huukei

往時目譜近時


 2016年11月30日(水)   梟 hukurou

 Shirokanipe ranran pishkan, konkanipe ranran pishkan
 シロカニペ ランラン ピシカン、コンカニペ ランラン ピシカン

アイヌ語だそうだ。
知里幸恵の編さんした「アイヌ神謡集」の、第一話目の冒頭だ。
「梟(ふくろう)の神の自ら歌った謡」、とある。
知里幸恵は、時代の移り変わりと共に消えてゆくアイヌ民族の文化を目の当たりにし、
アイヌ民族は文字を持たなかった事から、自らローマ字に起こしてまとめ上げた、という人物だ。
https://ja.wikipedia.org/wiki/
(↑人物についての詳細は、こちら(ウィキペディア)をクリックすると書いてあります)

 Shirokanipe ranran pishkan, konkanipe ranran pishkan
 シロカニペ ランラン ピシカン、コンカニペ ランラン ピシカン
これは、

 銀の滴降る降るまわりに、金の滴降る降るまわりに

読み…滴(しずく)
…と知里幸恵によって訳されている。

あくまでも僕個人の捉え方だが、「アイヌ神謡集」の物語は全て、教訓や信仰を基にしており、
アイヌ民族の文化を伝える資料としてはとても重要なものだと認識しているが、
物語としては僕個人の好みと少し異なる為、積極的に読んだ事はない。
ただ、冒頭の、この言葉に――しかも、ふくろうが歌っている…――ここにとても惹かれている。

北海道の、広大な地と、遠くに見える広大な海、その大きな高い空のなかを、
梟が歌いながら、ゆったりと羽ばたいている。
 シロカニペ ランラン ピシカン、コンカニペ ランラン ピシカン
 銀の滴降る降るまわりに、金の滴降る降るまわりに
歌いながら、地上を、人々を、見守っている――。

銀の滴、金の滴が具体的に何のことなのかは僕は分からない。
月と星の光かもしれない。月と太陽かもしれない。雨かもしれない。
飛んでいるのは、昼間ではないのかもしれない。
分からないが、けれど、美しい想いを降り注がせて飛んでいることには違いない。
ランラン、ランラン、降りそそぐ。
ランラン、降る降る、降りそそぐ。
「アイヌ神謡集」は今では世界中で訳されているそうなので、
この物語に出てくる梟を始めとする様々な神たちは、
きっと今、北海道の空だけでなく、日本中の空を、世界中の空を、地を、駆け巡っていることだろう。
僕らが住んでいる街のこの空からも、時々、ランラン、降りそそいでいるのだろう。
歌っているのだろう。
 シロカニペ ランラン ピシカン、コンカニペ ランラン ピシカン
 銀の滴降る降るまわりに、金の滴降る降るまわりに
少なくとも、この詩を好む人の元に、この歌の想いは降りそそぐのだろう。
時々ふと心に聞こえる、梟の歌。


 2016年11月29日(火)   星あかり hosiakari

昨日書き忘れたこと(というか、入れ忘れたもの)があるので、追記しました。
ここにも書いておきます、
・えのき(もしくはしめじなどキノコ類)を入れる
カレーを作る際、えのきを入れると、うまみがアップして美味しいと思います。
えのきは安く、冷凍で1か月ほどもつそうなので、いつもストックしています。

― ― ― ― ― ― ―






星月夜 …秋の季語である。
http://kigosai.sub.jp/archives/5007
(よく利用している「季語と歳時記」というホームページです。
 星月夜という言葉の説明が書いてあります。)

もうそろそろ、この季節も終わる。
だんだん冬になってくる。冬の季語が顔を覗かせてくる。
楽しみである。






金子みすゞの詩に、こういうものがある。





  星とたんぽぽ

 青いお空のそこふかく、
 海の小石のそのように
 夜がくるまでしずんでる、
 昼のお星はめにみえぬ。
  見えぬけれどもあるんだよ、
  見えぬものでもあるんだよ。

 ちってすがれたたんぽぽの、
 かわらのすきに、だァまって、
 春のくるまでかくれてる、
 つよいその根はめにみえぬ。
  見えぬけれどもあるんだよ、
  見えぬものでもあるんだよ。






読み…そこふかく(底深く)、ちってすがれた(散って末枯れた=散って枯れた)、
   かわらのすきに(河原の隙に)、だァまって(黙って)

好きな言葉を、詩や俳句や、音楽や、友人知人のものであったり、
見知らぬ人のものであったり、誰かが話していた事だったり…
それらの中から拾い集めて、心の小箱にしまう。
小箱のなかで、それらは、ひとつひとつが星座のように、幾つもいくつも輝く。
昼は、目に見えないが、見えないところから励ましてくれているように。
夜は、僕は寝ているが、ちかちかと光って優しく見守ってくれているように。

星月夜、ほしづきよ――は、星と月が輝く美しい空、という意味ではなく、
月の無い夜に、星だけがまるで月夜のように明るく輝いている美しい空――のことである。

僕の心の小箱には、月は無い。
あっても良いと思う、ただ僕の小箱においては、
皆同じように、それぞれの個性を持ちながら、ちかちかとさりげなく光っている。

ささやかなもの、と言えば、確かにささやかなものではある。
けれどもそのささやかなものたちが、心に大きな力をくれている。
これからも、どこまでも、一緒なのだろう。
これからもどこまでも、一緒にいたいと思う。


 2016年11月28日(月)   継ぎ接ぎ tugihagi

昨日付で書いたフランダースの犬についてですが、
村岡花子は翻訳の他に読み聞かせの活動も行っており、
ラストのシーンを独自に変更したのは、本ではなく読み聞かせの方だったと思います。
念の為、補足しておきます。

― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―




クリーン・カレー。
残り野菜を使い、冷蔵庫の中をクリーンにするという目的で作るカレー。
その時々の材料で…。
ポイントは、
・だしをとる(もしくは顆粒だしを入れる)
・玉葱(もしくは葱)を入れる
・えのき(もしくはしめじなどキノコ類)を入れる
・にんにくを入れる
・しょうがのすりおろしを、火を消すちょっと前に入れる
・ガラムマサラを、火を消す直前に入れる
これで、間違いなく美味しいと僕は思っています。

― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―




散歩の途中で。先週の土曜日。
午前中晴れで、午後は晴れたり曇ったりで、夜は雨。
次の日も雨、午後はやむ。
その次の日である今日は晴れ。昼も晴れ、夜は星。
星月夜。

― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―

しずかな しずかな

あかるい あかるい


 2016年11月27日(日)   花圃 kaho

桜島に、林芙美子の碑があるそうだ。
僕は林芙美子の小説などについて、よく知らない。
碑があることを知ったのは、新聞に興味深い記事を見つけたからだ。

 花のいのちはみじかくて
 苦しきことのみ多かりき

碑には、こう記されている。
しかし、石の大きさの都合で、続く言葉が載せられなかったということである。
…実はこの新聞記事を読んだのは多分3年くらい前のことなので、記憶が正確かどうかは分からない。
もしかしたら僕の記憶違いかもしれないが、けれどこの詩に続きが存在することは確かだ。
そう、これには続きがあるのだ。

