huukei

往時目譜近時


 2017年07月31日(月)   ベン ben


 ピアノ協奏曲 第1番   ベートーベン
 https://www.youtube.com/watch?v=pQObiL-ZYsw
 (第3楽章 28分39秒〜)

普段、ラジオを聴きながら夕食を作っている。
丁度NHKでクラシックの番組をやっており、それを聴いているのだが、
今日は上記の曲を流していた。 個人的に好きな曲だ。第3楽章の主旋律が好きだ。

夕食は、焼肉のタレと醤油で炒めた肉野菜炒め、
キャベツとキュウリとパセリのサラダ、漬物、麦茶。 という簡単レシピ。

食べ終えて、胃腸の休憩がてらに、これを書いている。

テレビをつけると、片やシリアの難民の苦しい境遇を取材した番組、
片やインドのコメディ映画、片や料理番組、ニュース、バラエティ番組……

どれを見るのも自由だが、人の一生、人の過ごしている時間は、
それぞれなんだな という事を実感する。

今日は夕立が激しかった。
靴の中と、犬がずぶ濡れになった。
よく拭いた。

七月も今日で終わり
明日から八月
時間も歩いている
僕もそれに乗って歩いていく


 2017年07月30日(日)   百日紅 crape myrtle


昨日の補足ですが、
「ホトトギス」は、高浜虚子の子孫などが引き継ぎながら、現在も存続しています。
「芹」「蕗」「水輪」が師系における直系 と書きましたが、
「ホトトギス」もまた現在も続いている誌 という事もお伝えします。

結局、自分が、現在の誰に賛同するか 誰と合うか どういうものが好きか という事だと思います。
僕にとっては、偶然、「芹」と「蕗」がストライクゾーン、ド真ん中でした。
感性や人間性が合うと思いました。
「水輪」はその流れを組んでいるので、現在僕は参加しています。
これから俳句誌に参加してみようという方にとって、一つの参考になれば幸いです。


ところで、東京の百日町という所にある、俳人協会の図書館では、
過去に出版された「芹」「蕗」の、ほぼ全巻を閲覧する事が出来るそうです。
勿論、他の様々な俳句誌、及び、様々な個人が出版した句集も閲覧出来ます。
行きたい!! ものすごく、一度行ってみたいところです。
という、情報なり。

 俳人協会・俳句文学館
 http://www.haijinkyokai.jp/index.html
 (「図書館」をクリックすると、場所等の詳細が表示されます。)


あとそれから、雑誌「俳句界」のHPがありました。
 http://www.bungak.com/haikukai/


そういえば、芹は、せり と読みます。 春の七草の芹です。
斧(おの) ではないです。
蕗は、ふき です。 水輪は、みずわ ですわ。








人人人人人… 人との ふれ合いあれこれ
芽吹きあり 花あり
枯れることもあり
季節を巡った後で再び芽吹くこともあり
見えないところで根を伸ばし深めていることもあり

ひとつの繋がりに 花がつきつづけ 続いていくことは
幸せかもしれない
そればかりではなくても やはり、花のつく嬉しさは 良いもの

その事のいつまでも と、気楽に願う

気楽な願い ですわ


 2017年07月29日(土)   水輪 mizuwa


去年の秋から、大分県の俳句誌「水輪」に入会しています。
月に五句投句を決まりとしていて、毎月発刊されています。

今月25日に発売された、「俳句界」(文學の森出版) という雑誌に、
この「水輪」が2ページで紹介されています。(P38〜39)

どんなもんじゃいな 興味あるぜよ と思った方は、
是非、手にとってみてはいかがでしょうか。
日本全国津々浦々、比較的大きな書店には置いてあると思います。
鹿児島は、紀伊国屋と山形屋、それから図書館にも置いてあるみたいです。

個人的には、P117〜129の、「杉田久女と橋本多佳子」の記事が興味深いです。
女流俳人として有名な人たち(故人)なのですが、僕にとっては、好きな句が多いです。


 8 1 9 8 1 9 8 1 9 8 1 9


尚、「水輪」の連絡先が、何故か掲載されておりません。 ミスなのかな?
連絡先が載ってないやん 連絡したい場合はどないしたらええねん と思った方は、
僕に連絡をくれれば教えます。
訊きたい事とかがあれば、それについてもお答えします。

僕は遠方からの参加なので、会員の方達とは誰とも会った事はありません、
主宰の方の顔を、今回初めて拝見しました。 真面目で実直そうな方でした。

以下、雑誌に掲載されていた内容と重複しますが、僕個人にとっての魅力を語りたいと思います。
魅力を語らせて戴きたく候。 魅力、語らせてください。


語らせてください!


 5 5 8 1 9 5 5 8 1 9 5 5


僕が「水輪」へ参加している理由―― それは、祖母が参加していたからです。

――そもそも、水輪とは何ぞや?

師の系譜を辿ると、水輪 → 
蕗(倉田紘文) → 芹(高野素十) → ホトトギス(高浜虚子) → ホトトギス(正岡子規)
となっています。 したがって、由緒ある系譜と言えます。

正岡子規の一番弟子である高浜虚子、
その高浜虚子の唱えた「写生俳句」を、弟子の中でも最も忠実に受け継いでいる高野素十、
更に、その高野素十が最も信頼していた弟子、倉田紘文。
…つまり、直系で続いているという事です。

倉田紘文は平成26年に逝去しましたが、亡くなる前に、阿部寿岳という人に継承を促していました。
現在、その方が「蕗の里」という誌を主宰しており、
おそらく、その方が、早い段階で指名したのだろうと思います、阿部王一さんの主宰する「水輪」が、
昨年の4月に誕生しました。

「蕗」の会員数は、500人程でした。
「蕗」が終刊した後は、ほぼ全ての会員が「蕗の里」へ流れています。
「水輪」は現在、150人程です。
つまり、不謹慎ですが、「蕗の里」が終刊した場合に、「水輪」の会員はドッと増えると思います。


――さて、話を戻します。 おえー (←もどした音)

祖母は、熊本の小国(おぐに) で活動していた「はなわらび句会」 に生前、参加していました。
穴井梨影女 という方が主宰で、現在も活動しています。
その方の兄が笹原耕春(故人) という俳人で、高浜虚子らとの交流を持っており、
その縁があり、梨影女さんは「蕗」にも参加し、はなわらび句会の会員たちも、同じく「蕗」に参加していました。
つまり、僕の祖母は、その流れで「蕗」に参加していました。

そして現在は?
「蕗」の終刊後、穴井梨影女さんを初めとする、はなわらび句会の人たちは、
「蕗の里」「水輪」 には参加していません。
東京の稲田ぼう子 という方が主宰する「少年」 に参加しています。
理由は分かりませんが、梨影女さんは稲田さんとの交友が深いのだろう、と僕は予測しています。


――え? そろそろどうでもよくなってきた? もう少し語らせてください! お頼み申す! おえー


さて、待ちに待った結論であります。
ケツ論なだけに、次はお尻から出そう、という事は致しません。
純粋に、結論であります。 ベベン! ←三味線の効果音

つまり、僕にとっての、水輪への魅力――数ある俳句誌の中から、「水輪」に絞っている理由は、

◆祖母が遺してくれた御縁である。
◆正岡子規から現在へと直系で続く流れ、その流れを絶やさないことに自分も参加したい。
◆「蕗」、「水輪」は、同人制を設けていない。 つまり、ベテランも初心者も平等に選を受ける。
◆数多くいる俳人の中でも、高野素十、倉田紘文の思想に、僕はとても共感し、尊敬している。

です。

思想? 思想とは何ぞや! 気になる、何ぞや!! という方の為に補足すると、
つまり、愛 ということを第一に考えている人たちなのです。

正岡子規や高浜虚子が提唱した「写生俳句」、それについては、僕はよく知らないので、分かりません。

しかし、高野素十、倉田紘文が語っていた事は、
俳句以前の、人としての心、それから、愛の眼差し。
「写生」とは、愛の眼差しをもって対象に触れること。 写生は、愛すること。

 心、そして愛

それが創作の根幹になっている という事に、僕はとても共感し、共鳴し、そして尊敬しました。


――そろそろ眠くなってきた。 疲れてきた。もうそろそろ書き終えよう。


というわけで僕は、水輪を選び、参加しています。
当然の事ながら、高野素十も、倉田紘文も、そこには居ません。
現在の主宰と、現在の参加者が居ます。

水輪誌友の草本美沙さんという方に、僕は指導をお願いして受けています。
偶然、僕の身上を理解してくださる方でした。
そういう方がいらっしゃることも、今では魅力の一つです。


