huukei

往時目譜近時


 2017年08月31日(木)   フォリア folia


 「ラ・フォリア」   失名 (作曲者不詳)
 ヴァイオリン Ver. https://www.youtube.com/watch?v=CLEVWNX70wo
 リコーダー Ver. https://www.youtube.com/watch?v=xSy1sSOq6OY


フォリア… 狂気、常軌を逸した という意味。
元々は騒がしい踊りの為の音楽だったそうですが、
時代を経て、優雅で憂いを帯びた曲調に変わっていったそうです。

1500年頃、ヨーロッパで大流行した旋律だそうで、
どこの誰が作った曲なのかは定かでは無いそうです。
スペインとかポルトガルが発祥と言われているそうです。

上記の曲はコレッリ作曲となっていますが、正確には、
コレッリがフォリアの旋律を元にして作った曲 という事になります。




人類の長い長い歴史の中で…
人々の営みがあり…
流行があり…
色々あり…






 地球のように生命体を宿す星が、宇宙の中で他に全く見当たらないのは、
 つまり、地球は独りなのであり、誰ともセックスしない状態という事だ。
 地球は、つまり、若しくは、まだ性に目覚めていない年頃、まだ幼い年齢なのか。
 ならば、そこに暮らす僕たちもまた同じく、やはり幼い存在なのだろう。
 老若男女問わず誰もが、まだまだ学ぶべき事がたくさんある、未熟な存在という事なのだ。
 
 地球がいつか、どこかの星と出会う時…
 それはつまり、新しい命が生まれる時なのか。
 理論上、太陽と地球はいつか衝突すると考えられているそうだ。
 地球と太陽が衝突し、地球は無くなり、
 その衝撃から生まれた新たな太陽系と星が、
 つまり地球のような星が、再び、生命を宿す星として、
 新たに人類の星として歴史を歩んでいくのか。

 今現在僕たちが暮らしているこの地球も、
 大昔の、星と星の衝突――つまり星と星のセックスによって生まれた星なのか。

 人は学び続けなくてはならない存在 ならば、
 人は個人のみでは学ぶことの出来ない存在 という事だ。
 人との触れ合いの中で  人や何かとの触れ合いの中で
 人は学び続ける。
 一度の人生の中で少しずつ新しい自分に生まれ変わっていく。
 だから単純に、触れ合いって大事ですね。
 そう思います。
 セックスっていう意味の触れ合いじゃないですよ。
 そうじゃなくて。

 嗚呼 それにしても
 セックス
 セックス
 セックス…


  ワタナベ・ケイスケべ 著 「セックスと宇宙と人類哲学の考察」 より





さて、窓から鼻くそでも飛ばそう。










  <或る鳥への>

あなたの言う 「川」 の意味が解りました。
その事なら問題無いです。 二・三回程度なら僕は単発的に行けますし、
その時に話し合って、その後は僕がそちらで暮らせばいいです。

しかしその為には、越えなければならない一番大きな問題があります。
学歴と職歴がほぼゼロの僕にとっては大きな、仕事という壁です。
気合を入れてやっていくのみです。

 仕事とはセックスである

というわけにも行かないのが現状であります。

 仕事を訪ねて三千里――

実際、そんなところかもしれません。
見通しが付くまでは、セックスもしない方が無難でしょう。

さてはて。
まあ、ともかく、ゆっくりいきましょう。







 2017年08月30日(水)   青空を blues



 青空を写し鏡の涼しけれ    失名子


読み… あおぞらをうつし かがみのすずしけれ
解釈… 暑い日、鏡を見ると、ふと青空を写している事に気が付き、清々しく涼しい気持ちになった。



「詠み人しらず」は短歌の場合に用いて、
俳句や詩の場合は「失名(しつめい)」と書くようなので、これからはそうします。
虚子、秋桜子、誓子 など、俳号には「子」を付ける場合が多いので、
だから、「失名」にも「子」を付けて、失名子(しつめいし) としているのかな??
ともかく、作者不明の時に 失名子 と表記しているのをよく見かけます。

僕はノートにメモする際、俳号は記さずに本のページ数だけを簡単に記す事が多いので、
調べれば上の句の作者名は分かるのですが、
作者には失礼かもしれませんが面倒なので、失名子にしようと思います。
「蕗」の投句蘭に掲載されていた方の句です。
蒼井空之鏡子 とかにしたらダメかな…
あおいのそらのきょうし  若しくは、あおいそらのきょうこ


 青空を写し鏡の涼しけれ   蒼井空之鏡子


いいかも!
いいかも。






ところで、俳句をノートにメモする場合、縦書きで書くのをお薦めします。

「縦に書く」 というのは、つまり、心に建てる、心に立てる、
そういう意味もあります。
例えば、木の冊に縦書きで書いて、土にさす、
心の土にさす、心に立てる、心を建てる――

そんな大層な大袈裟なものにしなくても、
ネックレスとかイヤリングみたいに、飾りを付ける感覚でもいいと思います。

心がすこし楽しくなると思います。



横書きの良さとしては、水平――
つまり、水のように平らになるところです。
池や湖を作ります。
水たまりでもいいでしょう。 海でもいいです。
心に、そういった水平の空間を生みます。

作品によっては、横書きの方が合う場合もあると思います。



或いは、円を描くように書いてもいいでしょう。
その形が合えば、そこから独自の何かが生まれるでしょう。



その人にとっての栄養になればいいのです。


すごく知ったかぶりな感じで書いてみました。

楽しみ方いろいろ。 バンザーイ!







どこでどんな御縁があるかも分からないのと、やっぱり作者の存在も大事にしたいのと、
何かしらの佳い事に繋がればいいなとも思うので…


 青空を写し鏡の涼しけれ    成原登代子

 玉のれんしやらしやら夏の終りけり    岩倉節子


です。


 玉のれんしやらしやら夏の終りけり    金玉鳴男


きんたま・なるお  ではありません。





 2017年08月29日(火)   尻 bum bum


ここ数日、シモネタの良し悪しについて、独り考えていた。


結論は、僕がシモネタを言っても、たかだか知れている程度だろう、
だから、どういう事を言っても、ある程度の品性を保っていると思う。
つまり道徳的な品性を保っているのだからOKだ。

例えばカラオケに行って、下半身を丸出しにし、
 ピーヒャラ ピーヒャラ パッパパラパー
 ピーヒャラ ピーヒャラ 踊るチンポコリン♪
 ピーヒャラピー 肛門がチラリ♪
とかをやってみたところで、特に問題は無いだろう。
まず殆んど全ての人が失笑する それだけが問題なのであり、
シモネタとしては可愛いものだ。 そんな気がしている。

昔の話だが、高校生の頃、友人達と夏祭りへ行き、
トイレに行った時にふと、誰か気付くかな?と思って、
チャックから陰茎を出したまま、皆と合流した。
そして少し歩いてみたが、意外と誰も気に留めないので、
寂しくなって友人に話したら、失笑して引いていた。

その時に感じた寂しさなど、もう忘れて、
懐かしさと屋台の明かりだけが、おぼろげに記憶の中に残っている。

今同じ事をやると犯罪になるので、今やりたいとは思っていない。





  玉のれんしやらしやら夏の終りけり     失名子


   読み… たまのれん(暖簾) しゃらしゃらなつのおわりけり





僕の金玉もしゃらしゃら言いながら、そうして楽しかった夏も暮れよう。
今年も実に金色に輝いた夏であった。

明日からは、チンポコリン啓介の、チンポコリン日記を綴っていきたいと考えている。
日々のチンポコリンの様子を、短い映像と共にお届け出来ればと思う。
書く側も見る側も、何となく脳が活性化され、よい気がする。

肛門日記でもいいな…。
日々の便の様子を記録していく。

今日の便はこちら! 85点!
色、艶、共にグレートだが、やや弾力に欠ける。 ストレスのせいだろう、
もう少し精神を鍛えれば、健康な便を生むことが出来る。

…こんなふうに、一筆評と共に綴っていく。
身心の健康管理に役立てられる。
見る側も、ふむふむ…と、参考になるかもしれない。

「君の便」特集。
お便りと一緒に、便を送ってください。
必ず、保冷剤を入れてチルド便で送ること。
それを見て直感的な感想を綴ります。

90点! 惜しいのは、消化されていないニラのような物が少し混じっていた。
よく噛んでいない証拠。 最低30回は噛むこと。
…などと、少し偉そうな感じで評していく。

100点が出た場合には、その日の僕の便をプレゼント。
保冷剤を入れてチルド便で送ります。
「おめでとう!」と書いたお便りと一緒に送ります。

これからも益々健康で優良な便の排泄をお祈り致します。



 「おれの尻を舐めろ」 モーツァルト
 https://www.youtube.com/watch?v=kBuB__XAg8g

え!? と思いますが、単純に良い曲だと思います。
歌詞も、よく聴くとジーンときます。
こういう軽みって、個人的には好きです。





時間のある人には、こちらもお勧めです。

 「お尻」は ”hip”ではない
 http://getnavi.jp/life/128475/

知らんかった。






 2017年08月28日(月)   飽き足らず matakayo


  秋田の花火競技大会のTVを見る の巻

土曜日に放送された、秋田・大曲の花火大会、
今日、録画したものを観たのですが、大会提供花火の音楽はクラシックではありませんでした。
いつもはそうだったのですが、今年は違った。

自然の中でやる花火だから、音楽も、出来れば電子音じゃないのを聴きたいなあ と
思うのですが、
まあそれは人それぞれの考え方があるので、やや残念と思いながら見ました。
しかし、綺麗は綺麗でした。

テレビで、定点カメラで見る花火は、コンパクトに収められた中の宝石
のような印象があり、僕はこれを見るのが結構好きです。

いつか実際に行って観てみたいなーと思っていたけど、メインの音楽が変わったなら、やめようかな。
別のところへ行こう。 ヒノモトは広いぜよ。

でも行けばそれはそれで楽しいんだろうな。


という感想文。 御終。





  *

*   *

  *






  そして、突然始まるシモネタ劇場 の巻



 セックスは花火だ。

  ――花火師ケイスケべ




 セックスは爆発だ!