 花のいのちはみじかくて
 苦しきことのみ多かれど
 風も吹くなり
 雲も光るなり

こう続いていた。
「多かりき」で終わるのではなく、「多かれど 風も吹くなり 雲も光るなり」――。
ホッとする優しい希望がそこにはある。
インターネットで検索して調べてみると、実は、この詩は一部分であり、
更に全文というものが存在しているそうである。全文はこうである。


 風も吹くなり
 雲も光るなり
 生きてゐる幸福は
 波間の鴎のごとく
 漂渺とただよい
 生きてゐる幸福は
 あなたも知ってゐる
 私も知ってゐる
 花のいのちはみじかくて
 苦しきことのみ多かれど
 風も吹くなり
 雲も光るなり


読み…幸福(しあわせ)、波間(なみま)、鴎(かもめ)、漂渺(ひょうびょう)
漂渺とただよい とは、広々と漂い、ということだと思います。

友人の村岡花子に宛てた手紙に書かれていたそうだが、
同じような詩を、他の友人たちに宛てた手紙の中にも書いていたようである。

村岡花子といえば、「赤毛のアン」等の翻訳で知られている人物だ。
僕は読んだことは無いが、以前、テレビ番組で村岡花子の特集を見たことがあり、
その中で、こういう話をしていた。

戦後という時代背景もあり、傷ついている子供たちも多いなかで、
わざわざ悲しい物語を聞かせなくていい。
だから例えば「フランダースの犬」は、最後のシーンを、
「教会へ辿り着き、ずっと観ることを夢見ていた絵画をとうとう目にすることができ、
ネロは喜び、元気を取り戻し、パトラッシュもまた喜んで、ネロの周りを駆け回った」
そのような内容に変えた。

…そういう事を話していたことが、なんだか今も印象深く残っている。


 2016年11月26日(土)   白布 hakuhu

僭越ながらお話をさせていただきます
私は 白い布きれを一枚 毎日丁寧に洗って干しております
それから私は毎日 雁がねのお世話をしております

(雁がね…かりがね。鳥の名称)

ある日 私は
いつもそうしているように 白い布きれ一枚を日なたに干して
そうしてその日は 傍の草むらにしゃがんでおりました
しばらくの間そうしていましたが やがて近くの川へ行き
両の手で川の水を掬おうとした時のことでございます
ぴゅうっと強い風が吹いたかと思いきや
日ごろからお世話をしていた雁がねの 小さな群れの内の一匹が
勢いよくその干してある白い布きれをくわえて 飛んでいきました

正直に申し上げます
私はその時 川の水を両手で掬い 飲んでおりました
雁がねは遠くへと飛んでいきました
私はやはり 川の水を両手で掬い 飲んでおりました
雁がねの姿は やがて山の向こうへと見えなくなってしまいました
私はそれを横目にやりながら やはり水を両手で掬い 飲んでおりました

気が付きますと 太陽が何かを申しておりました
よく耳を澄ませてみますと こうです
おまえ おまえ
「…はい」
おまえ おまえがさっきから飲んでいた 川の水のことだが…
「…はい」
あれは飲んでも どうにもならないものだが…
ところで… さっきおまえは草むらにしゃがんで 何かを見ていたな
「… …はい」
わたしには分かったぞ おまえが見ていたものは…
あれは ちいさなちいさな水たまりだ それを見ていたのだ そうだろう ちがうか
「いいえ その通りでございます」
ならば聴こう なぜそこで あのようなちいさな水たまりを見ていたのだ なぜだ
「…」
どうした 言えないのか
「…はい」
なんだ なぜだ 話してくれ わたしはべつに おこったりしない
「…」
……話してはくれないのか お願いだ なぜなのか……話してくれないか 頼む お願いだ
「………どうしても話してほしいとおっしゃるのなら お話いたします
 私は恋をいたしましたのです」
ほう ほほう 恋 恋とは 誰に
「水たまりでございます」
はは…はははは これはおもしろい 水たまりに恋とは ははは
そうなのか ははははは はははは
「…空であります 水たまりに映る空に 恋をしたのでございます
 大変に美しゅうございます それはもう 大変に美しいものでございます」
ははは そうか そうか はははは それならいい それならいいのだ
わたしは なぜおまえが 草むらにしゃがんで水たまりを見つめているのか
そのことが不思議でならなかった はは ただそれだけだよ
だが話をきけて よく分かったよ よく分かった ははは
話をしてくれてありがとう はははは よく分かった
ははは ははははは 空に伝えておこう はははは おまえのことを伝えておくよ
ははははは ははははははは

太陽は また元の 喋らない太陽に戻られました
私は ふうと息をつき 立ち上がると
すこし疲れたのか しばらくぼおっとしておりましたが
またしゃがんで 川の水を両手で掬って…さっきしておりましたように
水を飲み それからすっくと立ち上がって 山の方を見つめました
青い空が広がっていますが 雁がねの姿は どこにも見当たりません
私は 干していた白い布きれのことを思うと …あれは私にとっては大切なものでありましたので
また戻って来るだろうかと 気がかりにならなくもなかったのですが
雁がねがきっとまた布きれをくわえたまま戻って来るだろうと なんとなくそう信じて 川を後にしました

太陽は天高く輝き 青空が隅々にまで広がっています
私がさっき見つめていた あのちいさなちいさな水たまりの あのちいさな空は
あの美しい空には… あれにはもう二度と会うことはないのでしょうか
とてもちいさな水たまりでしたから すぐにでも干上がりますことは間違いありません
明日の朝には跡形もなく なくなっていますことでしょう
…いえ きっとまたいつか 会えるでしょう
きっと私は今日のようにしゃがんで まぶしい太陽が輝いているなか
ちいさなちいさな水たまりの そのちいさな空を 美しげに見つめていることでしょう
そう考えますと なんだかやさしい あたたかな 深い思いに包まれてくるのです
私は家の戸を開け そうして静かに戸を閉めました
それからさっきの太陽はいったい私の事を どんなふうに空に話しているのかと
今更ながらに考えているのでした
ですがおそらくは私が申しました事を そのありのままにお伝えなさっているのでありましょう
そう思っております

その後 雁がねは私の大切な白い布きれをくわえて 密かに戻っていました
雁がねも布きれも すこしばかり汚れていましたので きれいに洗い流してあげました


 2016年11月25日(金)   流れ星 nagarebosi

飼っている犬が膀胱炎の為に、朝・夕・夜と散歩に行かなければならない。
おしっこを我慢させない方が良いからである。家ではしないのだ。

俳句を作ることを好んでいる身としては、
散歩の機会が増えることは、つまり俳句を作る機会が増えるということだ。
俳句を作るということは、つまり様々な自然に目を向けるということで、
実際に俳句が出来るかどうかは別として、単純に気持ちが良い。