――長くなりました。 読んだ方は、よほど興味を持たれた方なのだろうと予測します。 嬉しいです。 おえー

おっと失礼 さっきの流れで、つい吐いてしまいました

本当に長くなりました、
長い長い、この長い便は、そうして、水の中へ、水輪の中へ――ちゃぷん
流したいと思います。

ジャー これにて。

ベベン、便 便 便 便 便 ……


 2017年07月28日(金)   夏の夕 natunoyuu




とうもろこし畑。 鮮やかな黄みどりで御座る。





夕方は何となく淋しいような気持ちになる。
それはどことなく人生の終わりや別れにも似ているからだと思う。

夕陽は最後まで燃えている。
射してくる光は眩しくて、強く明るい。
涼しい風が吹いている。

辺りが暗くなってくる。 つくつく法師が鳴きだす。
あちこちの木から聞こえてくる。
静かな、落ち着いた、何となく幸せな気持ちになる。


  つくつくし法師法師まあだだよ      倉田紘文

  つくつく法師つくつく法師もういいよ   同



夜になる――。



 夏は夜。 月のころはさらなり、闇もなほ、蛍の多く飛びちがひたる。
 また、ただ一つ二つなど、ほかにうち光て行くもをかし。雨など降るもをかし。

  「枕草子」 清少納言


現代語訳…
 夏は夜(が良い)。 月が出ている頃は言うまでもなく、
 (月が出ていない)闇夜もまた、蛍が多く飛び交っている(様子も良い)。
 また(たくさんではなくて)、ほんの一匹二匹が、ぼんやりと光って飛んでいくのも趣がある。
 雨が降るのも趣があって良い。
 (出典元… http://manapedia.jp/text/2214



近年、蛍を見た事はないけれど、
まるで蛍のように飛び交っているものが、いつもある。
詩、絵、音楽、いろいろなもの。 それから、人の言葉とか。

意識して見ていないけれど本当は光っているもの とかもあるかもしれない。

あ、蛍を見つけた。 あそこにもいた。
あ、ここにもいる。

静かな、夜の幸せを思う。





 2017年07月27日(木)   モン lapis lazuli

ポケモンゴーが出だした時、物珍しさでやってみた。
人のスマホを借りて、1週間に1度、1時間ぐらいの頻度でやっていた。
それなりに面白いと思った。 レベル6ぐらいになったところで、僕は満足した。

最近、噴水とか東屋とかに人が集まっていて、皆スマホを触っている。
あれは、ポケモンをやっているのだろうか?

メーテルリンクの「青い鳥」。 読んだことのある人はいますか?
僕は読んだことが無い。
兄のチルチルと妹のミチルが、幸せの青い鳥を探して冒険をするが、見つける事ができず、
途方に暮れたところで夢から覚めると、部屋の鳥かごの中に、探していた青い鳥がいた。
…というストーリー。
身近なところに、本当に探している幸せはある、そんなメッセージ。
近々読んでみようと思っている。

メーテルリンクっていう名前の響きが、なんか良いと思う。

先日、床屋で読んだ雑誌に、この「青い鳥」の話と
それから、青い「蜂」もいるよ、というような内容の記事を読んだ。


青い鳥。
青い蜂。
青い蝶。


青い蜂 = ルリモンハナバチ  https://search.yahoo.co.jp/image/search;略 
青い蝶 = ルリモンアゲハ  https://search.yahoo.co.jp/image/search?略 (Yahooの画像検索)

ルリモン = 瑠璃紋
つまり、青色の…瑠璃色の紋様(模様)を持った、アゲハや、ハチ。

ラピスラズリ(lapis lazuli) という石がある。
これを、和名では 瑠璃 と言い、瑠璃色という色は、これから来ている。
深い青色、群青色、藍色、そんなような色。

それから、平安時代に書かれた「竹取物語」には、
  金、しろかね、るりいろの水、山より流れ出たる
という記述があるそうだ。

ウィキペディア万歳。


瑠璃色

ルリモンアゲハ
ルリモンハナバチ

ルリモン

ルリモン

ポケモン

ルリモン



ルリモン 瑠璃紋 綺麗だな



子供の頃にやっていた、悪魔くん というアニメに、
百目くん という妖怪の犬が出ていた。
確か、「モン!」 と言って、ピカッと光る、そんな技を持っていた。

モン!と言ってピカッと光るのが面白かった。

悪魔くんには、他に、果獣 というパイナップルの妖怪も出ていた。
「バーウー!」 しか言葉が喋れないが、そのバーウー!を、
時々、心の中でやると、なんとなく気合いが湧く。
近年そう思って、時々やっている。

心の中で。


さまざまの事おもひ出すルリモンかな   芭蕉

ポケモンBACK、ルリモンGO!


 〜おわり〜


 2017年07月26日(水)   着ることも kirukotomo



  着ることもなき浴衣だしまたしまう      児玉敬子


今年二月に84歳で亡くなった祖母・敬子の72歳の作。
仕舞っていた浴衣を出し、もう着ないものではあるけれど、と思いながら、
色々な思い出に耽(ふけ)ったりして、そうしてまた丁寧に畳んで、元の所に仕舞う。

着ることもない浴衣を出し、もう着ることもない浴衣だし…と思って、またしまう
と、駄洒落めいている感じが、僕は好きだ。





  さまざまの事おもひ出す桜かな      松尾芭蕉


1688年、松尾芭蕉45歳の作。 様々な事思い出す桜かな。

芭蕉が若い頃に仕えていた藤堂家の主君、良忠。
良忠と芭蕉は年齢が近い事もあり、共に俳句を学んだりと仲が良かった。
主君であり親友でもあったが、良忠は25歳の若さで亡くなった。
その後、芭蕉は、その地を離れた。

45歳。 帰郷し、以前仕えていた良忠の家の庭に行くと、昔のように今も桜が咲き乱れていた。
良忠との思い出や、この桜にまつわる様々な事を思い出した。
(こちらで確認しました→ 芭蕉関連のページ
 http://www.ict.ne.jp/~sasa-mi/bashoukuhi14.htm





俳句や、絵や写真、録音したものなど、他にも、
形のあるものは、保存する人の元で残っていく。
花の片鱗のように。

その花の片鱗を、時々ふと思い出したり、ふと触れてみたりして、
いろいろを思う。



浴衣を着る夏も、春に咲く桜も、これからもいつまでも巡り来る。
愛のような思い出を、この世の中に、重ねていけたらいいなと思う。





 2017年07月25日(火)   神仏 soumen




六月燈 (ろくがつどう)

 七月七日 = 七夕 = 小暑 = 旧六月節
 八月七日 = 立秋 = 旧七月節
この、旧六月節から旧七月節までの約一ヶ月間に渡って、
六月燈という祭が、県内各地あちこちの神社で開かれる。
毎日、どこかしらで開かれている。
大きな神社から、ごく小さな神社まで、様々。

今夜は近所の神社にて開かれるらしい。
小規模だが、それなりに人が集まって、周辺は賑やかになる。

鹿児島に35年暮らしているが、どうして七月に行われるのに六月燈って言うんだろう?
と、今日調べるまで知らなかった。
こうして日誌を付け始めてから、何を書こうかな、と、いろいろと気になった事を調べるようになったので、
頭が良くなっているような気がする。 少なくとも脳に皺が増えている気がする。
でも、皺という漢字は、読めないな…。 「しわ」

何の祭かは、知らない。 また後で調べたいと思う。

まあとにかく、六月燈は、今ぐらいの時期に、そういう名前で親しまれているお祭りである。
夜見る燈籠は綺麗である。











ヘチマそうめん  (写真は実物大以上)

鹿児島で、お盆に食べる郷土料理。
本来はお盆に食べるものだが、僕の家ではあまり拘らず、食べたい時に食べている。
熱い和風の出汁、醤油味。
具は、輪切りにしたヘチマと、茹でたそうめん。
シンプルだが美味しいので、夏には欠かせない味だ。











近所にお寺があり、敷地の道路沿いに、掲示板が立ててある。
手書きで書かれた仏教の教訓が、月毎に貼り出されているのだが、
「猛暑。 苦難に耐えることで 豊かな人格が作られていく」
今日見たら、そういう感じの事が書かれていた。