  ――岡本セックス太郎




 日本人の、日本人による、日本人のためのセックス
 それが花火である。

  ――アブラハム・リンカーン
  ――脂が乗ったハムのように利口なリカちゃん人形のようなケイスケべ




 今日は十尺玉だ!

  ――今日のスケべ





ちなみに、花火の最大のサイズは、四尺だそうだ。
これは直径800メートルに相当するそうで、スカイツリーが634メートルである事を考えると、
かなりデカい。
危険も伴う為、東京や横浜など都心部での打ち上げは制限されており、
田舎の広い場所での花火大会で打ち上げられるそうだ。
 情報元… http://life-info.link/hanabi-no-ookisa/

埼玉で2014年に打ち上げられた4尺玉が、
世界一重い花火として、ギネスに認定されているのだとか。

今年の鹿児島の花火大会では、最大は二尺玉だった。









  ◇

*   *

  ◇










  <或る鳥への返答として>


来年は埼玉県民になっているかもなあ と、呑気に考えていた。

その川とは、つまり何ぞや?

深い溝があり、その溝は二人を違わせ、関係を終わらせる結果に導く…
……なんてドラマチックなんだ。

まあ ゆっくりいこうよ。 と言いたいです。

どこへ行くつもりもない。 いつまでも待つ。
僕は溺れはしない。 君が溺れるなら助ける。


提案一 : 一緒にお地蔵さんを作る。 その川べりに置く。

そのうち川もにこにこしてきて、僕らは魚や蟹と遊んでいる。


そもそも君がそこに居る限り、間に何があるとしても、僕は君の事を気にしている。
もしかしたら、君の好意に関係無く、僕はそう思ったかもしれない。
だから、やはり渡って行くだろう。 これは僕の意思です。



戯れに…


 何が君の幸せ 何をして喜ぶ
 愛と勇気とセックスだけが友達だ

  ――アンアンパンパンマンマンチンチン



 そこは「友達」なの? 「恋人」じゃないの?

  ――恋人のセックスはサンタクロース



 まあ いいではありまセックス

  ――リラックス・セックス



 友達100人できるかな
 100人でセックスしたいな 富士山の上で黙々と

  ――まだ・未知お



 どんなもんだい!

  ――どんな問題もセックスで解決



 ♪未来の世界の 猫型ロボット

  ――ドラえもんセックス
  ――どこでもセックス
  ――タケコプセックス



 ♪君はいくのか そんなにしてまで

  ――セックスの旅人



 トンネルを抜けると そこはセックスだった

  ――たまには上でもセックスしやすし



 今日も十尺玉だ!

  ――今日もスケベ




君と会って話した事が無いので、どういう反応をしているか分からないけれど、
つまり、気楽にいかうぜよ という事を伝えたいのです。












 2017年08月27日(日)   花火 nocturne


花火にちなむ、好きな絵。



 「黒と金のノクターン  - 落下する花火 - 」   ホイッスラー
 http://shoyo3.hatenablog.com/entry/2014/11/01/155900

 http://www.salvastyle.com/menu_impressionism/whistler_rocket.html



どちらも個人のHPより。
見る人によって感じ方・捉え方・鑑賞の仕方、そして好みも様々なので、
色々を参考にはするけれど、自分の好きなように鑑賞するのがいいのだと思う。

僕は単純に抽象性が好きなので、この画面を見ると、ただ単純にときめく。








 水中花の如く絵画に遊ばする     keisuke


  すいちゆうくわのごとくくわいぐわにあそばする





  *

     ○

      *
   。
    ○

     。






花火は火花

 火花は花火


花と生れて 火と散りぬ
火と生るるや 花として散り


瞬いてゐる

 永遠のやうに




 *
  *
    
    ○

      。
   *
  。
   ○

     *
    。


      *












 2017年08月26日(土)   瞬 matataku



 「木星  快楽をもたらす者」   ホルスト
 https://www.youtube.com/watch?v=wac2jL392WU


少し前に、平原綾香の「ジュピター」という曲でも知られた。
タイトルは、快楽をもたらす者 とか、快楽の神 などと和訳されている。

ジュピターは、ローマ神話の神。
ここで言う「快楽」は、性の意味の快楽も含むのだろうが、
もっと広い意味の、嬉しい気持ちとか、陽気な気分、様々な歓喜、
そういう感じの事だと思う。


 セックスとは、快楽をもたらす者同士の、神聖なひとときである。
 その歓喜と安らぎの調べは永遠だ。
  ――ワタシハ・ケイスケべ


…もういいか。


尚、この曲の中で奏でられている有名な旋律は、
イギリスでは下記のタイトルで愛国歌としても歌われているそうだ。
 
 「I vow to thee, my country」 (我は汝に誓う、我が祖国よ)
 https://www.youtube.com/watch?v=bvouc8Qs_MI
これはイギリスの戦没者記念日式典の模様だそうだ。



「木星(ジュピター)」は、ホルスト作曲の「惑星」という組曲の中の一曲で、
他にも、水星、金星、海王星、冥王星などのタイトルが付けられた7つの曲から成っている。
ちなみに作曲当初は、「惑星」というコンセプトでは無かったそうだ。
数曲作ってから、途中で惑星を思い付いたらしい。

「木星」の他には、「火星(マーズ)」 がよく知られている。
リズムが独特だ。

 「火星  戦闘をもたらす者、戦闘の神」
 https://www.youtube.com/watch?v=2ov24eTX_jo



僕は日本に生まれて鹿児島で育っているので、日本と鹿児島が大好きだ。
国を愛してはいるけれど、戦争は愛さない、という人達が、今の時代ならたくさん居るだろう。

北朝鮮がミサイルの準備を着々と進めている。
オマエ、味噌汁の具にしてやろうかこの野郎  このドサンピン役者めが
と、テレビを見ながら心の中で呟く、八月の平和なひととき。







  * * * * *


 * * * * * *


  * * * * *







 *【* 情報 *】*


 秋田・大曲 全国花火競技大会  NHKのページ
 https://www.nhk.or.jp/akita/oomagarihanabi2017/


今日の夜7時から、NHK-BSプレミアムで生中継されます。
秋田県で毎年この時期に行われていて、ここ数年はいつも楽しみにTVで観ています。
おそらく九月・十月に再放送されると思います。

花火大会ではなく、「競技大会」で、
全国から参加した花火師たちが、新作の花火を一発と、
音楽に合わせた花火のショーを一度ずつ、順番に披露していきます。

新作の花火の披露は一発なので、チャンスがたった一発 というところに、
花火の本質とロマンを感じます。

この大会の目玉は、なんと言っても中盤(今年は20時45分〜)の、
大会提供花火でしょう。
毎年、クラシックの曲をバックに、どえらい花火がどっかんどっかん打ち上げられます。
昨年はベートーベンの交響曲第九番「歓喜」、その前はラヴェルの「ボレロ」だったと思います。
音楽が好きな人には、たまらないと思います。 そうでなくても、たまらないでしょう。
なにはともあれ、ジャパニーズに生まれて良かった! と歓喜すること請け合いです。

It’s the Japanese spirit! Let’s spark!