現在の時刻21時48分であるが、さっき夜の散歩を済ませてきた。
途中、流れ星を見た。
帰ってきて調べてみたが、22日がオリオン座流星群の極大となっていたので、
その名残りのようなものなのだろうか。
例によって僕は「勧興の起こった時にズバリと作る」ことをやっているが、
今回は自分では良いと思うものが作れたので嬉しかった。

そろそろ冬になりつつある。今年も十一月の一日一日が、来ては消えてゆく。
なにかしら思いを残して消えてゆく。
今日という輝きは消えゆく。
明日を映しながら消えゆく。
その美しいこと。
生きていることは美しい。


 2016年11月24日(木)   異国麺 ikokumen

最近よく作っているものを紹介してみようと思う。
もしも興味のある方がいましたら、参考にされてみてください。



[名前]:異国麺(仮)

[味]:美味しい。アジア風、台湾風、その他アレンジが利く。

[材料]:
 玉ねぎ or ねぎ(細ねぎでもOK)は入れると美味しい気がする。
 キノコ類(しいたけ、えのき、しめじ等)も入れると美味しい気がする。
 その他、人参や菜物など、入れたい野菜を入れる。何も入れたくなければそれもOK。
 にんにく
 しょうが
 あれば、かんきつ系の何か
 (僕はカボスをよく使っている。無ければ酢でも良いかもしれないが、入れなくてもいいと思う。好みで)

 肉、何でもOK。
  細かめに切れば、火の通りが早いので短時間で炒められる。
  大きめの肉であれば、煮ればOK。
  魚ならマンダイなど、マグロの類が合うと思う。(骨に注意)
  つまり、その日の安売りされているものを、食べたいものを。

[調味料]:
 醤油(だし醤油やめんつゆでもOK)
 オイスターソース(顆粒の貝柱だしでもOK。僕はyoukiというメーカーの無添加貝柱だしをよく使う)
 ナンプラー
 焼肉のたれ
 豆板醤(味噌でもOK)
 五香粉
 ごま油
 その他、鶏ガラの顆粒だし等
  …これらの中から、その日の気分で適当に選んで組み合わせる。

[作り方]:
1.材料を、気分で好きなサイズに切る。
 写真のものは、
  にんにくとしょうが…細かめ(これらは細かめの方が食べ易い気がする)
  しめじ…ざく切り
  人参…薄め
  白菜…せん切り
  細ねぎ、ニラ、菜っ葉…3cmほどの長さ
  ピーマン…ざく切り
  豚こまぎれ…細かめ
   ※肉類は、切ったらボール等に入れ、酒・醤油各少々で下味を付けておく。その方が美味しいと思う。

2.火の通りが遅いものから順にフライパンで油で炒めていく。

3.全ての材料を入れたら、調味料をその日の気分で適当に入れる。
 写真のものは、焼酎・鶏ガラだし・貝柱だし・だし醤油・醤油・塩・砂糖・コショー・五香粉。
 混ぜて蓋をし、食べられるようになるまで火を通し、最後にごま油とカボス汁を加えて混ぜて完成。

4.そうめん、麺、白ごはん等…にかけて、「いただきます。」


台湾のルーローファン(魯肉飯)が元になっています。
ルーローファンとは?という方は、こちら(ウィキペディア)をクリックしてご覧ください。


世界各地の伝統料理・家庭料理などを検索して、時々作っている。
旅行したような気分に(僕は)なり、楽しい。
ついでに、BGMも、中華料理なら中国の伝統音楽を、沖縄料理なら沖縄民謡を、ヨーロッパなら…
という風にしてみると、いよいよ旅行したような気分に(僕は)なる。
ついでに、その国の言葉を少し喋ってみたりすると、(僕は)楽しい。
良い気分転換にもなる。

(僕は)と書いたのは、相手によってはそうでもなさそうだからだ。


 2016年11月23日(水)   単眼 tangan

現在の時刻21時34分、頭の中は、眠い…眠い…だけである。

21時35分、やはり頭の中は、眠い…だけだ。

36分になるのを待つ。何か思い浮かぶかも。

いや、やっぱり寝よう。


しかし何かを書き記そう。
書き記すということに意味がある。
誰の為でもない。僕が、書くことを楽しみたい、それだけだ。

青空を見ていたら青色(水色)になったのは、とんぼのめがねである。

 とんぼのめがねはみずいろめがね 青いお空を飛んだから 飛んだから
 ――額賀誠志 作詞

とんぼは1つの目の中に、視点がたくさん付いている。
今ちょっと調べてみたら、「個眼」と呼ばれるものが約2万個付いている、ということらしい。
それら2万個の個眼の集合体を「複眼」と言い、
僕らがとんぼの「めがね」だと思って見ているものは、つまり複眼ということだそうだ。

ものすごく良く見えていそうな気がするが、実際の視界はとても粗いそうだ。
ただ、自分の背中を含めて広範囲で見ることができる、その点で言えば本当に「よく見えている」。
他に、1秒間における明暗の点滅を見る能力が、人間に比べてはるかに高いそうだ。

さて、肝心なのは、とんぼのめがねである。

 とんぼのめがねはみずいろめがね 青いお空を飛んだから 飛んだから
 とんぼのめがねはぴかぴかめがね お天道様を見てたから 見てたから
 とんぼのめがねはあかいろめがね 夕焼け雲を見てたから 見てたから

とんぼの個眼は、紫外線と青緑を強く感じるが、赤色は見えにくいそうだ。
それから、「めがね」である2つの複眼の間には、目立たないが小さな3つの「単眼」というものがあり、
それらは光を感じる役目を担っているそうだ。
2万個の個眼の集合体である複眼を2つ持ち、その2つの複眼の間に小さな3つの単眼を持つ。
大小合計5個の眼。
2つの複眼では主に物質を認識し、間にある小さな3つの単眼では光を認識しているそうだ。
(自分の顔を想像してみよう。
 左右2つの目が「複眼」、そして眉間のところに小さな3つの「単眼」がある…ということだ)

よって、青いお空を認識し、お天道様を認識するが、
夕焼け雲は… 正確には赤色を認識はせず、夕陽の強い光のみを認識しているということか。

なににせよ、朝・昼・夕それぞれの、光は認識しているのだ。
2つの目の間にある、ちいさな目で。

僕は、僕の2つの目に映るものの他に、その2つの目では見えないものを、認識しているだろうか。
とんぼが、2つの目の他に、その目と目の間にある小さな3つの単眼で光を認識しているように。
僕は光を、認識しているだろうか。
僕が言いたい「光」とは、「想い」のことだ。
世の中にきっと常に溢れている、やわらかな、あたたかな、やさしい、あつい、想い。
その動きを。
その流れを。
想いの脈を、僕は見えているだろうか。