暑さに耐えて人格が豊かに…なるだろうか… と思ったが、
比喩的に見れば、確かにそうなのかもしれないな と思った。

猛暑万歳 麦茶美味


 2017年07月24日(月)   雨 squall


午後、強い雨が降る。


雨の名前について調べてみた。
この時期によくある一時的な強い雨、これには色々な名前が付いているそうだ。

白雨(はくう)  …日中、空が明るい時に降る雨
夕立(ゆうだち、ゆだち、よだち)  …夕方に降る雨
驟雨(しゅうう)  …時間帯を特に限定せず
村雨(むらさめ)  …上に同じ
スコール  …上に同じ

言い方は違うが、降り方としては、どれも同じだそうだ。


ついでに、夕立の和歌は何かあるかな と思って検索してみた。
個人的に気に入ったものは、


  夏の日のけしきをかへて降る音はあられに似たる夕立の雨     後水尾院


それから、


  よられつる野もせの草のかげろひてすずしくくもる夕立の空     西行

空には夕立が来そうな雲が掛かっている。
風が吹いてきて、糸を縒った(よった)ように絡み合う野原の草が、
うっすら陰ってきて、辺りが少し涼しくなった。


ちなみに こちらを見ました。 和歌歳時記のページ
意味もこちらで確認しました。
 http://www.asahi-net.or.jp/~sg2h-ymst/yamatouta/saijiki/yuudati.html



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好きな唱歌で、「青葉」というものがある。
詞も曲も、特別にはパッとしないものかもしれないが、個人的には印象に残っている。
YouTubeでは、楽譜のサイトの、これしかアップされていないようだ。
 https://www.youtube.com/watch?v=KRYT9oEYZVQ

雨がやむ 雲が散る 雲の後にうねうねと 青葉若葉の山々が 遠く近く残る
という詞。



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そして また晴れるのだ
雨の匂いをかいだら
陽の匂いをかぐの

お布団きもちいい
まくらにしずむ

テーブルさらさら
あら またあめ ふっているの?
コップに注いで
部屋で眺めるわ
空から来たのね こんにちは
雨さん 雨 雨
えへへ へへ

そしてまた 晴れるのだ
雨を見て 雨の匂いをかいだら
陽の匂いをかぐの
あかるくて まぶしいわね
とっても おひさま きれいに
なったよ


 2017年07月23日(日)   話 hanasi


北極星を 熱いまなざしで見つめていた一羽の鳥
その鳥が木曜に書いた日記への 北極星からの伝文を綴る。

北極星は、やはり動かないままで空に佇んでいる。
今後もその事については、永遠に変わらないで居るようである。

あの日 木曜日
北極星は、その白い光をきらりと言わせてつぶやいた。


「あなたと死のう
あなたと死んでもいい

と思った。

ただこれは比喩であるから、違う言い方に換える。

あなたとずっと生きたい

と思ったのだ。

ただこれはボケであると言える。 ボケ・ツッコミのボケである。

何故ならば、あなたも僕も、実際にまともに会話をした事が無い、
にも関わらず、このような遣り取りを、このような感情をもってしている という事が、
真摯なのか ボケなのか 一体どちらなのか分からない。
或いはどちらでもあり、80%以上をボケが占めている予感。

そして僕は気が付いた。 あなたは天然ボケな人だと以前から思っていたが、
もしかして、この事に関しても天然ボケが働いているのではないだろうか。
あなたの天然ボケゆえに、この遣り取りは現在にまで至っているのではないだろうか。

ボケである。
しかし、それでいて真摯だ。
真摯且つボケ、両方を備えているという事に今日になって気が付いた。

あなたとずっと生きたい と、木曜の日記を読んで、僕は昂ぶった気持ちで思ったけれど、

その気持ちは、要するに怒涛だ。
お湯の沸騰する温度、100度、
100度になった心が、そう思ったのだ。
あなたとずっと生きたい と、100度の沸点に達した怒濤の心がそう思った。

しかし、この事は注意を要する。 即ち、要注意である。

気持ちが少し落ち着いて冷静になった時に、
「いや、やっぱり、そこまでじゃないな……」 と思い直す場合が、僕は結構あるからだ。

例えば、あなたと、まともに会話をした時、
「んー… なんかちょっとトーンが合わないな…」
「んー… なんかちょっとノリが合わないな…」
「んー… なんかちょっとウマが合わないかも…」
「んー… なんかちょっといろいろが違うかも…」
「んー… …」
と感じる可能性だってお互いに多々あり なのである。
とフィールする可能性だってお互いに多々あり なのだ。
そう、フィーリング というものがお互いにあるのである。
お互いにだ。
It's just feeling.

It's so cool.
冷静になった時――
あなたと死のう あなたと一緒に生きたい と思ったその時の気持ちは、
小さくなって 小さな石ころみたいになって 心の底の広い空間にコロン と小さくころがって
クスッと笑い
それから… けれどその小さな堅い石ころは、今後 かたくなに僕の心の中に
確かに在り続ける。

その石を躰の中に持って 北極星は これからも変わらずに、空に佇んでいる。

嗚呼
僕たちは互いに 互いへ、とても健全で、美しいような、至極稀な
真摯なボケをかまし合っているのかもしれない。

この事は、
もしもあなたの友人の漫画家さんが聞いたら、いい材料にしてくれるかもしれないな と思った。」


……
……――そう言った後、北極星は喋らなくなって、また元通りにぴかぴか光る瞬きをした。

鳥は 瞬きを見つめた後、その場を発った。



その様子の一部始終を、分厚い氷の上に座って、一匹の白熊が眺めていた。
白熊は首をぐるぐる二三回まわして、少しの間、首を休めると、それからまた星空を見上げた。

白熊が星を見上げて語るには、
「鳥は泣いていたよ、
泣きながら羽を震わせていた、
泣いて飛び立った、
その鳥の羽音を聞いたよ、
音は遠ざかっていった、やがて氷の海の靄のなかへきえた、
きえたよ、靄のなかへ――
かと思ったら、
ばあ! と言って頭上から再び顔を出したよ、
鳥が ばあ! と言って顔を出したから、
びっくりしたよ、
びっくりした後、笑ったよ、
互いに笑ったよ、
互いに笑ったよ、

そして
白熊の僕は氷の上に座って、凍る海を眺めたよ、
星空が明るく光っている。

分厚い氷は溶けないね
その上に座っているのだけれど

鳥も 氷にとまっていたけど
やがて氷は 鳥を空へ放ち、
星々が光っている空のなかを
鳥は 飛んだよ。
飛んでいた。
その躰に 星の光と影とを一心に映しながら。」



……
……――すべての話を聞き終えて 僕は、すべてのことを白く塗った。


 2017年07月22日(土)   海にて at the sea




種子島、浦田海水浴場。 天気は、晴れてはいるが薄曇り。





本土最南端、佐多岬。 右の白いのが灯台。





活火山の桜島。 最近また時々噴火するようになった。




シュノーケリングをして過ごした。 時々行っている。
数年前に溺れかけ、海で溺れたら死ぬんだなという事を実感した。
以来、ライフジャケットは必須だと考えている。

水中、
20〜30cm程の魚の群れが、左側から僕の周りを囲むようにして旋回しながらきらきら泳ぎ去って行った。
淡く光が差している。

広がっている砂や岩に、波の形をした光が映り揺れている。
綺麗な色の魚、可愛い泳ぎ方の魚、面白い形の魚などが泳ぐ。

しかし、常に視界に入っているものとしては、脳ミソのような様相をした得体の知れない何かや、
小腸や大腸を彷彿させる何か…珊瑚の類なのだろう… そういうちょっと気色悪いものたちである。
そういう生き物が何種類もいて、いつも視界に入っている。
今日は台風の影響もあって波の揺れが大きく、薄日だったので海水温が低い。
なんだか気色悪いのと、意外に寒いのと、波で乗り物酔いしたような感じになったのとで、
この後はずっと、うっすらした吐き気を我慢しながら静かに過ごした。

