ささやかな日々

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2022年02月06日(日) 
午前4時半、「僕オラフ!ぎゅーっと抱きしめて!」と大声で繰り返す息子。にっこにこの笑顔でひたすらその台詞を繰り返して私と家人を起こしてくれた。彼は午前3時に目が覚めたのだそうで。こりゃ、夜はあっけなく寝るんだろうなと予想しつつ、起き上がる。顔をさっと洗い息子の朝食を作る。ワンコがカウンター越し「オイラにも飯クレ!」という目線を送って来る。私はこの目線に出会うといつも笑いが込み上げてきて困る。
今朝の夜明けは実に美しいグラデーションだった。燃え上がる橙色から絶妙な緑色、そして青、藍、紺と、一点の曇りもないグラデーション。こんなグラデーションを描けるのは自然以外にない。私達人間がどんなに頑張っても、このような色合いは出せない。

小松原織香著「当事者は嘘をつく」の後、信田さよ子・上間陽子著「言葉を失ったあとで」を開いてみる。本文を数ページ読んだだけで、ぐいっと胸倉をつかまれるような錯覚を覚える。今が活字を読める時期で本当によかった。このまま勢いをつけてこの本を読んでしまおう。今がチャンス。
この「言葉を失ったあとで」と「当事者は嘘をつく」、この二冊は、出るべくして出た本だなと思う。この時期にこの本が出るのはまさに、必然だったのだろうな、と。付箋を貼りながら読み進めているのだけれど、あちこちに貼りたいところがあって、始末におえない状況になってしまっている。そのくらい、読むべき箇所がある。Mから貰った紅茶のティーバックを拡げてマグカップで淹れる。それをちびちび啜りながら、本と向き合う昼過ぎ。

今更なのだけれど。この間行った浜田知明展で見た、長田弘詩集「メランコリックな怪物」に添えられたという飾画。もっとしっかり見ておけばよかったと後悔している。仕方がないのでポサダの版画が添えられた晶文社から出版されている「メランコリックな怪物」を眺め直している。この詩集は一時期これでもかというほどのめり込んだ。幾度読み返したか知れない。そのたび新たな気づきがあった。長田弘の名前を私が覚えたのは、この詩集と出会ったせいだった。もし十代でこの詩集と出会っていなかったら、その後自分が長田弘を追い続けることはなかったのかもしれない。そのくらい強烈に私の裡に刻み込まれた詩集だった。
この際だから、浜田知明飾画のその本を購入してしまおうか。

中島みゆきがラスト・ツアーのアルバムを出したそうで。早速聴いてみる。聴きながら、しみじみしてしまう。そうだった、あれはラスト・ツアーだったのだった。Sと一緒に必死になって電話をかけた。でも。悉くコロナの為に中止になってしまったのだった。あれが本当に、本当に、ラストだったのか、と。
当たり前のことだけれど。はじまりがあれば終わりがある。人間においてだって当然そうだ。はじまりがあれば終わりもある。彼女にとってはじめてのライブがあったように、最後のライブもあるのだ。それが、この間だったということ。コロナ禍と時期が重なってしまったがために、こんな寂しい終わり方になってしまった。
どれもこれも何度もCDで見聞きしているはずの歌なのに、それらをこの曲順で、そして今の歌い方で歌っているのを聴くと、また新しいものを聴いているような気持ちにさせられる。Sと、「ラストライブ、行きたかったね」と、ぼそぼそ言い合った。コロナを恨んだってどうにもならないことは分かっている。でも。最後くらい、ちゃんと見送りたかった。

最後くらいちゃんと見送りたかった―――。この思いはあちこちに、ある。
自ら命を絶った友人らの葬式に、私がほとんど出ないのは、彼らを今まだ見送る気持ちになれなかったからだった。生き切ったと確信のある友以外の葬式には、私はいまだ出席しない。見送る気持ちになれないからだ。最後くらい、ちゃんと見送らせてくれ、見送れる死に方をしてくれ、と、そう思ってしまうからだ。
そのくらいいいじゃないか、と言う人もいる。そりゃそうだろう、死ぬしかできない気持ちも、十分すぎるほど分かる。
でも。
私は生き残ってしまった。
彼らは死ねて、私は死ねなかった。この、何ともいえないひねくれた思いが私の中にあって、だから、見送る気持ちになれず、葬式に出ないという選択をしてきた。ガキだよな、と我ながら思う。でも、生き死にに対して、嘘を挟むことは、とてもじゃないが、できない。
だからといっては何だが。生き残った自分はせめて、精一杯生きて、生きて生きて生きて、いつ死んでも悔いないように今を生きて、そうやって、いつか彼らと再会したいと思っている。「生き残ってみたら、こんなに面白い風景に幾つも出会ったよ」と、土産話持って、彼らといつか、あの世で再会できたら、いい。


浅岡忍 HOMEMAIL

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