 2017年08月25日(金)   真剣 suke


 「鏡の中の鏡」  ペルト
 https://www.youtube.com/watch?v=69k_Xgj3MzM

見つめ合えばそこに
あなたの瞳の中の わたしの瞳。






昨日書いた、
 スナフチンポコリン啓介の、長く太い旅路は続く――

…これは、最終的にはアウトではなかったか。

 YoYoチンチン

これもダメだ。 もしも逆に自分が言われたら引くだろう。


 その人の品性や品格を下げる。 それが下ネタである。
  ――ワタナベ・ケイスケ


では、どんな下ネタならOKか?
その事について、真剣に考えてみたいと思う。


そう、真剣に考えるのだ。


真剣に…



 性欲は生命の本質だ。 即ち、愛の表現である。
  ――ワタナベ・ケイスケべ


 生命の本質、つまり、「生きていること」の本質である。
 愛を知ること、愛を学ぶこと、愛を表現すること。
 この世に生まれるという事が、即ち、そういう事であるならば、
 この世で経験する様々な出来事を通して、それらを体感してゆく、
 セックスもまたその内の一つである。
  ――ワタナベ・ケイスケべ


 セックスとは、即ち、愛の表現である。
 その時あなたは、尊い、愛の表現者である。
  ――ワタナベ・ケイスケべ


 セックスとは、想い、感性、技術 を用いて創る、至高のアートである。
 そしてその創作は、互いの体感としてのみに得られ、互いの記憶としてのみに残り得る、
 尊いものである。
  ――ワタナベ・ケイスケべ


 技術を必ずしも要せず、感性と想いのみで成り立っている作品も多く存在する。
 セックスの中で何をどうするかは、あなた方次第だ。
  ――ワタナベ・ケイスケべ


 セックスにおける表現は無限にある。
 その無限の表現の中で、より天に近い、より至高の触れ合いを探し求めるのだ。
 セックスとは、その為の清らかな旅である。
  ――ワタナベ・ケイスケべ

 
 Sex Is The Art Ideology. 略して、SITAI。
  ――ワタシハ・スケベ


 嗚呼 楽しみだなあ
  ――ワタシハ・ドスケベ



僕はドスケベである。







…うん、これなら、ギリギリ良いと思う。
こういう下ネタなら、ギリギリ良いのではないか。


ウン、コれなら良い。

ウンコ…


これも、まあ良いのではないかと思う。
でも、ウンコと呼ぶよりは、便と呼んだ方が個人的には好きだ。



僕は遊び人である。
 遊びをせんとや生れけん 戯れせんとや生れけん

10年程前に、エイズの検査をした。 陰性だった。
それ以来、僕は、遊び人の自分を卒業した。
 あと何度 自分自身 卒業すれば 本当の自分に 辿り着けるだろう
 BGM/「卒業」 尾崎豊

そういえば、「阿呆の血のしからしむるところ」――
姉が観ていた有頂天家族というアニメで、そんなセリフを聞いた。
 阿呆の血がそうさせている
という意味だ。 良い意味での阿呆である。
阿呆で在ろうとする事の大切さ。

 踊る阿呆に 見る阿呆  同じ阿呆なら 踊らにゃ損々♪
せっかくなら踊ろう!
でも、見るのも楽しい。
どっちでもいいから、阿呆で居よう。



僕にとって、遊ぶ事は、即ち信念である。
より楽しい方へ より楽しくなる方へ。

遊べや遊べ 今日も空は青いから
遊べ遊べ 今日も空がある限り

空が青いよ
 空は青いよ

青い空だよ

青くなくとも
 それは空だよ

空だよ

遊ぶこと
 君の空だよ それは――


遊べば空は いつでも青い


空は青いよ
 ゆこう さあ









 ○

   ○




  ○
    ○










  或る鳥への散文として


一つ白状したい事があります。
つまり、先日、説教と題して君へ伝えた気持ちは、不安や嫉妬です。
こういう事を考えました。
例えば、この先、僕と君が本当に一緒になったとして、
もしも君が、新しい魅力的な人と出会ったら、
同じように、「誰にも言わずに触れ合おう」とするのだろうか…? と。
それは嫌だな…、と思いました。
そういう気持ちが湧いて、ああいう事を書いたのです。

という事を白状します。
気にしていなかったら良いのですが…。

多忙なところ済みません。
今日も伸びやかに飛んでいます事を思い乍ら。






 2017年08月24日(木)   白 whiteness


昨日書いた事を読みかえしてみたら、僕、極端な考えの内容を書いていたYo
だから、反省して書き換えたYo 短くまとめたYo YoYoチンチン



気を取り直し…
白紙に戻そう遣唐使  の気分で…

白紙に戻そう

全てを無に帰そう


むにきそう…


はなきそう…


 「花帰葬」   志方あきこ
 https://www.youtube.com/watch?v=KsUu_kUqCg0
  歌詞 http://www.kasi-time.com/item-16282.html

旋律が好きだ。





ところで、いわゆる下ネタが 僕はあまり好きでは無い。
世の中、その話題で盛り上がる人達は多く、僕はその点で言えば社交性に欠けている。
しかし僕のような存在もまた、良いのだと考えている。

その人の品性や品格を下げる。 それが下ネタである。

僕は昨日、文章の流れで、つい下ネタに走ってしまったが、
今日考えるに、あれは良くなかった、と思い直している。

 セックスは、つまり生命の本質なのさ。 愛の表現だよ。
  By スナフ金玉  (←スナフキンと金玉を掛けてみました)

…このぐらいならいいだろうか。 否、アウトだ。 ブラックゾーンである。

 たとえ愛が無くても、セックスすれば生命は誕生してしまうんだ。
 この事もまた、生命の本質と言えるだろう。
 この世に誕生するという事は、愛ばかりでは無い世界に生きる という事なのさ。
  By スナフ金玉ぶらり旅

…これもアウトか。

 マスターベーションはどうなるのかって? 
 確かにあれには生産性は無い。 排出するだけだ。
 けれど、表現っていうのは、排出する事でもあるんだよ。
 男の体の機能上、精子を循環させる為に自分で排出させる行為は、必要不可欠だ。
 愛し合う事を想像したり、愛される事を想像しながら行為に臨むことが、僕は望ましいな。
  By スナフ金玉ぶらぶら風に吹かれる

…アウトかな。

 大きいことは良いことさ!
  By スナフ金のシャチホコ

…アウト。

 もしもアウトが無ければ、野球の試合はどうなる? 永遠に成立しないよ。
 アウトが大事な時だってあるのさ。
  By スナフチンポコリン之介

…なるほど!



そうして、スナフチンポコリン啓介の、長く太い旅は続く――。


まあ、品性・品格を下げない程度 が大事ですな。



全てを無に帰す如く、
吾も亦帰る也。
白い部屋へ帰る也。
白壁に向かひて、真新しき色や形を描かうとする
部屋はいつも白い。
白い部屋を愛す。
白いアイスクリーム。
おいしいアイスクリーム。
I scream.
叫ぶアイスクリーム。
ナンノコッチャ。

ナニモカンガエテイナイヨ。
頭の中は軽々として空っぽの白さだよ。

嗚呼 こころに 白き花ぞ降らせむ。
いつまでも いつまでも。





 2017年08月23日(水)   ラップ handclap


DJみそしるとMCごはん という人(一人) が作っている。
以前、NHKで放送されていた。

 「とりのから揚げ」  ごちそんぐDJ
 https://www.youtube.com/watch?v=WtsD略

 「キュウリのキューちゃん」  同
 https://www.youtube.com/watch?v=VswFX1uWeng



とある人のブログに、ヒップホップが好きと書いてあったので、
自分が好きなものを載せてみた次第ダYo


そういえば、先月観に行った「コモンビート」 という演劇は、
ヨーロッパ好きな民族、アジア好きな民族、フォークソング好きな民族、
打楽器好きな民族、ヒップホップ好きな民族、
それら皆、違うけれど仲良くやろう みたいな話だった。

三者三様 十人十色 みんな違ってみんないい ダYo Yeah
平和に生きていること それがいちばん大事なコトだYo Yeah



今日は掃除機を買いに電気屋に行ったYo
通販最安ヨドバシカメラで数年前に買ったやつ あれだめだ壊れた動かなくなった
Yo Yo Yo 不具合起きた不良品だYoこれ 使えなくなるの早すぎるんだYoぼけ
二年?三年? アッ という間にBye Thankyou ほら電源ボタンが点灯しない ビックリ仰天ありえナイ
ナイナイ そんなことナイ 僕は不良じゃナイ まっすぐ生きてはいナイけど ハッスル マッスル
ほら クラップハンドでラップする するする スルメをラップしてチン チンチン
チンチン これフランス語だYo 乾杯って意味のフランス語ッス いつかフランス行きたいッス
YoYo チンチン オッパイ 乾杯!

 〜 By... New掃除機で吸引力UP & NewクリーンUPケイスケ 〜





 2017年08月22日(火)   チャンス chance


夕食は、五香粉を使った混ぜそーめんを作り、
食べ終えてTVを見ていたら、吃音(きつおん)の落語家 桂文福 という人を取材した番組をやっていた。

吃音の為、社会人になってからも人との会話を避け続けていた。
そんな時に落語と出会い、落語家になる事を決意し、現在に至っている。 60歳ぐらい。

前髪を金髪に染めているのが、個人的には「うむ、そうなのか」 という感じで見たけれど、
番組で話していた事が印象に残った。

 ハンディを武器に
 ピンチをチャンスに

そう言った後、「吃音でよかったと、今は本当に思います」 と語っていた。

取材を受けて喋っている時にも、やはり、それなりにドモっていたが、
堂々とした態度で喋っていたから、それだけ今の自分に自信を持っているのだろう。

緊張する場所でやるとドモりやすいらしく、落語をやっている途中でドモった時には、
別の言い回しを用意していたり、セリフの順序を入れ替えたり等、しているそうだ。
つまり、それだけ一般の落語家よりも多く、機転を働かせたり、
言葉のボキャブラリーを持っていなければならないわけだから、凄いなと思った。


そして、この人に弟子入りしたナントカという人もまた、印象的だった。
学生の頃にずっと苛められていたが、明るくなりたいと思い、
人前で話す仕事、人を笑わせる仕事、落語家を目指した。
でも、なかなかうまくはいかず、空回りし、人と喋るのをだんだん控えるようになり、
日本一無口な落語家 と言われたりもした。 40歳代。