砂浜に敷いたゴザに座ってぼーっとしていた。

左隣に場所を取った家族連れが、英語で喋っている。 見ると旦那さんは白人だ。

右隣に居た若いグループの内の一人の女性が、その家族連れの所へ歩み寄り、奥さんに話し掛けた。

遊ぶ人たちの声が遠くから聞こえてくる程度で、波の音と鳥の声ぐらいしかしていない静かな浜に、
会話をすれば、お隣に丸々聞こえる。
僕は寝転がりながら会話を丸々聞いた。

奥さんの方は日本人で、種子島出身。
英語を学んで留学し、海外の男性と結婚してタイで暮らしていたが、
子供の教育に関しては日本の環境の方が良い と考え、出身地である種子島に移住した。
陶芸もやっており、陶芸教室と英会話教室、ダイビング教室を開いて生計を立てている。

話し掛けた若い女性は関東出身の22歳で、種子島のスポーツ団体に加入していて一時的に移住。
また関東に戻る予定だが、戻った後は、歌手になる目標がありそちらも頑張る予定。
出来れば海外のテーマパークなどで活動したいと考えている。

おそらく若い方の女性は、海外との接点を持つきっかけ作りの目的もあって、声を掛けたのではないかと思う。
それから単純に、人との交流が好きなのだろう。

二人は五分程いろいろな話をした後、フェイスブックを交換し合った。

そしてまた静かな時間が訪れた。


……うん、僕も英会話を覚えて海外へゆこう。 と思った。

或る夏の一日。





 2017年07月21日(金)   星と月と太陽と hito


月は、地球の一番近くにいて、
いつも地球の一番傍に居て、いつも優しい光で見守っている。

だが、月が地球に触れることはできない。
距離がある。 

見守っている、それはつまり、見守っていることしかできないという事でもある。
例えば僕が、誰かを、あなたを、見守っているからね と伝えたとしても、
僕は見守ることしかできず、そうすることしかできないのだ。

けれど逆に、誰かから、あなたから、見守っているよ と言われたら、
僕は力が湧き、少しの不安定などは吹き消し、大きな不安定は小さくなってやはり吹き消すことができる。
見守っている存在がある という事が、力になり、僕を安心させ、自己肯定させる。

心が折れないようにしていても、つい折れそうになる事もある、
けれどやはり強く在ろうとし、折れないで居られている。
起き上がりこぼしのように居られている。
見守ってくれている存在を思い浮かべ、僕は僕であることができ、自信を持つことが出来ている。

僕自身がそういう感じだから、やはり人へも、誰かへも、あなたへも、
同じように伝えたいと思う。
見守っているからね と伝えたい。

星のように、地球からは少し遠い距離から見守っていたり、
月のように、地球に一番近いところから見守っていたり、
関係や感情などの距離感は様々であるけど、
星のように見守りたいし、月のように見守りたいし、
見守っていたい。
見守っていることは明かりで、見守られていることも明かりだ。

それから、時には太陽のように 熱い感情や活力などを生まれさせてもくれている。
星のような人の中にも 月のような人の中にも、太陽はひとつずつ宿っているものだ。
人のそれはとても強くて明るい。


見守っているからね と伝えたい。


 2017年07月20日(木)   伝文 denbun



  或る鳥へ書いた散文


彼が彼女に伝えてほしいと、僕に伝言を頼んできた。
なのでここに綴る。


彼は数日前の僕である。


「湖のような場所の写真。

それがどこなのかは分からない。
偶然にも同じ日に、知人がインスタグラムにアップした写真の場所に、よく似ている。
もしそうなら、そこは奥多摩の鳩ノ巣渓谷の近く、ダムの近くの湖であろうと思う。
そうでないなら、どこかは分からないけれど、ともかく美しい場所だ。

知人の動画には、鳥の声や風の音などが入っていた。
きっとあなたもそこで、
こんなふうに同じ様に、鳥や風などを感じていたんだろうな と、
空気を共有しているような気持ちになり、嬉しく思った。

あなたが訪れた場所、
写した場所、
それはあなたからの思いなのだと思った。

その水は、あなたと僕の間を流れている尊いものと思う。

あなたを見る。
あなたの姿に、あなたの未来を重ね見る。
未来というものは太陽のようなものだと思う、
たとえば仮に今、雲の奥にあったとしても、気が付くといずれは顔を覗かせ現れている。
その耀きは水面に映り、
僕も、あなたも、自然とほほえむよ。

水とは言ったけれど、多少の何かしらの濁りはあるものなのかもしれない。
だとすれば、そのありのままを愛しく思う。
そして、水と言えばやはり水であるのだろうと思う。

ところで、僕はあなたの目の奥に一途さを見た。
つまり、改めて楽曲を聴いてみて、そこに見たものは、
根底に流れているものは生きることへの一途さだと思った。
透明な風のように感じた。

透明とは言ったけれど、何かしらの濁りはあるものなのだとも思う。
あなたも僕も、誰もが人なのだから。
でも、そのありのままを愛しく思う。
そして、奥に流れているものを透明な風と言えばやはり、透明な風であるのだろうと思う。
その風のようなものの瞬きを愛しく思う。

僕が惹かれたそれは、人間の信念にも似ていると感じた。
そういう意味で、大げさな言い方だけど、同士のようにも思った。
この事は、うまく言えない。

ともかく、だからずっと見ている。
この先も、ずっとそうなのだろうなと思う。

そしてこの先、何か力になれるような時がもしもあればなりたい と考えている。
この事もまた、よく分からないことではある。」


僕はこれを、彼から彼女への伝言として届ける、そうして今日も安らかに眠る。
あなたも安らかに眠っていますように。


 2017年07月19日(水)   ラジオ体操 music


ラジオ体操の季節である。

「ラジオ体操」は夏の季語かなと思いきや、
夏に限定している体操というわけではないので、違うようだ。

僕らが知っているラジオ体操は1950年頃に作られたそうだ。
それまでに改訂を重ねられているので、ラジオ体操自体は1925年頃から始まったそうである。

最近では、ご当地版というものもあるらしく、
視聴してみたら面白かった。 (下の方に、京都弁の動画がある)
 http://columbia.jp/prod-info/COZX-1045-6/ (CDレーベルのHP)

何故ラジオ体操について書いているかと言うと、
ラジオ体操は、実は第3まで作られている という事を今日知ったからだ。
第2まではやっていたが、第3は、多分やった事が無い。

こんな体操だそうである。 (「MV」をクリックすると見れる)
 http://columbia.jp/prod-info/COCG-16998/ (CDレーベルのHP)

動きがかなり難しかった為に浸透しなかったそうだ。
なんか、曲が素敵だ。


そもそも、ラジオ体操の曲は、なんかいい曲だ。
いい曲だなぁと思いながら体操していた気がする。

それもその筈だ。
今調べてみたところ、作曲者は、
ラジオ体操第1… 服部 正
ラジオ体操第2… 團 伊玖磨
そして
ラジオ体操第3… 橋本國彦
となっている。
クラシックが好きな人は、目にした事のある名前だと思う。

つまり、体操の伴奏として適当に付けられた音楽ではなく、
名のある作曲家が作った音楽だったのだ。
名のある人が適当に作ったもの なのかどうかは分からないが、つまり、そういう事である。

名のある…とは言え、よく知らない人もいるかと思う。
團伊玖磨は、「花の街」 ♪七色の谷を越えて 流れていく風のリボン
で広く知られているので、歌った事のある人は多いはず。
しかしそれ以外は僕も詳しくは知らない。
ただそれぞれの作曲家に好きな曲があるので、それを紹介したいと思う。 (全てYouTube)


服部 正
 「野の羊」
 https://www.youtube.com/watch?v=n9Fa91-NSR8


團 伊玖磨
 「筑後川」より 第三曲 「銀の魚」
 https://www.youtube.com/watch?v=hOyN0Wq8zWE


橋本國彦
 「お菓子と娘」
 https://www.youtube.com/watch?v=kxXV10_JIMQ




 1 2 3 4  1 2 3 4  1 2 3 4

たまにはラジオ体操しようかな、と思った、或る夏の一日。


 2017年07月17日(月)   草花 kusabana

 ――さて 今日も暑さを凌ぐ――


数年前にテレビで紹介されて以来、何となく心に残っている絵がある。
石川功一という画家の、草花を描いた絵だ。

写真に撮ったものを元に描く という事はせず、
自然の中の姿を写し取りたい と、草花が咲いているその場所でのスケッチにこだわっていたそうだ。

残した絵の数は多くは無いが、個人的には大好きな雰囲気の絵だ。

石川功一 油絵 (Yahooの画像検索)
 https://search.yahoo.co.jp/image/略
背景色が付いているものが油絵で、その他、スケッチや人物画等が混ざって表示されています。
個人的には植物の油絵の雰囲気が好きです。