きっとそれらは言っているだろう。手を貸してと。
あなたが力を貸してくれるのを待っている、と。
あなたが力を添えてくれるのを、あなたがここに加わることを、待っている、と。
なぜなら、僕はこう考えているからだ、
想いとは、常に助けを求めているものである、と。

表立って助けを求めている、というよりは、どちらかというと、深層のところで助けを求めている。
助け――と表現すると、もしかしたらうまく伝わっていないかもしれないが、
つまり、「大きなものになることを求めている」、と僕は言いたいのだ。

なぜそう考えるのか?
基本的に、やさしさ・やわらかさ・あたたかさ…といったものは、ある意味では弱いものだからだ。
争いや、戦うことには向いていないのだ。そういう方向では力を発揮しない。
そういう意味において言えば、弱いという性質を持っていると思う。

だから強くなる為には、繋がりが必要不可欠なのだ。
というか、僕自身はそうなのだ。
繋がりに頼るという意味ではない。
繋がりのおかげで強くなれている、そんな部分がとても大きいのだ。
僕がそんなに優しい人間なのかどうかはともかくとして。

争えるようになる為に、戦えるようになる為に、負かす為に、勝つ為に、
その為に繋がるのでは決してない。
繋がって大きなものになることそのものが目的なのだ。
広がりつづけることに意味があるのだ。

単純に、人との新しい出会いが、良いものであった時、嬉しいからだ。
(良い関係が続くとは限らない。しかし、続いた場合は、嬉しい。
 そして、人数に限ったことではなく、一人の相手との交流がより深く大切なものになったという場合もある。)

つまり、喜びなのだ。歓びなのだ。
広がり、深まる、その時に伴うよろこびを感じることが、生き生きとして愉しいのだ。
勿論、意図してそうなっていくものでもないが…。
気が付いたらそうなっていた、しばしばそういうことがある、ぐらいのものだが…。

とんぼがめがねにうつすもの。
その眼に映した美しい景色の感動は、きっと、想いと同じ成分でできているのだ。
とんぼがめがねにうつすもの、
その感動が、人との関係の中で感じられる時、
それは、人を想う時・人から想われる時――。

僕は今、どんな風にこの文章をまとめようか、考えている。
しかし、そろそろ寝ようと思う。

なにか優しさのようなものを持って、眠る。
夢の中で羽ばたくのだ。
想いの川を渡るのだ。
その夢が、いつか現実と重なる時まで。


ちなみに、とんぼの眼のことは、このサイトで調べました。
他にも色々な記事があり、ちょっと興味深く思っているところです。
http://www.asahi.com/shimbun/nie/tamate/kiji/20120611.html


 2016年11月22日(火)   植物紀行 shokubutukikou

東北の地震に遭われた方々のご無事をお祈りいたします。

― ― ― ― ― ― ―

高校時の友人、正確には小学生の時の塾から一緒なのだが、
I上氏からどこかへ行こうと前日に連絡があり、
それなら丁度、知人のますみつ三知子氏が展覧会をしているからと話し、
今日は、TOKU窯(かま)の中にある、もみじ山美術館へと足を運んだ。

途中、道を間違えてドライブ状態になったが、
美しい草木、緑の風の中を、その良い匂いを車の中へ入れながら向かうのは、
また心地の良いものであった。

目的地であるTOKU窯、そこもまた美しい所である。
山を切り開いた所に、幾つかの家屋を建てた集合体、それがTOKU窯だ。
山の草木に囲まれたその家屋の集合体の、上の方にある一軒が、
もみじ山美術館という名前のギャラリースペースだ。
そこで本日の目的である、ますみつ三知子氏の作品展が開催されている。

正確には、三知子さんと P.V.Vasuhanさん(スリランカ出身、フランス在住)という方の二人展である。
(P.V.Vasuhanさんのホームページは、こちらをクリックすると別窓で開きます。
 もみじ山美術館のホームページは、こちらをクリックすると別窓で開きます。

すこしだけ、会場を紹介しようと思います。
美術館に来たつもりで眺めていただくことができましたら幸いです。

 ― The Varam 多国籍のマスク Multinational mask ―
 (The Varam とは、スリランカの言語であるシンハラ語で植物の意のதா-வரம்の発音を、英語に見立てた造語)
 ― ますみつ三知子 & P.V.Vasuhan ―
 ― TOKU窯内、もみじ山美術館にて ―
 (写真は全て僕によるものです。全ての写真に作家名を記しています)

それでは、どうぞごゆっくりご覧ください。














































そして、美術館を後にすると…



お面のような葉っぱを見つけました。
地面の模様と合わせて見ると、また別の顔にも見えます。

帰路に着きました。


 ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―


この展覧会を通して僕が受け取ったものを書くと、それは「自由」だろうか。
自分の表現を、わあ!と堂々と大きく手を振って表現する、そんな自由。
三知子さんもP.V.Vasuhanさんも、批判・無評価もたくさん受けていながらの表現活動なのだそうだ。
色々な気持ちになることも時にはあるだろう。
しかしそれでも、堂々と大きく手を振って表現している。
 批判・無評価も受けるが、わたしがわたしの作品を作らなければ、わたしが存在する意味はない。
 そしてわたしは遊びにここへ来ているのではない。
 何かしらの新しい広がりを希求して、敢えてこの自然の多い田舎の場所を選び、ここで表現活動をしている。
 わたしは大きく手を振って、わたしの表現をする。
という旨のことを三知子さんがお話しされていた。

ちなみに、三知子さんもP.V.Vasuhanさんも、気さくな方たちだ。
僕とI上氏(女性)は恋仲では無いですと告げると、
二人で肩を組みながら「Lastnight, We maked love」とか冗談を言ったりもしていた。

表現を続ける中に、出会いもあり、学ぶ事もあり、成長もある。
堂々とその道を歩き続けるたくましさ。
芸術活動をしている人たちに限ったことではない。
全ての人が、各々の人生を歩き続ける中に、様々な出会いと、学びと、成長とがある。

そうだ、単純に、せっかくこの世に生まれることができて、
存在することができたのだ、存在することができているのだ、
のびのびと羽を広げよう。

批判・無評価もたくさん受けていると書いたが、勿論、高い評価もたくさん受けている方たちだ。
そうしてこれからも発展していく途中にあり、生きている。
ともかく今日は僕にとって、とてもありがたい一日だった。


あなたを見つめて、何かを思い、
あなたとやりとりをし、何かを思い、
あなたへの想いを持ち、
そうして、僕に帰り、一人に帰り、息をつく。

そうして静かに、静かに静かになって、見つめる。
静かな一人になって見つめる。
あなたを、人々を、見つめる。

僕という一人になる。




TOKU窯に着いて、地形柄、駐車に少々てこずったものの無事に駐車、
車を降りると、I上氏が「飛行機が並んで飛んでるよ」。すかさず撮ってみた。
(画面中央の上と、その左下に写っている)

 白い鳥 白い鳥
 白い鳥 二つ
 天の川 わたれ

 わたった わたった
 仲よく わたった

という詩を思い出した。
(今、作者等を調べたら、海野厚(うんの・あつし)の「天の川」という詩だった)