この人は、今まだ頑張っている最中、という感じだったが、
でもその、頑張っている姿と、それから、それを温かい目で見守っている桂文福の姿に、
ジーンときた。


テレビ局が取材した理由は、色々な人達の励ましにも繋がるだろう と読んでの事だろう、
僕は励みになった。
吃音… 僕はそんなに酷い方では無いと思っているが、
今日の番組を見て元気を貰ったり、安心している人達が、
国内の色々な場所で、テレビ画面の前に、同じ時間帯に居るのだと思うと、
それもまた励ましになり、なんかいいなあと思った。

 ハンディを武器に
 ピンチをチャンスに

いい言葉だなと思った。
他の色々な事にも言えると思う。
気合いが入った。



そんな夏の暮れ。
テレビの前のくつろぎ、家の明かり。








  <鳥に囁くひとり言>

小声で とても小さな声で
手を繋ごう と 言いたくなった。

その一生と 手を繋ごう  と。

夜明けまで。
それから幾つもの夜明けを見たい、
人には 明るさばかりでなく 必ず夜も来て
それが明けないままの事もあるから
君も僕も 夜を見つめ 明ける事を愛する。

陽が昇る場所を作ろう 繋いだ手と手の間に。

それから 何も考えず 他愛もない事を喋っていよう。
鳥の囀る木の下で
青葉のそよぐ木の蔭に
時々ぼーっとしながら
やがてどちらかの命が月へ昇る時まで
明日へと行き続けよう。
静かに ゆっくりと たまに走ったりもしながら
足音を重ねながら
ゆっくり開ける まつ毛の先に
君の姿を
いつもそこにある、君という朝を映しながら。





 2017年08月21日(月)   二十一 tuki


今日は久し振りに大雨が降った。
暑い日が続いていたので、空から水が降ったなと、しみじみと思った。


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  鳥への散文を綴る


 <説教してください>

先日僕が書いた、説教という内容を思い返すに、
あれは つまり 僕が以前に中途半端な事を言ってしまったからで、
つまり僕が悪いのであり、あなたはむしろ、想いを伝えたかっただけだ。
あなたの事を誤解してしまい、失礼でした。
その事を謝りたいです。 済みませんでした。

むしろ僕には説教されるべき部分があります、
むしろ僕を説教してください。 今度、真剣に土下座させてください。





 <序章>

現実のフィーリング、その点について何とも言えないのは確かだけど
でも多分100%、お互いに合うと感じると思います。

信念とか、考え方とか、情熱とか、そういう部分においても、とても似ている気がします。

むしろ、そういう事よりも、僕の方には確実な問題があるから、
その点についてあなたが慎重に判断してくださる事を望みます。





 <交信>

それから 実は こういう事がありました。
少し前になるけど、あなたのサイトを通してメールを送ったら、
管理されている方から、内容を指摘され、警告を受けました。
パートナーという言葉を使ったので、そのせいでした。
ややこしくなると思ったのですぐに謝罪し、事無きを得ました。

その為、僕には、ここに綴る以外の方法がありません。
個人的に連絡を取りたいので、良ければそちらからメールをください。
フォームメールは、もくじの画面の右上にあります。

それにしても、あなたのスケさんカクさんになりたいと思いましたよ。





 <鳥>

その窓際で ずっと音を 歌を 聴いていたい
音を出さなくてもいい
それならその静けさや呼吸を 聴いていたい






 2017年08月20日(日)   花火 kingyo


 土曜日の




昼。 まだ青い銀杏並木。 まぶしい。





花火大会。 を観に行ったわけでは無かったのだが、丁度、道路から見えた。
(上のピカッとしているやつは違う。 でもこういう花火があったら面白そう)
会場へ行けば、出店が出ていて賑やかなのだろう。




 金魚の昼寝 (童謡)
 https://www.youtube.com/watch?v=NSCVHz-bJQ8


  赤いべべ着た
  可愛い金魚
  おめめをさませば
  御馳走するぞ

  赤い金魚は
  あぶくを一つ
  昼寝うとうと
  夢からさめた



個人的には、メロディと詞がツボで、
どっちもあまりパッとはしない、
その、パッとしない、雑草のような感じが、好きなのかもしれない。

ちなみにこの曲は、好きな編曲のバージョンがあるのだが、YouTubeには無かった。







あぶくを ひとつ
あぶくを ふたつ
 みっつ よついつ
 かぞえて ねむる

ごちそう きらきら ひのひかり
みつめる きみの 優しまなざし














 2017年08月19日(土)   まあ茶でも呑もう tea time


 子規虚子も芭蕉も知らぬ俳句の日

 俳句の日だねと便りの来て涼し

 クーラーを消して自然の中に居り      啓介


友人I切氏からのメールで、今日は俳句の日だという事を知った。
8月19日でハイクの日、ナルホド。
メールには、もしも芭蕉が生きていたら、今日どんな句を詠んだのだろう
時々クーラーを消して、扇風機を浴びながら蝉の鳴き声を聴いたりしている
という内容が書かれていて、それらを句にしてみた。 (一番上のは無季語)
個人的には気に入っています。 友人に謝謝。
(勝手に内容を載せたけど、良かったかな。 Sorryです)

そんな、ささやかな幸せと共に、今日の俳句の日はあり。


ところで、小林一茶の句集を、今読んでいて、
僕はこの人の句がとても好きだと思った。
こういう感じのを作る人って、あんまり居ない気がする。
日本最古のマンガと言われている「鳥獣戯画」、あれを見ている感覚だ。
ユーモラスで、活き活きしている。

俳句の日 なので、今日は小林一茶の句を紹介します。
というか、ここを読んでいる人って、どれぐらい居るのかな。 居るのかな!?
と思いつつも、あまり深く考えずに、一人でも誰かの為になっているのなら本望 と思い
日々綴っている次第であります。


ちなみに、小林一茶は、イッチャ ではなく、イッサ である。
イッチャ と言っちゃいけないっちゃ。



  〜 こばやし いっちゃ  (個人的に好きな句、夏) 〜



行け螢手の鳴る方へ鳴る方へ      いけほたる てのなるほうへなるほうへ


むく犬や蝉鳴く方へ口を明      むくいぬや せみなくほうへ くちをあく


うつくしや若竹の子のついついと


短夜やくねり盛の女郎花      みじかよや くねりざかりの おみなえし


旅人や山に腰かけて心太      たびびとや やまにこしかけて ところてん


人来たら蛙となれよ冷し瓜      ひときたら かえるとなれよ ひやしうり


投出した足の先也雲の峰      なげだしたあしのさきなり くものみね


汁椀にぱつと夕顔明り哉      しるわんに ぱっとゆうがおあかりかな


世につれて花火の玉も大きいぞ


蚊やりから出現したりでかい月


瓜西瓜ねんねんころりころり哉      うりすいか





ちゃっちゃっちゃ いっちゃっちゃ♪


おやすみなさい
 ねんねんころりころりかな
 ころころころりころりかな



 2017年08月17日(木)   けふ kyou


  <小さき謝罪>

以前、文を湖面につけ、そこに生れた水輪は正円に拡がり、
届く人の元へも届く と、綴った事がありました。

その時は確かにそう思い、それは綺麗な事なのだと思ってそうしたけれど、
今思えば、純粋では無かったと思います。

もしも受け取っていた人がいれば、それはやはり水であった事を今僕は願い、
その水は純度を増した上で、今後の繋がりの内に堂々と流れているものである
と、願い、思っています。

いつもそれは、透明に、流れる水であるように と。











  或る鳥への散文

 拝啓


  <注文>

あなたは僕に 何も注文しなかった
しかし僕は届けに来ました
何も頼まれはしなかった
しかし僕は 頼まれたものを あなたへ届けに来ました
誰に頼まれたのでしょうか 運命にでしょうか


  

  <退屈する者へ>

その者は退屈していました
靴を脱いで その靴の爪先を月光に翳して眺めていたり
また 靴を持っていない片方の手では 瞬く星を覆い隠して見ていたり
 ああ それは 夜でした
 夜ですね
 もう 夜になった
同じ夜の中にある 遠いどこかで僕は
橋を作っていました
と言っても まだ 完成しているのは 先っちょだけですけれどね
それで この橋の正確性や安全を確かめようと
木槌でコンコンコツコツ叩いておりました
そして 叩いた橋の様子を観察していました
ああ ごめんなさい
心配性なのですから それは仕方がありません
あなたが退屈しているのは 無理もありません
では 少しの間 眠っていてくださいませんか
僕はこれから 休憩を取りますから




  <説教>

折角うとうとと眠りかけたところに 申し訳ありません
説教したい事が御座います

あなた、モラルや節度を 大切にされてはいないのですか?
あなたは 自由なのだ とおっしゃるけど
僕はそれを 自由な事とは 思いません
まるで不誠実です あなたを蔑みます
それはあなたの魅力を削ぎます

でも 僕は その歌が好きです
あなたを抱きたいと思いました




  <証明>

かつて旅に出た
その旅に僕は 密かに人生を掛けていた
生死を掛けたようなものでもあった

運良く 追い風が吹いた
風を吹かせた人がいた
その風を吹かせてくれた人は
亡くなったそうだよ と、まだ旅の途中で知らされた
その後も僕は旅を続けた
いつしか もう旅は終わりに近づいて
そしてどうやら 僕のその旅は もう終わっているようだった
安堵した

そして去年、かの人は、自殺で亡くなったのだと聞き
今年の春、死因は、海への飛び込みだったと聞いた
――今は懐かしい 風の記憶

僕が旅を始めた頃
あなたの新しい旅は 証明と共に始まっていた
その事を知った時 嬉しかった
証明という言葉と その詞の内容が嬉しかったのだ
僕にとって嬉しい事だった
今、これから 新しい旅がある
証明するだろう
証明するまで
証明を
僕自身で
あなた自身で

或いは ともに




  <ミライ>

天の川を渡る その鳥の名前を呼んだ




  <算段>

天の川に橋を掛けたのは
あなただろうか 僕だろうか
あなただっただろうか 僕だっただろうか
川も橋も 本当は 目に見えないのだ
目に映るものは
この瞳 その瞳
映るのは
姿だけ と
この姿 その姿
映したいから
会える算段を立てましょう と
僕は鳥に そう囁いた






  <落とし穴>

散々、ロマンティックな事を綴ったのに 申し訳ありませんが、
僕も あなたも、会って喋った事がありませんので
正直なところ、現段階では 僕は何とも判断できません
あなたも同じはずです
その事を前提に綴った という事を お伝えします

「左様でありますか」
 「左様でありますとも」
「左様で……」


さようなら
また 近々

感謝とお詫びを込めて

 敬具






  <余談>

ところで、「北極星」は どうなったの?

