的な価値観が正しい とは必ずしも思わない。
家庭や地域や国によっても違うし、
結局、どうあるべき というものは無いと思う。

どうありたいか が大切で、
それは、正しいから という理由でそうありたいのでは無く、
ただ単に、自分はこうありたい ということだ。

影響を受けている人や、支えになっている人、憧れている人、出会った人、
本や映画もだし、絵とか詩とか、音楽とか、色々なもの、
そういう色々な存在に触れることによって、自分の在り方が形成されていく。
年齢と共に増えたり減ったり変わったりしていくが、
これまでのそれぞれの時期に、そういう人たちや物の存在があった。

色々な物に触れてきて、色んな人の存在があって、色んな出会いがあって、
心を支えられたりもしながら、
そして現在。


どうありたいか?


ありたいようにあればいい。

まあ〜気楽にいこう! というのが、やはり、結論だ。
気楽に考えて、気楽にいきやんせ と自分に思う。

ちょっと上の空や雲を眺めながら。









雲は離れる  雲は分かれる
同じ空の中で。

離れた雲はさすらって  そして新しい雲と出会った。

まるで繋がるのを待っていたかのように その雲はそこにいた。
僕もまた同じように、繋がるのを待っていたのだろうか、
そうやって互いにさすらっていたのだろうか。

新しい空の高さに 新しく繋がっている雲のまぶしさ。
 新しいまぶしさと 新しく吹いている風の気持ちよさ。

変わらない空の中で
新しくなる自由。












 じ ゆ う ふ う ふ う ふ う ふ う ふ う ふ ふ ふ













気になった展覧会。


 「届かない場所 高松明日香展」
 http://mitaka-sportsandculture.or.jp/gallery/event/170811/

三鷹市美術ギャラリーという所で開催しているそうです。 (僕は遠いので行けねえ)

映画やインターネットから見つけた、興味を惹かれた映像のワンシーン を描いているそうなのですが、
全体的に、何でもないシーン、さりげない場面が描かれています。
描いた時期はバラバラで、構成する事を目的で描いてはいなかったそうです。

それらの絵を並べて構成することで、何か独特なメッセージ性のある雰囲気を醸しています。


見ていたら何か、日常の何でもないようなことの大事さを思うというか、
何でもないようなこともいいものだなあ と、落ち着いた気持ちになりました。
それから、例えば多くの人にとってどうでもいいものでも、
自分が好きなら、それを拾って堂々と心に収めよう、そんな気分にもなりました。

何か、日々の生活の中で心の中に置きざりになっているものとか、
生活の中で心に穴が空いたままになっている部分とか、
そういった幾つもの心の隙間が埋まっていくような、そんな気持ちにもなりました。









 2017年09月21日(木)   海月 narcissism


 「SLAVE」   LUNA SEA
 https://www.youtube.com/watch?v=6UqDAoC2IkU
サビの部分のギターの旋律が好きです。






  ナルシズムについて

ナルシスト性が全く無いという人間は居ないと思うが、
僕自身のことで言えば、
(実際の造りはどうであれ)自分の外見を美しくカッコ良く見られたい、という事を意識するよりも、
もっと人に、人の心に意識を向けたい と思うようになった。

自分の見られ方を意識している時というのは、つまり自分自身に意識が向いていて、人を見ていない。
対人的な不安や、人に愛されたいという気持ちだったり、自信の無さの裏返しから来ている。
↑僕自身の場合は、です。

そもそも、外見というものは先祖や親からの授かりものであり、自分の意思とは関係無い。
身長や、他にも身体的な特徴、脳や内臓の作りなんかも同じだ。
そういうものより、自分の意思が及ぶ部分、つまり心に重点を置きたいので、
もしも美しく整った容姿で生まれたのなら、それは感謝すべき事だが、
著しく傾倒すべきものではないと思っている。

美しくても そうでないとしても、
良い経験や悪い経験も含めて、この外見だからこその経験、人との出会い、学びや成長 などがある。
だから外見と心が無関係というわけではないが、あくまでも心、内面に重点を置きたい。

ちょっとお洒落したりとか、個人的にはその程度でいい気がする。







以前、テレビの話だけど、こういう人たちを見た。
容姿が整っているとは決して言えない盲目の男性と、その妻。
妻は、男性の優しい心に惹かれて結婚した と話していた。

顔面に何かしらの「見た目の障害」を抱える、「ユニークフェイス」 と呼ばれている人たちもいる、
その容姿の人と結婚した人は、やはり相手の内側を、内面を見ている。

例えば、可愛いとかカッコいいとか、自分の好みの外見を持つ人と結婚して、
その人の容姿が何らかの事故や病気で変わってしまったら、
愛情が薄れるだろうか。
僕はどうするだろう。

パートナーでも友人でも、そんなことが関係無い関係の方がいい と思う。






話が逸れるが、
男は、本能的にムキムキなボディになりたがる。
女は、ナイスバディになりたがる。
誰の為でもなく、ただ単に男として、女として、そうなろうとする。
ちなみに僕のボディは、骨皮筋衛門 ほねかわすじえもん である。

不思議なのは、この事が結果的に、異性を惹きつける大きな要素になっているという事だ。
もっと言えば、異性の発情を促す要素に繋がるのだ。
骨皮筋衛門が ではなく、ムキムキボディやボンキュッボンが である。

人間の身体には、理に適う形で、繁殖に繋がる本能が遺伝子の中に組み込まれている。
という事なのだろうか。

不思議だな〜と思う。 …という、それだけの話です。







不思議といえば、ドラゴンボールである。
あの人たちの戦闘服なる着衣は、激しい戦闘になった時、
上半身は破れて無くなってしまうのに、下半身は絶対に無くならない。
よほど特殊な、頑丈な素材で作られているのだ。

何故、ズボンだけを頑丈な素材で作る必要があるのか?

それは単純に、全裸になってしまうと恥ずかしいから だろう。

他人の前で全裸になることが恥ずかしい、それはつまり羞恥心であり、社会性である。
ナルシズムではないのだ。
この事はとても大切であると思う。

ナルシズムは自分自身への意識だが、
羞恥心や社会性というものは、人を意識しているのである。

清潔にしよう、とか、全裸で歩くのはやめた方がいいかも、とか、そういう感覚は持ちつつ、
そして、
ナルシズムを過度に持たない。 できるだけ心、内面を重視する。
人へも、心、内面を重視する。

僕が言いたいのは、あくまでも「重視」ということであり、
ナルシズムや外見への視点をゼロにすべき ということでは無い。
でなければ、絵や写真や音楽など、自分の好きなデザイン性そのものが無いということになってしまう。
可愛いなぁ、カッコいいなぁ、それはそれであってよくて、ただ、重要視するのは内面、心、
ということが言いたいのだ。


カメハメハ!