石川功一の子息が経営している、軽井沢草花館のHP
 http://www.kusabana.net/


梅雨も明け、これから本格的に暑くなってくる。
軽井沢の避暑地の自然に思いを馳せたりしつつ、絵にも涼みつつ。


 2017年07月16日(日)   遊ぶ asobu

これを書いている17日の今日は海の日。
前日付で「納涼」を綴りましたが、


  更け行く夜さへ わすれはてゝ 遊ぶもたのしや 夏のうみべ


改めて聴くと、ジーンときます。
なんだかもう気楽になって、のびのびと遊んでいる。
辛いことや苦しいこと、いつも何かしら発生していくのが人生かもしれませんが、
それでも、海辺のような時間はきっと必ず訪れている。

ゆっくりと歳を重ねていきながらも、きっと、ずっと何かしらを遊んでいるのだろうなと思います。
それは童心というよりも、単純に、遊ぶのが好きなのだと思います。


  遊びをせんとや生れけむ、戯れせんとや生れけん
  遊ぶ子供の声きけば 我が身さえこそ動(ゆる)がるれ   ――梁塵秘抄 (りょうじんひしょう)


意味は、こちらに書いてあります。 (梁塵秘抄に関するHP)
 http://www.nextftp.com/y_misa/ryoujin/hisyo_06.html

梁塵秘抄というのは、平安時代に後白河天皇が編纂した歌曲集 と言われているそうです。
ですが、譜面などは何も記載されていない為、どういう音楽だったのかは不明だそうです。
どういう音楽だったのでしょう、気になるところです。
思うに、詩吟のような、或いは雅楽のような音階の、ゆっくりした歌だったのではないかと想像しています。

  遊びをせんとや生れけむ 戯れせんとや生れけん
  遊ぶ子供の声きけば 我が身さえこそ動がるれ
さあ僕も遊ぶぞ、と言って、わざわざ童心に帰らなくてもいいと思いますが、
自分にとっての楽しみ方をしたり、色々を楽しみながら生活していく、
例えばその楽しみ方が昔の自分から変わっていない感性や感覚であればそれを持って、
日々の中の楽しさを見つけて、楽しさを掬い上げて、楽しみ続けていきたいものです。

その楽しみを誰かと共有していたら楽しいなとも思うし、一人で楽しんでいたいものもあるし、色々です。


 2017年07月15日(土)   涼し suzusi





幻想的。






  ―夜―






通り掛かった道にて。
納涼盆踊り大会、今年も無事終わり撤収作業中。




 納涼   曲/滝廉太郎  詞/東くめ
 https://www.youtube.com/watch?v=pkp9tYwLkGI


  納涼

 ひるまのあつさの なごり見せて
 ほのほぞもへたつ ゆふべの雲に
 くれなゐそめなす 入日(いるひ)のかげ
 波間に落つるや 沖もくれぬ
 やけたるまさご路 いつかひえて
 しほかぜ涼しく 渡る磯を

 ものすそかゝげて ひとり行けば
 よせ来るしらなみ 足をおそふ
 すゞみに来(こ)しかひ ありそ海の
 波にも戯れ 月にうたひ
 更け行く夜さへ わすれはてゝ
 遊ぶもたのしや 夏のうみべ



1900年に発表された、滝廉太郎による、組曲「四季」。
花、納涼、月、雪 ――の四曲から成っている。
それぞれに春夏秋冬の情景を歌っている。 「月」のみ、滝廉太郎自身が作詞をしている。

第一曲の「花」は、「春の うららの 隅田川〜♪」 で、よく知られている。

まだ西洋の文化が入ってきて間もない頃。
西洋のクラシックのような歌曲が存在していなかった日本で、初めての連作歌曲となった。
それにしても、幼少期の北原白秋が聴いたら、何を歌っているのかさっぱり分から無さそうだ。

納涼 = 涼み
川辺で、海辺で、水に涼む。 田んぼで、草むらで、青い風に涼む。
虫の声に涼む、
 星の明かりに涼む。
それから、目元が涼しい人、と言ったりもするが、
そういう風に、涼しい心を、
心の中に涼しさを持っていよう。

あなたがいるから涼しい と 思える人たちがいることの涼しさ。

今日の涼しさ。 今日という涼しさ。


ああ 涼しい。
涼しいね。


 2017年07月14日(金)   蟹味噌 kanimiso

友人のツイッターに、暑くて脳味噌蟹味噌になる と書いてあり、
最近流行っている言い方なのかな と思って検索に掛けてみたが、特に出てこなかったので、
これは友人やその周囲の人たちの間で使われている表現なのだろう と思う。

検索結果の画面に、脳味噌蟹味噌という言葉は出てこなかったが、
代わりに出てきたのが、「蟹味噌は蟹の脳味噌じゃない」 という記事だった。
え、違うんだ? と、僕は今日初めて知った。

蟹味噌が好物なので、くるくる寿司に行った際には、必ず蟹味噌を一皿は注文する。
蟹の脳味噌なのだと思っていたが、正確には、甲羅の裏側にある味噌状のわた なのだそう。
わた とは何ぞや。
…まあ、何でもいいか。 ともかく味噌状のもの。

そういえば先日、ネットでたまたま、「スベスベマンジュウガニ」 という名前の蟹を見た。
スベスベ マンジュウ ガニ
 https://ja.wikipedia.org/wiki/略
面白い名前だが、猛毒だそうだ。



 〜まとめ〜

蟹味噌は蟹の脳味噌に非ず
スベスベマンジュウガニは猛毒につき食すべからず
脳味噌蟹味噌とは 暑さで脳味噌がまるで蟹味噌のようにとろけさうだ という事かに

以上


 2017年07月13日(木)   童 warabe


 「お茶を飲みに」  わらべうた
 https://www.youtube.com/watch?v=BXpKPyOTJwE


 お茶を飲みに来てください
 ハイ こんにちは

 いろいろお世話になりました
 ハイ さようなら


録画していた番組を見ていたら、ある画家の人が歌っていた。
「人生みたいで、なんだか感動した気持ちになる」 と話していた。
それを見て、ジーンときた。

自分にとっての佳い関係が、たくさんありますように。
僕にも皆様にもありますよう。



ところで ところで…

童謡・唱歌・わらべうた… と言うと、全部同じようなものに思えるが、
それぞれが生まれた背景は、全く違う。

わらべうた…
 地域に、いつからか発生して伝承されてきた歌。

唱歌…
 明治時代以後、文部省によって教育の為に作られた歌。

童謡…
 文部省の唱歌に反発した北原白秋が、
 「子供には子供の為の歌を」 という考えの元に起こした運動によって生まれた歌。

なのだ。

つまり、わらべうた というのは、誰が作ったか分からない、自然発生したような歌。
地域によって、似たものがあったり、独特のものがあったり、いろいろ。

唱歌は、朧月夜 とか、 故郷 とか、 滝廉太郎の「花」 とか。
これらの歌詞は、基本的に全て、文語体(=旧仮名遣い)で書かれている。
「いかにおわす ちちはは つつがなしや ともがき」 など…。

北原白秋曰く、子供の頃、これらの唱歌を歌わされる時、言葉の意味がさっぱり分からなかったそうで、
いかにおわす とか ともがき とか はらから とか みずやあけぼの とか
理解できないものを歌わされるのが、とても嫌だったそうだ。
それで大人になってから、「唱歌に異議あり! 子供には子供の歌を!」 という理念の元に、
「赤い鳥」 という雑誌を創刊し、他の詩人たちにも声を掛け、
まず詞を掲載、メロディは一般募集、
次の号で、採用したメロディの楽譜を詞と共に掲載、 …という手順を組みながら発刊していた。
そうやって、小難しい文語体では無い、解り易い口語体の新しい音楽が生まれていった。

北原白秋の詞の童謡というと、「ぴっちぴっち ちゃっぷちゃっぷ らんらんらん」 の「雨ふり」、
「ペチカ」、「この道」、「からたちの花」、「砂山」 が代表作だ。

時代は戦争を迎え、戦後、昭和から平成へと変わり、
今日では、NHKの「みんなのうた」が、童謡の流れを組んでいる。
曲調的にはポップスと変わらない感じになっている。