  ああ、あれはね、なんだったかな、つまりだね、
  北極星というものは、数千年単位で変わるそうだよ

そうなの?

  地球の自転軸の延長上に位置している星を、北極星と呼んでいるわけなんだけど、
  その星もまた、ゆっくりと動いてはいるから、つまり、
  幾つかの星の周期があるのだそうだ。 順番に巡るんだって。

へえー

  それで、鳥の歌が、その数千年分の時間を廻したから、かつての北極星は、
  もうそこには無いのさ。

え、じゃあ どこに行ったの?

  んー、つまり、動いて、どこか近くに居るんだとは思うよ。
  でも、その星に住んでいた人も、もう その星には居ないみたいだね。

どういう事?

  歌う鳥の元へ、逢いに行ったそうだよ。
  そして もう星に戻る事は無いだろう って そう言っていたそうだよ。
  もう どうでもよくなった って。

ふーん

  なんだってさ。




 2017年08月16日(水)   浅き夢見じ酔ひもせず hito


価値観の変化について語る の巻、その弐。

……語りたくなったんです。


  「Here she comes now」  VELVET UNDER GROUND
  https://www.youtube.com/watch?v=Mky-yfmoavQ
  (NIRVANAがカヴァーしたもの)

終わった価値観だ。
けれど音楽においては、メインのアルペジオのメロディが好きだ。


音楽のジャンルで言うところの、ロック、パンクやハードコア、
つまり、反社会性や暴力性、
それらを恰好良いと思っていた価値観は、もう僕の中では終わった。
理由は、安心しないからだ。

もう一つ、終わった価値観がある。
アンダーグラウンド、いわゆるアングラだ。
これも理由は、やはり同じく、安心しないからだ。

アングラ……
文芸で例えれば、寺山修司。
漫画だと、丸尾末広とか、ガロ(雑誌)とか。
音楽だと、戸川純とか、犬神サーカス団とか。

狂気性、残酷性…… おおよそ「健全」の反対方向にあるものだ。
変質性、それから暴力性や反社会性も含んでいる。

アンダーグラウンド、つまりアングラは、
人間の中の狂気、愉快犯的な残酷さ、変質性、反社会性、
そういったものを表現している文化だと思うのだが、
思い遣りや優しさや安心… つまり「健全」という観点から見ると、
それらは、精神の濁り、淀み、屈折… 大雑把に言うと、精神の未熟さである気がする。

屈折した世界に傾倒するのは、それに至る経験や何かがあるからで、
決して間違いとかでは無いと思う。 それ自体は悪い事では無いと思う。
むしろ、心が安定する為に必要な世界、とも言える。

けれど、その世界に留まり続けるのは、つまり未熟さに留まり続ける事と同じ事ではないかと思う。
未熟さ… 上から目線で言っているわけでは決して無い。

アングラの世界観は、健全な世界観から離れている世界観だ。
そういう世界観に触れて同調し、安心感を得て、満足するという事は、
多分、その心は何かしら闇を抱えていて、何かしら悲しさや寂しさを抱えている。

そしてまた、単純に、何かしら未熟さも抱えているのだろうと思う。
ただ、それよりもやはり、負の感情… 悲しさ、寂しさ、闇…、なのだろう。


世の中には、アングラの文芸や音楽や漫画、映像作品、アートなど、色々あるが、
数年前に断薬した時、僕はそういったものにも、一切触れられなかった。
以後、僕の中では、それらを求める感覚や、それらを素敵だと思う価値観は、薄まって、終わった。


ところで、二十歳前後の頃、浅野英治(あさの・えいじ) という歌人に、僕は短歌を習っていた。
「自由律短歌」という、形式に捕らわれない短歌だ。
普通は五七五七七の31音から成るのだが、そういう型に嵌らない。
「一行詩」に近い。

浅野さんは、自由律歌人で、アングラの人だった。
つまり、負の感情を表現する事を主体としている人だった。
(寺山修司とも交友があり、十代の頃は北原白秋に師事した事もあったそうだ。
北原白秋も、作品によっては、アングラのテイストを持っている。)

当時は、僕はそういうものに惹かれていたので、
現在の僕がやっている花鳥諷詠の俳句なんかに対しては、「ケッ くだらない」 と思っていた。
こんな平和な世界、面白く無いし、恥ずかしいし、弱々しいし、馬鹿馬鹿しい と思っていた気がする。
祖母から俳句を勧められた事もあったが、くだらないと思って拒否した。

けれど、「ケッ」と思っていた色々なものによって、むしろ自分は支えられているのだと思った。
前向きになったり、乗り越えたりできるのも、そういう健全なもののおかげだと思った。
自分も、そういう世界観に生きる人間でありたいと思った。
それで、アングラに惹かれていた感覚・価値観は、僕の中で、終わった。



思い返してみると、浅野さんは、確かに、心に「闇」があった。
後悔して引きずっている事とか、うしろめたさとか、寂しさとか、色々を持っていた。
精神の未熟さとも言えそうな残酷性や変質性も持っていた。
闇を持ったまま、亡くなった。 一生を終えた。

今だったら、僕は、明るくあれるように引っ張るだろう。
闇を、闇では無くして、風船のように飛ばすだろう。 そうしようよ、飛ばそうよと言うだろう。
陽の中へ誘うように。
それとも、価値観の相違、と言ってお互いに離れただろうか。
分からないが、ともかく氏は、今は亡き人であり、僕の人生の中のワンシーンとなった。
もしも現在付き合ったら気が合うかどうかは分からないが、
人生の道程においては大事な存在で、大事な時期で、大事な思い出だ。

そうして、現在は現在の価値観で、道の続きを歩いていく。


 2017年08月15日(火)   和三盆 three


 (一)

祖母の初盆、熊本県の南小国町に滞在。

部屋でくつろぎながら、地元のローカルな番組を観ていたら、
お参りに来てくれたオジさんが番組に出ていて、
ナントカ寺(名前を忘れた)にて、何やら色々喋っていた。

昔、○○藩から攻められた時、このお寺を拠点にして必死で抵抗していたが、
お寺に火矢を放たれ、ああもう全部燃えてしまう、もうだめだ、と、皆は諦めた。
その時、山から大蛇が降りてきて、燃える火を全部舐めて消し去った。
それを見た相手の侍たちは、これでは勝てないと思い、逃げた。
お寺は守られた。

このお寺にはそんな話が伝わっているんです、と話しながら書物などを手に取って見ていたら、
天井で何か物音がしたので、見上げると、蛇がいた。
住職の人が、「今でも蛇が守ってくれているんですよ」 と言ってハハハと笑った。

……という様子をテレビで観て、ふーんそっかー、善い大蛇もいるんだなー、
今でも守ってくれている、って、なんかいい話だなあ と思った。

大蛇いたんだね。 こういう大蛇の話が受け継がれているというのは、なんかいいね。




 (二)

夕食後、混浴の温泉へ行った。
女性専用の風呂が隣にあるから、まさか、わざわざ混浴の方へ行く女性は居ないだろう、
と思いながら入口の扉を開けたら、女性の履物があった。
若いのか? それとも、そうではないのか?
外国人の観光客が多い時期だから、外国人かな?
もしも若い外国人だったら、もしも話し掛けられたら、ちょっと恥ずかしいな…。
入ろうかどうしようか一瞬迷ったが、やっぱり遠慮した。

戻って、女性の履物があったことを父に話すと、すぐに行こう! と言って、すぐに出掛けた。
父と一緒なら、よし僕も行こう! と思い、付いて行ったが、あいにく女性の履物はもう無かった。




 (三)

鹿児島に帰宅して、洗面所の電気のスイッチを入れたら、電球が切れていた。
ああ、きっと留守中に、誰かが使っていたのだろう、
お盆だから、お爺ちゃんお婆ちゃんが来て、おめかしする為に洗面所の鏡を使ったのだろう。
きっとそうだろう。



 2017年08月14日(月)   写真 photos




阿蘇(あそ)、大観峰(だいかんぼう)の牧草地帯。







南小国町。 近所の川。







牡丹? 黒いのは虫の糞。 共存。







幸せを呼ぶ青い鳥。







花。 蟻の目線で見上げてみる。


 2017年08月13日(日)   猫の盆 cats

(12日 記)

一昨年前、テレヴィで まんが日本昔ばなし が放送されていた。
↑テレビ と書きたかったがBとVを間違えた。
子供の頃好きだったので、とりあえず録画して、好きなものを選別して残した。

お盆である。
お盆にちなんで…


 「ねこの盆踊り」
 http://nipponmukasibanasi.seesaa.net/article/384410678.html

検索したら、こういうサイトを見つけた。 多分、無料で見れる。
 まんが日本昔ばなし
 http://nipponmukasibanasi.seesaa.net/


昔話の言い伝えがある場所を、ネットで検索して写真とかを見てみたら、
やっぱりそういう感じの、イマジネーションを掻き立てられるような雰囲気が漂っていて、
そういうのが国内に点在している というのは何だか面白いなあと思った。

今はもう、科学の進歩によって真相が解明され、
「そんな事はありえないよ」 となって、昔の人の言い伝えなどは、あんまり意味が無くなった。
この木の穴の奥底には大蛇が住んでいる…、とか、そんなもの居るわけないじゃないか。

人々の不安が解消されたのだから良いとは思うが、
けれど未知なることもいっぱいある という事は、ずっと思っていたい。

でも怖い話は嫌なので、科学にバンザイ! 科学よ有難う!