LUNA = 月
SEA = 海
このイメージ、好きです。


クラゲを漢字に変換すると、海月。 あるいは、水母。

 シンカイウリクラゲ
 https://search.yahoo.co.jp/image/search;_yl略
綺麗です。



たゆたう。










 2017年09月20日(水)   ハイ high


一週間程前、Mさんの奥さんが亡くなった。 肺がんを患っていたそうだ。

Mさんはステンドグラスの作家で、ギャラリーのオーナーもしており、
最近はお会いしていないが、
時々僕は描いた絵を持って行き、Mさんからアドバイスを貰っていた時期もあった。



   /



ところで、僕は17歳の頃から心療内科に通い始め、処方された薬を飲んでいたのだが、
2007年、24歳の時、
薬を飲むと頭がぼんやりするのが嫌で、やめたいと思い、
その年の3月に初めての断薬を試みた。 しかし苦しさに耐えられず、1ヶ月足らずで断念。

なので、処方されていた何種類かの薬をいっぺんに断つのではなく、
とりあえずどれかを減らそう、と思って、
苛々を抑える薬、気持ちを鎮める薬、などの辛気臭いものは飲まず、
気持ちを明るくする薬、意欲を出す薬、こういうのを選んで飲むことにした。

すると、1週間ぐらいして、だんだんハイの状態になってきた。
ものすごく明るく意欲的な気持ちになり、活発に出掛けて色々な人たちに会っていたが、
そのハイの状態というのは、つまり感情を抑えることが困難な状態であり、
常に、ものすごく楽しい、ものすごく嬉しい、
頭にきた時にはものすごく怒る、悲しくなった時はものすごく悲しい、
……という具合で、感情のジェットコースターに乗っているような感覚があった。
ちなみにこの時期、働いてはいなかった。


 明るくする薬は、抑える薬と併用する事で天秤のようにバランスをとっている。
 だから、どっちか片方を飲むというのは、絶対にしてはいけない。
 それから、ハイの状態になると感情を抑えることができず、
 例えば、我慢できずに言いたいことを言ってしまったりと、人とのトラブルを起こしやすいから、
 薬は絶対に、自分の判断で勝手に減らさないように。

これは、2ヶ月ぐらい経って病院の先生から言われたことだ。
つまり2ヶ月間、僕はハイの状態で過ごしていたのだ。

ハイという自覚は無かったし、もう自分は鬱々から解放されて人生が明るくなった!!! と思っていた。
ただ、ジェットコースターに乗っているような感覚はあり、気持ちを止めたいけど止めることが出来ないという、
苦しさのような、疲弊していく感覚はあった。


人とのトラブルも、言われた通り、もれなくあった。
例えば、根に持っている事があったり、嫉妬したり、そういう場合にも気持ちを抑えられないので、
そういう相手と対面した時には、言いたい放題言い放った。
そして相手から付き合いを拒絶されると、今度はものすごく落ち込んだ。

他に、後悔して罪悪感を持っている事とかが当時はあり、その場合は電話して謝ったりした。
相手は覚えてすらいないような昔の事とかだ。

当時はHPで日記を書いていたので、やはりハイの状態の、感情的な内容を綴っていたと思う。
メールの遣り取りに関しても同じだ。

それから、確かその時期に5人ぐらいの女性に連続で告白したが、全員からそれぞれの理由で断られて、
しかし、そういう時期だったので結果的には良かった。

そういう日が続き、家族とか周囲の人たちから、最近おかしい、と言われ始めて、
最初は反発していたが、だんだん、そうかも…と思い始め、2ヶ月後に周囲の言葉を受け入れた。
薬を再び処方通り飲むようになってからは、徐々に元に戻った。

色んな人たちを怒らせたり拒絶されたりしたことで落ち込むのも然ることながら、
薬をやめることが出来ない という絶望感も募った。
(その後も2・3回、断薬を試みたが、やはり苦しさに耐えられず1ヶ月程度で断念した。
しかし薬の種類を部分的に減らすという断ち方は、もうしなかった。)

頭がぼんやりすることが嫌なのと、
自分の心で強く生きていけるようになりたい という気持ちが、当時強かったのだ。
(薬を飲んでいる人に対して、自分のように断つべきだ とは思っていません。)



そういう事があったので、翌年にNさんと出会い恋心を抱いたことがキッカケで断薬を試み、
結果、断薬の苦しさを乗り越えられた事は、僕にとっては奇跡的だった。
それからその後Nさんが自死した事は悲しく思ったが、
現在の僕があるのはこの人のお蔭に依る部分が大きいので、その意味でNさんは恩人だ。

話をした機会は少なく、親しくなることは無かったので特に絆なども無く、
だから僕個人にとっては、ただそれだけと言えばただそれだけの、記憶の中の恩人だ。

さて、人生は続く。 頑張ろう!!!




長々と、この人は一体何の話をしているんだろう  と思った方はいますか。

僕は一体何の話をしているのか。


…えっと そうです そうなのです、




ハイになっていた時期が2007年にありました。

その時期にMさんのギャラリーにもお邪魔し、Mさんと喋っていたら希望に満ち溢れた気持ちになり、
嬉しくなってテーブルの上に立って「希望ーー!」と絶叫したりとか、
やはり感情を抑えられず、そこに居合わせた人とトラブルを起こしたりもした。

そういう僕の状態を見ても、Mさんは深く気に留めなかったようだが、
奥さんの方は引いていたようだった。


そんなこんなな、色んな事を思い出した。


Mさんも現在、肺を患っている。
お世話になったりしていたので、今度奥さんのお参りに行こうと思っている。





今、窓を開けている。 風が涼しい。











 2017年09月19日(火)   朝霞 forest


  (touko氏への文も兼ねて)

ワイエスの展示、やっておりますやっております、
埼玉近代美術館ではなく、朝霞市の丸沼芸術の森 という所でやっているそうです。

 丸沼芸術の森 HP
 http://marunuma-artpark.co.jp/
メニューの「イベント」もしくは「ワイエス」の頁に、詳細が載っています。
前期と後期に分かれていて、それぞれに内容が違うようです。
休館日に気を付けて…!(笑)

ところで、この「丸沼芸術の森」は美術館ではなく、芸術家の為に提供するアトリエなのだそうです。
美術館ではない為、常設展はしていないそうです。
現在、10名がここの支援を受けていて、その内の一人に青木美歌という作家がいるのですが、
以前テレビで見たのですが個人的に好きな作風です。
今改めてHPを見ていたら、LUNA SEAのアルバムのジャケットも担当した事があるそうです。
 http://www.universal-music.co.jp/luna-sea/products/pocs-21005/

 青木美歌のサイト
 http://www.mikaaoki.jp/

プロフィールのページに書いてあるのですが、太古から続いている生命同士の繋がり、
それを、ガラスという今にも壊れそうな繊細な素材を通して表現しているのだそうです。

ふむふむ なるほど…。 単純に見ても、ガラスと光がとても綺麗です。

 過去の展示会の模様など (YouTube)
 https://www.youtube.com/watch?v=DbX2h16CzyM
 https://www.youtube.com/watch?v=oI2gxyXbwOc

この人は僕の一つ年上で、ムサビの卒業生だそうなので、吉村rar氏と同級という事になります。
rar氏とは中2の頃ルナシーのチャットで知り合いました。

たまたまですが、いろんな繋がりがここにも。

 
情報色々以上でございます。 皆さま お互いHave fun!