唱歌に反対して、童謡というものは生まれた。
のだが、その北原白秋等による童謡運動が起こる前、1900年頃、
滝廉太郎が、やはり「幼い子供でも解り易い歌を!」 という同じ理由で、
文部省の立場から、幼稚園唱歌 というものを作っている。
20曲ぐらいから成っている。 詞は、まだ文語体ではあるが、短くて解り易い。
「もー いーくつ ねーるーとー」 の「お正月」 が今でも歌われている。

子供の為の わらべうた。
子供の為の 唱歌。
唱歌に異を唱えた、子供の為の 童謡。

どれも子供の為を思って作られた事には変わりない。

思いの背景。 思いの歴史。



… うんちくを語りたかった訳ではありません。



今となっては、わらべうたも 唱歌も 童謡も、「子供の歌」として、全て同じ括りに扱われているが、
何にしても、
子供の為の歌を、こんなにたくさん作り続けている文化のある国は、日本の他には無いそうだ。
音楽が身近に根ざしている国。 音楽を通しての想いが根ざしている国。
子供の為に、というのはつまり、未来の為に、未来を生きる人の心の為に、という事だから、
…素晴らしい!!
日本に生まれて良かった と思った。

僕は俳句が好きだが、文語体もまた良いものだと思う。
文語体は、難しくてややこしいから、時代と共に無くなった。
生活にきちんと馴染む言葉へと洗練されていったのだから、つまりそれは、言葉の進化である。
けれどやはり、文語体には文語体の、特有の「味わい」 もある。
それはそれで消えていってほしくないものだなと思う。

俳句もそうだし、明治とかに作られた唱歌など、それらが残した、文語体の美しさ、味わい。
それらもまた貴重な財産として、今日に残っている。

…素晴らしい!!



うんちくを語りたかったわけではありません。
… でも本当は、ちょっと語りたかった。



「あのーすみません、うんちがしたいんですけど…」
 「お便所なら、あそこにありますよ」
「ありがとうございました!」
 「いえいえ、ごゆっくりどうぞ」


うんちについて語ろうとしているわけではありません。


この日誌を読みに来てくださった方々、
お茶を飲みに来てくださった方々、
うんちをしに来てくださった方々、
♪いろいろお世話になりました、ハイ さようなら ♪♪♪
♪アディオスアミーゴ♪
♪再見♪
♪シーユーグッドラック♪
♪ことばがいっぱい♪
♪さようなら♪
♪またあした♪


 2017年07月11日(火)   鯖節 hozesoba

昼、スーパーで買い物を済ませ自転車で帰ろうとした時、
お店の屋根がガタガタ揺れたので、ん?と思ったら、地震が来た。
揺れた時間は短く、僕の住まいの地域は問題無かった。

喜入付近が震源地だったそうだが、そこは石油備蓄基地がある場所なので少し心配した。

高校生の時、付き合っていた女性が喜入に住んでいて、父親は備蓄基地に勤めていた。
一度、父親が基地の中を車で案内してくださり、面白かった記憶がある。
…という思い出のある地域でもある。

喜入と言えば、サバ節でとった味噌味の出汁に焼きサバを載せた、「豊祭蕎麦 (ほぜそば)」
というマイナーな名物料理がある。
昔、この地域でサバがよく獲れた事から生まれたそうだ。
 ほぜそば  Yahooの画像検索
 https://search.yahoo.co.jp/image/search略

一度食べた事があるが、僕は好きだ。
サバ節とかつお節の、味の違いは僕にはよく分からない。
味噌味、焼き魚が乗っている という点が目新しく感じる。
骨が汁に混ざりやすいので食べにくい、という難点はある。

今回、地震の被害は少なかったようだ。






夏の夕。 地震が来ても空は揺れない。 生き物はみんな地面に住んでるんだなと改めて思った。




上の写真よりも空の色が明るいけど、こちらが後。
 昇る飛行機雲。 どこかへ行く人達、誰かに会いにゆく人達。
 この道から見える空を通って行く。 昇る。 空の道。 いろいろな道。


 2017年07月10日(月)   トマト tomato


 童謡 トマト
 https://www.youtube.com/watch?v=WNzgIlrpXOc


  トマト   荘司武 作詞 / 大中 恩 作曲

 トマトって
 かわいい なまえだね
 うえから よんでも
 ト・マ・ト
 したから よんでも
 ト・マ・ト

 トマトって
 なかなか おしゃれだね
 ちいさい ときには
 あおい ふく
 おおきく なったら
 あかい ふく



個人的には好きな、ツボな歌だ。
作曲の大中恩は、犬のおまわりさん サッちゃん でも知られている。







傷んだ部分を切ったら、断面が面白いと思った。
種がある透明の部分が綺麗。


トマトを食べるのはちょっと待とう。(ちょっトマトう)
…が代表的なダジャレだと思う。


♪お洒落な駄洒落だね


今日はこの辺で。


 2017年07月09日(日)   地下神殿 saitama

たまたま読んだ雑誌に載っていたのですが、


  *** 埼玉県の情報 ***


春日部市に、首都圏外郭放水路というものがある。
しゅとけんがいかくほうすいろ。
「地下神殿」 とも呼ばれており、荘厳な雰囲気の空間が広がっている。

 HP
 http://www.ktr.mlit.go.jp/edogawa/gaikaku/

周辺の洪水対策の為に作られたそうで、2006年に完成しているから、まだ比較的新しい。
ドラマの撮影などでもよく使われているそうだ。
見学は、1名から可能。 無料。 予約制。

ムーミンのテーマパークに行くついでに訪れてみたい気のする場所だ。

尚、梅雨の時期や大雨の日、大雨の後の1週間ぐらいは地下見学が出来ない為、
晴れ続きの日が狙い目のようだ。

それから、ここから見える富士山の景色は、「関東の富士見百景」 に選ばれているそうだ。
関東の富士見百景… 貴重なのかよく分からないが、ともかく良い眺めなのだろう。
(富士山は、冬の晴れた日に運が良ければ見られる、とのことだそうだ)



人が、人の生活の為に作った施設、
その中に たまたま現れた景色。
美しさなんて何も考慮せずに作ったのに、
たまたま とても美しい景色が現れた。

たまたま… さいたまに…

と、ダジャレで終わるのも何なので、埼玉県の県名の由来をちょっと調べてみた。
すると、こういう事らしい。

 ねえねえ、どうして「埼玉」って言うの?

それはじゃなあ、つまりじゃなあ、
えーっと、
説明するのが面倒なので、ここを見てもらえれば分かるぞ。
 埼玉古墳群の関連サイト
 http://www.sisia.or.jp/homepage-contest/hpc2011/略
埼玉 = 人に幸福を与える神の霊魂 って、なんだか素敵じゃのう。

 へえー なんかすごいや!

うぉっほっほっほ、ハッピーハッピー、みんなハッピーじゃ!

 いえーいハッピー!


 2017年07月08日(土)   未来 saitama


 「ミライ」  シギ
 https://www.youtube.com/watch?v略

昨日、HPにアップされていたので聴いてみた。
次作のCDに収録予定だったが、予定変更したのでYouTubeにアップしたとの事。
デモ音源だそうだ。 シギ氏の楽曲の中でも人気の曲なのだそう。
(動画の下の「もっと見る」をクリックすると歌詞が表示されます)
僕は今日初めて聴いたが、聴いて元気が湧く思いがした。


シギ氏。
僕が19歳の頃、HPを通して彼女からメッセージを戴いたのを機に、交流は現在に至っている。
(ここ数年はメールやパソコンを使っていなかったので、昨年からまた交流している。)
東京に少しだけ住んでいた頃にライブを観に行ったのだが、彼女はその時中学生ぐらいだった。
もう随分前の事にも思うが、けれどこの人の根本的なところは、今も何ら変わっていない。

同時期にTkoさんという方からもメッセージを戴き、現在も交流しているのだが、
僕がシギ氏を観に行ったライブに、偶然、Tkoさんの息子さんも出演していた。
その音楽も当時の僕には印象的だった。

今年の三月に遊びに来てくれたM美氏も、やはり同時期にHPを通して知り合った。
M美氏とも東京で数回会っていたが、彼女も、Tko氏も、シギ氏も、
皆、根本的な、その人らしいところは今も変わっていない。