昔、心霊写真を撮ってしまった事がある。 
神社の公園で友人を撮ったら、もう一人の知らない変な顔が隣に写っていたのだ。
胴体は無く、首から上だけが、口を開けて写っていた。
当時の携帯カメラは画質が荒かったので、インスタントカメラで撮った。
幽霊というものは、デジタルでは写らなくて、フィルムには写るものなのだろうか。

よく考えてみると、幽霊というものはアホである。
人を怖がらせて、恐怖させて、一体何を満足しているのだろう、低レヴェルである。
僕らも、いつか死んだら、その後は幽霊になるのかもしれない。
そしたら、見ず知らずの生きている人達に、そんな事をするだろうか? いや、しないだろう。
生きている間にだって、そんな低次元な、幼い事はしない。
だから幽霊というものは、恐るるに足らず。 恐怖する必要が無い。
レヴェルが低い存在である。 つまりアホである。

もし、これを読んでいる幽霊がいるのなら、反省して改心する努力を積んで欲しいものである。
反省して改心する者を、僕は受け入れる。
そしたら、その時には、にっこり笑って、いかにも楽しそうな雰囲気で、写真に写って欲しい。
もしも僕がいつか幽霊になった場合には、笑顔で写真に写ろう。


それにしても、昨日、犬を連れて、墓地の奥の竹やぶの方へ歩いて行ったが、何となく引き返した。
やっぱりちょっと恐いのであった。 幽霊のバカ!


 2017年08月12日(土)   マン hito


今日は天気がとても良い。 いかにもな夏日だ。
空気が美味しい。 心地好い。





以前好きだったもの。


 「Arrival Time」  BRAHMAN
 https://www.youtube.com/watch?v=MmUhy9TT8uc
3分間ぐらい。


 「SPECULATION」  同
 https://www.youtube.com/watch?v=dXQNb4mKwrU
最初に流れているのはブルガリアの民謡。 曲の始まりは2分10秒〜。
「心眼を取り戻せ」というところに、当時はジーンときていた。



もう9年も前の事だが、断薬したばかりの頃、安心できないものには触れたくなかった。
こういうジャンル、こういうパフォーマンス、こういう詞には、特に触れたくなかった。
数年間、そのスタンスは変わらなかった。 再び聴いたのは去年になってからだ。

BRAHMAN、この人達は、現在も、金髪でモヒカンという髪型をしている。
上から目線で言うわけでは無いが、未だにそこにいる人達 という感覚で僕は見ている。
僕の中では、通過した価値観、終わった価値観だからだ。 戻ることは無いと思う。

ただ、音楽は、メロディや響きなどが、今聴いても好きだ。
単純に、センスが自分の好み という事なのだ。

今後この人達は、どうなっていくのだろう。
一生、このスタイルのままなのか、それとも徐々に変わっていくのか。

このままでも、何も間違いでは無いし、それも良いのだと思う。
否定するつもりは無い。
自分の在りたいように在る事が一番だと思う。
そうでなければ、自分である意味が無い。

僕個人が、どういうふうに生きていくか、という事なのだ。



さて、おいらも頑張ろう。


 2017年08月11日(金)   数字 all




墓参り。 向こうは団地。 奥に薄っすら桜島。




以前好きだった曲。

  「刻まれた数字」  envy
  https://www.youtube.com/watch?v=略

”僕は歩く” というところにジーンときていた。

手首に何の数字を刻んだのかは分からないが、もしも、
スパッと切って、その直線を「一」、つまり1に見立てているとしたら、
その傷痕は確かに、一生残る。

腕や体には、1の傷痕がたくさんある。 一生この体だが、
けれど、別に重い気持ちにはならない。 これでいい。

同じような人達もたくさんいて、みんな、その直線の傷痕を持って一生を過ごす。

みんな1で、みんな一人一つの体で、
この事を共感しているから、たった一人ではない。

気楽だ。

心境としては、このような感じだ。

  いっぽんでもにんじん
  https://www.youtube.com/watch?v=eOfaBZ1LohA



今日は風があって涼しい。


 2017年08月10日(木)   六巻 end


去年面白いよと勧められた漫画、「あかぼし俳句帖」 を読み終えた。
読み終えた… つまり、連載が終了した。 6巻迄だった。

主人公の名前が、啓吾。 自分の名前と似ている。
ヒロインが勤めているお店の名前が、Metsa。 ムーミンのテーマパークと同じ。

…等と共通点があったので、何となく親近感があった。


俳句について色々な角度から描かれていたので、色々と参考・勉強になった。

夏目漱石や高浜虚子も、必ずしも文語体を正確に使えていたわけでは無かった、
間違えたままで発表したものもある、
という事が書いてあり、そうだったのか…と、ホッとして勇気付けられた。

一昔前までは、喋る言葉と書く言葉が一致していなかった。
一致してから、まだ100年も経っていない、
その事は、人類の長い歴史から考えると、そんなもんなのか…と目から鱗である。

6巻で終了、人気がそんなに無かったという事だ、
俳句って、そんなもんなのか…と鼻から提灯である。

棚から牡丹餅。


↑特に意味は無い。


 2017年08月09日(水)   みちのく mitinoku



  みちのくのまつくらがりの夜涼かな      高野素十


茨城県の陸奥(みちのく)、そこは夜になると、
街灯等の電気が何一つ無い、「まっくらがり」になる。
気温も涼しいが、真っ暗になるその事もまた涼しい、と上の句は言っている。
「ここは電気の明かりが何も無くなるんだなあ、真っ暗だ、なんだかいいなあ」
心地好く感じている、そんな心境なのだろうと思う。

涼しい= 単純に気温の事、体感としての涼しさの事だが、
気持ちの涼しさ、気持ちのかろさ の事でもある。


現在放送中の朝ドラ「ひよっこ」は、茨城県が舞台になっている。
僕は毎日熱心に見ているわけでは無いが、食事時などに時々見ている。

このドラマのオープニングを作っているのは鹿児島の人、
と始まった当時、地元で話題になった。
てっきり東京とかに住んでいるのだと思ったら、鹿児島在住らしい。
鹿児島に住みながら中央での仕事をしている、という事に、時代の進化を感じた。

その作家さんのインスタグラムを覗いてみたら面白かった。
毎日更新されていて、カレンダーになっている。
写真に添える一言も、とんちが利いている。

 田中達也 インスタグラム
 https://www.instagram.com/tanaka_tatsuya/?hl=ja


ちなみに、高野素十は茨城県の人だ。

人によって、住んでいる土地柄の影響が、人間性とか雰囲気にも表れていたりするので、
そういうものが垣間見える時、それもまた面白い。



ところで、今の時代で、とんちが利く、って言葉を使う人いるのかな?
あんまりいないのかな。


まあいいか。






 2017年08月08日(火)   道程 distance


この日に綴った内容は、考え方が極端になっている と翌日に思い直したので、
一部を削除しました。 タイトルも変えました。
 ― ― ― ― ―



 「Antennas」  Rancid
 https://www.youtube.com/watch?v=hhFvktaub7k

先日、ファックスでファックという文を送ってから、
そういえばこんな曲があったな と、思い出して聴いていた。
ファッキンという言葉がたくさん出てくる。
その部分を訳すと、「カリフォルニアなんか、クソッたれた太平洋の中に沈んでしまえ」 だろうか。

以前、所持品をほぼ全部捨てた際、パンク等のジャンルのCDも、一切を残さず捨てた。

僕はずっと、いわゆる反社会勢力を恰好良いと思いながら人生を歩んでいたが、
現在は、それは僕の中では完全に、通過し終えた価値観だ。
もう、それは恰好良さでは無くなった。

ただ、音楽においては、メロディが好きだったな とか、精神的な勢い自体は良かったな とか、
そういうふうに、自分の中で篩(ふるい)に掛けてみると、今も、好きな部分においては好きなのだ。
と思いながら今、聴いていた。