ワイエスから脱線しました。 …








森へ行きましょう娘さん ヤッホー

森へ出掛けてきますちょくら ヤッホー

森へ行けばお菓子のお家だ ヤッホー

魔女の育てた小さなスミレ摘み ヤッホー

飛ぶ鳥の鳴き声集めて作ったかんざし ヤッホー

髪に差して爪を塗って青くなって ヤッホー

青いお日様 月になったよ 遠いお空で青い月になる ヤッホー

月に座って 今 お弁当を食べてます ヤッホー

たまごやき黄色い ウインナー赤い みんな美味しいね ヤッホー ランラララ ランラララ ランララ










 2017年09月18日(月)   軽快 easily




墓地にて。
黄昏桜島移紫噴煙行南灰降海
  たそがれ時、桜島は紫色に、噴煙は南方へ向かい、灰は海へ降り落ちる。






 「Easily」   Red Hot Chili Peppers
 https://www.youtube.com/watch?v=wSxZgmRGtdI

今朝思い出して、検索して聴いた。
歌詞は、
「この大気が何かを呼んでる お前がそこにいなくちゃいけないって呼んでるんだ
お前の持ってる全てのものを 全部全部ぶちまけちまえ
簡単に俺達はとらわれ者にはなるもんか
俺はクソったれな奴らの研究材料のサルにはなりたくない
俺は生き物を全部破壊してやるぜ」
…という感じの過激な内容のようだが、
「自分に自信を持ってポジティブに突き進もう!」 そんな感じの意味合いにも受け取れる。
ような気もする。

曲の最後の部分が特に好きだ。






  反抗心について

近所のお寺の看板に、月毎に何かしらの手書きの言葉が貼り出される。
異論を抱く時もあるが、見るのをちょっとした楽しみにしている。

「負けることができる」 と書いていたことがある。
負けることができる ――大事なことだなと思った。


それとは違うが、
自分の中で負の感情が流れを作ってしまいそうになったら
その気持ちに抗って、できるだけ前を向く。
僕自身はそれがまず一番だろうか。


水面を眺めてみたり、
緑の木蔭で休んだりもしながら。

そういえば今日、お墓で、土の地面をしゃがんで見つめていたら、
十円玉を見つけた。


好きな物事に心をぶつけたりしながら
信念のようなものに添い続けること。
それは かつて反抗だったけれど、
今は 反抗というよりは
単純に、持っていたいものとして、心に持っていたいものを持っている。
少しの強さと一緒に。
強さと一緒に。








 2017年09月17日(日)   晴れゆく空 sky




台風一過。 「ヤッホー青空やでー 晴れるでー」  この後、すぐに夕方。




 (日記)

久し振りに焼きそばユーフォーを食べた。
チンした白いごはんを乗せて食べた。
美味しかった。

食後にバナナを二本食べた。
これも美味しかった。

その後で「もろこし」という秋田の郷土のお菓子を五六本ボリボリ噛んで食べた。
美味しかった。

そして ほうじ茶を飲んだ。








 / 今日 / 焼きそば / 白ごはん / バナナ /

 / もろこし / ほうじ茶 / 美味 / ロマンス /





  // しづかな食卓に差し込む光は //

    // 光は 人が人を思う眼差し //

   // なのだから

  //
















 
  君への

先日、君の夢を見た。
目覚めた後、本当に会ったような気がして、なんだか少し満足した。

君に会いたい。 君をよく知りたい。

再び会い、君の場所に居る君は やはり君だった。
僕のよく知る君。
けれど実際には、よく知らない部分の方が多い。

君の魅力はよく知っている。
不完全なところも、もっとよく知りたい。
全て見たい。 その全てと一緒に居たい。

ところで僕自身は全く畏れるに値しない人であると思う、
本当に気楽にいて貰えたらと思う。 不完全なところたくさんある。

巡り巡っての今を、不思議にも、それから何だか心強く思っている。



その羽
この羽
羽音を重ね
一本の道を行くこと。
大きな音となること。
その音に抱かれ
互いの胸の静かなる
心となること。
一すぢの
糸になること。
その影
この影
互いの影に
糸の端が揺れて
今笑っていることを
今泣いていることを
優しく結う。
一本の道よ
一すぢの君と僕との恋なれば。












 2017年09月16日(土)   裏拳バンビ praying banbi





懐かしいものが出てきた。
母が自分の部屋の荷物を整理していたら出てきた。 取っててくれていたのだ。
19歳の時に趣味で作った冊子だ。

26歳の時に物を全て捨てたので、昔描いたものや書いたものは何も残っていない。
以前のHPにアップしていたデータも、全部消している。

自分自身を思い出せるものが、もう記憶の中だけだな と思っていたら、
ここに再び見る事が出来た。

この頃の絵をキッカケにメールを貰い、付き合いが現在に至っている人も居る。
実物に触れることができれば懐かしむこともできるので、良かったと思った。















一つの心は まだ旅をする
老いへの 死への 時間の一本道を駆ける

時の列車
日々の車窓に映る景色
乗り合わせる人たちとの会話

風の中を駆け抜けてゆく どこまでも

あの時に感じていた光
今感じている光
ずっと 光を映している









孤吐葉 (短歌)  十首を抜粋  少々推敲


 止まぬ雨 その冷たさの 身に凍みて 笑みこぼしては 切る左腕

 陽の光 醜い我を 曝け出す 悲しさ湧いて 影に隠れる

 休まれぬ 我は祈りて 水をやる 自由夢見し 小さき花へ

 夢を追って 我は疲れた 砂時計 渇きを喰らい 流れ続ける

 溢れ出づ 涙に訊きぬ 「我は今 息をしていて いいのだろうか」

 窓の外 時を刻みて 雪降れる 静かに想い 募らせている

 星屑を 拾い集めて 手のひらを 開くと光 煌めいてふわり

 心から 憎しみすらも 抱きしめて 産まれたことへ 愛の言葉を

 いつまでも 消えない恐怖 ふところに それでも生きる 今を己は

 不安さえ 抱きしめている 永遠に 全ての我は 今我に在り











何はともかく
我ながら素直な性格だという事が見て取れて、よいと思いました。


20年後の自分に手紙を書くとしたら、何と書くだろう。

20年後の自分が今の自分へ何かを伝えるとしたら、
大丈夫だから、頑張っていくんだよ。 と、きっと応援するだろう。
待ってるでー と言うだろう。


これを読んでるあなたは、何と伝えますか?
20年後のあなたは、今のあなたへ。




ゆっくりずむ  と。











 2017年09月15日(金)   呀行 呀進 mou man tai


今日テレビで聴いて、とても好きだと思った。


 「太湖船」   中国江南地方民謡
 https://www.youtube.com/watch?v=wCgo78V8dZw


呀行呀行 呀進呀進  ヤァシンヤーシン ヤージンヤージン
というのが繰り返し出てくるが、
行けよ行け 進めよ進め  という意味だそうだ。


山青水明幽靜靜
  山青く 水青く 幽玄と静かなこと
湖心飄來風一陣
  湖の上を一陣の風が吹く
呀行呀行 呀進呀進
  行けよ行け 進めよ進め




うおお じーんときます…




歌詞の全文の対訳は、こちらのブログに載っていました。
 http://jennywren.exblog.jp/26112809/


カラオケバージョンみたいなのもありました。
映像と合わせてちょっと旅行気分。
 https://www.youtube.com/watch?v=mjsjdBB2cj4