画面中央右その他、ヘチマぶら下がりをりにけり。

帰り道の途中、道を間違えた。
そしたら、桜の木に、ヘチマの弦が勢いよく巻きついていて、
とても大きな枯れた実が堂々とぶら下がっている…という場所を通過した。
へえ〜おもしろいと思いながら通り過ぎ、その後Uターンし、
そうして再び桜の木と枯れた大きなヘチマの実の共演の場所を通った。
やっぱりおもしろいと思った。


 2016年11月21日(月)   雨と味噌 ametomiso

今日は、あめふりくまのこだった。
(雨だった、と言いたいだけです)

わーい わーい わーい
 わーい わーい  わーい わーい  わーい

と言って降っているかにも思える、雨。
地上から空へと蒸発し、再び地上へと降り注ぎかえる。
ただいま、と言っているかにも思える雨。
帰ってきたよ、地面さん、大地さん、ただいま、ただいま、ただいま。
ただいま、ただいま、ただいま、ただいま。
おかえり、おかえり、おかえり、おかえり、おかえり。
ただいま、ただいま、ただいま、ただいま。
おかえり、おかえり、おかえりなさい、おかえりなさい、おかえり。
また会えたねまたしばらく一緒だねよろしくね。
また会えたよまたしばらく一緒だよよろしくね。
よろしくねよろしくねよろしくねよろしくね。
よろしくねよろしくねよろしくねよろしくね。




一週間ほど前の写真だが… ノルウェー、トロルハウゲンにて。
かつて、作曲家のグリーグが「トロルハウゲンの婚礼の日」等の抒情小曲集を、
ここで作曲したことでも知られている。
(僕は「トロルハウゲンの婚礼の日」以外は、まだ聴いたことがない)
トロルハウゲンとは、妖精の住む丘、という意味だったと思う。

…冗談だ。It's joke である。ここはフランス、
向こうに見えているのは、かの有名な、世界遺産に登録されているモン・サン=ミシェルである。
…だったらいいなあと思った。

本当のところは、キリスト教の女子高を、歩道橋から写したものだ。
なんだか、夕日を浴びている光景が似合う気がする。
もう少し歩いて行くと、丘の上から白い聖母像が、こちらを向いて手を合わせている姿が現れる。

この女子高の学園祭で販売されるアップルパイが名物だそうで、
僕は食べた事が無いが、開場前から並ばないと確実には買えないというくらいに、人気があるそうだ。
あなたの住む所には、どんな美味しい食べものが潜んでいますか。と尋ねてみたくなった。

ちなみに僕は、地元のお店が出している、みそ太郎という名前の味噌饅頭が好物だ。
ふくれ菓子の中に白餡が入っており、その白餡には味噌が練り込んである、というものだ。
味噌は、お菓子にも結構使えるなあと思う。
味噌バンザイ、日本もバンザイである。


 2016年11月20日(日)   曇空 kumorizora



曇空、いちょう並木の道。

金色…ではない、まだ緑掛かった葉が、
ちひさき鳥のかたちして、はらり、はらりと散っている。

「ばあ!」
おおびっくりした。たぬきだ。
「はいくできたよ!きいて!」
うんどうぞ
「ぽんぽこぽん!ぽんぽこぽこぽこ ぽんぽん、ポン!」
お、いいね いいねえ
「あいたたた…」
最後のが強くたたいちゃってたね、大丈夫…かな?
「だいじょうぶ!じゃーね!」
よかった。さよなら

「うっぴょん!」
おお、今度は
「きいて!
 ぴょんぴょんぴょん!ぴょんぴょんぴょんぴょん、ぴょんぴょん、ぴょん!」
お、跳んだね、いいね いいねえ 最後のは結構長く跳べたね
「むふふふ」
よかったね
「むふ さよなら!」
じゃあね。さよなら

「げげげこ」
お、かえるさん こんにちは
「げげげこげこげこ」
どうぞ
「げこげこげこ げこげこげこげこ げこげこげこ」
  「げこげこげこ げこげこげこげこ げこげこげこ」
    「げこげこげこ げこげこげこげこ げこげこげこ」
いいねえ 気持ちいいねえ かえるはやっぱり輪唱だねえ
あら、
「ひらひらひら ひらひらひらら ひらひらら」
蝶々

それまで風はやんでいたのですが、ふと吹いて、蝶々は一瞬迅くとび、
それからすぐにやんだので、また元のはやさでとびました。

辺りはしんとして静まりました。
そうなるのを待っていたかのように、
いちょうの葉が二三枚はらりはらりとこぼれ落ちました。


 2016年11月19日(土)   精神 seisin

宗教観をもしも尋ねられたら、こう答えるだろう。
「それでも生きていくんだよ」、僕自身はそれに尽きる、と。

 それでも生きていくんだよ

元々は、
 土に眠っている母からの電話 <…………それでも生きていくんだよ>
という、浅野英治の非定型短歌だ。
浅野さんは1984年に「倚子」という短歌誌を創刊し、主催をされていた。
2004年に74歳で亡くなるまでの約4年間、僕が18歳の時から、ちょくちょく短歌を送り添削とアドバイスを受けていた。
知り合ったキッカケは、高校時の先生の知り合い、という縁だった。
2度、三重県四日市市の自宅に短期滞在させていただいたこともあった。

守破離、という言葉がある。
ウィキペディアでも調べることができたので、言葉の意味の説明は割愛するが、
浅野さんの短歌を、僕が僕自身の為に改作し(言葉を削っただけだが)、座右の銘にしているのは、
僕なりの守破離のようなものだ。

例によって僕は現在価値観が変わった面がある為、浅野さんの残した短歌は、今見るとあまり読みたいと思えない。
けれども、過ごした時間が大事なものであることに変わりはなく、
結果として、一つの作品としての、優しい声で伝える「それでも生きていくんだよ」が、
僕の精神の大事な一部分に今はなっていることに深く感謝したい。

ちなみにずっと短歌を細々と作り続けてきたが、僕が記憶している僕自身の作品は、
「今僕が見ている夜空のあの月を どこかで誰かも見ているのかな」 の1つだけだ。
他はおぼろげには憶えているが、はっきりとしたものは記憶に無い。
これは中学三年時のものだが、短歌現代という雑誌で、秋葉四郎氏選の中学生の部の入選の第一席になり、
評価されたことの嬉しさもあって今も記憶しているのだが、現在への励みにもなっている。


現在の僕は俳句を主な趣味の一つとしており、好きな俳人に高野素十(たかの・すじゅう)という人がいる。
既に故人であるが、高浜虚子の謦咳に接し、俳句誌「芹」を創刊・主催していた人だ。
その「芹」に参加していた故・倉田鉱文(くらた・こうぶん)という人が、のちに後継誌「蕗」を創刊・主催し、
僕の祖母が「蕗」に参加していたことから存在を知ることができた。