通過し終えて、自分の中に残ったものは、何だろうか。
…思い出と、それから、現在にも通用する大事な思いが残った。

歩んできた価値観、それらによって支えられてもいた自分、
全てが大事だ。
全てが今へ繋がっている。

抱きとめて、
現在は 現在を Go!
ルリモンGo! (←こないだ書いて気に入った)


るりいろに光っている


優しいもの 綺麗なもの 美しいもの たくさんある
迷わないように 道を教えてくれるように
心に光を差してくれる
僕を あなたを 休ませてくれる
強い心を守ってくれる
僕を あなたを 鼓舞してくれる

そういうものばかりが全てではないけれど、
だけどそれらは とても大切だから、
その世界を中心にしていたい。



 2017年08月07日(月)   願糸 gansi


八月七日  立秋

立秋とは言え、暑さはまだまだこれからである。


そして、今日、七夕の行事を行っている人達も居るだろうと思う。
七月七日に行うのが主流だが、八月七日に行う地域も多い。
僕の近所の保育園からは、今日は七夕の歌が聞こえていて、
見に行くと綺麗な笹飾りが飾られてある。

なので、七夕は年に二回あるような印象がある。
俳句をやっている身としては、七夕の句を作るチャンスが二回あるので嬉しい。






    ◇◇ ○ ◆ * 七夕 * ◆ ○ ◇◇








  星祭デザートのみな透きとほり      中田尚子

星祭(ほしまつり=七夕) デザートがみんな透き通っている








  七夕の一粒の雨ふりにけり      山口青邨








  彦星のしづまりかへる夕かな      松瀬青々

彦星が静まりかえっている。 夕=ゆうべ








  汝が為の願の糸と誰か知る      高浜虚子

ながためのねがいのいととたれかしる
これが貴女の為の短冊だという事を、誰が知っているだろうか。 いや、誰も知らない。
(この句は縦書きで書くと、漢字と平仮名が交互にくるので飾りのようにも見える)










  わが星のいづくにあるや天の川      高野素十

地球は、この天の川の中の、どこら辺にあるのだろう。













長い長い川のように
人生は流れていく

今日
誰のしあわせを願おう

決まっている
あなたのしあわせを と
思い
星を見た

それからまた 様々なあなたの
しあわせを と
思った

長い長い川のように
人生は いつまでも続く
そんな気もして
でも 終わりは必ずあるから
そしたら今 どこら辺にいるんだろうね と
思いながら
星を見る

星は瞬いているばかり

なら 僕も
何も言わずに今を 瞬いていよう

































 2017年08月06日(日)   虹 nanairo


 Come Wind Come Rain   Vashti Bunyan
 https://www.youtube.com/watch?v略


歌詞が何を言っているのかは僕は分からないが、好きな曲だ。
風が来た、雨が来た。 ここにやって来た風、ここにやって来た雨。

北欧の人なのだと思う。 北欧民謡のような曲を作っている。
この曲に関しては、楽器の弾き方の為か、沖縄民謡のような雰囲気もある。

妹がこのCDを以前からよく聴いていて、僕はこれとこれが好きだった。


 Rainbow River
 https://www.youtube.com/watch?v=略


虹の河。
ちなみに虹は、俳句では夏の季語となっている。





北欧といえばムーミンなのだが、
北欧といえばムーミンだなあ と思いながら、
今少しぼんやりとしていた。

雨風吹き荒ぶ台風は、今夜のうちにも去るだろう。
本州へと昇っていく。 住まう皆様、くれぐれもお気を付けて。

過ぎた後、空は澄み、虹が掛かっているだろうか。
空に掛かる虹の橋。
或いは、空を流れる虹の河。

七色に泳ごう。

七色に泳いでゆけ
わたしは七色。
あなたも七色。

七色の河を 七色に泳いだその後は、七色の橋の上に座って休むの。
足をぶらぶらさせて、そのうちに寝転がって 空を見つめながら話をするわ。
そのまま目をとじて、目をとじたまま話をする。
そのまま目をとじて――。

ああ いつしか虹になっているの。
あなたも わたしも  七色の そのなかにいる。


 2017年08月05日(土)   颱風 taihuu




昼前、田圃。

稲たち曰く、
ぼくたち、いま、荒れています
風強いっす 風がつよいよ
風強いっす 風がつよいよ






台風が上陸しつつある今夜、
ピザの出前を注文
食べ終え、空は徐々に暴風雨



  颱風にパッチワークの一日哉      児玉敬子

読み… たいふうにパッチワークのひとひかな
台風なので、今日は一日パッチワークをして過ごしている、という句。

暴風雨が叩きつける家の中、今日は出掛けられないし庭仕事も出来ないから、と、
パッチワークにのんびり勤しんでいる。
外が少し心配ではあるけど、ちくちくと手を進めていく楽しさ。
美しさや恵みばかりでは無く、災害という顔も持つ自然、
台風は恐ろしいが、自分にとってささやかな楽しい時間を作ってくれてもいる。








パッチワークではないけれど
untitled
color pencil on paper  60cm × 40cm


 2017年08月04日(金)   生きる jinsei


或る鳥 シギ氏の新作を聴き、氏への文を綴る。



 シギ様

昨日の木曜、新作のCDが届きました。 おお… と思って早速開封しました。
中身を見て、また おお… と思いました。
歌詞カードの形態やデザインが、とても素敵だと思いました。

自分は今、音楽に関しては、追い掛けているアーティストが居ないので、
こうして新作が発売されて、わくわくしながら聴くという感覚を、久し振りに経験しました。
やはり良いものだと思い、それから、
同じ時代に、同じ時間の中を歩んでいるという事を、嬉しく思いました。
今後もこの楽しみが在り続けるのだから嬉しいです。

音楽全て、通して聴いてみました。 そして再度、通して聴きました。
何度か そうしました。
単純に、どれも好きでした。 通して聴くと、何か、組曲のような印象もあり、
それから、何か一本の映画を観たような気持ちにもなりました。
新しい事にもトライしていて「おお…」と思いました。
それからやはり、旋律と声と、雰囲気などが、あなたらしいなと思いました。


あなたは、とても真っ直ぐな人だと思います。
雲間から真っ直ぐな光が差している景色を時々見る事がありますが、
それと同じような印象を受けます。

ある意味では、思い込んだら突っ走るような、
きっと恋に関しては本当にそうなのではないかと思います。
熱い思いが先行していて、正確な現実の僕がよく見えていないような、
そんな気もしなくもないです。
ですが実際に、あなたの様々な想いが、こうして形となって手元に届きました。
そして、部屋で一人、音を歌を聴きました。 聴き入って、涙しました。



僕はやはり、恋に関しては、変わらずに理想を持っています。
それはただ単に顔という理想であり、ただそれだけの理想なのです。
その気持ちはやはり変わらないのです。

誤解の無いよう書きますが、あなたが不細工とかそういう事では無く、
むしろあなたはとても美形だと思います。 稀に見る美形だとも思います。
ただ単に、僕の中での1番の好みの顔立ちが1系統あり、
それを求めている、という、ただそれだけの話なんです。
テレビに出てくる人達の中には見た事が無いのですが、時々現実で知り合います。
(僕自身が色々を言える顔立ちでは無いんですが…。)



心が苦しい状態だったり、苦しさを乗り越えようとしている状態だったり、
人がそういう時、あなたの音楽のメッセージは特に力を発揮しているのだと思います。
とても心強い応援歌のようなものだと思います。
僕もまた、そのメッセージを享受している一人です。

聴き終えて、少し外に出て夏の空を見上げました。
昼でしたので、明るい水色の空に、真っ白い雲、
木々の葉が風を浴びながら、緑に揺れていました。
何か、この景色の中に感じるような世界、この景色の中に在るような方向性に、
あなたと作り得る未来もあるのだろう と、漠然とですが、そう思いました。

そして、空や雲、緑…、そのような景色の中に見るような感情の空気感は、
僕らの、互いを思う感情の中に、これから先も、いつも在るものなのだろう と思っています。

制作において、あなたは確かに苦悩している面もあるのかもしれませんが、
あなたが作るものを、支持し続けたいと思います。

ひとまずの所感と、御礼を申し上げたく思います。
今後の活動の更なる飛躍と発展を祈願します。

 啓介 拝



うまく言えない気持ちがあるのですが、
ありがとう という言葉に集約しようと思います。

本当にありがとう


 2017年08月03日(木)   FAX fakkusu


俳句誌の誌友・草本さんは高齢の方で、メールではなくFAXで遣り取りをしている。
メールは使いきらないそうだが、文章はパソコンで作成していて、印刷したものをFAXで送ってくる。
僕も同じようにして送っている。

今日、

  暑さもだんだん厳しくなってきましたが、お変わりなくお過ごしの事と存じます。ファック

という文章を書いて送信した。

これには続きがあり、

  スを戴き有難う御座いました。

そう、ファックスの文字が途中で改行されてしまっていたのだ。 この野郎ファックである。
まあいいか、と思ってそのまま送った。

という話。




昨夜は、ごぼうのたたきと、冷製パスタを作った。
冷製パスタに入れるつもりで買っていたシイラ(魚)の切り身を、うっかり入れ忘れていて、
いただきますを言う時に気が付いた。
しまった…! …いや、待てよ?
これを機に、今日からベジタリアンになってみるのも悪くないな…

とは思わずに、急遽、魚を塩焼きにした。

以前、ベジタリアンを目指そうと思って、やってみたけれど、
数日でギブアップした。 身体の力が湧かない。
タンパク質はとても大事なんだと実感した。
現代の食の環境に感謝して、色んな栄養素を万遍なく摂ろう!