ヤーシンヤーシンヤージンヤージン♪






             ○


                      人 人 人
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

              ○


 2017年09月14日(木)   人 way


録画していた日曜美術館を見た。 ワイエスという画家の特集。

アメリカの、特別な人たちではなく普通の人たちを、人種に関係なく描き続けた。
黒人を描いて発表した白人は、この人が初めてだそうだ。

主に、移民や開拓者、黒人、困難な境遇にありながら力強く生きようとする人達、
を描いている。

困難な境遇に置かれた時、人はそれをどう乗り越え生き抜くのか。
そういう普遍的なテーマを描いているのだそうだ。

個人的にはとても興味深く観た。

今度の日曜の夜、再放送がありますよ! …という情報でした。

 番組HP
 http://www4.nhk.or.jp/nichibi/x/2017-09-17/31/30569/1902735/






 - * * - * *  ◇  * * - * * -








先週の土曜日。 紫式部。


  ○○○ ○○


今日は曇り。 台風が来つつある。




 2017年09月13日(水)   秋暑し akiatusi


暑い日は沖縄風に…




 イカと豚バラのゴーヤーチャンプルー 豆腐入り


作り方(参考)
 イカ… 内臓等を取って輪切り
 豚バラ… 薄切り、適当な大きさに切る
 木綿豆腐… 手で適当にちぎる

 ゴーヤー… 薄め
 ナス… 薄め
 オクラ… 薄め、斜め細切り
 アスパラ… 適当
 唐辛子… 輪切り
 ガーリックパウダー少々

 適量の味噌を少量の水で溶いたもの
 だし醤油… 適量
 みりん… 適量

火の通りにくそうなものから順に炒めていき、調味料を入れて火を通して完成。


安売りしていた材料で作ったので、ゴーヤーさえ入れれば、他はキノコにしたり何でも◎。
オクラを入れるとトロミが付く。
豚小間切れと豆腐でもGood。 溶き卵を入れてもDelicious。

ニンニクは無しにしたい気分の時もある。 生姜を入れたい時もある。

ちなみに、鹿児島では「ゴーヤー」よりも、
にがうり とか にがごい とか にがごり 等と呼ばれている。








 58 58 58 5 8 5  8  5   8    5     ∞








先日、ラーメン道=スケベ道 と書いた後で思いついたのですが、
以下、とあるラーメン屋での、とある恋人たちのドラマ。



ガラララ…!
店員: いらっしゃいー! 空いているお席へどうぞー!
女: カウンターにする?
男: そうだね。 僕は普通ラーメンの大盛りにしようかな。
女: じゃあ私は… チャーシューメンにしよっかな。
   すみませーん 大盛りラーメンとチャーシューメンくださーい
店員: はいよ! 大盛り一丁、チャーシュー一丁!



 (其の一)

店員: へい、おまち!
女: わ〜!おいしそう! いただきまーす。
   あれ!? チャーシューが入ってないよ!?
男: チャーシューメンなのにチャーシューが入ってない!? じゃーチューしよっか! チュッ



 (其の二)

店員: へい、おまち!
女: わ〜!おいしそう! いただきまーす。
   あれ!? チャーシューが1枚しか入ってないよ!?
男: チャーシューメンなのにチャーシューが1枚しか入ってない!? じゃーチューしよう! チュッ



 (其の三)

店員: へい、おまち!
女: わ〜!おいしそう! いただきまーす。
   ねえねえ、チャーシュー貰っていい?
男: チャーシューメンなのに人のチャーシュー欲しがるの!? えっと…まあいいけど…とりあえずチュッ



 (其の四)

店員: へい、おまち!
女: わ〜!おいしそう! いただきまーす。
   ねえねえ、チューしていい?
男: え? 今チューするの!? …しょうがないなあ チュッチュッ



 (其の五)

店員: へい、おまち!
女: わ〜!おいしそう! いただきまーす。
   ねえねえセックスしよう?
男: え? 今するの!? しょうがないなあ… チュッチュッ …いやいや、やっぱり良くないよ。
   今はラーメンを食べることに集中しよう? とりあえずチューだけ… チュッチュッ



熟成されたチャーシューの味に勝るとも劣らない、濃厚な接吻。
洗練し尽されたスープをも凌駕する、二人の交わす愛液。
これぞラーメンスケベ道、遥かなる悠久の歴史を今、舌の上で一身に受けとめ、
口の中で刻み続ける互いのこの繊細な秘密の味わいは、
まさに二人が極めんとする、極上の秘宝の味わい、本物のスケベの味わい。

二人がスケベであり続ける限り、この長く厳しいスケベの鍛錬の道は、きっと永遠に続くことだろう。
深い闇夜を明るく包み込んでいる、煌めく街の光のように――

  「ラプソディー・イン・ラーメン」   常時スケベ・チャーシュウイン 著




この二人がどこの誰かとか、そういう設定は特に考えていません。




 秋暑し接吻は夢うつつかな    啓助平




今日も風に吹かれてさよならさよなら。





 2017年09月12日(火)   在る物で albondigas


モンセラートは、スペイン。
ということで……




スペインの家庭料理 「アルボンディガス」
日本で言うところの 肉じゃが のような存在だそうです。
(先週たまたま作っていました。そのうち載せようと思って写真を撮っていた)



作り方…

 ◆鍋でお湯を適量沸かしておく。

 ◆みじん切りにした玉ねぎ、人参、えのき、にんにくを、ひき肉(+ナツメグ・塩・コショー・酒) と混ぜて、
  肉団子を作って表面を炒める。 →鍋に投入 5分ほどくつくつ煮込む

 ◆切ったオクラ、レンコン、しめじ を軽く炒めて投入
 ◆ローリエ、ローズマリー を投入

 ◆アクを取って、
  コンソメスープの素、鶏ガラだしの素、塩、薄口醤油少々、みりん、黒コショー などで味付け。

 ◆5分〜10分ほど煮込む。
  味見をして、塩加減を調節。 ベリーグッドだと思ったら完成。
  ハーブは取り出す。



ポイント…

 個人的な好みの話ですが、ローズマリーは生が良いです。
 無い場合は、乾燥タイプを使わずに、ローリエ(これは乾燥でOK) だけで作った方が好きです。
 でも、もしも好きだったら、乾燥のもの、タイムとかバジルとかクミンとかを入れても美味しいと思います。

 ローズマリーが好きなので育てているのですが、虫も付かないし年中収穫できて便利です。
 鉢植えでも多分大丈夫だと思います。


アレンジ…

 トマトを刻んだものを入れたり、トマト缶を入れるのが主流だそうです。
 個人的にはコンソメ味の方が、なんか好きです。
 具は、その時その時にある色々でいいと思います。 じゃが芋を入れてもいいと思います。




レッツ・スペインライフ!