高野素十の俳句を紹介してみると、
 甘草の芽のとびとびのひとならび
 翅(はね)わつて(割って)てんたう虫の飛びいづる
 風吹いて蝶ゝ迅(はや)くとびにけり
 朝顔の双葉のどこか濡れゐたる
 龍胆(りんどう)の花の間に立つ葉かな
 くもの絲(いと)一とすぢ(ひとすじ)よぎる百合の前
 水馬(あめんぼう)流るゝ黄楊(つげ)の花を追う
 円涼し長方形も亦(また)涼し
 割れて二つ 割れて二つに水の月
 づかづかと来て踊子にさゝやける
 三日月の沈む弥彦の裏は海
 日輪の上を流るる冬の水
 もちの木の上の冬日に力あり
などなど…
好きな理由は、眼差しがどこか優しく温かいから、だろうか。
それから、イメージされる映像や画の雰囲気が、単純に好みということもある。
(これを読んだことがキッカケで興味を持ち、日々がまた少し楽しくなる方もいらっしゃるかもしれないと
 思ったので、すこし多めに書いてみました)

「鬼の素十」とも呼ばれていたそうで、選がすごく厳しく、「芹」に俳句を送っても多くの人がなかなか掲載されなかったそうだ。
俳句に対する厳しい目は、けれども誠実さであり、恩師に対する想いでもあるのだと思う。
選は厳しいが、人柄はとても優しい人だったと、謦咳に接したことのある方たちが「蕗」に書かれていた。

正岡子規が創刊・主催し、高浜虚子が受け継いだ俳句誌「ホトトギス」の参加者には、
水原秋桜子、山口誓子、阿波野青畝…等の著名な人たちがおり、高野素十もその一人である。
この内、高野素十は、高浜虚子の芸術観を最もストレートに受け継いでいる人である。
水原秋桜子はのちに芸術観の違いで対立し高浜虚子らとは袂を分かつのだが、
人生を掛けて対立していたにもかかわらず、こんなことを軽々しく言うのは失礼かもしれないが、
ちなみに僕は、秋桜子も素十も、虚子も、どの句も好きだ。

ちなみに、高浜虚子(たかはま・きょし)、水原秋桜子(みずはら・しゅうおうし)、共に男性だ。
僕は最初、子を「こ」と読んでいて、しばらくは女性だと勘違いしていた。
上から読んでも下から読んでも「こすもすこ」だなあと思っていたが、そうではなかった。

素十と秋桜子の職業は医師であり、秋桜子の方は皇族に仕えていたそうで、
つまり現在の、日野原重明医師のポジションだったのだと思う。
日野原氏も俳句を趣味としているらしく、
 百歳は ゴールじゃないよ 関所だよ
という俳句を以前新聞で見たことがある。
百歳をゴールとせず、通過点とする…。つまり、年齢や能力、積み上げた経験などに驕らずに、
常々、未熟だということに目を向ける気持ちがあれば、精神はずっと学べるし、成長できるのだろうと思う。
日々反省したりする事は実際多々あるが、そういう風にずっとあれたら充実していて良いだろうなと思う。
できるだけそうありたいと思う。


さて、実はここからが本題だったりするのだ。

平成15年の「蕗」10月号に掲載されていた文章を紹介したいと思う。
元々は昭和41年3月号に掲載されていたものだそうで、「芹 百号祝賀会、茨城大会記」となっている。
俳句作りにおいて、僕はとても参考になったのだ。


 写生というのは「よく見ろ」というのですが、
 また「見ない」という面に力を入れてもいいのではないかと思います。
 「見る」ということを続けてゆくと無限大になるし、
 また「見ない」ということを続けていくと、これまた無限大になると思います。
 結局は「見る」と「見ない」は同じになってしまう。
 そう思ってお話をしたのです。

 俳句は、腹の中で考え込んで作って、いいのもありますが、
 ある時は「目前のものをズバリと一刀両断する」という句作の方法もあります。
 落葉を踏んでいて、ずっと考えていたことを句にする――それも俳句ですし、
 又ずばりと切る――ことも俳句の作法の一つです。
 その勧興の起こった時はそのものをズバリと作ってみる。

 里石という男が、雑詠を送ってきましたが
 その中の”曼珠沙華の句がおもしろい”と言ってやったんです。すると、
 「あれは三時間がんばったんですよ」
 と言ってきました。
 しかし時間を長くかけたからいい句が作れるとは限らない。
 心です。最後は心が問題になります。
 こういう事を良い方にとって、良い意味の参考にして、これからも俳句を作ってほしいと思います。


僕はこれを読んで、正直なところ最初の部分は「どういうこと??」と、よく理解していないのだが、
「俳句は、腹の中で…」のところからは、非常に納得し賛同した。
だが、これを参考にして俳句作りをしていたら、一年くらいは、良いと思うものが一句も出来なかった。
というよりそもそも、ととのいました!ではなく、ととのいませんでした!の連続だ。
散歩コースのヤシ並木を歩きながら、「句が出来ない 句が作れない 句にならない」
という五・七・五を思いついて、一人で吹き出してしまったことがあった。
あれから四年くらい経った。今では、比較的作れることが多くなった。
継続は力なりだと思った。

ふと思いついたのだが、句にならないは、即ち苦にならないだ。
苦にならないのだから、苦にしない。
という、前向きな感じのするダジャレなのでした。(長くなってしまいました。おしまい)


 2016年11月18日(金)   風に kazeni

話をしよう。
僕でよければ。
あなたと話がしたい。
話をしよう。

でも、別に何も話さなくてもいい。
隣に座ろう。
僕でよければ。
あなたの好きな景色でも眺めながら。

あなたの好きな景色が無ければ、僕の好きな景色でもいいだろうか。

風が好きだ。
風に吹かれながら、風の中で、風のようになる。
風になって、そのまま、そのままで
あなたのままに
僕のままに
あなたのまま
僕のまま
しずかに しずかに そよかぜみたいに
あなたのようなかぜに いつかふかれてみたかった と
ぼくははなしを はじめるだろう
あなたのとなりで かぜになって はなしをしたい
かぜのように はなしをしたい


人に戻れば 面倒な話をする事もあるだろう。
風のままではいられない。
あなたも 僕も 人なのだから。

人なのだから だから時々 風になるんだ
かぜになるんだ かぜのように かぜに…


ぼくは ぼくと かぜになる
だれかと かぜになる
だれかと かぜになる


 2016年11月17日(木)   三味線 shamisen

もうすぐ、あるいはこれから食事をしようとしている方がもしいらっしゃったら、
ここから先は読まない方が良いと思います。

なぜなら、便について書こうと思っているからです。



〜 〜 〜 〜 〜
             べべん



では、便について書き始めます。

僕は、便を見るのが好きだ。

便とは、大便のことである。
大体毎日、朝食後に排便している。
用を足した後、しみじみと便を見るのが、ちょっとした楽しみだ。
勿論、見たいのは自分のものだけである。