という話。




昔、反抗期の頃、その日は2月14日だった、
英会話の女性の先生が、「ハッピーバレンタインデー!」と書いたプリントを廻してきたので、
「ファッキンバレンタインデー!」と書いて渡したら、物凄い形相・物凄い剣幕で叱られた。
アメリカ人に対してファックという言葉を使うのは、思っていた以上に危険なのだな という事を実感した。
それとも、先生だから叱っただけだろうか。
まあ何にしても、この言葉は良くない。 良い言葉を使おう!

という話。





♪坊や 良い子だ 寝んねしな  今も 昔も 変わりなく…

  ♪いいな いいな 人間っていいな

    ♪


ん、なんか鼻がムズムズする… くしゃみが出る…
ファ… ファ…
ファ、ファ、ファ、

ファーーック!


鼻がスッキリしたところで御終い。


 2017年08月02日(水)   来ぬ kita


夏のうた。


 「夏は来ぬ」  唱歌
 詞/佐佐木信綱  曲/小山作之助
 https://www.youtube.com/watch?v=A9BxqGK1lQI


  卯の花の 匂う垣根に
  時鳥(ほととぎす) 早も来鳴きて
  忍音(しのびね)もらす 夏は来ぬ

  さみだれの そそぐ山田に
  早乙女が 裳裾(もすそ)ぬらして
  玉苗(たまなえ)植うる 夏は来ぬ

  橘の 薫るのきばの
  窓近く 蛍飛びかい
  おこたり諌むる 夏は来ぬ

  楝(おうち)ちる 川べの宿の
  門(かど)遠く 水鶏(くいな)声して
  夕月すずしき 夏は来ぬ

  五月(さつき)やみ 蛍飛びかい
  水鶏(くいな)鳴き 卯の花咲きて
  早苗植えわたす 夏は来ぬ




時期としては、もっと早い時期の歌だ。
「夏は来ぬ」… 夏は来ない、という意味では無く、
夏は来た、つまり、わーい夏が来たぞ、という意味だ。

このNHK東京放送児童合唱団のCDの編曲が、個人的には大好きで、
中盤の3番・4番の、ハモリの編曲が、ツボだ。

CDのブックレットには、作曲者の他に、若松正司という編曲者の名前が書いてあり、
調べてみると、この人は作曲家ではなく、編曲を生業としている人なのだそうだ。
編曲家、つまりアレンジャーと言うのだろうか。
何かに掲載されていたインタビューで、
「編曲家です、と人に言うと、代表曲は? と訊かれて答え方に窮する。
そして説明した後は、何か胡散臭い人を見るような態度を度々取られて苦労した」
というような事が書いてあった気がする。

この曲が良いのは、当然、作曲した人の手柄なのだと思うが、
でも僕はこの編曲が大好きで、もしこの編曲じゃなければ、今ほど好きではなかったと思う、
なので、この編曲家の人が存在してくれて良かったと、個人的に思った。

同じ曲でも、アレンジによって印象がだいぶ変わるから不思議だ。
クラシックだと、演奏者や指揮者の解釈によって、ガラッと変わる場合もある。
テレビとかラジオで一つの演奏を聴いて、大好きだと思って、同じ曲を探して聴いてみたら、
あれ!?全然違うじゃないの! と思った事があった。 そのぐらい違う場合もある。
だから、誰の演奏か とか、そういうのをチェックするのも大事で、もしCDを買う時には注意である。

逆に言うと、気に入った曲が、もっと好きな演奏のもので存在している可能性もある という事でもある。

という事を取り留めもなく書き綴って、今日はこの辺でと言いたい。
今から夕餉である。
八月、本格的な暑さの夏が来た、
こんにちは、こんにちは、こんにちは!
今日はこの辺で。
さよなら、さよなら、さよなら!


 2017年08月01日(火)   蜻蛉 tonbo


ハチガツダーッ!!

ものすごく暑いですね。
こういう時には、気合いダーッ! 気合いダーッ! 気合いダーッ! 気合いダーッ!
気合い万歳!!


そして僕、歩きました、歩いておりました。

歩いた。





枯れた植物。 たくさん落ちている中に、偶然、蜻蛉の形を見つけた。

ああ、この植物は、ほら、蜻蛉になりたかったんだよ、
近頃いつも蜻蛉が葉先にとまりにきてたでしょう? 遊びに来ていたでしょう?
枯れて死ぬ間際に、そんな楽しい思い出を作ったものだから、
この植物はきっと、思い出を胸にして、こう思ったんだよ、
次に生まれる事があったら、蜻蛉になりたいな
ぼくを楽しませてくれた あんなにいい思い出を作ってくれた あれと同じ蜻蛉になりたいな
蜻蛉になれば、ぼくもあんなふうに 誰かの葉っぱを楽しませることができるだろう それから
蜻蛉よ きみともっと仲良くする事も出来るかもしれない 同じ蜻蛉なのだから
きっと きみと色々なことを分かち合えるだろう。
だから蜻蛉になりたい。 きみと同じ蜻蛉になりたい。

そうして、この植物は、枯れて死んで、それから… どうなったの?
蜻蛉に生まれ変わっているの?
その事は、誰にも分からない。 誰も知らない。







ジャジャーン、やっぱり花になりました! 花になっちゃいました!
いっつも斜め向こう側に咲いていた、あのこ、あのこの事が好きだったんだもん!
あのこと同じ色の、同じ花に生まれたら、きっと幸せだろうな、って そう思ったんだもん!
思ったんだもん!
でも、どうやら今回は女に生まれ変わったみたい。 そのせいかしら、あのこには興味無くなったわ。
ふふ、うふふふへへへへ 男よ、男だわ、今度は男の植物や虫たちを魅了させてやるわ。
さあ寄ってらっしゃい、見てらっしゃい、あたしは清くて美しいわよ!

蜻蛉 「おや?あなたは、ついぞどこかでお会いしましたな… 花に生まれ変わったのですね。
 それはそうと、この植物に、男女の区別なんかあったかな?」

花 「いいじゃないの!細かい事は。 あんた馬鹿ね、馬鹿な蜻蛉。
 細かい事言う馬鹿な蜻蛉は嫌われるわよ? あたしはあなたが大嫌いよ」

蜻蛉 「…ふーん。 別に、それはいいけどさ、
 うーん… 変わるもんだなあ、一体全体、こんなもんかねえ……」


そこに、人間の男が現れた。


「なんだか低俗な会話が聞こえるなあ。 ああ、君たちが話していたのね。
 君たちは、いつだって、そんなふうに低俗な話をしながら、本能のままにしか生きていないもんだから、
 そんなんだから、いつまでたっても下等な生き物だと言われてしまうんだよ。 分かってるかい」

花 「むか! あんた頭にくるわね 馬鹿よ、馬鹿。あんたは馬鹿! あたしはあなたが大嫌い!」

蜻蛉 「うーん、ぼくは紳士なつもりなんだけどな。人間ってくだらない事言うね、それにおっかない」

人間 「おや? あなた、花、よく見ると綺麗だね。 いや、とても美しい、僕好みだ。 いやホントに。
 よし、匂いをかがせてくれたまえ。 …… ムハ! …… むは! …… むームハ!」

花 「なあにーこの人!ちょっと変! 匂いなんて、まだしないわよ、あたしまだ蕾なんだから…!」

人間 「おっと、これは失敬。 あまりに美しいものだから、その、つい、先走ってしまったよ。
 しかし蕾とはいえ、君は美しいし、魅惑的だし、それに良い匂いがする。
 匂いなんてしないって君は言うけど、実際、君は今、とても良い匂いがしているよ。 僕はそう思った。
 そうだ、写真を撮らせてくれないか。 一枚だけでいいから」

花 「何枚だって構いやしないわよ、あなた、なかなか見どころあるわね。 それに、良い鼻を持ってる。
 大好きよ。大好きになったわ。 あたしはあなたが大好き!」

人間 「パシャッ! うん!なかなか良く撮れた。 どうも有難う、今日あなたに会えて良かった。幸せだ!
 じゃあ、もう行かなくちゃならない。 どうか、そこで、いつまでも元気で美しく咲いていてね!
 有難う、さようなら!」

花 「ああ……… 行っちゃったわ…。 何だか素敵な人。もう会えないのかしら…
 嫌、嫌、そんなの嫌!絶対! もう会えないなんて絶対嫌! あたしはまた会いたい!
 あたし決めたわ、次は人間になるわ! あたし人間になる! 人間になってあの人ともう一度話をするの!」

蜻蛉 「なんだか、ぼくは今、色々とモヤモヤした気持ちになっているぞ… こういう気持ちを何と言うんだっけ?
 …分からないな、人間になったら分かるのかな? 人間になって、理解したいな、この気持ちが何なのか…
 よし、ぼくも、今度は人間になるぞ!」




この花と蜻蛉は、いつか死んで、それから、どうなったのか、
人間に生まれ変わっているのか、
その事は、誰にも分からない。 誰も知らない。

地球の人口は、今日も、増え続けている。


 ― END ―


往時目譜近時

watanabe keisuke