(参考)
 http://disseny.jp/kimama/recipe/r-card/06002.html

…僕が作ったやつと全然違うじゃないの! と思った方、
家庭料理とは、家庭の数だけ、形や味が何通りもあるものなのです。

「これね、アルボンディガスっていうスペイン料理なんだって」 と言って出せば、
「へえ〜すごーい。 もぐもぐ… んー!おいしいね〜!」
と、特に深く考えず、人は美味しく食べてくれるものです。

そんなもんディガス。




 2017年09月11日(月)   朱い本 montserrat


 「モンセラートの朱い本」 (Llibre Vermell de Montserrat )
 https://www.youtube.com/watch?v=X8pBMiSOZHc&t=2458s

基本的にほとんど全部の曲が好きですが、
個人的には、「輝く星よ」 (Stella splendens) という曲が好きです。
この動画だと、22分15秒ぐらい〜 です。



モンセラートの朱い本 とは、中世のスペインで書かれた、キリスト教の為の音楽集。
うるさく騒ぐ巡礼者に対して、修道院の規則や聖職者の決まり事などを教える為に作られた曲集
なのだとか。

モンセラート = のこぎり山
 https://search.yahoo.co.jp/image/search?p=略 (Yahooの画像検索)
朱い本と言うのは、この曲集の表紙が赤い色で彩られていたことに因むそう。

検索して見つけたこのブログに、歴史的な背景の詳細が書かれていました。
 https://ameblo.jp/voxpatriscaelestis/entry-10704482749.html
ふむふむ…




さて、何故これを書いているかと言うと、
明日の12日火曜、朝5時からのNHK-BSプレミアム 「クラシック倶楽部」で、
アントネッロという古楽アンサンブルの演奏会が再放送されます。
(先日綴った、「戦国時代の南蛮音楽」 の人達です。)
僕は以前観たのですが、モンセラートの朱い本が演奏されていました。
個人的には上記の動画の演奏よりも好きでした。

……という音楽情報でした。




それにしても、世の中、色んな音楽がありますね。 しみじみ。






 2017年09月10日(日)   リンス rinpoo


 「Shampoo」    JUDE
 https://www.youtube.com/watch?v=b_tir3UO4YU

近くにハンバーグ屋があり、マスターはこのアーティストのファンらしく、
CDやポスターが店内に飾られている。
それを見て、家に帰って検索して久し振りに聴いた。 間奏のギターのメロディが好きだ。



物をほとんど全部捨ててしまっているので、
自分の思い出みたいなものを思い出せる物に出会うと、テンションが上がり、
闘いたくなる。
そこで繰り広げられるのは、自分との闘い。
そう、自分との闘いなのだ。
怒りは最大の敵である  という言葉を、徳川家康が遺している。

怒りは最大の敵である――
ならぬ堪忍するが堪忍―― ← 我慢できない時に我慢するのが本当の我慢である という意

僕は多分、気が長い方だ。 あまり怒らなさそうだよねとよく言われる。
しかし頭に来る時も無いわけではない。
あなたはどうですか?

ブッダは怒った時、どうしていたのだろうか。
悟りを開いていたのだ、どのようなクールな考えをもって怒りを抑え、無くしていたのだろうか。

そもそも、悟りとは何ぞや。
悟る、とは、どういう事を言うのか。
迷いから解き放たれた状態 と聞いたことがあるが、
そもそも、迷い とは何ぞや。
なにか悩み事があったという事。
誰だって悩み事の2つ3つはあるよ。 人間だもの。

人間だもの。

とはいえ、ブッダは悟った。 悟ってしまったのだ。
一体何を?

まあいいや。
考える人 ではなく、あんまり考えたくない人 である、僕個人的には。
まあ適当に、まあ、気楽にいこうよ。

そうだ、そもそも、悟ったら何かいいことがあるのかな。
買い物する時に値引きされるとか
後光が差しているので電気代が要らないとか
お寺によっては入場料を取られるから、そういう時に無料になるとか――
インドへの旅行が無料――

ところで話は変わるが、
徳川家康は、側室がたくさん居た。 かなり助平な人間だったのだろう。

僕は多分あまり助平ではない方だ。
しかし100%全くもって助平でないというわけでもない。
あなたはどうですか?

そもそも、助平というのは、善なのか、悪なのか。

例えば、善玉菌というのが腸内にはいるらしい。
菌は全てが悪なのではない。 善い菌もいる。

つまり、助平が全て悪なのではない。
善い助平もいるということ。

それで言うと、僕は善良な助平であると言うことが出来る。
善玉菌が腸に奉仕しているように、奉仕する助平。 奉仕したい助平。
僕は奉仕したい。

もしも助平が悟りを開いていたら、どのような言葉を遺しただろう。

曼陀羅

マンダラ

マンマンダラダラ… チンチンダラダラ…

うむ、これはとても助平な言葉だ。 しかし、もっといけそうだな。

もっといけそう? いやいや、もう無理だよ… さすがにもう無理だよ…
助平にも限界があるよ…

  助平にも流石に限界あることよ   啓助平

一句にしたためる。

そもそも、助平が悟る とはどういう事を言うのか。
助平が悟ったら、何かいいことでもあるの?

究極の助平
 助平の極み
  そうして、助平の辿り着いた境地とは――?

――ものすごい味わいの助平

なんだかラーメン道みたいだ。

ラーメンが好きな人は、きっとほとんどの人が助平なのだろう。
ラーメン好きな人=助平な人
確かに、イメージとしては違和感が無い気がする。

あなたはどうですか?

ラーメン食べたいなあ。
ラーメン食べたいの? スケベだなあ。

話は戻るけど、スケベになったら何かいいことあるかな、
あるかな…?
考えてみたが、確かにいいことはあるかも。

いつもハツラツとしていそう。
長生きしそう。
想像力が豊かになりそう。
いつもゴキゲン・ニヤニヤ・ニコニコしていそう。
いつでも気力と精力に満ち溢れていそう。
そうするとなんとなく周りも活力を貰って良い事尽くし。
知らず知らずのうちに人々に奉仕している、ザ・奉仕助平。

御奉仕助平! 参上! ッポコニャン!

いいかも。
よし、助平になろう。 今日から僕は助平。
明日も助平。 いつでも助平。
むしろ産まれた時から助平だったかもしれない。
この世が全て助平に見える。
この世は助平。
ワンダー助平、ザ・ワールド・オブ・助平。
サウンド・オブ・助平。

テーマソングは、
 性行為よ永遠なれ  (←原題/アメリカ国歌 星条旗よ永遠なれ)

…いや、無理だ。 永遠は無理。 助平には限界があるのだ。
助平にも流石に限界ありまんこ と、さっき詠んだばかり。
それに、そもそも僕はそんなに助平な人間では無い。

綺麗な景色とか、木が風にそよいでいる姿とか、そういうのを感じている事が好きなのだ。



 さやさや
 
  そよそよ



 とほくから

  ちかくから



 ほら

  風が吹いてきた


 よ




ああ…
僕達のセックス どこへ向かうべきなのか
セックスして一体何を分かり合えただろう
あと何度セックスすれば
本当のセックスに辿り着けるだろう
仕組まれた遺伝子に 誰も気付かずに
セックスした日々も終わる
このセックスからの卒業
セックスからの 卒業

 「豊かなセックスを求めて 卒業」  尾崎豊胸



豊胸いいな…
いや、何でもいいのです。 何でも有難いのです 何でも感謝です。
ザ・感謝。 本当に感謝なのです。
卒業はしない。

むしろ僕が頑張らなくちゃいけないかもしれない。

でもどうやって?
頑張るって言ったって、何をどうすればいいの?
奉仕したい――
その気持ちだけではいけないの?
どうしたら どうすれば
ああ
悲しい
悲しい 悲しい
悲しい