何か専門的な知識をもってそれを眺めているわけではない。
ただ単に、「ああ、こういう風になったのか。
ああ、あれは意外とそのままの形で出てくるものなんだな。
今日の体調だと、こういう感じか。」 等…
その程度のレベルで観察している。

そうして、腸内で栄養分を吸収し終え、カスの塊になった便が、排水管へ流れて行って初めて、
ごちそうさまでした、と思う。
…というわけでもないが、ただ、なんとなくそんな気持ちもある。

今日も身体が生きてくれている。

僕はどれほどのことに感謝して生きているだろうか。
当然だが人間として反省しなければならない部分もたくさん持ち合わせているだろう。
生かされながら生きて、いろいろなことを学び続けている傍らで、今日も食べものを食べ、明日には排便する。
そのサイクルを休むことなく、時々便秘になることもあるが、身体が続けてくれていることを、
今日もしみじみと思う。




さすがに、便の写真は撮っていない。


 2016年11月16日(水)   オクラの okurano

つ よ さ は わ た し の な か に あ る

つ よ さ を つ か う   そ れ だ け だ

わ た し を あ か る く て ら す だ け

や さ し い か ぜ を あ び な が ら

や さ し い か ぜ を あ び て い る ん だ よ

い つ も   い つ で も



色々な、異国を思う。
色々な、異国の人たちを思う。
日本の、県外の色々な人を思う。
県内の、色々な人を思う。
そうしてまた、様々な地の色々な人たちを思う。



す て き な と こ ろ だ ね

す て き な ひ と が   い る ん だ ね





オクラの花。綺麗&美味しそう。
オクラの野菜言葉…「粘りづよさ」。(今考えました)


 2016年11月15日(火)   月 tuki

月。
昨夜は、こちらでは天候の影響で見られなかったが、15日の今日、とてもよく見えている。
とても綺麗だ。

 時間はどこで生まれた? ――優しさが知っている。

分かる人には分かるであろう歌詞だ。中学・高校の頃特に、大好きだった。
ちなみに、LUNA SEA、ルナシーというグループの「Image」という曲だ。
今はもう追いかけていないが、辛い事も多かった青春時代に、熱中することで当時は大分支えられた事は違いない。
当時を懐かしむことができるもののひとつだ。

僕は2008年に安定剤を自力で断つ事にトライした際、激しい苦しさに伴ってか、価値観が大きく変化していった。
ふれて安心する物以外は、所持していること自体が苦痛であり、そういった様々な苦痛を受け入れる強さがその時は無かったせいか、
いただいたものを含め所持品の大部分を、というかほぼ全てを完全に捨てた。
「捨てた」と書いたが、現在となっては「捨ててしまった」だ。(大変に勿体ない、失礼なことをしてしまったと思っている。)
以後、例えば音楽はクラシックや童謡以外は聴かないようにし、それ以外のジャンルのものは全く聴いていなかった。
(幸運だとしか言えないが、その頃偶然、クラシックと童謡のレコードやCDを譲り受ける機会に恵まれたのだった。)

しかしそれから8年が経った今年の9月頃、たまたま見ていたテレビでCoccoの「樹海の糸」を聴き(昔好きだったのだ)、
旋律に非常に強い懐かしさと感動を覚え、
それを機に、貪るようにYouTubeで、記憶を頼りに、好きだった色々な曲をジャンルを問わず探して聴いたのだった。
今や価値観が変わり、実際ほとんどがふれたいものではなくなったのだが、しかしその旋律はそこにしか存在していない。
そうして、その中の一つであるLUNA SEAの動画も、やはりふれたいものではない。
けれど、この旋律を聴く為にはこの曲を聴く以外になく、そして僕はこの旋律がとても好きなのだ。
それから今、歌詞をよく聞くと、この曲に関しては好きだと思った。
(もしも興味が湧いた方がいましたら、こちらで聴く事ができます。
 YouTubeアドレス https://www.youtube.com/watch?v=eJ_pwFhnDTA


 時間はどこで生まれた? ――優しさが知っている。

時間がどこで生まれたのかを、優しさが知っている。そう、それを知っているのは優しさなのだ。
時間は、いつもチャンスを与えつづけてくれている。
ありとあらゆる意味の、さまざまな意味の、いろいろなチャンスを。
だから時間とは、プレゼントのようなもの。
人生は、きっとそうなのだ。

僕を、何かしらへ向けて成長させようと、その手助けをしようとしてくれているのか。
どこかへ…優しさへ、近づくようにと、近づけるようにと。
厳しい道を、僕に合う道を、合わない道を、安らげる道を、ぼーっとできる道を…いろいろな道を用意して、
人生の中で、時間の中で、導いてくれてもいるかのように。
そうやって人生を、時間を、僕に用意してくれたのだろうか。
僕だけにでは勿論ない、
一人ひとりそれぞれに、一人ひとりの為だけの時間を、人生を、与えつづけてくれているのだろうか。

人生の様々な苦、
でも、それは、優しさがくれたものなのだろうか。
それらは優しさがくれたものなのだとしたら、だとするならその優しさを信じたい。
そして僕を、どこかへ――優しさへ――近づくようにと、近づけるようにとしてくれているのなら、
優しい日が、優しい繋がりが、今は想像もしていない初めて感じる匂いが、世界が、
きっとそこには、現れるのだと思う。たとえ、苦難に紆余曲折していくその先々であるのだとしても。
その場所へ会いにゆく為にも、せっかくの人生への感謝の為にも、立ち向かっていきたい。
身体を作ってくれたのは両親で、時間の中で、人生の中で、
その中にあって心を作っていくのは自分自身なのだ。

優しさが知っている。

ゆっくりと、ゆっくりと…。


 2016年11月13日(日)   序文 jyobun

今日より、ホームページを再開したいと思います。
最近になりメールを使い始めて思ったのですが、
僕の現在の交友関係は県外の方々との交流がほとんどなので、
こういった、ブログのようなものをしていなければ、交流するキッカケが何も無いと思いました。
それからやはり、僕もそうであるように、発信されたものから人は何かを受けとめています。
それが日々の精神の糧になる事も少なくないです。
糧になることを意図して発信するわけではありません、勿論その形も良いのだと思います、
ただ僕の性格としては、気ままに行い自然な流れでそうなることがあればおもしろいなと思っています。

そして、人と繋がりたいという気持ちは多分誰もが持っている気持ちなのだと思いますが、
そのキッカケとしてこういった発信する場を持つことは、良い手段なのではないかと思っています。

ツイッターやインスタグラムもおもしろそうだなと思っていますが、
以前も利用していた「エンピツ」に使い勝手や雰囲気などが馴染んでいたので、今回も利用することにしました。
3週間程前から利用し始め、ちょこちょこと載せていました。
更新する頻度は多くないかもしれませんが、時々ここに色々を載せていきたいと思っています。