きっと、これまでに知り合った人達も皆、そうなのだろう。
皆、独自にその人らしさがあり、きっと、これからもずっとそうなのだ。


シギ氏、Tko氏、M美氏、ムーミン(五十音順)は、共に埼玉の人である。
埼玉なのである。
そう、ムーミンも埼玉なのである!
ムーミンのテーマパーク 「メッツァ」 (フィンランド語で 森 という意味だそう)
これが埼玉県の飯能市という処に、現在建設中なのである。

ものすごく楽しみにしているわけではないが、それなりに楽しみである。
おそらくそんなに大きな施設では無いのだろうと予測している。
オープンは2019年春の予定 となっている。

自分は何故ムーミンが好きかと言うと、キャラクターも可愛いが、
内容や雰囲気が、なんだか自由で、詩的で好きなのだ。
作者は性同一性障害でレズビアンだったそうだが、色々な経験が作品にも反映されているのだろうと思う。
アニメ、漫画、小説、パペット・アニメーション、と色々な形になっているが、
僕は主にパペット・アニメーションのムーミンに親しんでいる。

パペット・アニメーションと言うと、ピングー(ペンギン)とか、チェブラーシカ(猿) が有名である。
ちなみにムーミンは、妖精である。

…ペンギンも猿も可愛いです。

2019年春にオープン。 今は2017年の七月。

いざ、未来へ! ミライへ!  (←シギ氏、気に障ったら済みません…)





これまでの道のりで、或いは今もだろうか、死のうと思ったり、
色んな気持ちになることが 皆あって、
そうありながらも、ずっと歩んできて、歩んでこれているのは、
誰かが居たからだ。
誰かが居るからだ。

この先も歩いていく。
坂があれば耐えて越えていく。

繋がり合っている。
それは約束では無い。
繋がっている約束や保障などは何も無いし、僕はしたくない。
あなたの事を思っている、あなたへの思いがある、お互いのその気持ちの連なりだ。
思いが今も続いていて、連なって今に至っている。

繋がりは透明 見えない水
水のように平らに横たわっていて
水のように そこに湧いて流れている
まるで静かに音もなく

いや ちいさな音がしている
耳を澄ますと聞こえてくるぐらいの
互いに色々な気持ちの音で

そこに湧いた何かの音が 時々 心の中に大きく響いて
確かな気持ちになって記憶される 魂のようなところに刻まれる

今日もあなたがいた
今日も僕がいた
明日もいて
繋がりは水のように そこに湧いて流れていて
記憶した音がある限り その響きを感じている

僕は羽を広げる
静かに広げる羽がある
皆にそれぞれの羽がある
のびのびと広がる羽がある

皆にそれぞれの羽の音がある
あなたの羽の音がある
重なり合う音がある

その音のいつまでも
羽のおとの
 水のおとの


 2017年07月07日(金)   竹林 tikurin


棚の上にバターが置いてある。
バッタが棚に飛び乗った。
棚が バタン と倒れた。

倒れたが、また起き上がった。

棚の上でバターは溶けた。
バッタは棚で眠った。
棚は バタン と倒れ、その音は 七夕の空へ響いた。

バッタは無事だった。

星が輝く星祭、
友を想へば彼彼女らは、
この空のもとで誰と会ひ、
誰とほほ笑み交はしてをりしかや。
考へて吾ほほ笑める。

星の逢瀬を眺めをり。
逢瀬に星は皆瞬きぬ。
吾が友等のいずくにか住む、
星、瞬き乍ら 友住む空にも降るらむ。
友の空にも降つてゐる。

吾の空に星降る
友の空に星降る

けふは星祭、
星を見る。


































今日は曇っていたので星はよく見えなかったが 雲間から月が見えていた。
遠くの大隅の方の空がピカピカと光っていて、それは雷の光だった。





























お星様きらきら 金銀砂子。
 お星様きらきら 空から見てる。


 2017年07月06日(木)   ヘチマ hetima



  糸とんぼ糸になるまで風紡ぐ      大木雪浪



ところで、「糸瓜」と書いて「ヘチマ」と読むのは何故か。
と思って調べたら、ウィキペディアに色々と書いてあった。
だが諸説あるらしく、はっきりした事は定かでない。

何故ヘチマと呼ぶようになったのかは定かでは無いが、
初めの頃は いとうり と、そのまま呼んでいたようである。
いつしかヘチマと呼ばれるようになったようだが、いつ、どんな経緯でかは、
諸説あり定かでない。

しかし いとうり と呼ばれるのは何故かと言えば、
それは明らかに、成熟した実が繊維を多く含んでいるからである。
熟れきって茶褐色になったものを乾燥させると、タワシとして使えるぐらい、
繊維が密集している。
その状態を見たら糸を編んだようであるから、いとうり と呼ばれていた。

としか考えられないだろう と、僕は考えている。

そしてその いとうり = 糸瓜 が、どうして ヘチマ と呼ばれるようになったのか、
何故、どの地域で、どんな経緯で、いとうりがヘチマと呼ばれるようになったのか。
そのことは、諸説あり定かではない。

パソコンで変換してみても、「ヘチマ」だと「糸瓜」に変換されるが、
「いとうり」だと変換されない。
そのぐらいに、いとうり という呼称は古すぎて、メジャーでは無くなって、
世の中に通らなくなっていて、ヘチマ という何となくどことなくとぼけた言い方が
王道の呼称としてこの世に堂々と鎮座してしまった。
王道 というか、もはや王道も邪道も存在していない、
つまりもう、ヘチマ 以外の呼称はこの世には存在していない ぐらいに感じられる。
I feel so、そう感じる。
だってパソコンで変換されないのだから。
I feel …
消えたのだ。
いとうり は消えた。
消えて ヘチマ が残った。
残されたのは ヘチマ である。

さあ その残されたヘチマを どういう用途で使うかは個人の自由である。
タワシとして日常に用いるか、
緑のカーテンとしてひと夏の涼しさを味わうか、
食糧として扱い調理し自分の身体に取り込み命を共にするか、
薬として用いるか、
その独特な風貌を面白おかしいなと思い乍ら鑑賞するか、
静物として写生し絵の中に留めるか、
詩句の中に詠み込むか、
…どうするかは、個人の自由だ。
そう、個人には自由がある。
我々は自由なのだ。 自由なのである。
選べるのである。

選べるよ!
選べますよ!

嗚呼… しかし
しかしながらしかしですね…
「糸瓜」と書いて「ヘチマ」と呼ばれるこの植物の名前を、
ヘチマという呼び方以外で呼ぶことはできない。
ヘチマ しか無いのだもの。
いとうり は消え去ったのだもの。
いとうり は消えた。
今やもう、消えて、消え去って、
ヘチマしか選ぶことが出来無い。
ヘチマしか選べない。
選べるものは、ヘチマ だけ。
それ以外には無い!

無い!

我に自由を!
自由をください!
しかしその自由も無さそうだよ。
僕一人が自由になっていてもしょうがないもの!
僕一人が自由な新しい呼び方で呼んだとしても、
個人の楽しみという範ちゅうを越えない為には、あんまり意味が無いよ!
折角なら皆と、誰かと分かち合っている方が、なんだか幸せじゃないか!
そのことは全ての事においても同じことが言えるかといったら、
そういうわけでも無いと思うよ、
つまり個人の楽しみの範ちゅうであっても一向に構わない事は、幾らでもあるはずだよ、
まあ そうだね、
つまり、ヘチマの名前に関しては、ヘチマと呼び、
それでいいじゃないか、ヘチマと呼んでいればいいじゃないか という結論を出すよ。

ヘチマと呼べばいい。
ヘチマと呼べばいいよ。 そうだよ。
ヘチマと呼ぼうよ。
ヘチマと呼ぼう!