悲しいけれど ああ 今だけは 悲しい歌 聴きたくないよ

きしむベッドの上で 優しさを持ちより きつく躰 抱きしめあえば
それから二人の股は マンマンダラダラ チンチンダラダラ

 ――「 SEX LOVE YOU 」  尾崎豊 チンチンの先っぽも豊か




もうそろそろ この辺で終わった方がいいかもしれないですね。


まだ 会ってもいない。



SEXもいいけれど
風景も良い。



今日も生きていた。
明日も元気でありますように。
朝方が少し冷えてきたので、風邪などに気を付けましょう。




空高く手を伸ばせば
空高く秋の雲



響いてゐるよ  秋の声






今日の呟き、終わり。







- - - - - - - -

ところで、
先日、戦国時代の南蛮音楽の事を綴りました。
演奏者は「アントネッロ」 という人達でした。

12日の火曜、朝5時〜 NHK-BSプレミアムで、
アントネッロの演奏会が放送されます。 過去の再放送です。
「モンセラートの朱い本」などが演奏されます。 個人的には好きな曲もありました。
興味のある方は、是非チャックを! チャックを開いて

……チェックを!






 2017年09月09日(土)   黒人 blacks



  黒人の子の黒人や秋の風     高野素十


句意…
黒人の親子を見た。 当然、黒人からは黒人が産まれてくる。
子供は、まだ小さい。
この子供が将来に経験するであろう様々な事を思うと、
その宿命を思うと、感慨深い気持ちになった。


この親子は手を繫いで笑顔で会話している。
ごく普通の事として、言い合いや喧嘩も時にはしている。
親子の間では、何も関係無く、人間。 大人になってからもその事は変わらない。
その事は春の風。 いつまでも吹いている春の風。



 *



 「サマータイム」   ガーシュウイン
 https://www.youtube.com/watch?v=O7-Qa92Rzbk
※この動画は音が小さいです


ジョージ・ガーシュウイン (1898〜1937年)
ユダヤ系のロシア人。 幼い頃に迫害を逃れてアメリカに移住。
ラプソディー・イン・ブルー、サマータイム 等で知られている。

初めはポピュラー音楽を作っていたが、ジャズとクラシックを融合させた音楽に取り組んでいった。
オペラ「ポーギーとべス」は、全てのキャストに黒人を起用した世界で初めての作品。
しかし、街の代表的な劇場が上演を受け入れたのは、1935年の発表から50年後のこと。

「サマータイム」は、「ポーギーとべス」の中で歌われる一曲。



 *



ガーシュウインのポピュラー音楽は多数あり、こちらが有名だそうです。

 「 The Man I Love 」
 https://www.youtube.com/watch?v=-RJ9PNYxr9Q

 「 But Not For Me 」
 https://www.youtube.com/watch?v=5lRMl3z26As

 「 I Got Rhythm 」
 https://www.youtube.com/watch?v=bP6lTD0_Ias



 *



個人的にはこの曲が好きです。

 「3つの前奏曲」
 https://www.youtube.com/watch?v=fnHs6mPuwDc



 *



  (3つの日記)

◆時々行くお店のサラダバーに、今日はグレープフルーツがあった。
 一人で食べてしまって大丈夫かなあと思いつつ大量に食べてしまった。
 元を取った。

◆夜の飲食街を歩いた。 風はもうすっかり秋になった。
 料理の色んな匂いが、風に乗って漂い去ってゆく。
 これからだんだん冬へと、少しずつ移り変わっていく。
 季節の変わり目に立って何となく楽しみな、嬉しい気持ちになった。

◆新しい季節が 気持ちを新しくしてくれる。






 2017年09月08日(金)   夏の果 natunohate




朝。 だんだん秋の雲になりつつある。





ザ・小さい饅頭。




 - * - * - * - * -





違い という事について最近考えていた。

好み。 価値観。 生き方。 など。


基本的に今までずっと、他人に対して、自分と同じであることを求めていた気がする。
近い方がいいな、同じ方がいいな、と思っていて、
友人においても恋人においても、よりそういう人との出会いを求めていたかもしれない。

しかし最近、思い直している。

同じだからいい。 果たしてそうだろうか。

同じであれば、解り合えて楽しい。
それはそうなんだけど、けれど、果たしてそれこそが全てだろうか。

どうしたもんじゃろな〜 と、ぼんやり考えていた時、丁度このCMを見た。
流れてくる歌を何となく聴いていたら、
……おお!これだ!これやないか!
僕ちんが探しあぐねていた答えは、まさしくこういうことです!! と、物凄く納得した。


 S&B本生 わさびのはなし
 http://www.sbfoods.co.jp/honnama30/
動画を見る をクリックすると見れます。


  産まれた日に私達は 別々の道を選び
  愛してても変えられない それぞれの生き方

  あなたと笑いたい 分かり合えずにいたとしても
  ただ 共に優しい時を過ごせたら それだけで


優しい時を過ごせること―― それが一番なのではないかと思った。

躰に、心に、糸を紡ぐみたいに。
様々な人との優しい時を。 優しい糸を心に紡いでいく。

その糸こそが、一番に大切に思うべきものではないか と。

違いが、あまりに受け入れられない事なら受け入れなくていいと思うけど、
そうでないのなら、違いもまた醍醐味として思おう、と思う。

いつも生協のわさびを買っていたが、
これからは、わさびを買う時にはエスビー食品のを買うことに決めました。
日本万歳! わさび万歳! エスビー食品万歳!

美味しくなかったら、生協に戻ろう。

こうして、頭も心もスッキリ&ビューティフル。






 2017年09月07日(木)   便食う beck


君は便を食うのか。 食っているのか。
僕は食っていない。

あなたは便を食べるのですか。 食べているのですか。
私は食べていません。

ヒップホップといえば、(僕の中では)BECKである。
他によく知らないということもある。

ヒップホップは黒人の文化として発祥したそうだが、BECKは白人である。
「黒人の輝ける文化」が、白人をもアジア人をも、人種を越えて輝かせている。


 「Minus」   BECK
 https://www.youtube.com/watch?v=QH98B3HdhUk


モダンな格好をしたテンションの高い若者達の図。
サビ?のギターが好きだ。

BECKの、この曲はヒップホップではない。 しかし、
ヒップ…かっこいい  ホップ…ぴょんと飛び跳ねる  という意味なので、
このBECKという人は、ギターを持ってかっこよくピョンと飛び跳ねているから、
まさにヒップホップであると言える。 と言ってみたい。

さっき真似してジャンプしてみたが、足が全く開かなかった。
BECKは体が相当柔らかいのだという事が分かった。





  (普遍というものについて)

僕はこの曲のサビ?のギターの旋律が好きなのだが、
そこの部分に、自分の中でキラキラしたイメージが湧くので好きだ。

好きだな とか、 綺麗だな とか、 なんか感動する とか、
そういうものっていうのは、
触れていると、知らず知らずに自分の心を作っていくと思うので、
だから、そういう、自分にとっての 綺麗だなあ とか なんか感動する とか、
単純に 好きだな とか、
自分が感じるそういうものに触れることは、とても大事だなと思う。