個人のホームページであるのに大げさに長々と書いてしまいました。
それでは、どうぞ御気楽に、宜しくお願い致します。

watanabe keisuke


簡単な説明…
◇プロフィール
 watanabe keisuke 1982年〜

◇タイトルについて
 以前、殺風景な麦畑 飛行機 回路 というタイトルでHPを作っていました。
 この度、HPを再開することにしました。ですが、今の心境と旧タイトルは合いません。
 しかし折角なので、旧タイトルを削り、ただの 風景 にしました。
 インターネットの中に様々な人たちの心象風景が存在しているように、ここもまたその内のひとつです。

 それから以前は砂時計というタイトルで日記をつけていましたが、これからは砂の粒として、
 時々このウェブのページに乗せていこうと思っています。
 インターネットの中では風は吹いていませんので、乗せた砂が飛ばされてしまうことはありませんが、
 でも、誰かの心に飛ばされてゆくことがあればおもしろいなと思っています。


目次のページに戻る


 2016年11月11日(金)   朝 asa

朝、散歩に出ると、雨がやんだばかりだったのか、
東の空からの太陽の光を受けながら、
公園の、ひとつの木が、ぱらぱらとそこだけに雨を降らせていた。
きらきらと輝いていて綺麗だった。

一度通り過ぎたが、帰りにまたそこに立ち寄り、
もう一度見たいなと思って木の傍に行ってみたけれど、
その雨はもうやんでいた。

もしかしたらそう珍しいものではないのかもしれないが、
初めて認識した光景だったので、なんだかうっとりして嬉しくなった。


 2016年11月10日(木)   おばけに obakeni

「おばけにうまれてよかった 本当によかった
 よかった よかった 本当によかった」
おばけのQ太郎の、主題歌か何かだ。他の部分は覚えていないが、ここだけ覚えている。
これを口ずさむと、元気が出たりする時もある。
僕はお化けではないが、Q太郎はお化けであり、そしてこれを明るく歌っている。
僕は僕である。誰もが同じに、自分は自分だ。
僕は僕の身体、脳、心を持って生きている。誰もが同じだ。
「おばけにうまれてよかった 本当によかった
 よかった よかった 本当によかった」
いつかはお化けになる日が来る。誰もがそうだ。
そしてその時僕は、この歌を実感を持って歌うことだろう。
「うまれてよかった よかった 本当によかった
 そしておばけにもなった よかった 本当によかった」と。

何の為に生きているのか
何の為に生きなくてはいけないのか
何の為に生かされているのか

まだまだどれ程の事を経験して、どれほどの事を学んでゆくのか。
色々な種類の、たくさんの優しさがあるが、
生きている中で、生かされている中で、優しさは僕の中にひとつひとつ、すこしずつすこしずつ、
培われているのだ。
そうして、いつか、…ひょっとしたらおばけになったその先、新たな違う人生を生き、
それを幾度も通過した先々での遠い遠いいつかになるのかもしれない、
…生まれ変わることがもしもあるとするのなら、という話だが…
少なくとも、この先々のいつか、いつの日かには、
人とふれあうことが大好きな・或いは好きな、
経験から培われた色々な、幾つもの優しさを持っている、
とてもとても優しい、
強い人に、
きっと誰もが、そうなる可能性を秘めながら、存在しているのだろう。
僕もそうなれたらいいなと思う。

日々を、こつこつと生きていく。
先ほど急に大粒の雨が降り出し、慌てて洗濯物を取り入れた。
少し寒いが、まだ暖房を入れるほどではない。こたつもまだ出さなくていいかな。
洗面所の掃除はさっきQ太郎の如くキュッキュッと済ませたから、さて、
ちょっとムーミンを観ようかな。それとも少しぼーっとしようか。


 2016年11月08日(火)   灯台 toudai



灯台、奄美・沖縄行きのフェリー乗り場付近にて。

友人と会い軽く散歩をしたのち、灯台の下に座り話をする。
午後の日差しは、まだそれなりに強く、
日焼けをしたくなかったので、日差しに背を向けながら話す。
風は割と穏やかで、周囲には釣りをしている人が2、3人居るだけだった。
何も喋らなければ、波の穏やかに揺れる音だけが静かに聞こえる。

夕方が近くなり、スーパーまで送って貰い、そこで別れる。
帰宅して、冷蔵庫の残り野菜をみじん切りにしたものを、にんにく・しょうがと挽き肉とで炒め、
卵でとじたもの、
それから、もずく酢と鯖の塩焼きを作る。

鯖(さば)といえば…
こちらは塩焼きではなく味噌煮の話だが、
普段、NHKの「きょうの料理」を毎回チェックしていて、興味があるものは見ているのだが、
以前放送していた、栗原はるみの鯖の味噌煮が気に入っていて時々作っている。

一般的な鯖の味噌煮は、三枚おろしを半分に切ったものを煮ると思うのだが、
栗原はるみのは、まず、三枚おろしの骨をピンセットで全て取り除き、
幅3cmほどの大きさに切り分けて、それを煮る。
すると、骨も無くひと口サイズ程度なので、ご飯の上に乗せて食べたりがし易い。
骨をピンセットで取る作業は、最初は難しく感じたが、何度かやっていると要領が掴めてくると思う。

という、鯖の味噌煮の紹介なのであった。
誰に紹介しているのか?それは、「へえ〜やってみよう」と思う人がもしもいれば、その人にということになる。
日々の為の情報、である。


 2016年11月06日(日)   近描 kinbyou








 2016年11月02日(水)   わたしに watasini

わたしに必要な精神を わたしは知っていますか

わたしは いいえと答えるだろう
いいえ でも なんとなくは…

わたしに必要な精神を わたしはわたしの中に探している
小さいけれど あるはずだ

そう きっと かならずや

わたしに必要な精神は わたしの中で 眠っている
それとも眠ったふりをしているのか もう目を覚ましているのか

「大丈夫 わかっているよ…」

今はまだ小さいその精神が
たくましく大きく育ってゆくのを
わたしは楽しみにしている
育てることができるのは わたしだけ


 2016年11月01日(火)   精舎 shoujya

「そんなもんじゃよ」 そう言ってお陽様は
「ファイトーー!」と声を掛けた。
僕は「いっぱーーーつ!!」と返しながら手を空に伸ばした。
お陽様はにっこりお笑いなさった。
そんなもんなのじゃ。

近くではコペンハーゲン蒸気機関車のギャロップが、しゅっしゅっしゅっと坂を駆け登って行くのが見える。
青空に煙を吹きながら、緑溢れる森林に囲まれながら。
ロンビが窓からこちらに向かって大きく帽子を振っている。
そんなもんなのじゃ。

十一月、晩秋。この時期にはこの時期の草花や木の花が咲き始める。
いちょうもそろそろ色付いてくる頃。金色の小さき鳥の形して。
もうしばらくすれば冬になる。生きている。
「そんなもんじゃよ」 大きな栗の木の下で、
「そんなもんじゃな」 栗の実をかじって栗鼠(リス)も言う。
そんなもんなのじゃ。


往時目譜近時

watanabe keisuke