さあ、そうして、いよいよヘチマはヘチマという呼称に確定するに至るのだ。
ヘチマはヘチマと呼ばれるようになる。 ヘチマはヘチマと呼ばれるようになったのだ。

今ヘチマは、ヘチマと僕にも呼ばれていて、
皆からもヘチマヘチマと呼ばれていて、
ヘチマは実に様々な用途としても使われていて、
ヘチマは実に愛されている。
ヘチマは愛されて育てられ、大きくなって太って、今日もどこかにぶら下がっている。
ヘチマはどこかでぶらんとしてぶら下がっている。
幸せそうに、嬉しそうに、どこか奇妙に、滑稽に、
ヘチマはそんな姿でぶらんとしてぶら下がっている。

ところで「糸瓜」と書くものが何故ヘチマと、そう呼ばれるようになったのかは、
諸説あり定かではない。


 2017年07月05日(水)   糸瓜と野球 haisaiojisan




ヘチマの生姜醤油和え。

 ヘチマ… 1.5cm程の輪切りにして茹でる。1分ぐらい。
 ザルに上げて、おたま等で軽く押さえて絞る。
 醤油、だし醤油少々、切ったネギと、すりおろした生姜と一緒に和える。
 ヘチマが熱いので、ネギは生のままでも勝手に熱が通る。

 (だし醤油 or めんつゆ を少々足す理由は、うま味を増やす為。
  個人的には手軽に美味しくなると思うので、よく使っている。)


鹿児島ではヘチマを食べるが、他の地域ではどうなのだろうか?
多分ポピュラーでは無いだろうと思い、書いてみた。
こちらでは、スーパー等でごく普通に買うことができる。
まだ青い状態の、若いヘチマである。
尚、調理法は他にもあるので、これは一例である。

食感は、とろとろしている。
少し土くさいような感じのクセがあるので、苦手な人もいるのだろうと思う。
個人的には好物だ。



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ヘチマ(糸瓜)といえば、糸瓜忌である。
俳句を芸術性の高い文芸として定着させた正岡子規、
この人の忌日(9月19日)を、糸瓜忌(へちまき) と呼ぶ。

  糸瓜咲て痰のつまりし佛かな
  痰一斗糸瓜の水も間に合はず
  をとゝひのへちまの水も取らざりき

35歳で結核により亡くなったのだが、亡くなる十数時間前に、ヘチマの句を3句詠み、
それが絶筆になったことに由来するそうだ。
当時、ヘチマから採れる水分が、結核の治療に使われていた。

口の中が赤く、鳴くとその赤い口の中が見える為、血を吐きながら鳴く と言われている鳥、ホトトギス。
ホトトギスの別称を 子規 と言うのだが、
喀血したのを機に俳号(ペンネーム)を「子規」とし、創刊した俳句雑誌には「ホトトギス」と名付けた。

ベースボールを「野球」と翻訳したのは正岡子規で
走者、打者、直球 などという言葉も、この人が訳したものが定着して今日に至っている。


↑ 全部今ネットで調べて、へえ〜そうなんだ と思いながら書きました。



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野球といえば、数年前、夏の甲子園で沖縄が優勝した事がありました。
僕はあまり野球の観戦はしないのですが、
その時の試合をニュースで見て、じーんとしたのを覚えています。

ハイサイおじさん という有名な沖縄民謡があるのですが、
(昔、志村けんが「変なおじさん」で歌っていた歌)
あの曲は、酒に酔っぱらった人の歌なのだからスポーツの応援には不適切 と叩かれ、
ほとんどの学校がずっと自粛していたそうですが、
確かこの甲子園の決勝戦の途中で、解禁されたんだったと思います。
それで物凄く盛り上がって、試合の結果は沖縄が優勝でした。

指笛などの独特な雰囲気も相まって、
この一致団結する空気が始まった時、当時は鳥肌が立ちました。


YouTube
 甲子園
 https://www.youtube.com/watch?v=R1PpDzznoK4

 原曲
 https://www.youtube.com/watch?v=ffFub9oJZVw


 2017年07月03日(月)   訂正 teisei

(少し訂正します)


1、
「田植」
 https://www.youtube.com/watch?v=-KCbq61drtc

YouTubeには無いと昨日書きましたが、
僕はこの曲の、NHK東京放送児童合唱団のCDの編曲が好きなのですが、
それは無かったという事です。
「田植」という曲自体はYouTubeにありますので、↑記載しました。




2、
倉田紘文氏が書いていた文は、正確には
「植物を植物だけで終わらせたくない」 ではなく、
「自然を自然だけで終わらせたくない。 俳句を俳句だけで終わらせたくない」
でした。




3、
我が人生に訂正無し。
いざ進め!

いざティータイム!
いざ おやつを!

いざ おくつろぎを!
おくつろぎください!


 2017年07月02日(日)   植田 ueta


♪揃った 出揃った 早苗が揃った
 植えよ 植えましょ 御国の為に  (唱歌 「田植」  YouTubeにはありませんでした)
↑ 「御国の為に」は、今の時代にはそぐわないですね。 でも好きな曲です。




  植田まだ空を映してゐるばかり      高浜年尾






農学部の田んぼ。 鴨が二羽泳いでいた。
奥に桜島がちょこっとだけ見えている。

青空は、もう完全に夏の雰囲気で、今日は蒸し蒸しと暑かった。


蒸し暑いとはいえ、風も少しは吹いていた。
少し風は吹いた、吹いていた。
ああ だから こんなふうに思った。 綺麗な風だと思った。

硝子のような六月は どこへ消えていったのかな
確かに一昨日まで僕は 皆も 六月の中に
その透明な月の中に居たけれど  と僕は思っていたけれど
六月は今や去りました。

去ってどこかへ行った どこへ行ったのかな  何処へ?

――知らない。

風のように 風の中へ消えていったのね あはは
あははと笑って七月二日は晴れた日曜日だ
晴天だ

晴天の七月の始まりにも また同じように 綺麗な風の吹いている

俳句だと、夏は五月・六月・七月である。
五月は初夏、六月は仲夏、七月は、つまり晩夏だ。
晩夏である。
季節は少しだけ、一足先を行っている。
ちゃんと連れて行ってくれるみたく。 ちゃんと支度をしてくれているみたく。
だから安心して歩けばいい。 と言っているかのように。
ともかくも僕は そう口ずさんで歩いて行くよ。 晩夏さん、七月さん、
七月の皆様方。 今月も宜しくお願いします。

 〜 季節の挨拶


上の写真を撮った僕の後ろ側には、蝶やトンボ、糸トンボやマクナギなど色々な虫が居た。

倉田紘文という俳人の文に、こういうものがあった。
「植物を植物で終わらせたくない。」
それは花や木だけでなく、虫、動物、天体、など様々が含まれている。

愛でる。
愛おしい眼差しで接してみる、落ち着いた気持ちで愛でてみる、
すると、そこから何かを感じたり、何かを貰う。
何となくそれらが活き活きとしてくる。 それらが心に関わって来る。

たくさん居て、たくさん在る。


七月の始まり。


 2017年07月01日(土)   コモン beat

ミュージカル ”A COMMON BEAT”
K藤さんが携わっていたので観に行った。

a common beat… 共通のビート、心臓の鼓動

この「コモンビート」というのは一つのプロジェクトの事でもあり、
第○期、という形で出演者やスタッフを一般募集し、100日間掛けて練習し、発表する
…という流れを組んだ、人材育成の為のプログラムだそうだ。
アメリカで行われていたものを、日本でもやろう、という事で20年程前から始まったそう。

第40期にあたる今回の公演場所は鹿児島に決定し、
出演者もまた鹿児島の在住者や出身者を中心に結成された。

演劇の内容は、簡単に言うと、平和の大切さを訴えるものだった。
素人の人達なので、演技も歌唱も決して上手いわけではなかったが、
皆すごく頑張っていて、気持ちの熱さを感じた。
そして鹿児島の人達が、つまり自分の地元の人達が、
こんなに大人数で地元の為に一致団結して何かをやっている
という事に、ジーンとした。

たくましさ というのがテーマの一つだったが、今の自分には改めて大事なことだなと思った。
行って良かった。


ところで、場所は天文館の宝山ホールだったのだが、
僕は昨日初めて知ったのだが、4階にプラネタリウムがあった。
4階に、プラネタリウムがありますよ!
「本日の投影時間は終了しました」 でしたが、
隣の資料室で、宇宙から人工衛星で撮影したオーロラの映像を投影していて、
お〜 へえ〜 と思いました。
規模はものすごく極小ですが、鹿児島の人は近くに来た際、ふらっと立ち寄ったら面白いかもしれません。


ミュージカルで気持ちよさそうに歌っている人達を見たので、
それに感化されて夜、カラオケに行った。
いつになく自分を解放し、帰り道は星が綺麗で、そうして一日は終わった。


往時目譜近時

watanabe keisuke