なぜ感動するのか なにゆえ惹かれるのか 分からなくてもいい。
言葉にできなくてもいい。

そこに自分にとっての 何か精神的な美しさを含んでいるということは確か。

見つけて、触れて、
心に集めて、
炎に入れる蒔(まき)のように、
心に足していくように、触れていたい。













 2017年09月06日(水)   惑星 planet


一昨日、「ヒップホップ」はアフリカ・バンバータという人物が作った呼称
という事を知ったのだが、この人の代表曲は、
1982年に発表した「プラネット・ロック」 という曲だそうだ。

僕は1982年生まれなので、なんとなく親近感を持った。
…そうすると同年生まれの人は、みんな親近感を持つという事になるけど…。

プラネット(Planet)… 惑星、(人間の運命・人事を左右すると考えられている)運星
という意味があるそうである。

運星… ウンコの星では無い。

Planet Rock …
黒人白人などの人種に捕らわれない地球人のロック という意味だろうか。
人種を越えて世の中へ宇宙的に広がって行くように という願いのような意味だろうか。

惑星? わ〜、くせえ! という意味では無いことは確かである。

ちなみに今日の僕の便は、やや軟便だった。

さて、どんな曲だろう。


 「Planet Rock」   Afrika Bambaataa
 https://www.youtube.com/watch?v=hh1AypBaIEk


ふむふむ…。
ヒップホップの歴史の始まりの曲、そのメッセージ性を思うと、ふむふむと思う。
日本語で「いち、に、さん、し」 と言っている箇所があり、日本人としても縁を感じる。



ホップ ステップ ジャンプ!!



何はともかくとして、この人は新しい事を提案し、新しい事をやった。
新しい事をやろうとする感覚とか、そういうのって大事だ。
そういう気持ち、ずっと持っていたい。
現在の自分のやり方に固執せずに、
色々なものに触れてアイデアやインスピレーションを得ながらやっていきたい。


おそらくどんなものでも、信念などの想いを持って作られている物・活動・行動には、
その傍らには必ず何かしらの結実がある。

「ヒップホップ」を誕生させた事、
それによって心の拠り所を得たり、自信を持てるようになった人達が、たくさん居る。
Hip Hop =「黒人の輝かしい文化」という意味合いだが、実際、多くの人が輝いた。


さてはて ささやかでいい。 たとえ小さくとも大切な実。
自分はどんな結実を積み重ねて行けるかな。







 ―○―  ―○―  ―○―  ―○―







 或る鳥への散文


会いたい人に会えばいい
行きたいところへ行けばいい
やりたいことをやればいい
それが全部道になる

僕は君の姿に何も求めない
寧ろ 在るがままで歩んでいることを望む

その眼差しの奥にあるものは変わらない
寧ろ 在るがままそれが伸び伸びと燃えている方がいい

その密かな炎のようなものを僕は中心に見ている
軌跡は全て君自身のものになる 未来にもなっていく
君は君が歩む土を歩む道を愛おしく思えばいい
どんな土かどんな道かよりもその歩む姿こそが僕にとって愛おしむべきもの
パチパチと音をたてながら自由に燃えているそのことこそが全てだ

まあ気楽に






 2017年09月05日(火)   手の鳴る hibaku



  よく眠る夢の枯野が青むまで     金子兜太


 - - - - - - - -

戦争時に被ばくを経験した谷口稜曄という人が亡くなった というニュースを見た。
生前のインタビューの様子などが流れた。


 私達が70年前に経験した事が何だったのか
 その事を、よく考えて貰いたい。

 この事を伝える為に、私は生きてきたし、生かされてきた。
 生き地獄ですよ。


生き地獄と言いながらも、「生かされてきた」と言って、支えてくれた周りに感謝している。
或いはその惨い人生にすら感謝しているのかもしれない。
その事が印象的だった。



目的を持つ事が、地獄の状態で居続けなければならない事への、支えになっていたのだ。
その原動力となる感情は、怒りや憎しみだったのか、
これから先も生まれ続ける命への、人々への、社会への、願い、想いだったのか。
色んな気持ちがあったのだろうと思う。

ナチスに捕えられたレジスタンスは、長い拷問を受け続けたが、
その中で死ぬ人達も多く居たが、生き延びた人達も居た。
彼らはずっと、目標とか目的、希望のようなものを持ち続けた。

同じくナチスの、収容所のユダヤ人達も、
多くは死んだが、生き延びた人達はやはり、希望、目標や目的などを持ち続けた人達だった。

シベリアに抑留された人達、
黒人の奴隷、 …他にも色々なシチュエーションで、過酷な状況に居る人達。
現代だと、イスラム国の捕虜や性奴隷として捕まっている人達、
それから、監禁とかの犯罪、最近ではアダルトビデオへの強制出演とか、
あと、学校での苛めも、同じような状況だと思う。

障害者や高齢者の、施設内での犯罪。
簡単には逃れられない家庭内での犯罪。

そういえば、以前テレビで観たのだが、
黒人の奴隷の歴史は、 白人=加害者  黒人=被害者
と思われているが、そうなのだが、
黒人の中にも仲介者がいて、
地域の村長とかが、「私達が奴隷を確保するから、その代わりに銃が欲しい」、と白人に懇願して、
銃を得て、人々を脅して集め、白人に売って、自分たちは助かりながら利益を得て安泰していた。
それで奴隷貿易は効率良く続いた。
…というような実態もあったのだそうだ。



人間の心は色々だ。
それに、例えば、過酷な状況を経験した人達が、みんな優しくて思い遣りがあるとは限らない。
いい人であるとも限らない。

小学生の頃の事だが、
苛められていた人を助けたら、今度はその人が僕を苛める事で周囲からの注意を逸らし、
僕は、助けた人から苛めに遭う という状況になった事があった。

それから、
親戚に、生まれつき頭髪がほとんど生えていない女性が居るのだが、
学生の頃はずっと辛い時期を過ごしてきていて、だからか優しい面もあるのだが、
社会的地位とか見栄とかにこだわっていて、
え?と思うような残酷な仕打ちをしてしまえる という性格になっている。

人間の心は色々だと思う。



自殺で亡くなった知人のNさんは、旦那さんにも親にも友人にも、何も告げずに亡くなった。
何に苦しんでいたのか僕には分からないけれど、
死ぬ選択をすることが、苦痛からの 地獄からの解放なら、それもありだろうと思う。

ただそれは淋しい。 何か話をしていたら変わっていたかな など、ぼんやり思った。
今は、死んで本人が楽になっているのなら良いと思う。

辛い中を生き抜く人 辛い中で死ぬ人
綺麗 汚い 美しい 醜い
一括りにはできない




春、夏、秋、冬、 心の模様は色々あってこその人間だから、僕自身もそうだから、

どこか 遠くから呼ぶ詩のように 遠くから鳴る音のように
遠くから呼ぶ声のように
遠くから差し込む光のように
遠くへと続く道があるように
近く近く呼び合う人達とは呼び合いながら 生きていたい。

…なんか、Coccoにそういう歌があったな…。
手の鳴るほうへ という曲だった。
 歌詞/ http://www.kasi-time.com/item-15004.html
 曲はYouTubeではコピーしか見つからなかった。
全体的に見るとこれは淋しい詞だが、
遠く遠く ぼくらは行くよ 近く近く 呼び合いながら  という部分がとても好きだ。



 行け螢 手の鳴る方へ 鳴る方へ    一茶



鳴るほうへ。


人の持つ光は いつまでも光り
人の持つ掌のぬくもりは いつまでもあたたかい
道しるべのように在り続ける






 2017年09月04日(月)   翼 tubasa


ある人が、ヒップホップが好きだそうで。



 「Under age’s song」    Dragon Ash
 https://www.youtube.com/watch?v=zlmGHrasKzQ
  歌詞/http://j-lyric.net/artist/a00271b/l001a35.html


 「百合の咲く場所で」    同
 https://www.youtube.com/watch?v=QfBwYdTXm58
  歌詞/http://j-lyric.net/artist/a00271b/l009889.html


 「Iceman」    同
 https://www.youtube.com/watch?v=989xqj0gVPg
  歌詞/http://j-lyric.net/artist/a00271b/l02c3ba.html



以前よく聴いていた。
今となっては、例えばファッションとか、個人的には終わった要素を含んではいるけれど、
それを省けば、メロディとかが今もとても好きで、
歌詞もまたそうではあるけれど、純粋な感じがして好きだ。

「Under age’s song」 のサビの部分の、
Be stronger, Fry higher, Don’t be afraid.
…ジーンとくる。
この曲は、他にバージョン違いがあり、
クラシカルなギターソロが入っていたと思うのだけど、僕の記憶違いだろうか?
YouTubeには無かった。

ちなみに「Iceman」の方はラップでは無い。

ヒップホップてどういう意味なんだろう。
お尻? ビール?
そういえば、お尻は英語でヒップでは無いらしかった。


……今ちゃんと調べてみたところ、ちょっとジーンときた。
hipは「かっこいい」という意味のスラング、hopは「ぴょんと飛び跳ねる」という意味。
アフリカ・バンバータという人物が、
音楽やダンスのみならず、ファッションやアートを含めた黒人の創造性文化を
「黒人の輝ける文化」という意味を込めてヒップホップと呼称した。
これが1974年11月のことだったので、11月を「Hip Hop History Month」として祝う習慣がある。

…なのだそうだ。
つまり、元々は音楽のジャンルのみに限っての呼称では無いらしい。
奥が深いですな…。


さて、今日も星を見て羽ばたきますか。
雨が降ってるけど。


なら今日は雨が星。

 星のなみだ 星のしずく。

  星が降る 降りつづける。

   羽を濡らして 飛んでいく。


 その羽の 濡れたしぶきに朝陽を呼べば

  羽ばたけること いつまでも

   いついつまでも








 2017年09月03日(日)   九月 kugatsu


  日記

草むしりに精を出した。
草とは言え1メートルぐらいの背丈があるので、しゃがむと森に見える。
その草の森の中に、毛虫があちこちにくっ付いているので、腰を引かせながらも草を掴んで抜き続けた。
草の森は、そして森では無くなった。
新しい空間が現れた。
これからは秋の草が生えてくる。
九月になった。
秋になった。










  或る鳥への


君は確かに笑顔だった
髪は束ねていた
全体的に茶色の服を着ていた
別れて
多分僕は、一度振り返った
君がまだそこに居て もう一度手を振った


その衝動にも その熱にも 添いたい


 それから
君が求めれば僕はいつでも予定を立てます。
現実的には、今月は22日以降だと動けます。 長くて五泊が可能です。
君は忙しい時期だと思うので、全ての日に会えるとは思っていませんので、長めにしようと思います。
ともかく僕は君の都合に合わせます。
それで、航空券と宿泊費が早割りで安くなるので、具体的な日取りの相談等は早めに連絡を貰いたいです。
気が変わったり、変更等も、気楽に伝えてくれて構わないです。

という訳であります。
何も気にしなくていいよ。

今すぐに は 僕も同じ。

この辺で。

今日も其の羽に耳を澄ませてゐる。

東の空を見た。







 2017年09月02日(土)   南蛮 unyanya




頭頂部がこういうふうになっているのは何故?
性欲は無いの? 本当に?
と、素朴な疑問として思うのですが…。 怒られるかな…。
「こらこら、私達は命懸けで海を渡って来たんだ
 強い意志と信念を持って、我々は人生を使命と信じ、生き抜いたのだ」
確かに…。






宣教師が描いた織田信長。
「ミッキーと呼んでくれ」






髪型が似てるでしょ?












 戦国時代の南蛮音楽
 https://www.youtube.com/watch?v=AmlAcawZ-cY&t=1005s

6分ぐらい〜
9分ぐらい〜◎ (約3分)
19分50秒ぐらい〜 (約1分)
22分50秒ぐらい〜◎ (ちょっと)
25分20秒ぐらい〜



以後よく伝わるキリスト教――
1549年、フランシスコ・ザビエルによってキリスト教が日本に伝わる。

「ラ・フォリア」がヨーロッパで流行していた頃、日本は戦国時代。 織田信長の時代。
ザビエルの故郷であるポルトガルは、ルネッサンス時代。

ザビエルと共に、貿易の商人や、楽器を携えた楽団も来日していた。
織田信長など、大名の前などで演奏した。

織田信長や豊臣秀吉が聴いた音楽…… 南蛮人による南蛮音楽……
どんな音楽だったんだろう?
――それが、上記の曲なのだそうだ。
ラジオ風の番組なので、音楽が掛かる時間を表記しておきました。
国内で活動している古楽アンサンブル「アントネッロ」による演奏だそうです。
◎印は、個人的に好みの曲です。


ふむふむ……。

うにゃにゃ〜うにゃにゃ〜 ♪






 2017年09月01日(金)   パン屋と氷 delicious


  日記


 (一)

俳句誌「水輪」 に入会している。
半月以上が経つが、一度も主宰の選に入った事が無いので、
合わないのかな… 違うところに移った方がいいかな… そうしようかな と最近考えていたが、
今日届いた九月号に、初めて選に入っていて句評も載っていた。

単純な性格なので、先生!これからも信頼して付いて行きます!色々教えてください! と
態度がコロッと変わってしまう自分に愛嬌を感じた。

悲しいかな、褒められないと伸びないんだ! 
うおお こんちくしょう  と、心の中でつぶやいた。






 (二)

いつも行くパン屋がある。
今日は、いつも買っている食パンが棚に置いていなかった。
違うのを買うしかないな どうしようかな… と、棚の前で5秒ぐらい佇んだところに、
いつもいる女性の店員さんが、「これですよね?」と、いつものパンを携えて持って来てくれた。
焼き立てのほかほかであった。

僕は、あ!そうです、済みません有難うございます、と、すぐに言って、
会計を済ませそのまま店を出た。

それにしても、この店員さんは…
僕が買うパンを覚えていた という事は… もしかしてだけど…
僕のことを…
もしかしてだけど… もしかしてだけど…
す… す…
す…

 すき…
  
 スキ…

 スキェ… スキェべ…
 
 スケベそうな客だな と思って覚えていたのだろうか…

悲しいかな、そんな事は無いんだ! パンを買いに来ているだけなんだ!
うおお こんちくしょう と、心の中で涙した。












 ムーミンかき氷

作り方…
市販のビニール袋に入ったかき氷を、
お気に入りのマグカップに入れて食べる。

至福。






往時目譜近時

watanabe keisuke